サケは刺身(肉)や切り身やイクラが赤色やサーモンピンクをしているというのは周知の事実です。お寿司屋さんに行ったときも、ゲームの『スプラトゥーン』でサーモンランをするときも、サンリオのKIRIMIちゃんを見たときもなんの疑問を持つこともなく受け入れているかもしれません。
しかし、実はサケの身やイクラが赤色なのははっきり言って「異常」です。他にそのように身や卵が赤い魚はほぼ見当たりません(Lehnert et al., 2019)。サケ科特有の進化であると考えられています。
しかも後述のように身や卵が赤いと目立ちやすく捕食されやすいなど、大きなデメリットが発生することも分かっています。
それにも関わらずサケは赤い色を維持しています。それはなぜなのでしょうか?本記事ではその謎に迫っていきます。
ざっくりまとめるとそれはサケが川と海を往復する「遡河回遊」という激しい運動をする上で、赤色を作り出すカロテノイドという色素が筋肉の細胞の損傷を防ぐ役割があり、更にそのようなオスの方が優れていると評価されて、赤い方がモテるからだと考えられています。
サケが持つカロテノイドはアスタキサンチンという成分が主ですが、この色素はビタミンCやビタミンEの抗酸化作用を凌駕し、人間においても強力な抗酸化作用で全身の機能を改善することが知られているほどで、非常に合理性があるのです。
本記事ではなぜサケの刺身(肉)やイクラは赤色やサーモンピンクになるのかについて解説していきます。
サケとはどんな生き物?
サケの定義は?
サケ(シャケ・鮭・石桂魚・鮏・年魚)は一般的には2つの意味があります。
1つはサケ(シロザケ・白鮭・秋鮭) Oncorhynchus keta という1種類のみを刺している場合です。
もう1つはサケ科またはサケ属というグループを指している場合です。サケ科にはサケ属の他、カワヒメマス亜科にカワヒメマス属(Thymallus)の1属、シロマス亜科にプロソピウム属(Prosopium)・ステノドゥス属(Stenodus)・シロマス属(Coregonus)の3属、サケ亜科にコクチマス属(Brachymystax)・ニシイトウ属(Hucho)・イトウ属(Parahucho)・イワナ属(Salvelinus)・タイセイヨウサケ属(Salmo)が知られています。ただし分類は諸説あります。
ここでは「サケ科」という意味で使用していきます。

サケとサーモンの違いは?違いがあるというのは嘘!?
サケとサーモンに違いはあるのでしょうか?
結論から言うとほとんどの場合、同じで違いはありません。
ただ、日本の飲食業界では慣例として野生産で寄生虫のため生食不能なものを「サケ」、養殖のため寄生虫がおらず生食可能なものを「サーモン」と呼びわけています。この「サーモン」はほとんどタイセイヨウサケ(アトランティックサーモン)Salmo salar かニジマス(トラウトサーモン) Oncorhynchus mykiss かマスノスケ(キングサーモン) Oncorhynchus tshawytscha を指しています。
しかし、例えば日本に分布するサケ(シロザケ) Oncorhynchus keta は英語で「Chum salmon」と呼ばれています。
このことからも分かるように特別に分けるほどの違いは本来はありません。
インターネットではまるでこの日本での飲食業界での慣例をまるで一般的なことのように書くサイトも目立ちますが、実際は非常に狭い分野でのわけ方です。
とはいえ、アニサキスなどの食中毒には注意したいので、サケと書かれているパックは生で食べないでください。
サケの特徴は?遡河回遊とは?
そもそもサケ科の仲間はどのような生き物でしょうか?
