カタツムリといえば、ぐるぐると巻いた殻を背負い、ゆっくりと移動する姿が一般的です。しかし、カタツムリの中には、殻の表面に細かな毛がびっしりと生えている種類がいることをご存じでしょうか。
一見すると、殻に毛皮をまとっているようにも見えます。なぜ、カタツムリの殻には毛が生えているのでしょうか。湿った葉の上で生活するためでしょうか。それとも、天敵から身を守るためなのでしょうか。
この疑問については、2005年から研究が続けられています。初期の研究では、毛が湿った植物の葉への付着を助けるという仮説が提案されました。しかし、その後の研究では、毛が移動にかかるコストを増やす可能性も指摘されています。
さらに2024年には、カタツムリを捕食するホタルの幼虫に対して、殻の毛が防御機能を果たすことを示した実験結果が発表されました。
この記事では、これらの研究論文を比較しながら、カタツムリの殻に毛が生える理由と、現在どこまで科学的にわかっているのかを解説します。
カタツムリの毛の正体は?体毛ではなく殻の一部
毛のような構造は殻の表面に形成される
カタツムリの殻に生える毛は、哺乳類の体毛とは異なります。
陸生カタツムリの殻は、主に石灰質の硬い部分と、その表面を覆う薄い有機質の層からできています。この外側の層は「殻皮(かくひ)」と呼ばれ、英語では periostracum といいます。
毛のような構造は、この殻皮の一部として形成されます。つまり、体の皮膚から生えているのではなく、殻の表面にある構造なのです。
Pfenningerら(2005)によると、こうした毛はタンパク質を主成分とする構造で、形成するには特殊な組織や仕組みが必要です。毛の長さや密度は種類によって異なり、殻がほとんど毛で覆われていないように見える種類もあれば、ふさふさした印象を与える種類もあります。
毛のあるカタツムリは複数の系統に存在する
殻に毛を持つカタツムリは、一つの種類だけに限られません。
ヨーロッパなどに分布する Trochulus 属には、殻に毛があることで知られる種類がいます。また、日本の奄美大島に生息する コケハダシワクチマイマイ Moellendorffia diminuta も、長い毛を持つ陸生カタツムリです。
日本本土で見られるものとしては、オオケマイマイ Aegista vulgivaga vulgivaga やキヌビロウドマイマイ Nipponochloritis pumila pumila が含まれるビロウドマイマイ属などが挙げられるでしょう(武田・西,2015)。
これらの種類は、分類学的に同じグループに属しているわけではありません。Pfenningerら(2005)は、毛のある殻が系統的に離れた複数のグループで見られることから、この特徴が進化の過程で独立して生じた可能性を指摘しています。
では、形成にコストがかかる毛が、なぜ進化の過程で維持されてきたのでしょうか。その理由を理解するためには、まず2005年の研究から見ていく必要があります。





カタツムリに毛が生える理由を探った2005年の研究
毛のある殻は湿った環境と関係していた
Pfenningerら(2005)は、Trochulus 属のカタツムリを対象に、殻の毛の有無と生息環境の関係を調べました。
研究では、DNA情報を用いた系統解析と、生息地の湿度などの環境条件を比較する分析が行われました。
その結果、研究対象となったグループでは、毛のある殻が祖先的な特徴だった可能性が示されました。また、毛を失った系統では、湿潤な環境から乾燥した環境への移行が関連していることがわかりました。
この結果は、殻の毛が湿った環境で何らかの利益をもたらしていた可能性を示しています。
ただし、湿った環境と毛の有無が関連していることだけでは、毛が具体的にどのような働きをしているのかまではわかりません。
そこで研究者たちは、殻の毛が湿った植物の葉に対する付着性を高めるのではないかという仮説を提案しました。
毛があると湿った葉から殻が動きにくくなる
2005年の研究では、殻に毛がある場合と、毛を取り除いた場合について、濡れた葉の表面で殻を動かすために必要な力を測定しました。
実験では、毛のある殻を濡れた表面で動かすために、より大きな力が必要でした。つまり、毛があると、湿った表面に対して殻が動きにくくなることが示されたのです(Pfenninger et al., 2005)。
この結果を受けて、研究者たちは当初の考え方を修正しました。
もともと提案されていたのは、毛が水膜の影響を弱め、湿った環境での移動を容易にするという仮説でした。しかし、実験結果は逆の傾向を示しました。
そこで研究者たちは、別の説明を提案しました。
それは、毛が湿った植物の葉への付着性を高め、採餌中に葉から落ちるのを防ぐことで、カタツムリに利益をもたらすのではないかという仮説です。
なぜ植物の葉への付着が重要なのか
湿った環境に生息するカタツムリは、雨や霧、露などによって葉の表面に水膜ができているときに活動することがあります。
Pfenningerら(2005)は、湿潤な環境に生息する Trochulus 属のカタツムリが、イラクサ属などを含む大きな葉を持つ草本植物を採餌場所として利用することに注目しました。
こうした葉の上から落ちてしまうと、カタツムリは再び餌場まで移動しなければなりません。カタツムリの移動には時間やエネルギーがかかるため、葉に付着し続けられることが有利に働く可能性があります。
一方、乾燥した環境に生息する種類は、地面に落ちた枯れた植物などを利用する傾向があり、濡れた葉への付着性が同じような利益をもたらすとは限りません。
このように、毛のある殻が湿潤環境と結びついていることと、葉への付着が有利になるという考え方には、一定の整合性があります。
しかし、この研究で重要なのは、研究者たち自身が、仮説の限界を明確に認めていたことです。毛によって葉への付着性が高まることが、実際に個体の生存や繁殖の成功を高めるかどうかは、まだ証明されていませんでした。
カタツムリの毛が植物の葉への付着性を高める効果はなかった!?
