アコウとガジュマルは日本南部で気根を垂らし、花嚢を形成する「絞め殺しの木」2種として知られています。どちらも生態的には似ており、区別に迷いことがあるかもしれません。しかし、アコウとガジュマルでは葉脈と葉の長さに大きな違いがあります。また、気根の伸ばし方にも違いがあります。生態に関しても、アコウは確かに「絞め殺しの木」ではあるものの、単独で生長することもあります。一方、ガジュマルは他の樹を絞め殺した後も、更に他の樹を絞めようとするなど、かなり攻撃性が高いようにも感じられるでしょう。そんな2種の花はどこにあるのでしょうか?アコウとガジュマルには一見「果実」と思えるような器官がいきなりつくので、花は存在しないのだと感じるかもしれませんが、そうではなく、その「果実のようなもの」は花嚢と呼ばれ、花嚢の中に花が隠れています。この中には特定のたった1種類のコバチのみがやってきます。この花は普通に花粉や蜜を昆虫に受け渡すのではなく、雌花をコバチの幼虫の餌として受け渡しており、それを目当てにメスの成虫が産卵しに来るのです。一方、アコウとガジュマルはこのコバチの移動の過程で受粉を完了させます。このような関係はイチジク属で広く見られ共進化しています。花嚢は受粉すると果嚢に変化し、今度は鳥やオオコウモリに種子の移動を託すのです。本記事ではアコウとガジュマルの分類・生活史・送粉生態・種子散布について解説していきます。
日本南部で気根を垂らし、花嚢を形成する2種
アコウ(榕・赤榕・赤秀・雀榕) Ficus superba は日本の四国、九州、琉球列島の沿岸部;東南アジアから中国南部まで分布し、低地の熱帯雨林や他の植物が生育しにくい石灰岩地の岩場や露頭に生える常緑高木です(土屋・宮城,1991;大谷,2020)。和名は赤い小さな果実を「赤子(和歌山や高知の方言でアコ)」に見立てたのが由来という説があります。
ガジュマル Ficus microcarpa は別名榕樹(ようじゅ)。日本の屋久島と種子島以南の南西諸島;中国南部、台湾、ブータン、インド、スリランカ、ネパール、東南アジア(マレーシア、ミャンマー、タイ、ベトナム)、ニューギニア、オーストラリア北部に分布し、山地や平地に生える常緑高木です。和名は幹や気根の様子である「絡まる」姿が訛ったのが由来という説があります。
どちらもクワ科イチジク属で日本の南部に分布します。葉の基部には三行脈が目立ち、気根を垂らし、花嚢のいう丸く膨れた器官を作ることからも類似しています。またどちらも日本の他のイヌビワなどのイチジク属と異なり、雌雄同株である点も共通しています。
アコウとガジュマルの違いは?
しかし、アコウとガジュマルでは葉の形に大きな違いがあります(林,2014)。
アコウでは葉脈のうち側脈が全体的にはっきり見え、主脈から鈍角に生える部分の数は少なく、網目状に生える部分は無数に存在するのに対して、ガジュマルでは側脈は薄く目立たず、主脈から鈍角に生える部分の数は多く、網目状に生える部分は殆ど見えません。
要するにアコウの方がきめ細かい葉脈が確認できるということです。
三行脈もアコウでは葉上面下面共にはっきり見えますが、ガジュマルでは葉上面では目立たないことがあり、下面ではっきり見えます。
また、アコウでは葉身の長さが10~20cm、葉柄の長さは2~7cmと長いのに対して、ガジュマルでは葉身の長さが4~10cm、葉柄の長さは1~2cmと短いです。
気根の伸ばし方についても違いがあります。
アコウでは低い場所からタコ足のような気根を長く伸ばし、岩の上を這わすことが多いのに対して、ガジュマルでは紐のような細い気根を高い場所から垂らすことが多いです。
以上を確認しましょう。
なお、台湾には特に葉が丸いマルバガジュマル Ficus microcarpa f. crassifolia というガジュマルの変種も知られます。
イチジク属には他にもイヌビワなど多数種類が知られますが、日本の本土の種では葉の基部が浅く湾入するか、葉下面の葉脈が立体的になっているので以上2種とは区別が付きます。
アコウは日和見的な「絞め殺しの木」だった?
