トラノオスズカケは西日本を中心に分布し、環境省では指定はないものの、各都道府県で、絶滅危惧種として指定されている多年草です。個体数がとても少ないことが絶滅危惧種として指定されている理由ですが、なぜ個体数が少ないかはよく分かっていないようです。トラノオスズカケは西日本が分布の中心ですが、なぜか東京都の自然教育園での分布が確認されています。自然教育園では長年絶滅したと思われていましたが、2007年に再発見されました。自然教育園に分布してるのは、本草学に詳しい平賀源内が持ち込んだためという説もありますが、可能性はあるものの、残念ながら直接の証拠はありません。トラノオスズカケの花序は短い穂状花序でこのことが名前の由来となっています。どのように受粉しているのかについては分かりませんが、ホソヒラタアブのようなハナアブが関係しているかもしれません。果実は蒴果で、種子は光発芽の性質が強く、強い休眠性を持つことが確認されています。本記事ではトラノオスズカケの分布・歴史・送粉生態・種子散布について解説していきます。
局所的に生息する希少種
トラノオスズカケ(虎の尾鈴懸) Veronicastrum axillare はオオバコ科で、東海、四国南部、九州全域の低地のみに分布し、林内に生息する暖地性の多年草です(佐竹ら,1999)。近年はこれらに加えて鳥取県で発見されています(永松ら,2016)。東京都の自然教育園でも分布が確認されており、1915~1948年の間のみ確認されていましたが、2007年に59年ぶりに再発見されています(萩原,2014)。以下の写真も自然教育園で撮りました。
和名は徳島県の絶滅危惧種であるスズカケソウ Veronicastrum villosulum に似て、花序の様子を虎の尾に見立てたことに由来します。 スズカケは小さくまとまった穂状花序を、山伏(山中で修行する修験道の行者)の衣装の一部である「鈴懸」に例えたことが由来とされます。
葉は互生し、無毛で光沢があり、長さ5〜10cm、三角状の鋸歯があります。ツル状の茎を出し、地面に接して不定根を出すというのが特徴的です。
なぜ絶滅危惧種になった?
非常に希少で各県でレッドデータブックに記載されています。多くの場合、保護の観点から生育地は伏せられているのが普通です。
2021年時点で、環境省レッドデータブックには記載は無いものの、静岡県で絶滅危惧II類(VU)、岡山県で絶滅、愛媛県で絶滅危惧IA類(CR)、高知県で準絶滅危惧(NT)、福岡県で絶滅危惧IA類(CR)、鹿児島県で準絶滅危惧となっています(野生動物調査協会・Envision環境保全事務所,2021)。
いずれも個体数が少ないことが指定されている理由ですが、なぜ個体数が少ないかはよく分かっていないようです。しかし元々、個体数が少ない上に、人の手による開発の影響を受けた可能性もあります。
なぜ東京都の自然教育園にトラノオスズカケがある?
東京都港区白金台五丁目にある国立科学博物館附属自然教育園ではトラノオスズカケが1915年に初めて記録され、著名な植物学者、牧野富太郎氏によって1932年に再確認されました。
しかし、1948年に植物社会学者の鈴木時夫氏によって発見されたのを最後に見られなくなり、自然教育園では居なくなってしまったと考えられていました。
こうして長年見られることはありませんでしたが、同自然教育園の萩原信介氏によって2007年に59年ぶりに再発見されることになったのです。
このように長期間トラノオスズカケが見られなくなったのは、トラノオスズカケの生育地がアズマネザサに覆われるようになったからで、近年のキアシドクガによるミズキの大量枯死によって日照が戻り、発芽したためであると考えられています。
ところで、トラノオスズカケは普通西日本を中心に分布しています。しかし、上述のように東京都の自然教育園で隔離されたような場所で発見されています。これはなぜなのでしょうか?