もちろん、魚の仲間ではあるのですが、他の魚にはない、または特筆すべき特徴として以下のようなものがあります(Willson, 1997)。
- 海と淡水(川・池・湖)を行き来する生活史である遡河回遊がある場合がある。
- 生まれた川に戻ってくる「回帰性(homing)」がある場合がある。
- 海水適応の生理変化である「スモルト化(銀化変態)」がある場合がある。
- 体サイズが通常大きいことが多い。
- 成熟年齢まで長いことが多い。
- 繁殖形態や性的二型があることが多い。
ただこれら特徴は実質的に通し回遊の一種である「遡河回遊」に起因して、進化しており、遡河回遊が最も重要な特徴と言えるでしょう。
「通し回遊」とは海と川の両方を行き来する水中での移動を指しています。
その中の「遡河回遊」とは生活史の大半を海で過ごしますが、産卵は川で行う水中の移動を指しています。
生活史の大半を海で過ごしますが、産卵は川で行います。川で生まれた子どもは海に下り成長、成魚になり再び川へ産卵のためにやってきます。川に戻るものは「遡上」と呼ばれます。
通し回遊には生活史の大半を川で過ごし海で産卵する「降河回遊」や生活史の一部でのみ海か川を利用する両側回遊も存在しています。
遡河回遊は、主に「海のほうが生存率が高く、餌が豊富で、速く大きく育てる」場合に進化したと考えられています(Railsback et al., 2014)。
遡河回遊という生態は生態系においても非常に重要で、クマの捕食を通じて海の栄養塩を地上に戻すという役割を持っています。

そしてサケ科最大の特徴である「赤い身」という点はこの遡河回遊と関係していると考えられています。
降海型と陸封型(河川残留型)とは?違いは?
ここでややこしいのですが、サケ科には遡河回遊を行う「降海型」の種類だけではなく、回遊を一切行わない「陸封型(河川残留型)」の種類または個体群も存在することが知られています。ヒメマス・ニジマス・ヤマメ・アマゴ・イワメはその代表です。
陸封型は最終氷期(7万~1万年前)に氷河の拡大により海に戻れず湖に取り残された集団から進化しました(Subramanian & Kumar, 2023)。
つまり元々は遡河回遊を行っていたものの、最近になって(とはいっても7万年前に)陸に取り残された結果生まれた種類であるということです。
ただし、一部は海での生存率が低いなどの理由で、選択的に海に出ない可能性もあります(Railsback et al., 2014)。
サケは白身魚?それとも赤身魚?
白身魚と赤身魚の違いと定義は?
サケは「赤身魚」なのでしょうか?切り身やサーモン寿司を見る限り明らかに赤身魚だと思ってしまうかもしれません。
しかし実際は異なります。それを理解するには白身魚と赤身魚の定義を確認する必要があります。
まず、白身魚と赤身魚というわけ方は進化に基づいた分類ではありません。あくまで人間にとって便利な特徴でわけたものです(鈴木,1976)。
この白身魚と赤身魚の違いはざっくりとした定義があり、筋肉が白色で血合筋の少ない魚が「白身魚」と呼ばれ、筋肉が赤色で血合筋の多い魚が「赤身魚」と呼ばれています。
これは化学的には、ミオグロビン含量が少なく肉眼的に肉が白く見えるものを白身魚というのに対して、ミオグロビンが筋肉に赤味を与える程存在するものを赤身魚と言い換えることもできます。
白身魚の代表例はサワラ・イサキ・フグ・タラ・カレイなどです。
赤身魚の代表例はニシン・イワシ・サバ・アジ・トビウオ・マルソウダ・シイラ・マグロなどです。
ただし、白身魚にも赤色の元である血合筋は少量存在しますし、赤身魚にも白身のもとである普通筋が少量存在することには注意が必要です。
この定義は「血合筋が何%なら赤身魚!」という指標があるわけでなく、グラデーションで境界は曖昧ではあります。
そのため、赤身魚の中にも肉が比較的淡い赤色のものから相当に濃い赤色のものまであるということになります。
とはいえ、血合筋やミオグロビンの含有量が多いことが赤身魚の定義であることには変わりはありません。

サケは白身魚だった!?
この定義でいうとサケはどちらに当たるでしょうか?
サケの肉の赤色は単に餌の「カロテノイド」という別の成分の赤色を体に沈着させているだけです。ミオグロビンとは関係ありません。
したがって、赤色系の肉で「赤身」とも言えますが、サケは赤身魚ではなく、白身魚です。
「なんで、赤色なのに赤身魚じゃないんだよ!」と憤る人もいるかもしれませんが、このような定義に基づいているからです。
実際、お寿司屋さんでサーモンを食べた時、鉄の味を感じたことはないと思います。
また、養殖のサケはカロテノイドを補給しないと白身になることも知られています(Păpuc et al., 2024)。
なお、一般的に血合筋は平常時の遊泳に使用し、普通筋は活動餌に飛びかかったり敵の襲撃から逃げるような急激な運動に使用するといわれています。
したがって白身魚は普段の動きは抑えめで必要時の急激を動きに特化して進化した魚であり、赤身魚は普段の長時間の遊泳に特化して進化した魚だと考えられます。
サケの身(肉)と卵(イクラ)が赤くなるメカニズムは?
