日本では一部地域を除いて昆虫食は極めて稀で特に都市部の若い世代ではほとんど食べる習慣がないと言えるでしょう。
食糧不足に備えて昆虫食を推奨する声もありますが、「絶対に嫌!」という悲鳴がSNSを中心に聞かれます。私も昆虫を仕事にしておきながら、どちらかというと可哀想という意味で食べ物としては抵抗があります。
それはそれとして、実は不本意ながら日本人は毎日昆虫(から抽出された成分)を食べています。その代表例がコチニールカイガラムシが生成するカルミン酸を含むコチニールと、ラックカイガラムシが生成するラックを熱処理または溶媒抽出することで作られるシェラックです。
現在の用途をざっくりいうとコチニールは純粋な色素として食品と化粧品の着色料に、ラックは色素として食品の着色料に、シェラックは蝋(ワックス)として接着剤・食品の光沢剤・木材の仕上げ剤・SP盤のレコードなど多数に使用されています。
コチニールは基本的には安全ですが、まれにコチニール入りの化粧を日常的に使っている人にアレルギーの症状があるので注意が必要です。
コチニールが虫が入っているのに使われ続ける理由はまだ安全で安価な人工着色料が見つかっていないからであると言えるでしょう。
本記事ではコチニールカイガラムシやラックカイガラムシについてとそれらが生産する成分について解説していきます。
コチニールカイガラムシとラックカイガラムシの違いは?
まず混同されるコチニールカイガラムシとラックカイガラムシの違いを整理しておりましょう。
コチニールカイガラムシ(別名エンジムシ) Dactylopius coccus はカイガラムシ上科の中でもコチニールカイガラムシ科 Dactylopiidae に分類され、アメリカ合衆国南西部からメキシコを経て南米の温帯地域に分布しています(Schowalter, 2025)。現在では中国でも飼育されることがあります。ウチワサボテン類(サボテン科)を宿主としていて、ウチワサボテンの篩管(植物が光合成した糖を全身に運搬する管)に口針を突き刺して篩管液を栄養にして暮らしています。
一方、ラックカイガラムシ Kerria lacca (Laccifer lacca はシノニム)はカイガラムシ上科の中でもラックカイガラムシ科 Kerriidae に分類され、中国・南アジア(インド・パキスタン・バングラデシュ)・東南アジア(インドネシア・ベトナム・ラオス・ミャンマー)に分布しています(渡辺,2003;岳川,2010;Bashir et al., 2022)。宿主は極めて広く世界中で400種以上の植物が報告されていますが、商業的にはハナモツヤクノキ Butea monosperma(マメ科)・セイロンオーク Schleichera oleosa(ムクロジ科)・インドナツメ Ziziphus mauritiana(クロウメモドキ科)の3種を利用されています。やはり篩管に口針を突き刺して篩管液を栄養にして暮らしています。
このように同じように植物にへばりついていますが、コチニールカイガラムシは元々はアメリカ大陸にいるのに対して、ラックカイガラムシはユーラシア大陸にいます。利用する植物も生息地も全く異なることがわかるでしょう。
生成する成分も異なります。
コチニールカイガラムシは防御物質であり色素でもあるカルミン酸を生成するのに対して、ラックカイガラムシは蝋状のラックを生成し、ラックの中に色素としてラッカイン酸を含んでいます。





なぜコチニールカイガラムシはカルミン酸を進化させた?
カルミン酸は本来コチニールカイガラムシはアリ・テントウムシ・クサカゲロウなどの肉食昆虫や微生物から身を守るために分泌するように進化したと考えられています(Schowalter, 2025)。カルミン酸の防御は強力で捕食する種類は極めて少ないです。
しかし、一部の昆虫はそれでもコチニールカイガラムシを捕食することが知られています。メイガ科の肉食性の蛾の幼虫 Laetilia coccidivora はコチニールカイガラムシをカルミン酸の含む嚢液を吐き出すことで捕食することが分かっています。しかしその場合でもカルミン酸を含まないカイガラムシを食べて育つより大幅に生存率・発達率・繁殖率が悪くなっています。
カルミン酸は人間にとっては色素の原料でしかありませんが、本来はコチニールカイガラムシにとっても大事な成分なのです。
コチニールカイガラムシ自体が赤色になることがあるのも、カルミン酸のためであると考えられ、色素と防御物質の両方の性質を持つことで「赤いほど毒が強いぞ!」ということをアピールすることを目的とした、「正直な信号(honest signal)」としての警告色である可能性がありますが、詳しくは検討されていないと思われます。色素と抗酸化物質を兼ねることで正直な信号になっている警告色の例についてはよく知られています(Blount et al., 2009)。
コチニール・ラック・シェラックの用途の違いは?
