『天幕のジャードゥーガル』 はトマトスープ作のファーティマ・ハトゥンの生き様を描いた漫画です。トマトスープ氏のファンで読んでみましたが、かなり史実に忠実で、勉強になる上にストーリーとしても面白いです。この本が向いている人は中世イスラームとこモンゴル帝国の世界観に興味がある人だと思いますが、女性視点、あるいは「暮らし」に根ざした世界史に興味がある人にも刺さるでしょう。この本が向いていない人はモンゴル帝国によって行われる残酷な行為が苦手な人だと思います。本記事では『天幕のジャードゥーガル 1巻』のレビュー・感想を書いていきます。
この漫画の基礎情報
後宮では賢さこそが美しさ。13世紀、地上最強の大帝国「モンゴル帝国」の捕虜となり、後宮に仕えることになった女・ファーティマは、当時世界最高レベルの医療技術や科学知識を誇るイランの出身。その知識と知恵を持ち、自分の才能を発揮できる世界を求めていたファーティマは、第2代皇帝・オゴタイの第6夫人でモンゴル帝国に複雑な思いを抱く女・ドレゲネと出会う──。
『Amazon』
歴史マンガの麒麟児・トマトスープが紡ぐ、大帝国を揺るがす女ふたりのモンゴル後宮譚!
- 出版社:秋田書店 (2022/8/16)
- 発売日:2022/8/16
- 言語:日本語
- コミック:192ページ
- ISBN-10:4253264468
- ISBN-13:978-4253264464, 9784253264464
- 寸法:12.8 x 1.4 x 18.2 cm
作者は?
トマトスープ
漫画家。歴史漫画を数多く手掛ける。2019年、イースト・プレスのWebメディア「マトグロッソ」にて、実在の探検家、ウィリアム・ダンピアを主人公とした漫画『ダンピアのおいしい冒険』を初連載。「このマンガがすごい!2021」オトコ編で第6位を獲得するなど人気となる。2021年、秋田書店「Souffle(スーフル)」にて、『天幕のジャードゥーガル』を連載。同作では「このマンガがすごい!2023」オンナ編の第1位、「マンガ大賞2023」第5位を獲得。
『マンガペディア』
トマトスープ氏のことは私はWeb漫画時代から知っており、ちょくちょく見てみる程度でしたが、『ダンピアのおいしい冒険』がコミックで出版されてからは欠かさず読んでいます。
Twitterでは裏話や詳しい歴史調査の経緯などを呟かれていますので、フォローしてはいかがでしょうか?
なぜ読もうと思った?
トマトスープ氏の漫画は大航海時代の私掠船をテーマとした『ダンピアのおいしい冒険』をすでに読んでいました。作者のかわいくデフォルメされた絵と時代がよく分かる詳しい解説、少し毒のありネット文化にも理解のあるギャグに惹かれてファンになっていました。
今回も別タイトル、別テーマということで非常に気になっていてこのたび読んで見ることにしました。
主人公・内容は?史実性は?
主人公はファーティマ・ハトゥンがモデルとなっています。ファーティマ・ハトゥンは13世紀半ばにモンゴル帝国に仕えたマシュハド出身の女性です。本編では幼少期は「シタラ」と呼ばれていますが、これは史実ではないようです。
当時、ホラズム・シャー朝にあったマシュハドはモンゴル軍の侵攻によって壊滅させられ、ファーティマ・ハトゥンも捕虜になってしまいました。
しかし、ファーティマ・ハトゥンはうまくモンゴル帝国に取り入り、第2代皇帝オゴデイ・カアン没後には皇后ドレゲネの側近として活躍するまでになりました。この点がこの人物が注目されている理由です。
しかし、第3代皇帝グユクになると、失脚し「呪術使い」として凄惨な処刑を受けたことも知られています。
1巻ではホラズム・シャー朝でシタラが奴隷として買われ、ある学者の家系で暮らすことになりますが、ホラズム・シャー朝がモンゴル帝国によって滅亡させられ、モンゴル軍に取り入ったシタラがトルイの妻(正妃)、ソルコクタニに出会うところまでが描かれます。
ほぼストーリーは史実通りの流れで今後も同様だと思われますが、細部やシタラの奴隷時代などは史料があったとは思えないのでその点は演出であると考えて良いでしょう。実際、学者の家系の名前の由来が巻末で明かされています。しかし、当時の生活などについては詳しくよく時代考証されているのだと思います。
なお、タイトルの「ジャードゥーガル」はアラビア語で「魔女」の意味であると『毎日新聞』の記事で掲載されていますが、私は具体的な綴りは確認できず、真偽はよく分かりません。後にファーティマ・ハトゥンが呪術使いと言われたことに由来しており、作中でも鍵に握ってくるのだと思われます。
感想は?
