ジンチョウゲとコショウノキはいずれもジンチョウゲ科ジンチョウゲ属に含まれ、シワで歪んだ葉を持ち、良い香りを出す花がある点が共通しています。これらは類似しているようにも思われますが、ジンチョウゲは植栽のみ、コショウノキは自生のみで、形態的にも違いがいくつかあるので区別は容易でしょう。ライラック・ハクチョウゲ・クチナシ・シャクナゲとの違いもよく調べられているようですが、名前が少し近いだけで植物としては似ているとは言い難いレベルです。花の香りが進化した理由は昆虫のためであることは間違いないですが、どのような昆虫のためなのかは残念ながら研究が不足しています。本記事ではジンチョウゲとコショウノキの分類・形態・生態について解説していきます。
ジンチョウゲ・コショウノキとは?
ジンチョウゲ(沈丁花) Daphne odora は別名チンチョウゲ・輪丁花(リンチョウゲ)・瑞香(ずいこう)・七里香(しちりこう)。中国南部とベトナム原産で、日本では室町時代に渡来し、観賞用に植えられている常緑小低木です。
コショウノキ(胡椒の木) Daphne kiusiana は日本の関東南部~沖縄の暖温帯;中国南部・台湾・朝鮮に分布し、山地~丘陵の常緑樹林に生える常緑低木です。和名は果実がコショウのように非常に辛いことに由来します。
いずれもジンチョウゲ科ジンチョウゲ属に含まれ、シワで歪んだ葉を持ち、3〜4月の春になると良い香りを出し、4裂の肉厚の萼(花弁は退化している)を持った花をつける点が共通しています。また、果実は液果です。
特にジンチョウゲは街を歩いていると庭先で植えられているのを頻繁に見かけ、春の訪れを知らせるかのような種類と言えるでしょう。和名は香木の沈香(ジンコウ)のような良い匂いがあり、丁子(クローブ)の香りを合わせたような香木という意味で名付けられています。
栽培されているジンチョウゲ属はそれほど多くないですが、ジンチョウゲ属は種類が多く、コショウノキとの違いが気になる人がいるようです。
ジンチョウゲとコショウノキの違いは?
ジンチョウゲとコショウノキの違いはいくつかあります(林,2019;山下,2010)。
まず、前提としてジンチョウゲは外来種で自生はなく、観賞用に庭先で栽培されているのみであるのに対して、コショウノキは在来種で自生するのみで、普通は観賞用に栽培されることはないという違いがあります。
形態的な違いもあります。
ジンチョウゲでは葉先が鈍く、葉全体は肉厚であるのに対して、コショウノキでは葉先がよく尖り、葉全体は薄めです。
また、花に関しては花弁がなく萼がありますが、ジンチョウゲでは萼の外面が無毛であるのに対して、コショウノキでは有毛です。
ジンチョウゲは雌雄異株ですが、日本にある個体は雄株が多く、雌株はほとんど見られないのに対して、コショウノキはほとんどが雌雄同株で、稀に雌株があります。
これで十分区別できるでしょう。他にもジンチョウゲ属にはオニシバリ・ナニワズ・カラスシキミなどの種を含んでいますがかなり印象が異なるのでここでは省略します。








ジンチョウゲの品種は?
ジンチョウゲの品種としては花が白いシロバナジンチョウゲ(白花沈丁花) f. alba、色が薄いウスイロジンチョウゲ(薄色沈丁花) f. rosacea、葉の両側に白い斑が入るフクリンジンチョウゲ(覆輪沈丁花) ‘Marginata’ があります。





ジンチョウゲとライラック・ハクチョウゲ・クチナシ・シャクナゲとの違いは?