コチニールカイガラムシは熱湯で殺虫・乾燥させると「黒色コチニール」になり、黒色コチニールを粉砕すると「コチニール」となりカルミン酸を含みます。染色を目的とする場合は、更にカルミン酸を人為的に化学反応させて「カルミン」を合成します(穐山・杉本,2014;Schowalter, 2025)。
一方、ラックカイガラムシが生成するラックは最初は寄生している植物の枝に固まっていますが、そこから枝を外したものは「スティックラック」と呼ばれています(都甲・駒城,2007)。このスティックラックは洗浄・乾燥させることで「シードラック」と呼ばれるものになり、更に熱処理または溶媒抽出することで虫の死骸を含まず、ラッカイン酸を減らしたりなくした純粋なワックスである「シェラック」が作られます。
ラックとシェラックが異なるものである点は注意が必要です。
最終的に生産されるこれらの成分はどのように用途が異なるのでしょうか?
現在の用途をざっくりいうとコチニールは純粋な色素として食品と化粧品の着色料に、ラックは色素として食品の着色料に、シェラックは蝋(ワックス)として接着剤・食品の光沢剤・木材の仕上げ剤・SP盤のレコードなど多数に使用されています。
コチニールは鮮やかな赤色になることから、元々は布染めに使用され、少なくとも紀元600年頃から中南米で使用されていた記録があります(Schowalter, 2025)。大航海時代にコロンブスがアメリカ大陸に訪れると旧来のものより強度と耐久性に優れていることから、ヨーロッパの貴族の間で重宝され、やがて安価になり世界中にもたらされました。日本にも桃山時代~江戸時代の南蛮貿易によってもたらされ、戦国武将も利用していました(都甲・駒城,2007)。しかしアニリン染料が登場すると布染めの用途は衰退し、別の用途が開拓されていきます。
コチニールは現在の日本では清涼飲料水・酒・かき氷のシロップ・菓子・ハム・ソーセージ・蒲鉾などの食品の着色料や口紅・リップ・頬紅(チークカラー)・アイシャドウ・ネイルなどの化粧品や画材に使用されています。なお、日本で使われているものは食品はカルミン酸、化粧品ではカルミンです(猪又,2025)。

ラックはまだラッカイン酸を多く含んでいるので、布染めとして利用され、ラック染め(紫鉱染)として知られています(岳川,2010)。紀元前2000年頃、中国やインドの地域で、染料や花没薬という薬物(漢方)として使用されて来ました。日本には奈良時代には既に入っており、正倉院で見つかっています(都甲・駒城,2007)。やはりアニリン染料や西洋医学の登場で利用が衰退しました。
ラックは現代の日本では食品にも添加され菓子・餡・ベーコン・ソーセージ・麺・水産加工品・ジャムに色をつけるために使用されています。
シェラックは元々は木材の保護と艶出しとして優秀なことから、仕上材として利用されてきましたが、20世紀初めに発達した電気産業が電気の絶縁体としても優秀なことに目をつけ需要が増大しました。しかし、1907年アメリカ人のレオ・ベークランドが代替品としてベークライトを発明するとその用途での利用は衰退します(Le Couteur & Burreson, 2003)。
しかしシェラックのその他の用途は多方面に広がっていき、現在の日本では塗料・接着剤・弦楽器や木製家具に塗るニス・手が汚れない粒状のチョコレートやガム・錠剤の医薬品・天津甘栗のコーティング剤・SP盤のレコードなど数え切れないほど利用されています(岳川,2010)。

まさに古代から現在まで形を変えながら社会を支え続けている虫なのです。
日本人は本当にコチニールカイガラムシを食べている?コチニールカイガラムシが飼育されて色素として食卓に登るまで
そもそもコチニールカイガラムシをほんとに日本人は食べているの?と疑問に思う人はいるかもしれません。
つまりコチニールが使用されていることはともかくとしてそれはあくまで抽出された化学成分であって、コチニールカイガラムシ本体ではないのではないかという話です。(その時点では嫌な人は嫌ですが…。)
しかし残念ながら(?)胸を張って日本人はカイガラムシを食べていると言えます(穐山・杉本,2014;Schowalter, 2025)。
ウチワサボテン類から収穫されたコチニールカイガラムシはお湯に浸すか、日光や熱にさらして殺し、その後、保存のために生重量の約30%になるまで乾燥させます。これが「黒色コチニール」です。
そして、黒色コチニールを粉砕してできた粉末を「コチニール」といいます。1ポンド(0.45キログラム)のコチニール色素を作るには、約7万匹もの虫が必要です(Miller, 2022)。