サケの身と卵(イクラ)の赤さは、上述のようにどちらも食餌由来のカロテノイド(大部分がアスタキサンチン、一部カンタキサンチン)が体内に取り込まれて沈着することで生じます。
具体的にはオキアミ類・カイアシ類・ヨコエビ類などの甲殻類を捕食したときに彼らに含まれているカロテノイドがサケの体内に吸収されます(Graham et al., 2021; Păpuc et al., 2024)。
このとき本来他の魚ではカロテノイドは利用する以上の量になると体内で分解されますが、サケではこの分解を行うBCO2-lという遺伝子が壊れており、餌のカロテノイドがそのまま身やイクラに沈着します(Lehnert et al., 2019)。
成魚の身では、カロテノイドが吸収され、血中で運ばれたあと筋肉に沈着し、αアクチニンなどの筋原線維タンパク質に結合することで赤く見えています(Matthews et al., 2006)。
イクラでは母魚のカロテノイドが卵黄に蓄積して赤く見えています。
サケの身(肉)や卵(イクラ)だけが赤色やサーモンピンクになる理由は?
ではなぜサケの肉や卵はそもそも赤色に進化したのでしょうか?結論から言うと抗酸化作用説と性選択説の2つが有力で、おそらくこの2つが両方作用することで赤色になっているのだと考えられます。順番に考えてきましょう。
抗酸化作用説:遡河回遊に伴って筋肉が損傷するのを守るため
最も有力な説としては「抗酸化作用説」が考えられています(Lehnert et al., 2019)。
元々サケの祖先はストレスの多い産卵回遊や巣作りを多く行っていたと考えられています。
その際に筋肉組織で赤いカロテノイドを抗酸化資源として利用することで、筋肉の細胞の損傷を減らし、さらにそれによって遡河回遊の進化も促進したとも提唱されています。
確かに映像で同性同士で争いながら、クマに襲われながら、全身ボロボロになりながら、猛烈な勢いで川を遡っている様子を見ると、多大なストレスがかかるというのも納得感があります。
なぜカロテノイドを筋肉組織で「抗酸化資源」として使うのかというと、主に酸化ダメージから筋肉を守れるからです(Shastak & Pelletier, 2023)。
カロテノイド、特にアスタキサンチンは活性酸素を抑え、脂質過酸化を減らし、細胞膜の健全性を保つ働きがあるとが分かっています。筋肉は運動量が大きく、膜脂質も酸化されやすいので、この保護は筋機能の維持に直結します。
アスタキサンチンはビタミンCの最大65倍、ビタミンEの50倍の抗酸化力が報告され(Ekpe et al., 2018)、細胞膜の酸化ダメージを最大41%抑制することも知られており(McNulty et al., 2007)、その効果は他の抗酸化物質を凌駕しています。
実際に、アスタキサンチンとビタミンEを枯渇させたタイセイヨウサケでは自動酸化防御 (autoxidative defense)と脂肪酸代謝に悪影響が出ることが示されています(Bell et al., 2000)。
まとめると、非常に長距離の遊泳や絶食を伴う遡河回遊などの産卵回遊に耐えられる体になるために赤色に進化したということになります。この場合、赤色であったのはニンジンと同じでたまたまであったということになります。
なお、ヒトにおいてもアスタキサンチンは強力な抗酸化作用や抗炎症作用で、神経系や免疫系など全身の機能を改善することが知られています(Nishida et al., 2023)。
性選択(性淘汰)説:モテるため
もう1つの有力な説は「性選択説」です。性選択には同性間選択と異性間選択がありますが、ここでは異性間選択にあたります。
具体的には体が赤いメスは赤いオスを選好(えり好み)をすることが分かっています。つまり赤色のオスの方がモテるということです。
更に交尾後にも生理的に自分と同じ色のオスの精子を有利にする傾向が確認されています。そのようなことができるのか!?と驚きますが、このような生理的なメスのオスのえり好みは「隠れた雌の選択(cryptic female choice)」として広く進化生物学では知られています。ただ、その生理的メカニズムについてはまだよく分かっていません。
この説では赤色という色彩に関する進化的な理由を説明します。
しかし一方でこの説ではメスも赤色であることについては説明が少し薄いです。もし上述の通りだとするとメスの体や卵は赤くないはずですが実際はそうなっていません。
この説ではメスの赤い身は「遺伝的拘束による副産物」、つまりオスとメスは赤色になる遺伝子を共有しているから(性染色体以外に赤色になる遺伝子があるから)として解釈されますが、現代の進化生物学でこのような説明をすることは稀です。
抗酸化作用説と性選択説の複合説
現実的にはこれらは対立する説ではなく、両方影響したと考えるのが妥当だと思われます。
つまり、抗酸化作用のためにオスとメス両方で体が赤くなった後、メスが赤いオスを好むようになったというわけです。
少し俗っぽいですが、例えばヒトでも音楽やお笑いといった技能はもともとは男女関係なく優れたものですが、ときに性的魅力に繋がることはあります。
サケにおいても元々は抗酸化作用として重要だったのかもしれませんが、次第に抗酸化作用を持っているオスが優れていることの指標となり、赤いメスは赤いオスを選好し、自分と同じ色のオスの精子を有利にする傾向が強まったのかもしれません。これは生物学でよく知られる「前適応」や「ランナウェイ説」です。
卵(イクラ)が赤い理由は?
