ニゲラ(クロタネソウ)とブラッククミン(ニオイクロタネソウ)の違いは?薬としての効能は?成分は?花は偽の蜜腺を作って昆虫を騙していた!?

植物
Nigella damascena

ニゲラ(クロタネソウ)とブラッククミン(ニオイクロタネソウ)は世界各国で観賞用や薬用に栽培され、日本でも現在では身近ですが、非常に混同されやすい2種です。インターネットで検索しても間違った写真ばかり出てきます。しかしその区別は本来難しいものではありません。花の総苞片の有無、葉の形を調べることで簡単に区別が付きます。クロタネソウとニオイクロタネソウでは商業的には用途の違いがはっきりしており、クロタネソウは観賞用に、ニオイクロタネソウはブラッククミンシードやブラッククミンシードオイルを目的に薬用に栽培されるのが普通です。クロタネソウ属の花は花弁が退化し、萼で構成されています。しかし花弁が無用の長物になったというわけではありません。「偽蜜腺」としての役割があります。その用途は2説あり、「偽蜜腺」を「広告」に使用しているという説と、「盗蜜防止」に使用しているという説があります。まだ検証されていない部分もありますがどちらにしても興味深い進化を遂げていると言えるでしょう。果実は袋果でおそらく風によって散布されます。本記事ではクロタネソウとニオイクロタネソウの分類・歴史・薬用・送粉生態・種子散布について解説していきます。

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種子が黒いことが名前の由来の園芸種2種

クロタネソウ(黒種草) Nigella damascena は別名ニゲラ。南ヨーロッパ、キプロス、南西アフリカ、トルコ、シリア、イラク、イランに分布する一年草です。世界各国で観賞用に栽培され、一部では帰化しています。日本では江戸時代の終わりごろに渡来したと考えられています(塚本,1994)。和名と属名は種子が黒いことに由来します。「ニゲラ」は属名で園芸では頻繁に使用されますが、ニオイクロタネソウと混同するので、本来はおすすめできません。

ニオイクロタネソウ(匂い黒種草) Nigella sativa は別名ブラッククミン。南ヨーロッパ、北アフリカ、南西アジアに分布する一年草です。世界各国で種子をスパイスとして食用するために栽培され、ヨーロッパの一部、北アフリカ、ミャンマー東部などで帰化しています。和名は種子にスパイシーな芳香があることに由来します。

どちらもキンポウゲ科クロタネソウ属で、栽培されることがあるので、非常に混同されます。『Google画像検索』でも、「ニオイクロタネソウ」や「Nigella sativa」で検索してもクロタネソウと混同し、誤った画像ばかり出てきます。これでは正しく種類を認識することはできないでしょう。

クロタネソウとニオイクロタネソウの違いは?

クロタネソウとニオイクロタネソウは見た目が大きく異なり、本来混同することはありません。

最も大きな違いは花です(Riedle & Nasir, 1991)。

クロタネソウでは花が細裂した葉と似た形をした明確な総苞片を持つのに対して、ニオイクロタネソウでは総苞片はありません。

総苞片というと少し分かりにくいですが、ここでは花の直下で花を取り囲んでついている、葉と同じ形をした細い緑色のもののことを指します。これがクロタネソウでは存在して、ニオイクロタネソウではありません。

また葉も異なっています。

クロタネソウでは茎葉は細裂し裂片は細い糸状になるのに対して、ニオイクロタネソウでは葉は細裂し裂片は線形になるものの、糸状にはなりません。

種子についても違いがあります(Benazzouz-Smail et al., 2023)。

クロタネソウでは種子はやや小さく、うねがあり、丸みがあり、甘い香りでイチゴに少し似ているのに対して、ニオイクロタネソウでは種子はやや大きく、うねが少なく、尖っており、樟脳のような心地よい香りがあり少し苦みがあります。

クロタネソウ(右)とニオイクロタネソウ(左)の違い|Benazzouz-Smail et al. (2023): Figure 1 より引用
クロタネソウの外観
クロタネソウの葉
クロタネソウの花

クロタネソウとニオイクロタネソウの用途の違いは?ブラッククミンシードの効果は?

