ホトケノザ・ヒメオドリコソウ・オドリコソウはいずれもシソ科オドリコソウ属に含まれる草本です。特にホトケノザ・ヒメオドリコソウは春の雑草として有名ですが、3種の区別がつかない人もいるかもしれません。これら3種は比較的見分けることができ、葉だけでも花だけでも区別することができます。ただ、最近モミジバヒメオドリコソウという種類も確認されているので注意して探してみてください。果実にはエライオソームがあり、アリによって運ばれて分布を広げますが、色々と工夫があることが最近研究されています。本記事ではオドリコソウ属の分類・形態・生態について解説していきます。
ホトケノザ・ヒメオドリコソウ・オドリコソウとは?
ホトケノザ(仏の座) Lamium amplexicaule は日本の北海道・本州・四国・九州・琉球を含む世界の温暖な地域に広く分布する路傍・空き地・畑地などに普通に生える越年草です。シロバナホトケノザ f. albiflorum は花が白い品種です。
ヒメオドリコソウ(姫踊子草) Lamium purpureum はヨーロッパ・小アジア原産で、東アジアや北アメリカなどに帰化し、日本でも北海道・本州に帰化しており、沖積地・丘陵・台地・山地の路傍や空き地・畑地などに普通に生える越年草です。
オドリコソウ(踊子草) Lamium album var. barbatum は日本の北海道・本州・四国・九州;東アジアに広く分布する沖積地~山地のやや日陰な草地や林縁・路傍などに生える多年草です。別の変種のタイリクオドリコソウ var. album は花冠が白く、ヨーロッパにも分布します。
いずれもシソ科オドリコソウ属に含まれる草本です。日本では特にホトケノザとヒメオドリコソウは路肩で極めて一般的に見られ、混生することも多いです。いわゆる「雑草」と呼ばれるものの仲間でしょう。子供向けの植物図鑑などでも一番紹介される種類で名前を知っている人は多いかもしれません。3~4月の春には一斉に花を咲かせている様子が見られます。ただ、日当たりのいい場所では冬でも咲いているのを見かけます。
形態的には花冠の上唇がかぶと状で先端は前方側に曲がり、下唇は3裂して反曲して開き、喉部の全面は膨れ、花冠筒は萼筒から飛び出し外からでも見えるという共通点があります。
しかし、これらの区別方法や「ヒメオドリコソウ」という名前の元になった「オドリコソウ」を知らない人は多いかもしれません。
ホトケノザ・ヒメオドリコソウ・オドリコソウの違いは?
3種は比較的簡単に区別することができます(神奈川県植物誌調査会,2018)。
まず、ホトケノザとヒメオドリコソウでは花冠の長さが20mm以下と小型であるのに対して、オドリコソウでは花冠の長さが2.5~3cmとかなり大きいという違いがあります。
また、ホトケノザとヒメオドリコソウでは葉先が丸いのに対して、オドリコソウでは葉先が尾状に尖るという違いがあります。
この2点で簡単にオドリコソウを区別できます。オドリコソウは都市部ではかなり珍しいです。
ホトケノザとヒメオドリコソウに関しては、ホトケノザでは葉が腎臓形で茎中部以上の葉には葉柄がなく、花冠は長さ15~20mmであるのに対して、ヒメオドリコソウでは葉が三角状卵形で葉柄があり、花冠は長さ約10mmとやや小さめであるという違いがあります。
「ホトケノザ」は仏教において仏様が座る蓮華座(蓮華とはハスの花)に例えたネーミングとなっています。流石にハスの花自体とは似ては似つかないですが、腰掛けやすそうな腎臓形の葉が互生で五重塔のように間を開けて段々と重なっている様子はどこか仏教的です。ヒメオドリコソウも同じく互生ですが葉と葉の間が短く密であるため、ホトケノザとは見た目の印象がかなり異なっているでしょう。
その他、ホトケノザの方が花冠の色が濃く紫色にも近く、ヒメオドリコソウではピンク色に近いです。
更にホトケノザでは「閉鎖花」と呼ばれる開花せず自分の雄しべと雌しべで自家受粉する花を持っており、紫色の蕾が多数確認できますが、ヒメオドリコソウでは通常の蕾以外は存在しません。
以上で区別できるでしょう。
なお、春の七草の「ホトケノザ」はコオニタビラコ Lapsanastrum apogonoides の別名で、キク科の全く見た目が異なる植物です。
ヒメオドリコソウとモミジバヒメオドリコソウの違いは?
