キャットミントとイヌハッカ(キャットニップ)はシソ科イヌハッカ属に含まれ、日本でもハーブとして、または観賞用に盛んに栽培されている多年草です。上唇が突き出す大きな花冠は特徴ですが、それよりもネコ科動物を酩酊状態にする「マタタビ反応」を引き起こす植物として有名でしょう。しかし、キャットミントとイヌハッカ(キャットニップ)の違いを正しく理解している人は日本語資料が少ないため少なそうです。2種は主に葉と花を確認することで判別できるでしょう。さらにブルーキャットミントと呼ばれる種類も2種とは異なる別種です。ミントとも別種です。キャットミントのネコ科動物への影響はキャットミント側ではなく、ネコ科動物側が蚊よけとして葉を利用している可能性が指摘されています。本記事ではイヌハッカ属の分類・形態・生態について解説していきます。
キャットミント・イヌハッカ(キャットニップ)とは?
キャットミント Nepeta x faassenii はネペタ・ネペテラ Nepeta nepetella と ネペタ・ラセモーサ Nepeta racemosa が、栽培地で人工交配して生まれた雑種の多年草です。ウォーカーズロウ ‘Walker’s Low’ は代表的な品種です。
イヌハッカ(犬薄荷) Nepeta cataria は別名キャットニップ、チクマハッカ(筑摩薄荷)、西洋マタタビ。Nepeta mussinii はイヌハッカのNepeta cataria のシノニム(旧学名)ですがキャットミントの学名と誤ってされることもあります。ユーラシア大陸に広く分布し、日本には薬用として導入されたものが逸出したと推定されている多年草です(神奈川県植物誌調査会,2018)。
いずれもシソ科イヌハッカ属に含まれ、日本でもハーブとして、または観賞用に盛んに栽培されている多年草です。
雄しべは4本はすべて完全で、花冠は大型、上唇が突出し、花序は頂生し、多数の花が輪生状につき、茎は直立することで他のシソ科の種類から区別されます。
しかし、一般の人にとってはこのような形態的な特徴より、マタタビ Actinidia polygama と同様にネコを酩酊状態にする「マタタビ反応」を引き起こすことの方が重要な特徴と言えるかもしれません。これがキャットミントやキャップニップという名前の由来になっています。
この特徴から比較的シソ科の中でもよく知られたハーブと言えそうですが、キャットミントとキャットニップは極めて混同されていると言っても良いでしょう。
これには英語と日本語で指す種類の範囲が異なるという事情もあるでしょう。
日本語で「キャットミント」というとNepeta x faassenii という学名の一種類を指すのに対して、英語で「キャットミント」というとNepeta x faassenii に加えてイヌハッカも含んでしまいます。
見た目に関しても具体的にどう違うかについて説明するサイトが少ないことが混乱の拍車をかけていそうです。
キャットミントとイヌハッカ(キャットニップ)の違いは?
ここではキャットミントは1種類を指すと考え、イヌハッカ(キャットニップ)との違いについて説明します(Spencer et al., 2002)。
まず挙げられてるのは葉の違いで、キャットミントでは葉の長さが3cm程度であるのに対して、キャットニップでは葉の長さが3cm以上であるという違いがあります。
花に関しては、キャットミントでは花冠が長さ12mmまでと長く、淡いラベンダー色で暗い斑点があり、萼は普通緑色で、鋭く突き出すのに対して、キャットニップでは花冠が長さ7~10cmと短めで、白から淡紫色で紫色の斑点があり、萼は普通紫色で、鈍く突き出すという違いがあります。
花冠の長さがかなり異なるので花序の外観はかなり異なって見える印象で、キャットニップの方が密に花が固まっているように見えるでしょう。
なお、キャットミントは日本の園芸で「ブルーキャットミント」と呼ばれるペルシャキャットミント(ネペタ・ラセモーサ) Nepeta racemosa ともかなり混同されています。
しかし、ブルーキャットミントはキャットミントの原種の1つで別物です。
具体的にはキャットミントでは葉が狭長楕円形から狭披針形、基部はないかわずかに心形であるのに対して、ブルーキャットミントでは葉が卵形で、基部は明らかに心形であるという違いがあります。





キャットミントとミントとの違いは?