ムハンマド坊っちゃんが理想の王子様すぎる…
奴隷として買われあまり勉学に励まなかったシタラですが、ムハンマドに出会い学ぶことの価値を知り、変わっていきます。ムハンマドはそのことを実践して示してくれます。大分人騒がせな方法でですが!?
このムハンマド坊っちゃんが聡明な上に美青年…。惚れるには十分すぎる要素を持っています。『ダンピアのおいしい冒険』ではキャラはかわいくデフォルメされているものの、あまりそういった感情が湧き出すものではありませんでしたが、今回は好き!っとなってしました…。こんな理想的な王子様に幼少期に出会ってしまったら私なら初恋を引きずるに違いありません。シタラはどうでしょうか?
勿論、シタラもかわいいです。表情豊かに描かれているのがいいですね。
シタラがモンゴルに取り入ることを決めた理由は…?
シタラはモンゴル軍の捕虜になるわけですが、史実通りモンゴル軍に取り入っていくことになります。しかし、大切な人たちを殺した敵軍に取り入るというのはかなり葛藤があったことでしょう。
その時、ムハンマドのある言葉がまたシタラを支えなり、決断することになります。
このシーンはきっと感動するはずです。
シタラのトルイの正妃ソルコクタニへの感情は…?
シタラは町を侵略したトルイの正妃ソルコクタニに会うことになりますが、ソルコクタニの目的はエウクレイデスの『原論』を学ぶことでした。
ソルコクタニは草原の生活だけではなく、世界を知りたいのだと言います。
ムハンマドに影響を受け、学ぶことに価値を見出してたシタラと一見よく似た考えの持ち主といえるかもしれませんが、このときシタラはどのような感情になったのでしょうか?ぜひ本編で確かめてください。
その他小ネタ
・中世モンゴルでは「炉の主(オッチギン)」という考えがあり、末っ子が親の家を継ぐらしい…。これは基礎的なことなのかもしれませんが、恥ずかしながら知りませんでした。独特すぎないか?更に子供が生まれたらどうするんだろうか。
・たまにネットミームが見られます。宇宙猫好き。現代と過去が入り交じる作風が面白い。
この本が向いている人は?
中世イスラームの世界観とこれから展開されるモンゴル帝国の世界観に興味がある人には勿論おすすめできますが、女性視点、あるいは「暮らし」に根ざした世界史に興味がある人にも刺さるでしょう。
戦争を描く世界史漫画は勇敢さや戦いの内容に着目したものが多いですが、この漫画では人間模様を中心に描かれています。
中世イスラームやモンゴル帝国の暮らしを知っている人は少ないのではないでしょうか?どちらも日本人には馴染みが少ないですがとても興味深いことが沢山載ってます。
暮らしに関しては勿論、推測の部分も多いと思われますが、日頃から歴史考証を行っているトマトスープ氏のツイートを見ている私としては非常に安心して読むことができました。
この本が向いていない人は?
ちゃんと残酷な描写があります。『ダンピアのおいしい冒険』でもそのような描写はありましたが、その比ではありません。
今回のテーマであるモンゴル帝国は反抗した国には非常に残酷な処罰を与えたことは有名ですが、この点を真正面から描いています。そのため、このようなシーンが苦手な人は向かないでしょう。ただし損壊表現は確認できませんでした。
一方で、後半からはモンゴル帝国側からの人物紹介もあります。ジュチ、チャガタイ、オゴタイ、トルイとユーラシア大陸を一変させたそうそうたるメンツ…。これを見るとまた違った見え方があるかもしれません。
まとめ
『天幕のジャードゥーガル』はかなり史実に忠実で、勉強になる上にストーリーとしても面白いです。ぜひ手に取ってみてはいかがでしょうか?