ムラサキシキブ・コムラサキ・ヤブムラサキはいずれもシソ科ムラサキシキブ属で林内や林縁に生える落葉低木で、花や果実は紫色で形態もよく似ており、園芸でも混同されて販売されているので違いが分からないかもしれません。しかし、これらは植物体に生えている毛、鋸歯の状態で明確に区別できます。花は紫色の筒状の花で雄しべもよく目立ちますが、蜜を出すことはなくわずかしか花粉を出さないので、やってくるハナバチを騙している部分が大きいです。果実も美しい紫色ですが、こちらは鳥によって食べられて種子散布をしています。珍しい色ですが、鳥にとっての評価はよく分かっていません。本記事ではムラサキシキブ属の分類・形態・送粉生態・種子散布について解説していきます。
ムラサキシキブ・コムラサキ・ヤブムラサキとは?
ムラサキシキブ(紫式部) Callicarpa japonica var. japonica は日本の北海道、本州、四国、九州;中国、朝鮮半島に分布し、山野の林内や林縁に生える落葉低木です(茂木ら,2003;神奈川県植物誌調査会,2018)。和名は花や果実の優美さを才媛、紫式部の名をかりて美化したことに由来するとされます。
コムラサキ(小紫) Callicarpa dichotoma は日本の北海道、本州、四国、九州、沖縄;中国、朝鮮半島、ベトナムに分布し、山麓の湿地や湿った原野に生える落葉低木です。庭木として「紫式部」の名で販売されているのはほとんどこの種類です。
ヤブムラサキ(薮紫) Callicarpa mollis は日本の本州(宮城県以西)、四国、九州;朝鮮半島に分布し、低山の林縁や明るい林内に生える落葉低木です。
いずれもシソ科ムラサキシキブ属で林内や林縁に生える落葉低木で、花や果実は紫色で形態もよく似ています。
その上、町中でもコムラサキが「ムラサキシキブ」の名で販売されることもあることから、非常に混乱を招いています。そのため識別に迷うことがあるかもしれません。
ムラサキシキブ・コムラサキ・ヤブムラサキの違いは?
ムラサキシキブ属の仲間は日本では6種類知られていますが、ここでは全国的によく見られる3種について扱っていきます(神奈川県植物誌調査会,2018;林,2019)。
まず、ムラサキシキブとコムラサキでは新芽や花序には星状毛が目立つものの、他はほとんど無毛に近いのに対して、ヤブムラサキでは枝、葉、花序には萼とともに密に星状毛があります。これは和名通りで一目瞭然で、明らかにヤブムラサキにはふわふわした毛があります。
その他、ムラサキシキブとコムラサキでは萼は深裂し、葉の両面に腺点があるのに対して、ヤブムラサキでは萼は浅く裂け低い4歯を持ち、葉は下面だけ腺点があるという違いもあります。
ムラサキシキブとコムラサキに関しては、ムラサキシキブでは花序は腋芽に接するか、またはやや腋芽の上から出て、鋸歯は葉の基部近くから出るのに対して、コムラサキでは花序は腋芽の上から出て、鋸歯は葉の半分から上に出てやや粗いという違いがあります。基本的にはこちらも葉の鋸歯を見れば一目瞭然です。
3種にはいくつか品種が知られており、ムラサキシキブには葉が小型のコバムラサキシキブ f. taquetii、果実が白いシロシキブ f. albibacca などがあります。ヤブムラサキには果実が白いシロミノヤブムラサキ f. albifructa などがあります。コムラサキにはシロミノコムラサキ f. albifructa があります。
他のムラサキシキブ属は?
この他いくつか種類を挙げます。オオムラサキシキブ Callicarpa japonica var. luxurians はほぼムラサキシキブと同じですが、有花枝の葉は長さ15cmを超え、枝も太く、葉上面はやや光沢があり、海岸近くに生えます。ビロードムラサキ Callicarpa kochiana はヤブムラサキに似ますが葉身長が15~30cmあります。トサムラサキはムラサキシキブに似ますが葉身長が4~12cmと小型でより葉先が尾状に伸びます。鹿児島大学ではインド・スリランカ原産のコダチムラサキシキブ Callicarpa arborea が栽培されています。
花の構造は?
