サンショウ・イヌザンショウ・カラスザンショウは日本ではよく見られる種類で特にサンショウは現代でも料理に欠かせません。いずれもミカン科サンショウ属で植物体全体に刺が多く、奇数の小葉からなる奇数羽状複葉であることからよく似ています。山椒特有の匂いも共通に存在しているので区別に迷うことは多いでしょう。しかし、これら3種は様々な部分を観察することで確実に区別できます。特に葉を比較することは大事です。サンショウは香辛料として利用されるものの、他2種の利用は臭みがあるため料理への利用は一般的ではありません。サンショウ属の訪花昆虫の研究は不足していますが、ハナバチを中心としたハチ類に好まれているようです。果実は分果で熟すと裂果し、種子を見せます。これは一見重力で種子を散布し生息地を広げているようにも思えますが、種皮を餌にして、鳥によって食べられてその代わりに生息地を広げていることが分かっています。本記事ではサンショウ属の分類・送粉生態・種子散布について解説していきます。
サンショウ・イヌザンショウ・カラスザンショウとは?
サンショウ(山椒) Zanthoxylum piperitum は日本の北海道、本州、四国、九州;朝鮮半島に分布し、丘陵や低い山地のやや湿り気の多い林縁や林内に生える落葉低木です。若葉を香味料に、果実を香辛料として利用するため、庭などに栽培されていることも多いです。
イヌザンショウ(犬山椒) Zanthoxylum schinifolium var. schinifolium は別名青花椒。日本の北海道、本州、四国、九州;朝鮮半島、中国に分布し、河原や崩壊地、伐採跡などに生える落葉低木です。和名はサンショウに似るものの香りが悪いことが由来です。
カラスザンショウ(烏山椒) Zanthoxylum ailanthoides var. ailanthoides が日本の本州、四国、九州、琉球;朝鮮半島、中国、台湾、フィリピンに分布し、河原や崩壊地、伐採跡などに生える落葉高木です。裸地ができると、真っ先に侵入して先駆植生をつくります。和名はサンショウのようには価値がないことが由来です。
いずれもミカン科サンショウ属で植物体全体に刺が多く、奇数の小葉からなる奇数羽状複葉であることからよく似ています。山椒特有の匂いも共通に存在します。
サンショウ・イヌザンショウ・カラスザンショウの違いは?
しかし、これら3種は様々な部分を観察することで確実に区別できます(神奈川県植物誌調査会,2018)。
まず、サンショウでは刺が葉柄の基部に対生し、花は萼と花弁の区別がないのに対して、イヌザンショウとカラスザンショウでは刺が枝に不規則につき、花は萼と花弁の区別があるという違いがあります。
イヌザンショウとカラスザンショウに関しては、イヌザンショウでは落葉低木~小高木で、小葉は長さ1~6cmで鋸歯の凹部に油点があるのに対して、カラスザンショウでは落葉高木で、小葉は長さ6~15cmで葉面全体に油点があるという違いが挙げられます。
また葉だけでも3種は区別することができます(林,2019)。むしろこちらの方が分かりやすいかもしれません。
カラスザンショウでは小葉が大きく先が尾状に伸びるのに対して、サンショウとイヌザンショウでは伸びている部分はありません。
サンショウとイヌザンショウに関しては、サンショウでは小葉は太めで先が凹み、小葉縁が波打つのに対して、イヌザンショウでは小葉は細めで先は凹まず丸く、小葉縁はほとんど波打ちません。
なお、サンショウでは刺が著しく少ないヤマアサクラザンショウ(山朝倉山椒) f. brevispinosum、刺が全くないアサクラザンショウ(朝倉山椒) f. inerme が知られており、イヌザンショウではトゲナシイヌザンショウ var. inerme が知られています。そのため、刺の有無を種類の判断に利用することはできません。
サンショウ属にはここで紹介した以外にもいくつか種類が知られます。
コカラスザンショウ Zanthoxylum fauriei はカラスザンショウとイヌザンショウの生えているところに稀に見られ、両種の雑種ではないかと考えられている種類で、イヌザンショウによく似ていますが、小葉は長さ3~6cm、幅10~15mm、刺は長さ5~8mmです(イヌザンショウでは小葉は長さ1~3cm、幅5~13mm、刺は長さ4~10mm)。
フユザンショウ Zanthoxylum armatum var. subtrifoliatum はサンショウによく似ていますが、常緑低木で、葉の軸に翼があり、小葉は3~7枚です(サンショウでは落葉低木で、葉の軸に翼がなく、小葉は11~19枚)。
サンショウ・イヌザンショウ・カラスザンショウの利用方法の違いは?
これら3種に利用方法の違いはあるのでしょうか?
