ヒメコウゾとコウゾは紙として古代から利用され、ヒメコウゾについては今でも身近な緑地で見かけることのある種類です。しかし、この2種の違いについてあまりはっきりとした区別が分からないとする文献も存在し、かなり混同されてきた歴史があります。しかし、最近の研究ではきちんと区別できることが明らかになっています。主に葉柄の長さを確認することが重要で、結実が確認できるかも判断材料になりうります。コウゾという雑種はおそらくユーラシア大陸で成立したものが日本に持ち込まれたものです。日本にコウゾがもたらされた時期ははっきりしませんが、奈良時代の古事記や日本書紀、万葉集には既に登場しています。日本では神聖なものの象徴として利用される他、布や和紙の原料として利用されてきました。そんなヒメコウゾの花は風媒花として進化し、雄花序は「弾発」することによって花粉を分散させると言われています。果実は集合果で橙赤色なのでヒトの目にも一見美味しそうですが、実際に食べたヒトの感想によると美味しくないようです。ただ、野生下の哺乳類や鳥にとってはごちそうになっているようです。本記事ではヒメコウゾとコウゾの分類・歴史・送粉生態・種子散布について解説していきます。
ヒメコウゾとコウゾはややこしい!
ヒメコウゾ(姫楮) Broussonetia monoica は本州(岩手県以南)、四国、九州;朝鮮、中国の丘陵から低い山地の林縁や道端、荒れ地に生息する落葉低木です(茂木ら,2000)。
一方、コウゾ(楮) Broussonetia x kazinoki はヒメコウゾと同属のカジノキ Broussonetia papyrifera の雑種といわれる落葉低木・小高木で(神奈川県植物誌調査会,2018)、主に栽培種で、逸脱してたまに野生でも見られます。
いずれもクワ科コウゾ属に含まれるこの2種はしばしば混同されあまりはっきりとした区別が分からない状態にありました(細木,2005)。しかし、最近の研究ではきちんと区別できることがわかっています(神奈川県植物誌調査会,2018)。
ヒメコウゾは葉柄は長さ0.5~1cm、雌雄同株でよく結実が確認できます。一方、コウゾは葉柄は長さ1~3cm、雌雄異株でほとんど結実しません。ちなみに近縁種のカジノキの葉柄は長さ3~10cmで荒い毛が多いので葉柄を確認すればおおよそ区別できそうです。
コウゾという雑種はどのようにして生まれた?
しかしながら、コウゾという雑種はどのように成立したのでしょうか?
ヒメコウゾは在来種で、カジノキは栽培種として日本に導入された種類です。そのため日本のコウゾの起源は2説考えられます。
まず日本在来種のヒメコウゾと外来種のカジノキが、日本で交雑したという説です。
もう一つはユーラシア大陸のヒメコウゾとユーラシア大陸のカジノキが、ユーラシア大陸(中国または朝鮮)で交雑したという説です。
このことは長らく未解決で、文献によっても記述はまちまちです。しかし、近年の遺伝子マーカーというDNA配列を用いた研究内では後者ではないかと考えられています(Won, 2019)。つまりユーラシア大陸で成立したコウゾが日本に持ち込まれたというわけです。
コウゾは日本でどのように用いられてきた?歴史は?
コウゾは中国・朝鮮・日本で長い間主に繊維を作るための植物として長い間栽培されてきました(Won, 2019)。中国では繊維だけでなく、飼料、食品添加物、伝統医学にも用いられます。日本にコウゾがもたらされた時期ははっきりしません(田中ら,2018)。古くはヒメコウゾ、カジノキ、ツルコウゾと区別もありませんでした。そのため日本人との歴史が深い植物ではあるのですが、どの植物を厳密に用いていたのかはわかっていません。
総称としてのコウゾは日本で最も古い書物である『古事記』や『日本書紀』、『万葉集』にも登場しており、『日本書紀』ではコウゾから作られた綱は出雲大社の建立に用いられており、柱を結びつけるために重要な材料であることが記されています(有岡,2018)。また『古事記』ではアワビやサザエを採取するための命綱として用いられています。
別の用途しては皮を蒸して水に浸して裂いて糸にした後、晒して白色にした木綿があります。この白色が穢がなく神聖なものとして扱われ、神道で幣のような神具に用いられてきました。
更に布をつくる原料にもなっています。コウゾの糸を織って作られた布は「太布」と呼ばれ、江戸時代にワタから作られた木綿が普及するまでは全国的に貴重な衣類でした。また、紙に漉いてから紙を切断して糸にして織る「紙布」もあり、通気性もよく丈夫であることから最高の織物だったようです。
和紙としては飛鳥時代である7世紀初頭に高句麗(現在の朝鮮)の僧侶である曇徴によって紙の製造方法が日本に紹介されたときから用いられているようです(Mizumura et al., 2015;有岡,2018)。これをもって狭い意味でのコウゾが初めて日本にもたらされたとする考えもあります。
和紙の原料としては、ガンピやミツマタに比べると安価であることから、最もメジャーに使用されてきました。
近世以降は美濃紙などの障子紙として最も重要です。現代の私達には最も身近な利用方法かもしれません。
花は「弾発」することで花粉を飛ばしていた?
