ハゼランとサンカクハゼランはピンクの花を咲かせるハゼラン科の2種です。いずれも園芸個体や逸脱した個体が日本国内で外来種として見られます。2種ともアメリカ大陸原産です。この2種は花序の付き方、花軸の稜の有無、花弁の大きさ、柱頭の形と、沢山の形態で違いを確認できるので区別は容易でしょう。そんなハゼランとサンカクハゼランのピンクの花はとても目立つので、沢山の昆虫が訪れていると思われるかもしれませんが、海外の研究ではハゼランにはハナバチが少し訪れる程度で、サンカクハゼランでは全く訪花昆虫が確認されませんでした。ハゼランとサンカクハゼランはかなりの割合で自家受粉を行っているようです。「三時草」という別名は午後3~4時ごろに咲くことに由来しますが、これはおそらく花が咲く時間を短縮させ、訪花昆虫を減らし、自家受粉を行うためではないかと考えられます。果実は蒴果で名前の由来とされる説の一つに種子がはじけ飛ぶからという説があります。しかし、本当に「爆ぜる」のはサンカクハゼランだけです。ハゼランとサンカクハゼランでは種子の散布方法に大きな違いがあるのです。本記事ではハゼランとサンカクハゼランの分類・送粉生態・種子散布について解説していきます。
ピンクの花を咲かせるハゼラン科の2種
ハゼラン(爆蘭) Talinum paniculatum は北アメリカ、メキシコ、西インド諸島、中央アメリカ、南アメリカ原産で、原産地では湿潤から乾燥した森林地帯やサバンナ、砂漠の低木林、草原、海岸、平地、小丘、斜面、岩場、砂・粘土・石灰岩・砂岩・火成岩・岩場の土壌や裂け目と幅広い環境に生えます。日本を含むアフリカとアジアでは薬用や観賞用に園芸種として持ち込まれ、逸脱して市街地の路傍に生息することもあります。本来は多年草で、日本では一年草です(清水ら,2001;神奈川県植物誌調査会,2018)。約80cmに達するオレンジ色の非常に長い根が簡単に発根し増殖します。アジアでは伝統医学で用いられてきました。
サンカクハゼラン (三角爆蘭)Talinum fruticosum(シノニム:Talinum triangulare)は北アメリカ、メキシコ、西インド諸島、中央アメリカ、南アメリカ原産で、マツ自生地、攪乱地、砂質土壌に生える多年草です(Flora of North America Editorial Committee, 2004)。熱帯地方(西アフリカ、南アジア、東南アジア)では茹でて食用とされて、沖縄でもブラジルホウレンソウなどと呼ばれ茹でて食べられています。
インターネット上では「ハゼランは熱帯地方で食用になる」という話もありますが、食用としてはサンカクハゼランの方が主流と思われます。しかし、ハゼランも食用可能です。
このようにどちらもハゼラン科ハゼラン属で、葉は惰円形~倒卵形、ピンクの花をつけるということで混同されることがあるかもしれません。
ハゼランとサンカクハゼランの違いは?
しかし、ハゼランとサンカクハゼランはかなり明確に区別がつきます(Flora of North America Editorial Committee, 2004;植村ら,2015)。
ハゼランでは花序は円錐花序で、花軸は稜はなく一様に細く、花弁は6mm以下(花径約7mm)、柱頭の3裂片は浅裂であるのに対して、サンカクハゼランでは花序は総状花序または集散花序で、花軸は名前の通り三角形の稜があり遠位部が明らかに太く、花弁は7mm以上(花径約15mm)、柱頭の3裂片は深裂し開きます。
これらを確認すれば問題なく違いが分かるでしょう。「陵」というのは植物体から張り出す、平べったい部分であるという理解で構いません。花軸は花がつき、茎に繋がる部分までのことを指します。
ハゼランの花は目立つ割にはやってくる昆虫が少なかった!?