しかし、2020年には2005年の仮説に対して否定的な結果が出ました。
Shvydkaら(2020)は、陸生カタツムリで毛が短いTrochulus hispidus と毛が長いTrochulus villosulus を対象に、殻の毛が摩擦や付着性に与える影響を調べました。
研究では、殻の毛の有無や長さ、表面の濡れ具合などに着目して、殻を動かすために必要な力や付着の特性を測定しました。
実験の結果、毛があることで付着力が低下することがわかり、さらに毛が長い Trochulus villosulus の場合には、毛が短いTrochulus hispidus と比べて付着力が低下する傾向も確認されました。
それどころか、湿った条件で毛が摩擦を増加させることも確認されました。
これらの結果から、むしろ殻の毛によって移動に必要な力が増えるなど、毛を持つことのコストも示唆されました(Shvydka et al., 2020)。
2024年の研究でわかった、殻の毛と天敵の関係
湿った葉への付着という仮説だけでは、カタツムリの毛が進化してきた理由を十分に説明できない可能性があります。
そこで注目されるのが、SatoとYoshikawa(2024)による研究です。
研究者たちは、長い殻の毛を持つコケハダシワクチマイマイ Moellendorffia diminuta と、このカタツムリを捕食するホタルの幼虫に注目しました。
ホタルの幼虫は殻に吸着してカタツムリを捕食する
研究対象となったアマミマドボタル Pyrocoelia oshimana の幼虫は、腹部の末端にある吸盤状の器官を使ってカタツムリの殻に取り付きます。
幼虫は殻の上で安定した位置を確保した後、カタツムリの柔らかい体の部分を攻撃します。
このような捕食方法では、殻にしっかりと取り付けることが重要です。
研究者たちは、殻の毛が幼虫の吸着を妨げ、カタツムリの防御に役立つのではないかと考えました。
毛があると、捕食者は殻に取り付きにくい
実験では、殻に毛があるコケハダシワクチマイマイでは、アマミマドボタルの幼虫が吸着器官を殻に十分に固定できませんでした。一方、毛を取り除いた殻では、幼虫が吸着できました。
さらに、コケハダシワクチマイマイが殻を振るように動かして幼虫を振り落とす防御行動についても違いが確認されました。
毛のあるコケハダシワクチマイマイでは防御の成功率が43.75%だったのに対し、毛のないコケハダシワクチマイマイでは5.56%でした。この差は統計的にも有意でした(Sato & Yoshikawa, 2024)。
この結果は、殻の毛が単に表面の形を変えるだけでなく、捕食者が殻に取り付くことを妨げ、カタツムリ自身の防御行動を助ける可能性を示しています。
毛が長いことにも意味があるのか
研究者たちは、コケハダシワクチマイマイの成長に伴って殻の毛が長くなることにも注目しました。
捕食者も成長に伴って体の大きさや器官のサイズが変化するため、毛の長さが捕食者の吸着能力に影響する可能性があります。
ただし、毛の長さと捕食者の成長段階との関係については、さらに検証が必要です。
また、この研究は特定のカタツムリとホタルの幼虫を対象にしたものです。すべての毛のあるカタツムリが、あらゆる捕食者に対して同じ防御効果を得られるとまでは言えません。
それでも、2024年の研究は、殻の毛が天敵への防御に役立つという説明を実験的に支持した重要な成果です。
カタツムリの殻の毛は、結局何のためにあるのか?