アコウはよく「締め殺しの木」と呼ばれます。これはなぜなのでしょうか?
アコウの果実は鳥類などの動物によって樹上で食べられた後、糞で排出され、その種子がアカギやヤシなどの樹木の枝の付け根や幹の窪みに落ちます。発芽して着生し、気根を下に伸ばしていき、地上まで到達させます(土屋・宮城,1991;大谷,2006)。
ここから気根をどんどん太く成長させてゆき、親樹を覆い尽くし、なんと、枯らしてしまうのです。このことから「絞め殺しの木」と呼ばれることがあります。
根を地上に丸出しで、どんどん下方に成長していく点が他の植物と異なっていると言えますね。ただし、ヤドリギなどとは違って、栄養素を奪っているわけではなく、あくまで光合成がしやすい場所を物理的に奪い取っていると言えます。
また、このことから全ての個体が「絞め殺し」を行うというわけではなく、屋久島や琉球列島の根が乾燥しにくい、沢沿いで湿気があるなど、生育に適している場所に恵まれた個体の一部は岩壁、時にはコンクリート擁壁に乗っかって、日光を得ます。
ガジュマルの「絞め殺し」方はアコウより強烈?
ガジュマルも同じく「絞め殺しの木」です(真栄城,1988)。そのため、アコウと同様の過程で、樹木の枝の付け根や幹の窪みに落ち、発芽して着生し、気根を下に伸ばしていき、親樹を締め殺します。
しかし、ガジュマルではアコウとは違い、支柱型気根(支柱根)を作ります(片野田・大野,1999)。
ガジュマルの若齢期には、気根は「付着型気根」という役割を担っており、発芽して着生後、下に伸びていき、幹に付着して、親樹を締め殺します(真栄城,1988)。
ところが老齢期になるに従って、気根は「支柱型気根」を増加させ、役割が変化していきます。すなわち、親樹を絞め殺した後、親樹の幹が損傷したり、腐朽したりしても大丈夫なように、支柱のような地面や石垣、石灰岩に張り付く気根を増やしていきます。
また、ガジュマルの場合、その締め殺し方にはアコウとは異なるもうひとつのパターンがあります。
ガジュマルではアコウとは違い、紐のような細い気根を高い場所から垂らしますが、これは「懸垂型気根」と呼ばれるもので、ある程度生長した付着型気根や支柱型気根から出てきます。
懸垂型気根の真下に樹木があった場合、この樹木は気根に巻き付かれ絞め殺されます。ある程度生長してから更に絞め殺しを行うわけですから、かなり残忍と言えるかもしれません。
このような情報を総合すると、アコウは日和見的な「絞め殺しの木」で、ガジュマルはより強い絶対的な「絞め殺しの木」ということが出来そうです。
アコウやガジュマルには花がないというのは本当?
アコウやガジュマルには一見普段私達が見かける「花」を見つけることが出来ません。その代わり、「果実」のような丸く膨れた部位が直接現れ、長い期間見つけることが出来ます。
これはイチジク属共通の特徴です。イチジクもまた同じ特徴を持っており、漢字で「無花果」と書きますが、花を咲かせずに果実をつけるように見えたことに由来しています。
やはり、イチジク属の仲間は花が無く、果実をいきなり付けるのでしょうか?
科学者らの長年の研究によってそうではないことが分かっています。
まるで果実のような部位は「花嚢(隠頭花序)」と呼ばれて、夏でも真冬でも内部で花を「咲かせて」いることが分かっています。
このことは実際に花嚢を半分に割って、内部を観察してみるとよく分かります。
中には雄しべから出る花粉や、種子の前身である胚珠を見つけることが出来ます。もし果実なのだとしたら、これらは観察することは出来ないでしょう。
アコウもガジュマルも野生下では周年花嚢をつけますが、特に春頃から多くなります。花嚢は幹に直接つくので、「幹生花(cauliflory)」と呼ばれます。
この内部に雄花と雌花を咲かせて、昆虫を待っています。しかし、こんな誰にも見えない花にやってくる昆虫などいるのでしょうか?