ハゼランの花期は6~9月。花弁は5個、赤色~淡紅色、まれに橙黄色、長さ3~6mmです。萼片は早落性、長さ2.5~4mm。雄しべ15~20個程度。柱頭3裂。花柄は長さ20mmまで。
サンカクハゼランの花期は一年中。花序は総状花序状または集散花序です。花は萼片が宿存し、披針形~卵形、長さ5~6mm。花弁は帯紫色、ピンク色、または白色、ときに黄色、楕円形~卵形、長さ7~13mm。雄しべは20~35本。柱頭は1個、3裂します。花柄は3稜形、上部が太く、長さ12mm以下。
これだけピンクで鮮やかな花ならかなり沢山の昆虫がやってくることが予測できそうです。
ところが、原産地に近いベネズエラの研究ではハゼランの花には20時間あたりコハナバチ科の仲間が2匹、ミツバチ科の仲間(主にハリナシバチの仲間)が5匹、スズメバチ科の仲間が2匹、ハキリバチ科の仲間が1匹しかやってこないという結果でした(Valerio & Ramirez, 2003)。
つまり花には殆どハナバチしかやってこない上に、やってくるハナバチの数もかなり少ないということになります。
これは蜜を分泌せず、昆虫にとっては花粉しか報酬がないことが大きく影響していると思われます。また、サイズは小さく、匂いもなく、1日に花序が開く花の数は少なくなっていることは昆虫へのアピールが少ないことを示しています。
また私の推測ですが、小さくて足場が不安定なので、種類が限られるのかもしれません。
加えて、自家受粉の割合の方が高いこともわかっています。
これらの結果はとても意外であると言えるでしょう。なぜこのようなことをしているのでしょうか?
この調査を行ったのは都市部の二次林です。そのような環境では高度に適応した遺伝子型が維持されて続けることが有利になるでしょう。そのため、自家受粉なら都市部に適応した遺伝子をそのまま子孫に伝えていくことができます。
しかし、病害虫や菌、環境の変化に適応するには一定の遺伝子の交換は行う必要があります。そこで少数のハナバチに頼ることで最小限の他家受粉を行うという両取りのやり方をとっているようです。
少しどっちつかずで贅沢な方法といえるかもしれません。しかし、生き残るためには重要なことと言えるでしょう。
ただ都市部以外の別の環境ではどのような結果になるのかということはまだ研究されていません。
また日本でも逸脱して市街地の路傍に逸脱が可能である以上は種子を生産しているということになりますが、自家受粉と他家受粉の割合はどうなっているのでしょうか?この点もまだ調べられておらず、興味深いです。
なぜ「三時草」と呼ばれる?なぜ三時に咲く?
ハゼランはサンジソウまたはヨジソウの名もあります。
これは花が午後3時ごろ、または4時ごろに咲くことから名付けられたと言われています。
なぜハゼランが午後3~4時ごろに咲くのでしょうか?
開花時間が短い植物は他に夕方開花するテイカカズラやスイカズラなどが居ますが、そのような植物は夕方以降に活動する昆虫にアプローチするために行っていることが多いです。
しかしハゼランの場合は、先程のベネズエラでの研究を踏まえると、昼行性のハナバチが多いようなのでこのような理由は考えにくいです。
このことは誰も研究していないようですが、ハゼランが主に自家受粉するため、訪花昆虫の数をかなり絞っていることが予想されます。
つまり開花期間を短縮することによって訪花する昆虫の数を減らしているのではないかと私には思えます。
サンカクハゼランでは花は役に立っているのか?
ハゼランでは自家受粉が主でしたが、サンカクハゼランではどうなのでしょうか?
原産地ではありませんが、インド南部のカルナータカ州で行われた研究によると、36時間の観察期間中、訪花昆虫の記録はありませんでした(Shivanna, 2019)。またこの研究の予備調査でも記録はなかったと言います。
しかし、受粉し、種子はきちんと生産していました。つまりサンカクハゼランも自家受粉に頼っていたということです。
しかも、サンカクハゼランではハゼランよりも自家受粉への依存度が高いと言えるでしょう。
花は調査地では午前9時ごろに茎葉とともに開き始め、12時頃には水平になります。14時頃には茎葉の先端が湾曲し開ききります。15時頃になると、花弁と総苞片が閉じ始めますが、ここまで、昆虫の訪花はありません。17時頃には花弁と総苞片が完全に閉じます。この内部で自家受粉が起こります。
日中の花は5~6時間しか開いていないため、花の送粉者が不足していると考えられています。
ただ、もし本当に昆虫の送粉者が不要なのだとしたら、花は退化しきってもおかしくありませんが、そこまでには至っていません。
そのため、送粉者がいる環境では、やはりハゼランと同じように来訪者による他家受粉と花弁の閉鎖による自家受粉の両方を含む混合交配を行っていると考えるのが自然でしょう。
果実は蒴果で「爆ぜる」というのは本当か?