コチニールをアンモニア水または炭酸ナトリウム溶液で煮沸し、ミョウバンを加えると、赤色のカルミン酸アルミニウム塩が沈殿します。このカルミン酸アルミニウム塩こそが「カルミン」です。
さらに塩化スズ・クエン酸・ホウ砂・石灰などの他の成分を加えることで、ピンクから紫まで様々な色を作り出すこともできます。
つまり間違いなく虫を丸ごと粉砕したものを食品や化粧品に塗ったり、練り込んだりしているということになります。
一方、ラックカイガラムシのラックは同様に虫体を含んでいますが、シェラックに関してはほとんど成分のみということになります。
コチニールカイガラムシは気持ち悪い?
コチニールカイガラムシが気持ち悪いかどうかはもちろん主観ですが、そう思われてしまう要因はいくつかあります。
まずカイガラムシは一般的に葉にびっしりつき、ワタのようなワックスを生成します。これは水分の喪失、過度の太陽光への曝露、アリなどの捕食者から身を守るためだと考えられていますが、これが見た目が汚くなる要因です。
更に篩管液から吸った余分な糖分を排出するため(またアリに護衛してもらう報酬とするため)、「おしっこ(糖尿)」をするので、これが葉に乗り、高い粘度からネバネバとした状態になる上に、植物自体も弱っていくので、より汚らしい印象になります。
ただ私のような物好きは「ちっちゃくて可愛い!」と思ってますけどね。
それに、皆さんが赤い飲み物やマカロンのようなお菓子を食べながらお化粧をして、InstagramなどのSNSでキラキラとした「映える」写真を撮って投稿することができるのはカイガラムシのおかげという事もできます。
ですから一概に「気持ち悪い」と一蹴してしまうより、お世話になっているものに感謝と敬意を払ってみるのも悪くないとは思います。食べれる側のコチニールカイガラムシにとってもたまったものではありませんしね。(結果として飼育され種が存続しているという視点もありますが。)
生理的な嫌悪を感じることもあるかもしれませんが、日本史的にもお歯黒のためにヌルデシロアブラムシ Schlechtendalia chinensis の虫瘤(五倍子、ヌルデミミフシ)を使用するなど意外にも化粧と昆虫は関係が深いのです(江連ら,1987)。
コチニールの危険性は?アレルギーは?
ただ現実的なコチニールカイガラムシの問題もあります。それはアレルギーが存在することです(穐山・杉本,2014;猪又,2025)。
コチニールのアレルギーのパターンは複数存在します。
1つ目のタイプは職業性吸入曝露のタイプで、コチニールカイガラムシからの色素抽出に従事したり、化粧品工場でカルミンを取り扱うなど、業的にコチニール色素やカルミンに吸入曝露する労働者がアレルギーを発症するものです。
2つ目のタイプは、コチニールを含んだ化粧品による皮膚症状を呈するタイプです。
3つ目のタイプは、コチニールを含んだ食品の経口摂取により生じるタイプです。
一番最悪なパターンとして2つ目のタイプと3つ目のタイプが合わさったもので、コチニールを含んだ化粧品を顔に塗ることで、この化粧品を「ヒトの体を攻撃する異分子だ!」と誤解した免疫がその分子構造を記憶し(免疫記憶)、次にコチニールを含んだ食品を食べたときに免疫が過剰反応し、自身の体ごと攻撃してしまうというものです。これは「アナフィラキシーショック」と呼ばれます。
この原因についてはコチニールのカルミンではなく、コチニールカイガラムシの体液由来の残存したタンパク質が、IgEを介するアレルギー症状の発現に関与していると考察している研究者も多いですが、カルミンにも反応するという報告もあり諸説あります。
本来このシステムは寄生虫に対して反応するために進化したと考えられています(Palm et al, 2012)。つまりタンパク質が原因だとすると、私たちの体がコチニールカイガラムシの体液を含んだ化粧品を「寄生虫だ!」と誤解するために起こっている反応であると言い換えることができます。
このように聞くととても恐ろしいものにも感じますが、幅広く使用されているにも関わらず、日本で論文として記録が残されるようになったときから2018年までに日本人症例22例が報告されているのみで死亡例はありません(Takeo et al., 2018)。
とはいえ、知名度がないことが原因でもっと発生している可能性もありますし、もし違和感がある場合は必ず医師に相談しましょう。
なぜコチニールが使用されて続けている?