クロタネソウとニオイクロタネソウの用途の違いはあるのでしょうか?

ニオイクロタネソウは上述のように別名ブラッククミンと呼ばれ、種子はブラッククミンシードと呼ばれます。更に種子から取られた精油をブラッククミンシードオイルと呼びます。

ニオイクロタネソウは日本であまり園芸で栽培されることはなく、ブラッククミンシードとブラッククミンシードオイルとしての方が有名です。

ブラッククミンシードとブラッククミンシードオイルは、世界中の様々な病気の治療に何世紀にもわたって広く使用されてきました。ユナニ医学やアーユルヴェーダなどのインドの伝統医学においても重要な薬として知られています(Ahmad et al., 2013)。また、ムスリムの間では、『ハディース』(イスラームの預言者ムハンマドの言行録)の中で、「黒い種子は死を除くすべての病気の治療法である」と言及されているため、万病に効く薬として考えられていきました。

流石に万病に効く薬というのは過言ですが、確かに伝統的には東南アジアやインドや中東諸国において、呼吸器系、消化管、腎臓と肝臓の機能、心臓血管系と免疫系に関連する様々な障害、病気や症状の治療だけでなく、食用にも使用されてきており、その用途の広さが伺えます。

具体的にはブラッククミンシードオイルは喘息、気管支炎、リウマチ、関連する炎症性疾患などに使用し、ブラッククミンシードから調製したチンキ剤は、消化不良、食欲不振、下痢、水腫、無月経、月経困難症に有効で、虫や皮膚の発疹の治療にも用いられます。外用にはブラッククミンシードオイルを防腐剤、局所麻酔薬として使用します。炒ったブラッククミンシードは嘔吐を止めるために内服します。

科学的にも研究が進められており、利尿剤、降圧剤、抗糖尿病剤、抗癌剤、免疫調節剤、鎮痛剤、抗菌剤、駆虫剤、鎮痛剤、抗炎症剤、鎮痙剤、気管支拡張剤、胃保護剤、肝保護剤、腎保護剤、抗酸化剤、肝臓の強壮剤、消化剤、止瀉剤、食欲増進剤、通経促進剤と多種多様な用途に使えることが示されつつあります。ただ、ヒトがどのくらい経口摂取してどのくらい効果があるのかはまだまだよく分かっていないと言え、冷静に評価する必要はあるでしょう。

このような作用の殆どはチモキノン(30~48%)という成分が担っていると考えられています。その他、チモヒドロキノン、ジチモキノン、p-シメン(7~15%)、カルバクロール(6~12%)、4-テルピネオール(2~7%)、t-アセトール(1~4%)、セスキテルペンロンギフォレン(1~8%)、αピネン、チモールなどが含まれ、ニゲリシミンやニゲリシミン-N-オキシドなどのイソキノリン系アルカロイドと、ニゲリジンやニゲリシンなどのピラゾール系アルカロイドや、インダゾール環を持つアルカロイドのような微量の化合物も含まれます。さらに、種子には水溶性の五環系トリテルペンであるα-ヘデリンや、抗癌作用のあるサポニンが含まれています。

種子はタンパク質(26.7%)、脂質(28.5%)、炭水化物(24.9%)から構成され、脂質は主にリノール酸(50〜60%)、オレイン酸(20%)、エイコダジエン酸(3%)、ジホモリノール酸(10%)などの不飽和脂肪酸が豊富です。

現代では補完代替医療(西洋医学を補完する・代替する医療)で、気管支炎、喘息、下痢、リウマチ、皮膚疾患などのさまざまな病気の治療に広く使用されています。

また、毒性が非常に低いため、パンやピクルスの香料添加物などの食品にも使用されます。

日本では馴染みが少ないものの、もっと研究が進み最適な場面での用途がわかれば、西洋医学でも使用されることになるかもしれません。

一方、クロタネソウは観賞用に栽培されることの方が有名ですが、ニオイクロタネソウとほぼ同様の薬としての作用があると考えられて、伝統医学で使用されてきました(Benazzouz-Smail et al., 2023)。

なぜ、クロタネソウがあまりその用途で広がらなかったのかは私の調査では不明でしたが、ニオイクロタネソウの種子はスパイスとして利用できることや、栽培上や効率上の問題があるのかもしれません。

クロタネソウ属の花は花弁ではなく萼で構成されていた?