ここまでの研究を踏まえると、殻の毛の役割を一つに決めつけることはできません。
現在の研究からは、次のように整理できます。
湿った植物に付着する機能
Pfenningerら(2005)は、湿った植物の葉への付着性を高めることで、採餌中に落下する危険を減らせるという仮説を提案しました。
しかし、Shvydkaら(2020)の研究では、毛があることによって付着性は高めず、むしろ移動時のコストも示され、付着性の向上が実際の生存上の利益にならないのではないかと結論づけています。
そのため、この機能は有力な研究仮説の一つではあったものの、確立した説明とはいえません。
捕食者から身を守る機能
SatoとYoshikawa(2024)は、毛がホタルの幼虫による殻への吸着を妨げ、カタツムリの防御行動を助けることを示しました。
この結果は、殻の毛が特定の捕食者に対する防御機能を持つことを支持しています。
ただし、どの種類の捕食者に対しても有効なのか、また他の毛のあるカタツムリでも同じ効果があるのかは、今後の課題です。
そのほかの機能も考えられる
Shvydkaら(2020)は、殻の毛が水分のやり取りや温度調節に関係する可能性、殻の安定性や捕食者への防御、性選択など、ほかの機能についても検討の余地があると述べています。
- 水分交換(湿度調整)の調節:湿潤な生息地に暮らすカタツムリにとって、殻の毛は水分を保持(結露)させたり、逆に蒸発を促したりするなど、体内の水分バランスをコントロールする機能を持っている可能性があるとしています。
- 体温調節(サーモレギュレーション):殻の表面の構造が、体温の維持や過熱の防止に何らかの役割を果たしている可能性が考えられます。
- 捕食者や寄生虫に対する防御
- 殻の機械的な強度や安定性の向上
- 繁殖における性選択(パートナー選択)のシグナル
なぜ、すべてのカタツムリに毛が生えているわけではないのか?
殻の毛が何らかの利点をもたらすのであれば、すべてのカタツムリに毛があってもよさそうです。
しかし、進化の過程では、ある特徴がすべての種類に共通して残るとは限りません。
毛の形成には、殻皮を作るための組織や資源が必要です。また、毛によって摩擦が増え、移動にかかるコストが大きくなる可能性もあります。
ある環境では利益になる特徴でも、別の環境では利益が小さかったり、コストが上回ったりする可能性があります。
Pfenningerら(2005)の研究では、Trochulus 属の中で、毛の喪失と湿潤環境から乾燥環境への移行が関連していました。
このことは、環境が変わると、毛を維持することの進化上の意味も変わる可能性を示しています。
ただし、湿度だけが毛の有無を決めていると断定することはできません。捕食者との関係や採餌場所、移動様式など、複数の要因が影響している可能性があります。
まとめ:カタツムリの毛の役割は、まだ完全には解明されていない
カタツムリの殻に生える毛は、単なる飾りではなく、進化の過程で維持されてきた意味のある特徴である可能性があります。しかし、その役割については、まだ研究が続いています。
2005年の研究では、毛のある殻が湿った表面に付着しやすいことを確認し、採餌中に植物の葉から落ちにくくなるという仮説が提案されました。
2020年の研究では、むしろ毛が付着性を低下させ、摩擦による移動時のコストも示されました。
そして2024年の研究では、殻の毛が特定の捕食者の吸着を妨げ、カタツムリの防御行動を助けることが実験で示されました。
これらの研究を総合すると、現時点では次のように考えるのが適切です。
- 殻の毛は湿った表面での摩擦や付着性に影響する可能性もあるが、否定的な結論もある。
- 特定のカタツムリでは、殻の毛が捕食者から身を守る機能を果たすことが実験的に示されている。
- 毛の有無と生息環境には関連が見られるが、毛の進化を一つの要因だけで説明することは今のところできない。
小さな殻の毛には、湿った環境での生活や天敵との攻防、そして進化の歴史が関係している可能性があります。
今後、さまざまな種類のカタツムリを対象に研究が進めば、なぜ毛が生え、どのような条件で有利に働くのかが、さらに明らかになるでしょう。
引用文献
Pfenninger, M., Hrabáková, M., Steinke, D., & Dèpraz, A. (2005). Why do snails have hairs? A Bayesian inference of character evolution. BMC Evolutionary Biology, 5, Article 59. https://doi.org/10.1186/1471-2148-5-59
Sato, N., & Yoshikawa, A. (2024). Function of snail shell hairs in anti-predator defense. The Science of Nature, 111(2), Article 13. https://doi.org/10.1007/s00114-024-01901-z
Shvydka, Z., Kovalev, A., & Gorb, S. N. (2020). The frictional and adhesive properties of the shells of terrestrial hairy snails. Journal of Zoology, 310(3), 180-190. https://doi.org/10.1111/jzo.12742
武田晋一・西浩孝. (2015). カタツムリハンドブック. 文一総合出版. ISBN: 9784829981306