長年の研究により、この花に訪れる昆虫、それはアコウの場合はアコウコバチ Platyscapa ishiiana、ガジュマルの場合はガジュマルコバチ Eupristina verticillata ただ1種類であることが分かっています。
このようなほぼ1対1の受粉に関する共生関係を「絶対送粉共生」と呼んでいます。
アコウやガジュマルはコバチを使ってどのように受粉する?
具体的な受粉の過程を見てみましょう(大谷,2020;Borges, 2021)。
アコウやガジュマルは花嚢を形成し、それぞれの花嚢は最初は雌花を咲かせています(雌性期)。この雌花にメスのコバチがやってくるのです。しかし、一般的な訪花昆虫のように、蜜や花粉のような餌を探しに来たわけではありません。メスのコバチは雌花に卵を産み付け幼虫の餌にするという目的のために花嚢に訪れます。このメスのコバチは別の花嚢から脱出する際に、花粉を体に付けています。その理由は後で分かります。
花嚢の先には細かい穴が空いており、メスのコバチが飛んできて穴を通して花嚢の中に入ります。この時、メスのコバチの体には別個体の花粉が付いているため、雌花には花粉をつき、アコウやガジュマル側は無事受粉することができます。
メスのコバチはそのまま、雌花に卵を産み付けそのまま死にます。受精卵からメスが、未受精卵からはオスが生まれてきます。
1ヶ月~数ヶ月後、孵化したコバチの幼虫は雌花を食べることになります。雌花は種子の前身である胚珠などを含んでいるので栄養満点でとても良い餌になります。
ところで、こうすると受粉した雌花まで食べられてしまうと思うかもしれませんが、雌花は食べられることを前提として、コバチの幼虫の餌用に不稔のものが余分めに作られています。
こうして、成長したコバチは花嚢の中で交尾します。普通は親のメスのコバチは複数やってきているので、近親交配になる心配は一般的にはありません。
アコウやガジュマルの花嚢側は幼虫だったコバチが成虫になる頃、雄花を咲かせています(雄性期)。メスのコバチは成虫になると、花嚢から脱出しますが、この時に雄花から花粉を受け取って外へ飛び立っていきます。非常によく出来ていますね。一方オスは翅は退化しており、生まれた花嚢の中で一生を終えてしまいます。
脱出したメスのコバチはまた別の雌花を咲かせている花嚢に侵入することになります。このような循環を作っているために、年中花嚢を作る必要があるのです。
ところで、もし、花嚢が雄花を咲かせているときにメスのコバチが花嚢に侵入した場合、どうなってしまうのでしょうか?雄性期の花嚢と雌性期の花嚢は見た目では殆ど区別が付きません。
アコウやガジュマルでは詳しく分かっていないと思われますが、近縁種の場合はこのとき、メスのコバチは産卵できず、子孫を残すことなく死んでしまいます。非常に高い共生を行っているようにも見えますが、細かく見ると実は必ずしもwin-winの関係とも言えないです。
ただアコウやガジュマルの場合は新成虫が脱出可能なので、もしかしたら脱出可能なのかもしれません。
イチジク属で共通の「絶対送粉共生」システム
アコウやガジュマルが行っているほぼ1対1の関係の絶対送粉共生は、イチジク属とイチジクコバチ科で広く見られ、共進化を促していることが分かっています(東ら,2003;Azuma et al, 2010)。
共進化とは片方の分類群の種類の分化にあわせて、別の分類群の種類も協調するように分化していく現象のことを指します。
この関係がなぜ生まれたのかは難しいですが、資源が豊富で季節のない熱帯地域で生まれたと考えられており、このことは絶対送粉共生を行う大きなメリットになったのかもしれません。
具体的には日本の種類については以下のような対応になっています。
- イチジク Ficus carica vs. イチジクコバチ Blastophaga psenes
- イヌビワ Ficus erecta vs. イヌビワコバチ Blastophaga nipponica
- オオバイヌビワ Ficus septica vs. オオバイヌビワコバチ Ceratosolen bisulcatus
- アカメイヌビワ Ficus benguetensis vs. アカメイヌビワコバチ Ceratosolen cornutus
- オオイタビ Ficus pumila vs. オオイタビコバチ Wiebesia pumilae
- ヒメイタビ Ficus thunbergii vs. ヒメイタビコバチ Wiebesia sp.
