キンモクセイは一般に中国原産と言われる雌雄異株の常緑小高木です。この木の由来として「日本に雄株のみが持ち込まれた」と記述されることが頻繁にあります。しかし、おそらくこれは事実でなく日本で選抜されたクローン個体群であるというように近年は考えられるようになっています。しかし残念ながらまだこのことを検証した人はいません。花の匂いは日本の秋を代表するものにまでなっていますが、この匂いは自然界ではどのような役割があるのでしょうか?いくつかの研究を総合すると、チョウがこの臭いを嫌い、ハエやハナバチがこの匂いを好んでいるようです。これにはきちんと理由がありました。しかし、実際はキンモクセイの匂いは雄株しかないので役に立っておらず、雌雄異株として繁殖していた祖先の時にきっと役に立っていたのでしょう。本記事ではキンモクセイの進化・送粉生態について解説していきます。
「江戸時代に雄株のみが持ち込まれた」というのは嘘?
キンモクセイ(金木犀) Osmanthus fragrans var. aurantiacus f. aurantiacus は中国原産と言われる雌雄異株(=雄の木と雌の木がある)の常緑小高木です(茂木ら,2003)。東北から九州では植栽として非常に身近な植物と言えるでしょう。モクセイ科。
この樹の由来はよく「中国原産で、日本には室町時代もしくは江戸時代に雄株のみが持ち込まれた」と言われています。したがって、種子を作らず、挿し木や取り木によってのみで増えます。そのため果実も作りません。
しかし、これが実のところこのような経緯が本当なのか分かっていません(宮内,2019)。よく考えるとそれなら種子を取るためにもっと努力がされていても良いですよね?これを踏まえて近年では日本でも自生する、やや黄色みがかった花を咲かせる種類であるウスギモクセイ Osmanthus fragrans var. aurantiacus f. thunbergii から、黄色い花を持つ個体がクローンとして栽培化されたという見解が有力になりつつあるようです。
まだ研究によって実際に確かめられていません。これほど身近なのにまだ確実な由来すらよく分かっていないのです。
チョウはキンモクセイの香りが嫌い
花は9月下旬から10月上旬に強い芳香とともに咲くので季節の変わり目を告げることもあり、多くの人に親しまれています。
1~2週間程の短い間に一斉に咲き、1つの花の形は小さく、葉腋に多数集まって咲かせます(山﨑,2019)。しかし、これほど強い匂いは自然界ではどのような役に立っているのでしょうか?
この匂いを調べた研究があり、この研究では香りの主成分が確かめられるとともに、モンシロチョウがこの香りを好むかどうかも調べられました(Ômura et al., 2000; 大村,2006)。その結果、この香りの主成分をモンシロチョウは忌避することが分かったのです。
中国では花にミツバチやハナアブが訪れる
そうだとしたら、この花にはどんな虫がやってるのでしょうか?実際香りの割にはやってきている虫を見たことは少ないのではないでしょうか?
中国や日本の観察例によると数は少ないですが、ミツバチやハナアブがやってくることが報告されています(Ômura et al., 2000;根来,2009)。つまりモンシロチョウなどのチョウは長い口で蜜だけを奪い受粉の役には立ってくれないので(=盗蜜)、これらを遠ざけ、秋にも多くの個体数が居るハチやハナアブをおびき寄せているのかもしれませんね。花が小さく距が短いという特徴も、短い口で蜜を舐め取るこれらの種類によくフィットしていると言えます。
そもそもクローンだから花に意味はない?
ここまでやってくる昆虫について解説しましたが、そもそも上述の通り、この花の色は人為的に作られたものです。その上、雄株しか存在しないので、その花は雄しべだけしか作りませんし、自然では役にたたないのではないでしょうか?
おそらくその通りでキンモクセイでは役に立たないでしょう!
ただ、この種類の祖先であるウスギモクセイや更にその祖先であるギンモクセイ Osmanthus fragrans var. fragrans も同じような匂いや花の形をしているので、大昔は役に立っていたと考えられます。しかし、ギンモクセイに関してはその匂いがキンモクセイよりも弱いので、ウスギモクセイの時に特別な変化が起こった可能性もあります。ギンモクセイとキンモクセイをもっと比較すると更に面白いことが分かってくるかもしれません。
それにしてもハエが好む香りをヒトも楽しんでいるというのは不思議な感じがします。キンモクセイの独特な匂いは便所の臭いを隠すために使用された経緯もあるためか、ヒトの間でも賛否がありますが、昆虫の世界でも賛否があるようです!
引用文献
宮内泰之. 2019. 樹の文化史 (12):キンモクセイ. 恵泉女学園大学園芸文化研究所報告 園芸文化 14: 63-68. ISSN: 1882-5044, http://id.nii.ac.jp/1294/00001046/
茂木透・高橋 秀男・勝山 輝男・石井英美. 2003. 樹に咲く花 合弁花・単子葉・裸子植物. 山と溪谷社. 東京, 719pp. ISBN: 9784635070058
根来尚. 2009. 高岡市古城公園での訪花昆虫調査、および富山県内11ヵ所での調査結果比較. 富山市科学博物館研究報告 32: 39-60. ISSN: 1882-384X, http://repo.tsm.toyama.toyama.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=899&item_no=1&page_id=13&block_id=82
大村尚. 2006. チョウ成虫の採餌行動と嗅覚情報物質. 比較生理生化学 23(3): 134-142. ISSN: 0916-3786, https://doi.org/10.3330/hikakuseiriseika.23.134
Ômura, H., Honda, K., & Hayashi, N. 2000. Floral scent of Osmanthus fragrans discourages foraging behavior of cabbage butterfly, Pieris rapae. Journal of Chemical Ecology 26(3): 655-666. ISSN: 0098-0331, https://doi.org/10.1023/A:1005424121044
山﨑誠子. 2019. 樹木別に配植プランがわかる 植栽大図鑑 改訂版. エクスナレッジ. 東京, 203pp. ISBN: 9784767826257