大航海時代に「スパイス(香辛料)が腐った肉の匂いを隠すために使われた」というのは嘘だった?本当の理由は?保存性を高めるためというのも嘘?

植物

私は元は理系ですが世界史のコンテンツを好んで読んでいます。

その中で気になる話を聞いたことがあります。それはスパイス(利用部位として茎と葉と花を除く香辛料)にはそれほど抗菌作用はなく、「スパイスが腐った肉の匂いを隠すために使われた」という説です。これが本当なのかは前から疑わしいと思っていました。

今回調査したところ、結論から言うとその説は非常に根拠が薄いです。理由はスパイスが高価すぎ市民には使えないからです。

スパイス自体の効能は抗菌作用・抗酸化作用・胃腸刺激による食欲増進・抗炎症作用と多岐にわたりますが、あえて大航海時代に欧米の富裕層が外国にスパイスを求めた理由は、エキゾチックな味が目的であり、中毒性のある脳内神経伝達物質(脳内ホルモン)の分泌を促したからだと考えられるでしょう。

そして最終的には欧米の富裕層の衒示的消費(富を見せびらかすための消費)へと発展していきます。

ただし、魚特有の臭み消しに実際に使えることは分かりつつあるので、腐敗したものではないですが、一部のスパイスが臭み消しに使えるということは事実ではあります。

また、スパイスの保存作用を高める抗菌作用・抗酸化作用が重要であったという説もあります。これは高校世界史でも時折見かける説明です。

スパイスに抗菌作用があることも事実ですが、大航海時代の時点では欧米ではそれに自体に需要があった可能性は低いです。一方、原産地では抗菌作用は重要であったと考えられます。

本記事ではスパイスが腐った肉の匂いを隠すために使われたことが嘘である理由と、大航海時代に欧米諸国がスパイスを求めた本当の理由について解説していきます。

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大航海時代に「スパイスが腐った肉の匂いを隠すために使われた」説はなぜ嘘であると言える?

「スパイスが腐った肉の匂いを隠すために使われた」がなぜ根拠が薄いと言えるのでしょうか?

一番の問題は大航海時代のスパイスが高価すぎるという点です(Murphy, 2024)。

ヨーロッパにはそもそもセージ・ローズマリー・タイムといった料理に使われる在来のハーブや、ネギやタマネギといった香りの強い野菜が豊富にありました。しかし、「スパイス」(コショウ・ナツメグ・クローブなど)は、中東やアジアからの香辛料貿易を通じてしか輸入できませんでした。

帰還した十字軍や巡礼者によって普及したエキゾチックなスパイスは、中世の上流階級の間で非常に貴重な贅沢品として大航海時代以前に既に流行していましたが、比較的希少であること、名声があること、そしてフランスやイギリスの食卓に届くまでの距離が長いことから、非常に高価でした。これでは一般家庭では食べることができません。

それにほとんどの家庭では、家畜や魚を飼育したり、狩りをしたり、それらを委託することで短期間で動物を殺して食べることができました。家畜としては例えばガチョウ・アヒル・ニワトリ・ブタ・ヒツジなどです。

加えて、余ったとしても塩漬け・燻製・乾燥・蜂蜜漬けといった保存方法もあります。ジャーキーやハムはその一例です。

以上から中世のヨーロッパ人は腐った肉をわざわざ食べていなかったのです。

ただし、スパイスの一種であるウイキョウ(フェンネル、地中海沿岸原産)の果実(フェンネルシード)やナツメグ(東南アジア原産)の種子の仁から取れた精油が実際に肉や魚の臭み消しができる事自体は確認されています(Takahashi et al., 2004)。

そのためウイキョウのようなヨーロッパ在来の植物を使って獣臭さや魚臭さを取った可能性は残されていますが、腐肉臭ではないでしょう。

なぜデマが拡散された?