果実はどちらも蒴果です。
ハゼランでは蒴果は直径3~5mmの3稜のあるほぼ球形になっています。熟すと3裂します。種子は黒色、長さ約0.8mmのゆがんだ円盤形です。
サンカクハゼランでは蒴果は直径4~6mmのほぼ球形になっています。外果皮と内果皮は普通裂開後に分離せず、室(valve)は全体に脱落性。
花ではあまり生態に違いがなかったこの2種は果実の生態はかなり異なっています(Veselova et al., 2012)。
どちらも仮種皮(arils、種子の表面をおおっている付属物)を持っていますが、ハゼランでは仮種皮に余分な栄養素はなくアリが誘引されることはありませんが、サンカクハゼランではタンパク質や脂質を多く含み、これを求めたアリが種子を持ち運ぶことが分かっています。
ハゼランでは種子は果実の中にかなり長い期間残り、熟しても中に入ったままです。その後、風化によって蒴果が壊れたり、蒴果を求めてやってきたアリが蒴果を破壊し、中の種子が重力や風によって散布されるのです。ただこの論文の著者はこのように述べていますが、アリが本当に蒴果にやってくるかは観察されていないようです。
一方、サンカクハゼランでは果実が熟すると弾けて能動的に種子を飛ばす、自動散布を行います。この後、地面に散らばった種子は仮種皮を求めてやってきたアリに運ばれます。
違いはそれだけではありません。ハゼランではオムファロディウム(omphalodium)という種子の付属物が無いのに対し、サンカクハゼランではこれを持っています。それはなぜなのでしょうか?オムファロディウムは水分を吸収し、種子の水分バランスを調節し、発芽を促進することができます。
ハゼランでは種子は果実の中にかなり長い期間残っているので、発芽できるようになるまで時間がかかります。そのような場合、水分量を減らし乾燥状態を維持し、適切なタイミングで発芽する必要があります。そのためオムファロディウムを持っていません。
それに対してサンカクハゼランでは種子はすぐに地面に散らばり、アリに運ばれます。半乾燥地では水分が無くなる前に種子は発芽する必要に迫られます。そのためオムファロディウムを持っているようです。
このように果実の生態がかなり異なる2種ですが、なぜその生態が異なるかは明らかになっていません。しかし、サンカクハゼランの方がアリに依存した生活環となっているので、祖先が暮らしていた環境に種子散布に適切なアリが生息していたかどうかは大きな影響がありそうです。また風で自由に地面を転がることができる環境であるかどうかも関係しているかもしれません。
ハゼランという和名の由来は花がはじける(はぜる)ように次々と咲く様子からという説や、赤い丸い果実をはじける線香花火に例えたという説の他に、種子がはじけ飛ぶからという説があります。しかし、このことが当てはまるのはサンカクハゼランであると言えるでしょう。
引用文献
Flora of North America Editorial Committee. 2004. Flora of North America: North of Mexico; Volume 4: Magnoliophyta: Caryophyllidae, part 1 (Flora of North America, Vol. 4) Oxford University Press, 584pp. ISBN: 9780195173895
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
清水矩宏・森田弘彦・廣田伸七. 2001. 日本帰化植物写真図鑑 plant invader 600種 改訂. 全国農村教育協会, 東京. 553pp. ISBN: 9784881370858
Shivanna, K. R. 2019. A Novel Autogamous Self-Pollination Strategy Involving Closing of Perianth Lobes in Talinum fruticosum (L.) Juss. Proceedings of the National Academy of Sciences, India Section B: Biological Sciences 89(4): 1407-1411. https://doi.org/10.1007/s40011-018-01066-6
植村修二・勝山輝男・清水矩宏・水田光雄・森田弘彦・廣田伸七・池原直樹. 2015. 日本帰化植物写真図鑑 plant invader 500種 第2巻 増補改訂. 全国農村教育協会, 東京. 595pp. ISBN: 9784881371855
Valerio, R. & Ramirez, N. 2003. Exogamic depression and reproductive biology of Talinum paniculatum (Jacq.) Gaertner (Portulacaceae). Acta Botánica Venezuelica 26(2): 111-124. ISSN: 0084-5906, http://ve.scielo.org/scielo.php?script=sci_abstract&pid=S0084-59062003000200001&lng=en&nrm=iso&tlng=en
Veselova, T. D., Dzhalilova, K. K., Remizowa, M. V., & Timonin, A. C. 2012. Embryology of Talinum paniculatum (Jacq.) Gaertn. and T. triangulare (Jacq.) Willd. (Portulacaceae sl, Caryophyllales). Wulfenia 19: 107-129. ISSN: 1561-882X, http://msu-botany.ru/gallery/veselova%20et%20al-3.pdf
出典元
本記事は以下書籍に収録されてたものを大幅に加筆したものです。