あまり知られていませんが、ヒメオドリコソウの近縁種としてモミジバヒメオドリコソウ Lamium dissectum という種類も知られています。モミジバヒメオドリコソウも同じくヨーロッパ原産の帰化種です。
こちらは更に似た仲間ですが、ヒメオドリコソウでは葉には円みのある鋸歯があるのに対して、モミジバヒメオドリコソウでは葉には浅裂状の深く不規則な鋸歯があるという違いがあります。
また、ヒメオドリコソウでは茎の上部にある葉は赤みを帯びることが多いですが、モミジバヒメオドリコソウではそうなっていません。
まだそれほど日本国内では多くないですが、ヒメオドリコソウだと決めつけずよく観察すると発見することがあるかもしれません。
果実の構造は?
オドリコソウ属は共通で4分離果の小堅果を作ります。つまり1つの果実だったものが4つに分離された後、小堅果ができ1つの小堅果には1つの種子が入っています。
ホトケノザの小堅果は長さ2~2.2mm×幅0.9~1.1mm、長い倒卵形、背側はわずかに凸面、腹側の2面は平らで屋根状、目立つうねがあり、表面は不規則な帯白色の突起で覆われ、灰褐色で、基部に種沈(エライオソーム)がつきます。
ヒメオドリコソウの小堅果は約長さ2.mm×幅1.3mm、3稜があり、頭部はほぼ平ら、平滑、オリーブ色~褐灰色、しばしば、白色の斑点があり、基部に大きな種沈(エライオソーム)がつきます。
種子散布方法は?
エライオソームは栄養素がたっぷり含まれており、これがある植物は基本的にアリ散布を行っています。つまり、アリがエライオソームの栄養素を求めて小堅果を巣まで運んでもらうことによって、分布地を広げています(藤井ら,2012)。アリは運んでからエライオソームだけを切り取って果実と種子は捨ててしまうので、無事に発芽することができるのです。
ホトケノザでは少なくともトビイロシワアリ Tetramorium tsushimae という種類が運んでいることが分かっています。トビイロシワアリは極めて一般的で都市部では優占するアリなので、それに追随するようにホトケノザが都市部でも見られるのだとよく分かります。
アリ散布の重力散布や風散布にないメリットとしてカメムシのような吸汁して種子を食べてしまう昆虫から種子を守ってもらえるという点が挙げられています。このメリットは長い間仮説止まりでしたが最近の研究によって少なくともホトケノザではこの効果があることが実証されています(Tanaka et al., 2015)。
もう1つ面白いこととしては、ホトケノザは昆虫によって他家受粉する開放花と自家受粉する閉鎖花を作りますが、開放花からできた種子につくエライオソームの方が重量が大きい、つまりたっぷり餌を付けているということが分かっています(寺西ら,2004)。
自家受粉した種子は遺伝的な多様性が少なく親と似たような環境でしか生きることができません。そのため、エライオソームをつける量は少ない方がむしろ好都合なのだと考えられます。一方、他家受粉した種子は遺伝的な多様性が多いため親から離れた環境でも生存でき、より広い地域に自分の子供を広げることができると考えられます。これが開放花と閉鎖花でエライオソームの量が異なる理由だと考えられています。
引用文献
藤井真理・小坂あゆみ・増井啓治. 2012. アリに種子を運ばせる植物たち. 共生のひろば 7: 63-68. ISSN: 1881-2147, https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei7_063.pdf
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
Tanaka, K., Ogata, K., Mukai, H., Yamawo, A., & Tokuda, M. 2015. Adaptive advantage of myrmecochory in the ant-dispersed herb Lamium amplexicaule (Lamiaceae): Predation avoidance through the deterrence of post-dispersal seed predators. PLoS One 10(7): e0133677. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0133677
寺西眞・藤原直・白神万祐子・北條賢・山岡亮平・鈴木信彦・湯本貴和. 2004. 開放花・閉鎖花を同時につけるホトケノザ種子の表面成分とアリによる種子散布行動. 日本生態学会大会講演要旨集 51: 482. https://doi.org/10.14848/esj.ESJ51.0.482.0