なぜこのような主張が出回ったのでしょうか?これには影響力のある書籍が関係しています(Myers, 2006)。

1939年、J・C・ドラモンドとアン・ウィルブラハムは『The Englishman’s Food: Five Centuries of English Diet(英国人の食:5世紀にわたる英国食生活)』を出版しました。その中で彼らは、中世ヨーロッパの富裕層(そして狡猾なパン屋や食料品店主たちも)がスパイスを切実に必要としていたのは、主に肉が腐りかけており、スパイスが古い食材の匂いや風味を覆い隠していたためだと示唆しました。

しかしドラモンドは生化学者であり、中世食文化の専門家ではない上に、中世の保存技術が未熟で 「スパイスの主目的は味を隠すこと」 と最初から決めつけている部分があり、文献的裏付けがほとんどなく、誤読や推測に依存していたのです。

ところが、彼の文章の読みやすさと、彼の社会的地位から得た権威が相まって、彼の著書は重みを持ち、食の歴史を気軽に調べようとする人々にとって最適な参照先となりました。

これよりこの説が噂の広がりのように、不正確な情報が真実のように繰り返される言及の連鎖を生み出しました。

最悪なことに発言者が複数の情報源から同じ不正確な情報を聞いているにもかかわらず、それらがすべて単一の情報源に帰結していることに気づかないため、まるでこの説が優勢であるかのように勘違いを生み出したのです。

大航海時代にヨーロッパが外国にスパイスを求めた本当の理由は?

では大航海時代(15世紀半ばから17世紀半ば)の段階でスパイスを求めた理由は何なのでしょうか?

一番初めの理由は「珍味」であり、エキゾチックな味だからだと言うことでしょう。

これは少し短絡的にも思えますが、裕福な人が新しい味を求めてグルメになり、珍しい食材を求める傾向は現在でも見られます。

ただ美味しいだけならこれで終わりですが、例えば中南米原産ではあるものの、トウガラシの果実に含まれているカプサイシンにはその辛味(痛み)によって、脳内神経伝達物質(脳内ホルモン)の一種で脳内麻薬とも呼ばれるβ-エンドルフィンやドーパミンの分泌を促すことが知られています(Fattori et al., 2016)。

これによって病的ではないものの、中毒(依存症)とも言える作用もあります。

他にもスパイスが脳内ホルモンに影響する事例として動物実験レベルが主ではありますが以下のようなものがあります。

植物名スパイスになる部位原産地効果のある化学物質脳内への効果
コショウ Piper nigrum果実インド原産ピペリン脳内のセロトニンやノルアドレナリンの増加、抗うつ様作用(Li et al., 2007)。
チョウジ(クローブ) Syzygium aromaticum花蕾東南アジア原産オイゲノールセロトニンやHPA軸の調節などを介して抗ストレス・抗不安効果(Garabadu et al., 2011)。
ニクズク Myristica fragrans種子(ナツメグ)東南アジア原産ミリスチシンMAO抑制作用が示唆され、結果的にモノアミン(セロトニン・ドーパミン等)増加を引き起こす可能性(Seneme et al., 2021)。1960~1970年代にかけてヒッピー文化において幻覚剤として用いられていた。
セイロンニッケイ Cinnamomum verum樹木の内樹皮(シナモン)インド原産シナミックアルデヒドセロトニンやメラトニンの上昇、ノルアドレナリン低下などの神経伝達物質変動を示す報告があり、睡眠・気分に影響する可能性が示唆(Hidayat et al., 2022)。
ショウガ(ジンジャー) Zingiber officinale根茎インド原産ジンジャロール神経保護・抗不安・抗うつ様効果の報告があり、セロトニンやGABA系との関連が示唆(Kim et al., 2018)。
ウコン(ターメリック) Curcuma longa根茎インド原産クルクミンセロトニン・ドーパミン・ノルアドレナリンの増加やモノアミン酸化酵素(MAO)阻害、抗炎症を介した神経機能改善(ヒトでも検証済み)(Kulkarni et al., 2010)。
サフラン(バンコウカ) Crocus sativus雌しべの花柱枝ギリシア原産クロシン・クロセチン・サフラナールクロシン・クロセチン・サフラナール:セロトニン・ドーパミン・β-エンドルフィン等の調節で報酬系やオピオイド系にも作用するというデータあり(Chauhan et al., 2024)。
コウシラン(バニラ)Vanilla planifolia種子(バニラビーンズ)中米原産バニリン脳内のセロトニンやドーパミンを上げるというデータがあり、アロマが気分改善に寄与(Xu et al., 2015)。