ヒメコウゾの花は4〜5月に咲き、新枝の基部の葉腋に雄花序、上部の葉腋に雌花序をつけます。雄花序は長さ約1cmの柄があり、直径約1cmの球形となっており、雌花序は柄が短く、直径約5mmの球形で、赤紫色の花柱が目立ちます。
何より珍しいのが、同じ個体の中で雄花と雌花を別々に咲かしています。これを難しい言葉で「雌雄異花同株」といいます(清水,2001)。別の個体で雄花と雌花が別々に咲く、というのは植物では比較的よく見かけますが、このような咲き方は珍しい、と印象をうけますよね。
さて、このような形はカジノキ属で広く見られるのですが、どのように花粉を送るのでしょうか?とても地味なので昆虫などには目立って見えないように思えます。
研究によるとカジノキ属の仲間は風によって花粉を送る風媒を行っていると考えられています(Knuth et al., 1906;田中,2000;Won, 2019)。風媒の花にはいくつか特徴がありますが、ヒメコウゾに関してはそのうち、(1)花粉の粘着性が低い、(2)雄花序と雌花序の形態や色彩が著しく異なる、(3)柱頭が葯が露出している、(4)雌しべの柱頭が羽毛状またはブラシ状となっている、といった条件をよく満たしています。花粉に関しては風に飛ばされやすくする効果があり、花の形状に関しては風に当たりやすくなる効果があるので、風で飛ばすには非常に適応的です。
さらに風媒にもいくつか種類が確認されおり、開花当初は花の中心に向けて曲げられていた花糸が瞬時に反曲しその遠心力で花粉を空中に放出する「弾発型」、細長い花糸の先に葯をつけ葯が風に揺られて花粉粒を散布する「長花糸型」、強風によって花粉を散布する「強風型」がありますが、研究を参照するとカジノキ属の花は「弾発型」に分類されています。
ただどのようにカジノキ属が「弾発」するのかについての記述は発見できませんでした。もしかしたら咲いた雄花序は小さくまとまっているので時間とともに弾けるといった様子が確認できるのかもしれません。時間のある人はよく観察してみると新たな発見があるかもしれません!
「新枝の基部の葉腋に雄花序、上部の葉腋に雌花序を作る」という特徴はおそらく花粉がすぐに上から下に落ちないようにして自家受粉が起こりにくくする工夫だと思われます。
果実は人がたべるとまずいが…?
ヒメコウゾの果実は集合果と呼ばれる複数の果実が寄せ集まって一つになったもので、直径1〜1.5cmの球形で、6〜7月に橙赤色に熟しています。一見美味しそうに見えるのですが、「口当たりが悪い」という評価や(茂木ら,2000)、「果実の液には粘性があって食べると甘いが、美味しい!とは言えない」という評価が見られ(細木,2005)、ヒト好みではないようです…。実際に野生で食べている動物に関しては網羅的な調査はないようですが、ツキノワグマ、テン、タヌキが食べていた記録があります(小池・正木,2008;高槻,2018)。外来種ですがクリハラリスの利用もあり(吉田ら,2009)、少なくとも哺乳類の間では人気の果実のようです。
ただ、人里近くの林縁で幼木が多数生えている様子もよく見かけます。これは普通に考えて鳥にも食べられていることを示しており、研究によっては鳥散布として扱っているものもあります(小畑,2007)。具体的な種類を調べた研究は発見できませんでしたが、『庭先の四季』というブログではメジロが食べている写真があり、哺乳類と鳥の両方によって種子散布されているのかもしれません。
一方コウゾは上述の通り、果実を作ることは少なく、更に種子の定着と発芽率が非常に低いことが知られているため、野生下では増えることは難しいです(Won, 2019)。栽培では栄養繁殖が行われます。
引用文献
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