- ムクイヌビワ Ficus irisana vs. ムクイヌビワコバチ Kradibia commuta
- ホソバムクイヌビワ Ficus ampelas vs. ホソバムクイヌビワコバチ Kradibia sumatrana
- ハマイヌビワ Ficus virgata vs. ハマイヌビワコバチ Liporrhopalum philippinensis
このような絶対送粉共生システムはほぼ同じように維持されていますが、少しだけ、異なる部分もあります。
アコウやガジュマルは日本の他のイヌビワなどのイチジク属と異なり、雌雄同株ですので、上述のような受粉を行っていますが、他の大部分は雌雄別株です。
そのため雄株と雌株が存在し、上述と似ているものの、少し異なった形で受粉を行うことになります。
花嚢は果嚢へと変化し、種子は鳥やコウモリに散布される
こうして受粉した後、熟した花嚢は果嚢へと変化します。これは有名なところでは、食用として食べられている「イチジクの実」と呼ばれるものと同じものに当たります。
花嚢の内部に花があったわけですから、本当の果実は果嚢の内部に存在することになります。
果嚢はアコウもガジュマルも黄色または淡紅色に熟していきます。
一般に赤くなる果嚢を持つイチジク属の種類は色覚が発達したサルや鳥類に食べられることになり、緑のままの果嚢を持つイチジク属の種類は匂いを放ち、コウモリを含む他のほとんどの哺乳類に食べられるという傾向があります(Harrison et al., 2012)。いずれにしても種子は動物の糞を経由して散布されます。
アコウやガジュマルの場合は色が変わることからも分かるように鳥によって散布されると言われています。
また、ヤクシマザルも好むことも知られています(大谷,2005)。
しかし、これらの果嚢を食べるのは鳥やサルだけではないことも別の研究で分かっています。花の蜜や果実を主食としているオオコウモリもまた果嚢を食べ、種子を散布してくれる大事な相手なのです(宮城・嵩原,2000)。
南西諸島で行われた研究では、アコウとガジュマルの果嚢はエラブオオコウモリ、オリイオオコウモリ、ヤエヤマオオコウモリ、ダイトウオオコウモリの4種とも食べていることが確認されています。
アコウとガジュマルの果嚢は幹生花が発達した「幹生果」という状態です。したがって幹や枝に密着するようについています。一般的に幹生果はオオコウモリなどの動物が幹や頑丈な大枝に乗って果実(ここでは果嚢)を食べやすくする効果があると考えられています(Van der Pijl, 1961)。
アコウとガジュマルについても生態を考えるとよく当てはまっていると考えられそうです。
しかし、一方でアメリカの研究グループが行った研究ではまた別の見解が示されています(Harrison et al., 2012)。イチジク属の中のエジプトイチジク亜属 Sycomorus の沢山の種類を調べて、果実を食べる動物と果嚢の生え方(幹生果であるかどうか)の相関関係を統計学的に調べた所、ここに相関関係はないという結果になりました。一方、開花期間、栄養状態、生息地の好みと相関関係があるという結果が出ています。
アコウとガジュマルが含まれるアコウ亜属 Urostiguma にも同じことが当てはまるかは分かりませんが、もしかしたらそんなに単純な話ではないのかもしません。
とはいえ、多くのオオコウモリ類の生存を支えているという意味では、幹生果であったことはとても重要な要素であったと言えるでしょう。
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出典元
本記事は以下書籍に収録されたものを大幅に加筆したものです。