クロタネソウとニオイクロタネソウの花期はどちらも5~7月です。

クロタネソウ属の花は共通で、萼片が花弁のようになっていて、原種では普通5枚の一重ですが、6~10枚の八重咲きのクロタネソウの品種もあります。萼の色は白色、青色のほか紫紅色であることもあります。成熟すると、多数の雄しべがやや垂れて下を向くように生え、5個の雌しべも基部で合体して先端が下に垂れるような構造になっています。

クロタネソウの花

なぜ偽蜜腺を作るのか?「広告」説

ところで、クロタネソウ属の真の花弁はどうなってしまったのでしょうか?退化して消えてしまったのでしょうか?

興味深いことに、退化した真の花弁は、先端が2つに別れた「蜜腺状鱗片」となり、萼片の上に存在します。

ただし、八重咲きになったクロタネソウでは見られないこともあるようです(私の写真では確認できません)。

「蜜腺状鱗片」は萼と雌しべの根本にある上に、種類によって黄色や緑色をして目立っています。普通に考えれば、ここから蜜を分泌していると考えられそうです。

しかし、この蜜腺状鱗片そのものが蜜を分泌するわけではありません。このような構造は「偽蜜腺」とも呼ばれていて、真の蜜腺は蜜腺状鱗片の内部にあり、真の蜜腺までの距離に適合した、程よい口の長さをした昆虫だけが、口を伸ばして蜜を吸うことができます。

ではなぜ、わざわざ偽蜜腺という構造を作って、遠回りなことをしているのでしょうか?

中国人研究グループの研究によると、クロタネソウではこの偽蜜腺である蜜腺状鱗片は紫外線を反射し、紫外線が見える昆虫にとってはとても鮮やかな色に見え、主にミツバチやマルハナバチがこれに引き寄せられることが明らかになっています(Liao et al., 2020)。

引き寄せられたハナバチは時計回りまたは反時計回りで回転し、ハナバチの背中に垂れ下がった雄しべや雌しべに触れることで、受粉するというわけです。つまり、偽蜜腺を遠くからでも昆虫から見えるようにして、餌があることを伝える「広告」として使っているというわけですね。

クロタネソウの偽蜜腺に訪れるセイヨウミツバチ|Liao et al. (2020): Fig. 6 より引用

一方で全く別の「盗蜜防止」説もある

ただ、全く別の考えもあります。訪花昆虫の中には、蜜だけを吸おうとする(=盗蜜する)昆虫がいることが知られています。代表的な種類としては、チョウやクマバチの仲間が挙げられます。これらの昆虫に狙われてしまうと当然、クロタネソウ属側は蜜だけを吸われ、受粉は出来ず、損をしてしまうでしょう。

そのような場合、偽蜜腺があることで、そのような盗蜜する昆虫が偽蜜腺に騙されて真の蜜腺から蜜を吸わないようにしてくれるかもしれません。これで蜜だけを奪われることがなくなります。

これら2つの説のうち、最新のクロタネソウの研究では前者については支持されていますが、後者についてはまだ良くわかっていません。

これらは排他的なものではなく、どちらの機能も持っている可能性も十分考えられるでしょう。

いずれにせよ、人間がひと目では気づかないほどの戦略をとっているようです。ニオイクロタネソウについても蜜腺状鱗片は存在していて、ミツバチが多く訪れる事がわかっています(Suchetana et al., 2013; Abrar et al., 2017)。