キャットミントとミントの違いが気になる人もいるかもしれません。
ミントとは普通ハッカ属 Mentha の総称です。
分類上は非常に近い上に同じハーブなので混同されますが、植物としてはキャットミントは花が大型で花冠の先が突出するのに対して、ミント(ハッカ属)は花が小型で花冠の先の突出が小さいという違いがあります。

キャットミントはなぜネコを酩酊状態にする?実はネコ側の適応だった!?
キャットミントを含むイヌハッカ属はイエネコ Felis catus の約2/3の個体と、ライオン Panthera leo、トラ Panthera tigris、オセロット Leopardus pardalis を含む多くの野生ネコ科動物に影響を与え、転がったり、頬をこすったり、足でつついたりといった遊びの行動(マタタビ反応)を引き起こすことが知られています。
この行動は非常に可愛くわざわざマタタビやキャットミントを購入して与えるという人もいるでしょう。
その原因物質は、ネコ科のフェロモンを模倣すると考えられている揮発性代謝物で、イリドイドの一種であるネペタラクトンであることが分かっています(Lichman et al., 2020)。
このネペタラクトンはなぜ進化したのでしょうか?キャットミントがネコを呼び寄せることになにかメリットがあったのでしょうか?
少なくともイヌハッカ属に関してはそうではなくて自身の体を食べる植食性昆虫から身を守るために進化したと考えられています。
ネペタラクトンのようなイリドイドは元々シソ科で広く合成されており、イヌハッカ亜科 Nepetoideae (いわゆる一般的なハーブやミントを含む仲間)の祖先の段階でモノテルペンやセスキテルペンがイリドイドにとって変わってイリドイドの生合成能力を失ったあと、イヌハッカ属の祖先は祖先帰りしてもう一度ネペタラクトンを合成するようになりました。
そのためネペタラクトンのようなイリドイドの合成の歴史は実際はシソ科全体に遡るまで古いものなのです。
ではなぜネコはキャットミントで酩酊状態になるようになったのでしょうか?
この点に関して最近日本人研究者らによって興味深い仮説が発表されました(Uenoyama et al., 2021)。
それは、ネコ科の動物がマタタビやイヌハッカ属の葉で酩酊状態になるのは、葉を体に擦り付けることにより、マタタビのネペタラクトールやイヌハッカ属のネペタラクトンが顔や頭に移動し、それがヒトスジシマカなどの蚊に刺されるのを防止するためだというものです。
この実験では実際にマタタビを擦り付けたイエネコでは蚊に刺される確率が低くなることを示しています。
そのため今までは偶然、ネコ科のフェロモンとマタタビやイヌハッカ属の防虫物質が一致しただけだと解釈されてきましたが、この考えでは明確に適応的な理由があったと考えられそうです。
ただ、私見ですが実際に自然界でネコ科動物とマタタビやイヌハッカ属がどの程度遭遇する可能性があったのか?なぜこの2グループの植物でだけ起こるのか?という点は不明で、この点も今後検討されていくと興味深い生物間相互作用の世界が分かってくるでしょう。
引用文献
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
Lichman, B. R., Godden, G. T., Hamilton, J. P., Palmer, L., Kamileen, M. O., Zhao, D., … & O’Connor, S. E. 2020. The evolutionary origins of the cat attractant nepetalactone in catnip. Science Advances 6(20): eaba0721. https://doi.org/10.1126/sciadv.aba0721
Spencer, R., Holmes, R., McNaughton, V. 2002. Lavandula. In: Spencer, R. Horticultural Flora of South-eastern Australia. Volume 4. Flowering plants. Dicotyledons. Part 3. The identification of garden and cultivated plants. University of New South Wales Press, 576pp. ISBN: 9780868406848, https://hortflora.rbg.vic.gov.au/taxon/ada142f6-5340-11e7-b82b-005056b0018f/key
Uenoyama, R., Miyazaki, T., Hurst, J. L., Beynon, R. J., Adachi, M., Murooka, T., … & Miyazaki, M. 2021. The characteristic response of domestic cats to plant iridoids allows them to gain chemical defense against mosquitoes. Science Advances 7(4): eabd9135. https://doi.org/10.1126/sciadv.abd9135