サンショウ属にはしびれるような辛味成分となるサンショオールが含まれ、抗菌や殺菌作用やおそらく防虫作用のために進化したと思われますが、ヒトに対しては食欲増進や胃腸の働きを活発にします。しかし、サンショウ以外の2種では臭みがあるため日本では一般的には料理には利用されません。
サンショウは古くから若葉や果皮は香辛料として使われており、薬用にも使われています。縄文時代の遺跡から出土した土器からサンショウの果実が発見された例も知られています。材はすりこぎになります。料理としては鰻の蒲焼の薬味が代表的で、味噌汁や吸い物、魚や鶏の照り焼き、味噌焼き、味噌煮など幅広い日本料理にアクセントとして用いられます。
イヌザンショウは現在日本では利用されませんが、かつては日本でも縄文土器の圧痕に利用された後があり、中国や朝鮮半島から食や薬としての知識がもたらされて以降は「青椒」と呼ばれる種子を煎じた液や葉の粉末が漢方薬に利用されたり、樹皮や種子を砕いて練ったものが湿布薬に利用されていたことがあります。中国四川では「青花椒(チンホアジャオ)」と呼ばれ、現在でも香辛料(スパイス)として広く使用されています(樋爪,2021)。
カラスザンショウは普通全く利用されません。しかし、縄文土器の圧痕にカラスザンショウの種子が多く残ってた記録があります(真邉・小畑,2017)。これは精油成分のテルペン類である1,8-シネオールが貯蔵食物害虫の駆除に効力を発揮するため、コクゾウムシの防駆虫剤として利用されていたのではないかと考えられています。
なお、麻婆豆腐やよだれ鶏などの中華料理でよく用いられる香辛料である「花椒(ホアジャオ・ ホンホアジャオ)」はカホクザンショウ(華北山椒) Zanthoxylum bungeanum、「藤椒(タンジャオ)」はトウフユザンショウ Zanthoxylum armatum var. armatum に対応し、上記3種とはまた異なる種類ですので注意が必要です(樋爪,2021)。
花の構造は?
サンショウ属は雌雄別株であるため、雄花をつける個体と雌花をつける個体が分かれています(茂木ら,2000)。
サンショウは花期が4〜5月。枝先に長さ2〜5cmの円錐花序をだし、淡黄緑色の小さな花をつけます。雄花の花被片は5〜9個、長さ約2mm。雄しべは4〜8個、花被片より長いです。雌花の花被片は7〜8個。子房は2個で、花柱は離生します。
イヌザンショウは花期が7〜8月。枝先に長さ3〜8cmの散房花序をだし、黄緑色の小さな花を密につけます。
カラスザンショウは花期が7〜8月。枝先に13〜20cmの散房花序をだし、緑白色の小さな花を密につけます。花弁は5個、長さ2〜2.5mmの長楕円形。雄花の雄しべは5個。雌花の子房や花柱は緑色。萼は5深裂します。
似ているものの上述のように違いがあります。また、サンショウとイヌザンショウ・カラスザンショウでは花期や花序にも違いがある点は興味深いでしょう。
受粉方法は?
訪花昆虫については研究が不足していますが、奈良県で行われた研究によると、イヌザンショウではアリ、カリバチ類、ハナバチ類が上位3グループでしたが、カラスザンショウではハナバチ類が殆どを占めていました(横井ら,2008)。サンショウについては割合を調べた研究は発見できませんでしたが、ミツバチがやってきた例があります(藤原・山口,2020)。このような違いは花期や花序や花の構造の違いによると思われますが、詳しくは分かっていません。
果実の構造は?
サンショウ属の果実は共通で分果です。分果は裂開果(裂果)の一種で、複数の心皮からできていて、成熟すると心皮の数だけの分果に分かれて、中軸から離れて裂開します。簡単に言うと、元々ひとつだった果実が分割されて成熟していくということです。
サンショウは2個の分果です。直径約5mmの球形で、9〜10月に赤褐色または紅色に熟し、裂開して種子を1個だします。種子は黒くて光沢があり、長さ3.5〜4mmの楕円状球形です。種子には強い辛味があります。
イヌザンショウは3個の分果です。長さ4〜5mmの球形で、9〜10月に褐色に熟します。種子は直径3〜4mm、黒くて光沢があります。
カラスザンショウは3個の分果です。分果は直径3〜5mmの平たい球形、灰褐色で油点があり、しわがよります。11〜1月に熟し、裂開して光沢のある黒い種子を1個だします。種子は直径3〜4mmの球形です。
種子散布方法は?
サンショウ属の果実は熟すと種子を露出します。これは多くの場合、風散布や重力散布を行う植物の特徴ですが、サンショウ属は意外なことに鳥散布されることが分かっています(上田,1999)。
種皮には多量の脂肪分が含まれるため、果実が裂開して種子だけを鳥類が採食して、鳥類は脂肪分を栄養とするものの、残りの部分が糞とともに排出され散布されます(佐藤・酒井,2006)。
いずれもカラス類が好みますが、カラスザンショウの場合、メジロやジョウビタキも食べ、特にメジロは種子散布に重要な存在であることが分かっています。「カラスザンショウ」の命名の由来には諸説ありますが、もし本当にカラスとの関わりを示した命名なら昔の人はよく観察していたことを表しているのかもしれません。ただ役に立たないことを「カラス」ということはよくあることなので偶然の一致かもしれません。
サンショウのサンショオールの辛味を鳥は感じるのかは気になるところですが、トウガラシのカプサイシンの辛味を鳥は感じないことはよく知られており、サンショオールについてもおそらく辛味を感じないのだと思われます。サンショウの辛味が果実にも含まれるのは抗菌や殺菌作用、防虫作用に加えて、おそらく種子散布に貢献しない哺乳類を退けるためでもあると思われますが、皮肉なことにそのことで逆に東アジア人には好まれる結果となりました。
引用文献
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