なぜ「気持ち悪い」という意見やアレルギーの可能性があるコチニールが使用され続けているのでしょうか?
実は赤色の人工着色料が使用されていた時期もあるのですが、1970年代頃から、着色料と子供の多動性との関係に関する報告や、特定の染料が癌のリスクを高める可能性があることを示唆する細胞および動物実験の結果が示されるようになり、これらの合成染料に対する健康への懸念が高まり始めました(Miller, 2022)。
この懸念が、赤色2号や赤色4号など、一部の染料の最終的な禁止につながりました。ただし実際に後から有害性が撤回されたものもあります。
その結果、カルミン酸のような天然由来の着色料の人気が高まり始めました。
天然の着色料はとても長い歴史がその安全性をある程度担保していると考えることができるからです。更に製造プロセスが既に確立されていることで時間的にも金銭的にも安価な製造が可能という側面もあります。
しかし、上述のような理由に加えて、アメリカでは昆虫由来の製品をうっかり食べたくないと考えるビーガン・ベジタリアン・動物愛護活動家も増えています。
それに大量のウチワサボテンを使用する生産効率が必ずしも良いとは言えません。
そのため、人工合成する方法も研究されつつありますが、実用化はまだ先です。
引用文献
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Bashir, N. H., Chen, H., Munir, S., Wang, W., Chen, H., Sima, Y. K., & An, J. 2022. Unraveling the role of lac insects in providing natural industrial products. Insects 13(12): 1117. https://doi.org/10.3390/insects13121117
Blount, J. D., Speed, M. P., Ruxton, G. D., & Stephens, P. A. 2009. Warning displays may function as honest signals of toxicity. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 276(1658): 871-877. https://doi.org/10.1098/rspb.2008.1407
江連徹・桂啓文・天日常光・田口博康・池田政明・松崎愛一郎・鈴木哲男. 1987. お歯黒の概念および実例報告. 岩手医科大学歯学雑誌 12(2): 217-221. https://doi.org/10.20663/iwateshigakukaishi.12.2_217
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Le Couteur, P. C., & Burreson, J. 2003. Napoleon’s Buttons: How 17 Molecules Changed History. Tarcher, 384pp. ISBN: 9781585422203 [=2011. スパイス、爆薬、医薬品 世界史を変えた17の化学物質. 中央公論新社, 東京. 368pp. ISBN: 9784120043079]
Miller, B. J. 2022. Cochineal, a red dye from bugs, moves to the lab. Knowable Magazine: 032522-1, ISSN: 2575-4459, https://doi.org/10.1146/knowable-032522-1
Palm, N. W., Rosenstein, R. K., & Medzhitov, R. 2012. Allergic host defences. Nature 484(7395): 465-472. https://doi.org/10.1038/nature11047
Schowalter, T. D. (2025). Ecology, use, and management of cochineal insects (Hemiptera: Dactylopiidae). Journal of Integrated Pest Management 16(1): pmaf033. https://doi.org/10.1093/jipm/pmaf033
岳川有紀子. 2010. 天然樹脂状物質シェラックの利用―正倉院宝物と薬効を中心に―. 大阪市立科学館研究報告 20: 65-70. https://www.sci-museum.jp/wp-content/themes/scimuseum2021/pdf/study/research/2010/pb20_065-070.pdf
Takeo, N., Nakamura, M., Nakayama, S., Okamoto, O., Sugimoto, N., Sugiura, S., … & Matsunaga, K. 2018. Cochineal dye-induced immediate allergy: review of Japanese cases and proposed new diagnostic chart. Allergology International 67(4): 496-505. https://doi.org/10.1016/j.alit.2018.02.012
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