ジンチョウゲと一緒にライラック・ハクチョウゲ・クチナシ・シャクナゲといった植物との違いがよく検索されているようです。
これらの種類は知っている人からするととても似ているとは言い難いですが、名前が似ているので混同する人がいるのかもしれません。一応簡単に触れておきます。
モクセイ科のライラックは標準和名ムラサキハシドイ(紫丁香花・洋丁香)で、漢字表記が似ているため混同されるのかもしれませんが、葉がスペードのような形で、花は紫色です。
アカネ科のハクチョウゲ(白丁花)は花が丁字型の白い花を持つことから命名され、同じ「チョウゲ」であることから混同されるのかもしれませんが、萼があり花冠裂片は5つあり、葉も明らかに小型で花より小さいです。
アカネ科のクチナシは園芸では「夏のクチナシ」と呼ばれ、春のジンチョウゲ、秋のキンモクセイとともに「三大香木」と呼ばれることがあるようです。そのため検索されるのかもしれませんが、クチナシは葉先は尖り、葉全体は薄く、光沢が強く、花も明らかに大型です。
ツツジ科のシャクナゲはなぜ検索されているのか分かりませんが、分類の通りツツジらしい合弁花を持っており、葉は輪生し大型です。
ジンチョウゲの匂いはなんのため?
ジンチョウゲ科は広く強い匂いを出すことで知られています。ジンチョウゲの花には炭化水素30種、エステル39種、アルデヒド20種、ケトン8種、アルコール21種、フェノール7種、酸10種、その他10種の化合物を含む145種の化合物が含まれていると言います(Watanabe et al., 1983)。
この匂いはなんのために出しているのでしょうか?
これはやはり本来は昆虫を惹き寄せるために出していると考えられています(Cardona et al., 2024)。
しかし、残念ながら肝心のどのような昆虫がこの匂いを好んでいるのかということは研究が不足しています。
海外の同属の種類を調査によると昼行性のハチ目やハエ目の昆虫によって送粉されていた記録があります(Rodríguez-Pérez & Traveset, 2011)。日本ではカラスシキミ Daphne miyabeana で小型のハチによって送粉されていた記録があります(Sakata & Nakahama, 2018)。
ただこれらの種類を惹き寄せるためだけにそれほど強い匂いが必要なのかは不明な部分があります。
最近では夜行性のスズメガという蛾の仲間を惹き寄せていた記録もあります(Cardona et al., 2024)。スズメガを惹き寄せる花の多くは白く、匂いが強いことが知られているので、もしかしたら昼行性と夜行性の昆虫両方を惹き寄せるために進化している可能性がありますが、残念ながら日本で身近なジンチョウゲやコショウノキでは研究が不足しています。今後の進展に期待したいです。
なお、同じジンチョウゲ科のミツマタやガンピについては研究が行われています。
引用文献
Cardona, C., Ferriol, P., & Llorens, L. 2024. Flower scent, pollinators, and effects of proximity between plants on fruit set of the rare, threatened, and endemic Daphne rodriguezii. Plant Species Biology. https://doi.org/10.1111/1442-1984.12496
林将之. 2019. 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類. 山と溪谷社, 東京. 824pp. ISBN: 9784635070447
Rodríguez-Pérez, J., & Traveset, A. 2011. Influence of reproductive traits on pollination success in two Daphne species (Thymelaeaceae). Journal of Plant Research 124: 277-287. https://doi.org/10.1007/s10265-010-0373-y
Sakata, Y., & Nakahama, N. 2018. Flexible pollination system in an unpalatable shrub Daphne miyabeana (Thymelaeaceae). Plant Species Biology 33(4): 239-247. https://doi.org/10.1111/1442-1984.12212
山下直子. 2010. 葉と花にユニークな特徴をもつ植物ジンチョウゲ属. 森林総合研究所関西支所研究情報 96: 3. ISSN: 1348-9775, https://www.ffpri.affrc.go.jp/fsm/research/pubs/joho/documents/res_info_096.pdf
Watanabe, I., Yanai, T., Awano, K. I., Kogami, K., & Hayashi, K. 1983. Volatile components of Zinchoge flower (Daphne odora Thunb.). Agricultural and Biological Chemistry 47(3): 483-490. https://doi.org/10.1080/00021369.1983.10865668