実は東京の記録は植栽と考えられていて、一説には江戸時代に持ち込まれ、平賀源内が関わったともされます。
平賀源内が関わったという説は著名な植物学者、牧野富太郎氏が提唱したもので、自然教育園が高松藩の下屋敷であった当時、讃岐高松藩の生まれで本草学にも造詣の深かった平賀源内が讃岐(現香川県)から持ち込んだというものです。
残念ながらその直接的証拠は存在しません。ただし、讃岐高松藩が薬草園を作るために薬草を藩内各地から現在の高松市に移送していた記録は残っており、その移送では平賀源内が関わっていることが明らかになっています。そのため、確定ではありませんが、可能性はあると言えるでしょう。
花の構造は?受粉方法は?
8~11月に(萩原,2013)、葉腋に短い穂状花序として、紅紫色の花が密につきます。花冠は紅紫色~紫色となっており、2本の雄しべが長く花の外に突きだします。
この植物に関しては残念ながらまだまだ研究が不足していて、受粉に重要な訪れる昆虫の種類については殆ど分かっていません。ただ、自然植物園の公式ページでは「ホソヒラタアブ Episyrphus balteatus の訪花が数回観察された」との記述があります(自然植物園,2009)。
同属にはクガイソウ Veronicastrum japonicum という種類がいて、こちらは花の構造には似ているものの、花の並びは長い花穂になっており、全く見た目は違います。こちらでは甲虫、ハナバチ、ハナアブ、チョウと様々な種類が訪れることが確認されていますが(田中,1970;田中・平野,2000)、トラノオスズカケでは花序は短く、うまく昆虫が伝うことができないと思われるので、クガイソウほどやってくる昆虫の種類が多くない可能性があります。あるいはより少ない昆虫の個体数で受粉を完了させているのかもしれません。
希少種だけにまだ分からないことが多いですが、今後の研究に期待したいです。
果実の構造は?種子散布方法は?
果実は扁平な卵円形をした蒴果となっています。種子は微細で長径0.5~0.7mm、短径0.5~0.6mm、厚さ0.4mm前後でやや平たい円に近い不定楕円体です(萩原,2013)。種子の数は大量で、実験では298~3,726粒も生産していた記録があります。
果実や種子の生態についても十分に分かっていないものと思われますが、種子の発芽実験の過程で、光発芽の性質が強く、強い休眠性を持つことが分かっています。
そのため自然下でも、大量の微少種子を生産し、強い休眠性によって、埋土種子として地中に残り、長期間の種子として生存し続けていると考えられています。発芽に好適な相対照度は20%程度とされ、適度な直射日光に恵まれると発芽します。このことが自然教育園での生存に繋がったのでしょう(萩原,2014)。
引用文献
萩原信介. 2013. 北九州学術・研究都市のトラノオスズカケの繁殖. 自然教育園報告 44: 83-93. ISSN: 0385-759X, https://www.kahaku.go.jp/research/publication/meguro/download/44/ns-r-44_1-9.pdf
萩原信介. 2014. 国立科学博物館附属自然教育園のトラノオスズカケの再発見と大正4年の「東洋学芸雑誌」記事をめぐって. 自然教育園報告 45: 47-53. ISSN: 0385-759X, https://www.kahaku.go.jp/research/publication/meguro/download/45/ns-r-45_1-6.pdf
永松大・坂田成孝・矢田貝繁明. 2016. 鳥取砂丘でのハマハナヤスリの再発見と鳥取県内でのトラノオスズカケとヤナギスブタの新規確認. 山陰自然史研究 12: 22-25. ISSN: 1349-2535, https://repository.lib.tottori-u.ac.jp/records/7462
田中肇. 1970. クガイソウの受粉と昆虫. 採集と飼育 32: 194-196. ISSN: 0036-3286
田中肇・平野隆久. 2000. 花の顔 実を結ぶための知恵. 山と渓谷社, 東京. 191pp. ISBN: 9784635063043
佐竹義輔. 1999. 日本の野生植物 草本 3 新装版. 平凡社, 東京. 259pp. ISBN: 9784582535037
自然植物園. 2009.7.23. 見ごろ情報. http://www.ins.kahaku.go.jp/season/index.php?id=0001249525715772
野生動物調査協会・Envision環境保全事務所. 2021.01.05最終更新. 日本のレッドデータ検索システム. http://jpnrdb.com/index.html