ムラサキシキブ属の花は共通で紫色の筒状についた合弁花冠を持っています。
ムラサキシキブは花期が6〜8月。腋から集散花序を出し、淡紅紫色の花をつけます。花冠は長さ3〜5mm、上部は4裂し、裂片は平開します。雄しべ4個、雌しべ1個です。
コムラサキは花期が6〜7月。葉腋のやや上から集散花序を出し、淡紅紫色の花を10〜20個つけます。花冠は長さ3mmほどで、上部は4裂し、裂片は平開します。雄しべは4個、雌しべは1個、ともに花冠の外に突き出ます。
ヤブムラサキは花期が6〜7月。葉腋から集散花序を出して、紅紫色の花を2〜10個つけます。花冠は長さ4〜5mm、上部は4裂し、萼片は平開します。萼には白色の軟毛や星状毛が密生します。雄しべは4個、雌しべは1個、ともに花冠から長く突き出ます。
総じて形態に大きな違いはないと考えて良さそうです。
受粉方法は?
ムラサキシキブとヤブムラサキでは研究が進められており、どちらも主にミツバチ上科の仲間がやってきます(Tsukaya et al., 2003)。宮城県ではコハナバチ科やマルハナバチ属の仲間がやってくることが知られています。
訪花昆虫が共通していることもあるのか、イヌムラサキシキブ Callicarpa x shirasawana という雑種が発生することも知られています。
ムラサキシキブの花は興味深いことに、少し匂いはするものの、蜜は分泌せず、昆虫への報酬は花粉だけです(田中,2009)。
また、花と雄しべはハチが来る前は上~横向きで、ハチが止まると重みで柄が曲がって下を向き、花粉がこぼれ出しますが、雄しべの口は小さく、花粉は少しずつしか出しません。つまりハナバチにとっては報酬が少なく、擬態的な花であると言えるでしょう。
派手な花が必ずしも信用できるわけではないというのは自然界でも同じなようです。
果実の構造は?
ムラサキシキブ属は共通で核果です。核果は液果の一種で、中果皮が多肉質であることに加えて、内果皮が硬化して核となる果実です。
ムラサキシキブの核果は直径3mmほどの球形で、紫色に熟します。核は長さ約2mmです。
コムラサキの核果は直径約3mmの球形で、紫色に熟します。核は長さ2mmほどの扁平な倒卵形です。
ヤブムラサキの核果は直径3〜4mmの球形で、紫色に熟します。下部は毛が密生した萼片に包まれます。核は長さ3mmほどの広倒卵形で淡褐色です。
種子散布方法は?
ムラサキシキブ属の果実には明らかに熟すと色彩が変わり、液状の部分があることからも、種子は共通で鳥散布であると考えられています。
ムラサキシキブではシロハラの糞に含まれていた例があります(平田ら,2009)。ジョウビタキや(中村・中村,1995)、アトリも(ピッキオ,2013)、食べるとされます。
ヤブムラサキでは室内実験でメジロが食べた例(平尾ら,2021)、ソウシチョウの糞に含まれていた例が知られます(高橋ら,2003)。
果実の色が紫色というのは日本ではかなり珍しいと思われますが、鳥に餌メニューとしてどのように評価されているのかはよく分かりません。白色になる個体があることも含めて、興味深い謎が残されています。
引用文献
林将之. 2019. 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類. 山と溪谷社, 東京. 824pp. ISBN: 9784635070447
平尾多聞・平田令子・伊藤哲. 2021. メジロ体内における種子体内滞留時間に対する種子サイズの影響. 日本森林学会大会発表データベース 132: 449. https://doi.org/10.11519/jfsc.132.0_449
平田令子・畑邦彦・曽根晃一. 2009. 果実食性鳥類の糞の分析と針葉樹人工林への種子散布. 日本鳥学会誌 58(2): 187-191. https://doi.org/10.3838/jjo.58.187
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
茂木透・高橋秀男・勝山輝男・石井英美. 2003. 樹に咲く花 合弁花・単子葉・裸子植物. 山と溪谷社, 東京. 719pp. ISBN: 9784635070058
ピッキオ. 2013. 鳥のおもしろ私生活 森の野鳥観察図鑑. 主婦と生活社, 東京. 223pp. ISBN: 9784391143614
高橋直子・川上和人・河原輝彦. 2003. 移入鳥類による種子散布. 日本林学会大会発表データベース 114: 142. https://doi.org/10.11519/jfs.114.0.142.0
田中肇. 2009. 昆虫の集まる花ハンドブック. 文一総合出版, 東京. 80pp. ISBN: 9784829901397
中村登流・中村雅彦. 1995. 原色日本野鳥生態図鑑 陸鳥編. 保育社, 大阪. 301pp. ISBN: 9784586302055
Tsukaya, H., Fukuda, T., & Yokoyama, J. 2003. Hybridization and introgression between Callicarpa japonica and C. mollis (Verbenaceae) in central Japan, as inferred from nuclear and chloroplast DNA sequences. Molecular Ecology 12(11): 3003-3011. https://doi.org/10.1046/j.1365-294X.2003.01961.x