イクラについてはどうでしょうか?
イクラのカロテノイド濃度と孵化生存率および特定の病気(ビブリオ病)抵抗性との相関関係を調べた研究では、カロテノイドが多いほど孵化生存率と病気への抵抗力が大きいことが分かりました(Tyndale et al., 2008)。
これは上述のカロテノイドの抗酸化作用のおかげです。
したがって、卵においては赤い理由は抗酸化作用説のみが働いていると考えられます。

なぜサケ「だけ」が赤色?実は身が赤くなるのはデメリットだらけだった!?
実はデメリットだらけのサーモンピンク
ここまで体が赤くなるメリットばかり説明してきましたが、実は魚にとって身や卵が赤くなることはデメリットだらけです(Lehnert, 2016; Lehnert et al., 2019)。
ニジマスでの捕食実験で、赤い卵(イクラ)は白い卵よりも有意に捕食されやすいことが分かっています(Lehnert et al., 2019)。
確かに人目線でもイクラが赤いと目立って綺麗で美味しそうと感じるかもしれません(主観ですが)。
自然界で被食者が明らかに色で目立っている場合は、大体毒を持っていることを示す「警告色」であることも多いですが、そういうわけでもないわけです。実際ヒトやクマは大好物です。
しかも卵のカロテノイド量が多くても、特別にストレスや病原体がある環境でなければ生存率・成長・免疫・ストレス応答に有意な利益は見られない可能性も指摘されています(Lehnert, 2016)。
利益がないというとまるでプラマイゼロという印象を受けますが、実際にはカロテノイドを遺伝子を使って体中に「保持する」というわけであって、わざわざ無駄なことのためにエネルギーを消費することになります(Tyndale et al., 2008)。つまり収益ゼロの赤字です。
また高レベルのカロテノイドには自身に毒性があるともされています(Lehnert et al., 2019)。
したがって、身や卵が赤くなる条件は上述のメリット(抗酸化作用・モテる)がこれらのデメリットを超えている場合だけです。だからほとんどの魚は白身なのです。
サケ「だけ」が赤色である理由
逆にサケはほとんどの場合、これらのデメリットをメリットが超えています。他の魚がしないような激しい遡河回遊を行っているからです。
しかも、サケはカロテノイドを分解するのに必要なBCO2-lという遺伝子が突然変異で壊れたことで、餌からのカロテノイドを維持しているので、また白身に戻る突然変異を待つ必要があります。
サケは遡河回遊という生態と遺伝的拘束によってガッチリと「赤色として生きる運命」に立たされているのかもしれません。
なお、同じく遡河回遊を行うシシャモ Spirinchus lanceolatus でもサケほどではないですが、夏季はアスタキサンチンが非常に多いことが知られています(Bragadóttir, 2001)。
白身になったサケが居た!?
ただ、この拘束から抜け出した稀な例もあります(Lehnert et al., 2019)。
例えばマスノスケ(キングサーモン) Oncorhynchus tshawytscha では「赤色型」と「白色型」が存在し、遺伝的にカロテノイド沈着量が異なっています。
これは何らかの理由で被食率が高い環境では、上述のデメリット(捕食圧)の方が本来のメリットを上回ってしまうことで、部分的に「白色型」が有利な場合が存在してしまい、2パターンが共存していると考えられるでしょう。
この考えでいうと陸封型のサケの仲間は今後どうなっていくのか?というには気になるところですが、まだよく分かっていません。
引用文献
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