これらの作用によってより強くスパイスを求める効果はあったのでしょう(Le Couteur & Burreson, 2003=2011)。

さらにここから交易が発展していき、スパイスが一層高価になってくると、欧米の富裕層が「自分は高価なスパイスを日常的に使用できるほどお金持ちである!」ということを見せびらかす目的へと変貌していきました(Freedman, 2005)。

これは経済学でいうところの「衒示的消費(顕示的消費・誇示的消費)」にあたります。これも「ただの自慢」ということに留まらず進化生物学では「ハンディキャップ理論」として理論化され、ヒトにおいても重要な消費の動機として知られています(Miller, 2009=2017)。

以上のように大航海時代にスパイスを求めた理由は珍味の探求→中毒性→衒示的消費と変遷していたことが考えられます。

なお、ヨーロッパがスパイスをわざわざ航海によって得ようとした理由は15世紀にオスマン帝国が東ローマ帝国を滅ぼして東地中海に進出し非常に高い関税を課すようになった結果、元々イスラームのカーリミー商人とヴェネツィアのイタリア商人間で行われていた東方貿易(レヴァント貿易)経由では入っていたスパイスが途絶えてしまったためです。

結果としてポルトガルやスペインによるイスラーム圏に左右されないスパイスを求める活動がオランダ・イギリス・フランス・ドイツ・アメリカ・イタリア・ベルギーの帝国主義へと広がっていき、世界中の欧米による植民地支配に繋がっていったのです。

スパイスの抗菌性はスパイスの需要と関係ある?

しかし、少しややこしいですが、大航海時代に欧米人がスパイスを求めた理由は珍味の探求・中毒性・衒示的消費であると言えますが、その植民地の原住民の人々がスパイスを利用していた理由は別でしょう。

現地の人々にとっては欧米人とは異なりスパイスは自生しており安価で、民俗や食文化に深く組み込まれていたはずだからです。

その理由はもちろん味や中毒性も考えられますが、文化として永続的に組み込まれた理由としては脂質の抗酸化作用・抗菌作用・防虫作用・防獣作用・胃腸刺激による食欲増進・抗炎症作用・臭いのマスキング効果があることが考えられます(Gottardi et al., 2016)。更にまだ科学的証明が不足していますが、特定の臓器への生薬としての役割も期待されていました。

特に抗酸化作用・抗菌作用は食物の保存性を高めたり、遺体の防腐処理を行う上で重要であったと考えられます。コショウ・トウガラシ・クローブ・ナツメグ・サンショウなどを含む主要な99種のスパイスで抗菌作用があることが証明されています。

このような抗菌効果は大航海時代の欧米諸国では特別には重視されなかったかもしれません。

しかし、17世紀から18世紀にかけてオランダ・アジア貿易が進み、貿易の拡大と商人・企業間の競争の結果、多くの商品価格は地域間で収斂しはじめ、欧米でもスパイス・お茶・砂糖などの植民地商品が一般家庭の品目へと広がると(De Zwart, 2016)、一般家庭でも普通に消費されるようになりました。

日本では明治維新(1853年)以降にアジア由来のスパイスに加えて、トウガラシなどの南米由来のスパイスも加わっていきます。

この段階で一部の人は抗菌作用や健康効果を意識し始めたかもしれません。

その後から科学的な研究が進み、抗菌作用や健康効果などの機能が実在することが証明され、改めて注目されるようになりました。

このようにスパイスは地域や時代によってその役割が複雑に変わっていったのです。「大航海時代」という括りではスパイスが臭み消しや抗菌作用を目的としたという説はかなり薄いですが、スパイス自体にその効果がないというわけではないということは抑えておきましょう。

引用文献

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Garabadu, D., Shah, A., Ahmad, A., Joshi, V. B., Saxena, B., Palit, G., & Krishnamurthy, S. 2011. Eugenol as an anti-stress agent: modulation of hypothalamic-pituitary-adrenal axis and brain monoaminergic systems in a rat model of stress. Stress 14(2): 145-155. https://doi.org/10.3109/10253890.2010.521602

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