果実は袋果で種子はおそらく風散布

果実は袋果で、クロタネソウでは楕円形の球形で、ニオイクロタネソウでは丸みを帯びた長方形です。1枚の心皮(雌しべを構成する葉的要素)からなり、中に種子が詰まっています。成熟するにつれ、果皮は乾燥していき、1本の線に沿って裂開します。

クロタネソウの未熟果

種子はクロタネソウとニオイクロタネソウどちらも小さく黒いです。クロタネソウでは種子はやや小さく、うねがあり、丸みがあり、甘い香りでイチゴに少し似ており、ニオイクロタネソウでは種子はやや大きく、うねが少なく、尖っており、樟脳のような心地よい香りがあり少し苦みがあります。

クロタネソウ属の種子散布はよく分かっていませんが(Uğurlu Aydın & Dönmez, 2019)、クロタネソウとニオイクロタネソウについては種子は小さく、黒くて動物に目立つものでもないことから、果実から溢れた種子が風に飛ばされていると考えるのが普通でしょう。

実際に私はアスファルトの間から生えるクロタネソウを見たことがあります。付近に他のクロタネソウは見当たらず、これは人為的に誰かが植えたのではないのなら、単に重力散布されただけでないことを示しているでしょう。

引用文献

Abrar, M., Ahmad, S., Saboor, N., Spogmay, N. 2017. Insect pollinators and their relative abundance on black cumin. Nigella sativa L. At Dera Ismail Khan. Journal of Entomology and Zoology Studies 5(5): 1252-1258. ISSN: 2349-6800, https://www.entomoljournal.com/archives/?year=2017&vol=5&issue=5&ArticleId=2462

Ahmad, A., Husain, A., Mujeeb, M., Khan, S. A., Najmi, A. K., Siddique, N. A., … & Anwar, F. 2013. A review on therapeutic potential of Nigella sativa: A miracle herb. Asian Pacific Journal of Tropical Biomedicine 3(5): 337-352. https://doi.org/10.1016/S2221-1691(13)60075-1

Benazzouz-Smail, L., Achat, S., Brahmi, F., Bachir-Bey, M., Arab, R., Lorenzo, J. M., … & Madani, K. 2023. Biological Properties, Phenolic Profile, and Botanical Aspect of Nigella sativa L. and Nigella damascena L. Seeds: A Comparative Study. Molecules 28(2): 571. https://doi.org/10.3390/molecules28020571

Liao, H., Fu, X., Zhao, H., Cheng, J., Zhang, R., Yao, X., Duan, X., Shan, H & Kong, H. 2020. The morphology, molecular development and ecological function of pseudonectaries on Nigella damascena (Ranunculaceae) petals. Nature Communications 11(1): 1-11. ISSN: 2041-1723, https://doi.org/10.1038/s41467-020-15658-2

Riedle, H., & Nasir, Y. J. 1991. Ranunculaceae. pp.1-157. In: Ali, S. I., & Nasir, Y. J. (eds.) Flora of Pakistan No. 193. PanGraphics, Islamabad. http://www.efloras.org/florataxon.aspx?flora_id=5&taxon_id=122301

Suchetana, M., Aninda, M., Sudha, G., & Datta, A. K. 2013. Pollination events in Nigella sativa L. (Black cumin). International Journal of Research in Ayurveda and Pharmacy 4(3): 342-344. ISSN: 2277-4343, https://doi.org/10.7897/2277-4343.04307

塚本洋太郎. 1994. 園芸植物大事典 コンパクト版. 小学館, 東京. 3710pp. ISBN: 9784093051118

Uğurlu Aydın, Z., & Dönmez, A. A. 2019. Numerical analyses of seed morphology and its taxonomic significance in the tribe Nigelleae (Ranunculaceae). Nordic Journal of Botany 37(5): e02323. https://doi.org/10.1111/njb.02323

出典元

本記事は以下書籍に収録されているものを大幅に加筆したものです。

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