アガパンサスとムラサキクンシランはいずれもヒガンバナ科アガパンサス属に含まれる多年草です。青色系統の漏斗形の花を多数つける点は唯一無二でグループを間違えることは少ないかもしれませんが、「観賞用に栽培されているアガパンサス=ムラサキクンシラン」という誤解が世界中で広がっており日本でも誤った記述ばかりが目立ちます。しかし実際には観賞用に栽培されているアガパンサスはアガパンサス・プラエコクス Agapanthus praecox という種類で、ムラサキクンシラン Agapanthus africanus とは異なります。原産地の分布も異なりますし、花被片の長さや花色も異なっています。この誤解を解くにはとても長い時間がかかりそうですが、この記事を読んだ人は別種であることを認識してもらえると嬉しいです。本記事ではアガパンサス属の分類・形態について解説していきます。
アガパンサス・ムラサキクンシランとは?
アガパンサス・プラエコクス Agapanthus praecox は別名アガパンサス。南アフリカ共和国原産で、世界の一部の地域で導入され、日本では観賞用に栽培される多年草です。
ムラサキクンシラン(紫君子蘭) Agapanthus africanus は別名アガパンサス・アフリカヌス。南アフリカ共和国原産で、世界の一部の地域で導入されるものの普通は栽培が難しいため栽培されることは少なく、日本ではほとんど見られない多年草です。
いずれもヒガンバナ科アガパンサス属に含まれる多年草です。最大の特徴は5月下旬から8月上旬に散形花序に20~30個、花冠は漏斗形、先が6深裂する青系統の花を咲かせることです。
南アフリカの民間療法で広く使用され、高く評価されている薬用植物です(Younis et al., 2022)。更に少し変わった特徴として原産地では夏の山火事の後に開花することが知られています(Dwyer, 2022)。
類似するグループはないため、アガパンサスの仲間であることに判断に迷うことが少ないと思いますが多くの人に誤解されていることがあります。
それは「観賞用に栽培されているアガパンサス=ムラサキクンシラン」ではないということです。
殆どの園芸サイトで「栽培されているアガパンサス=ムラサキクンシラン」として紹介されていますし、『日本語版Wikipedia』でも「最も栽培されるのはアフリカヌス種である。」という記述が見られます。
しかし、これは完全な嘘です。このことは日本で最も信頼できる和名と学名の対応リストである『Ylist』やオーストラリアの植物図鑑、『英語版Wikipedia』にも記載されています(Conran, 2005)。
ムラサキクンシランの和名が当てられているアガパンサス・アフリカヌスは実際には栽培がはるかに難しく、庭木には適していません。ムラサキクンシランは、水はけのよい、わずかに酸性の砂質土壌でロックガーデンでのみ栽培できます。日本で栽培されているのは本当に稀な例でしょう。
こうなってしまった理由はわかりませんが、分類が紆余曲折あり、交雑が容易なことが関係しているのかもしれません(Sharaibi & Afolayan, 2017; Younis et al., 2022)。
もっとも、世界的に一般的なアガパンサス・プラエコクスに対して「ムラサキクンシラン」と改めて命名するのが合理的な気がしますが、ややこしくなるので現状はまだそうはならなそうです。
栽培されているアガパンサス・ムラサキクンシランの違いは?
栽培されているアガパンサス(アガパンサス・プラエコクス)とムラサキクンシランは具体的に何が違うのでしょうか?
まず、アガパンサス・プラエコクスとムラサキクンシランはどちらも南アフリカ共和国に分布しているものの、その中でアガパンサス・プラエコクスは東ケープ州(ポート・エリザベス周辺)に分布するのに対して、ムラサキクンシランは西ケープ州(ケープタウン周辺)に分布するという違いがあります(Zonneveld & Duncan, 2003)。
この2種は隔離されて分布しているので自然下では交雑することはありません。
形態的には、アガパンサス・プラエコクスでは雄しべが花被片とほぼ同長で、花被片が薄めの青色であるのに対して、ムラサキクンシランでは雄しべが花被片より短く、花被片が濃青色であるという違いがあります(Conran, 2005)。
また、図鑑にはありませんが1つの花序あたりの花の数はアガパンサス・プラエコクスの方がかなり多いと思われます。
ただし、図鑑の説明上はそうなっていますが、アガパンサス・プラエコクスでも雄しべが上方向にカールしているため、角度によっては雄しべが花被片より短く見える場合が多いので注意が必要です。実際に雄しべの方がやや短いケースもあるのではないかと思います。
また、アガパンサス・プラエコクスの花は品種によっては白色のものもあります。
とはいえ、日本で見るアガパンサスはほぼアガパンサス・プラエコクスと考えていいです。もしかしたらアガパンサス属の交雑種も混ざっている可能性もありますが、よく分かっていません。
なお、アガパンサス・プラエコクスは2亜種が知られますが、栽培されているものは花の長さは5cm未満の Agapanthus praecox ssp. orientalis とされます。





引用文献
Conran, J. 2005. Agapanthaceae. In: Spencer, R. Horticultural Flora of South-eastern Australia. Volume 5. Flowering plants. Monocotyledons. The identification of garden and cultivated plants. University of New South Wales Press, Sydney. ISBN: 9780868408323, https://hortflora.rbg.vic.gov.au/taxon/adac1424-5340-11e7-b82b-005056b0018f
Dwyer, J. 2022. Agapanthus praecox ssp. orientalis Agapanthus, African lily. Australian Garden History 33(4): 25-27. https://doi.org/10.3316/informit.456427596377185
Sharaibi, O. J., & Afolayan, A. J. 2017. Micromorphological characterization of the leaf and rhizome of Agapanthus praecox subsp. praecox Willd.(Amaryllidaceae). Journal of Botany 2017(1): 3075638. https://doi.org/10.1155/2017/3075638
Younis, N. A. M., Gomaa, A. A., Ibrahim, A. H., Abdelkader, M. S., & Desoukey, S. Y. 2022. The genus Agapanthus: A review of traditional uses, pharmacological and phytochemical attributes. South African Journal of Botany 150: 1168-1183. https://doi.org/10.1016/j.sajb.2022.09.029
Zonneveld, B. J. M., & Duncan, G. D. 2003. Taxonomic implications of genome size and pollen colour and vitality for species of Agapanthus L’Heritier (Agapanthaceae). Plant Systematics and Evolution 241: 115-123. https://doi.org/10.1007/s00606-003-0038-6