アオキは東アジアの照葉樹林に分布し、日本では都市部でも植栽され見かけない日は無いほどメジャーな植物です。アオキにはいくつか変種が知られており、アオキ(狭義)・ナンゴクアオキ・ヒメアオキに分けられることが多いです。名前だけでは区別点はよく分かりませんが、分布と形態を総合的に調べることで普通は区別出来ます。しかしアオキとナンゴクアオキを別変種として分けるかは諸説あるほど、微妙な差ではあります。ただ分類だけではなく進化という観点から見ると、これらを区別することで色々と面白いことが分かっています。ヒメアオキはアオキ(狭義)が日本海側の多雪地帯に進出した際に進化した個体群で、積雪によって日光が少なくなり光合成量の低下することと、雪の重さに耐えるために様々な適応を起こして進化しています。またナンゴクアオキはアオキ(狭義)とは形態だけではなく染色体数に違いがあり、最終氷期に一度分布を縮小したことが原因である可能性があります。そんなアオキ類は地味な紫褐色の小さな花をつけます。地味すぎて普通の昆虫には見向きもされなそうですが、この花にはキノコバエというハエの仲間ばかりやってくることが研究でわかっています。これは森林内での巧みな受粉戦略であると考えられています。また赤い目立つ果実は何らかの理由でヒヨドリに頻繁に食べられることで種子を散布していることも分かっています。本記事はアオキの分類・進化・送粉生態・種子散布について解説していきます。
林内から都市部までどこでも見かける常緑樹
アオキ(青木)(狭義) Aucuba japonica var. japonica は日本の本州(東北〜四国東部);韓国に分布し、照葉樹林内や明るい雑木林や植林地に生える常緑低木です(茂木ら,2000)。個体数は多く、照葉樹林内で観察していてもよく出会いますし、暑さ寒さに強く、日陰でも育ち、赤い果実や緑色の濃い葉であることから庭木、公園樹でもよく栽培されています。中には葉に斑が入ったフイリアオキ Aucuba japonica ‘Variegata’ も見られます。
ナンゴクアオキ(南国青木) Aucuba japonica var. ovoidea は日本の本州(中国・四国地方以西)、九州、沖縄;台湾に分布している常緑低木です(大井,2004;津坂ら,2011)。アオキ(狭義)に代わって林内に生え、庭木、公園樹として栽培されています。
ヒメアオキ(姫青木) Aucuba japonica var. borealis は日本の北海道西南部、本州の日本海側の多雪地帯に分布し、山地の林内、林縁のやや日陰になる場所に生える常緑低木です。
いずれもアオキ科アオキ属で、アオキ(広義) Aucuba japonica の中に含まれています。全ての変種を含めれば、日本では北海道西南部~沖縄まで非常に広く分布していることになります。光沢のある大きな楕円形の葉が対生し、葉の大小、広狭、鋸歯の大小の変異は大きいですが、基本的には大きな鋸歯が疎らにある点から別種からの区別は容易です。太い枝は緑色になっています。雄花をつける雄株と雌花をつける雌株が別れている雌雄別株です。
しかし、変種間の区別は名前だけだとよく分からないという人もいるかもしれません。
アオキ・ナンゴクアオキ・ヒメアオキの違いは?
これら3変種を区別するには、分布と形態を確認する必要があります。
上述のようにアオキは日本の本州(東北〜四国東部);韓国に、ナンゴクアオキは日本の本州(中国・四国地方以西)、九州、沖縄に、ヒメアオキは日本の北海道西南部、本州の日本海側の多雪地帯に分布しており、これらは基本的には排他的なので、見られた地域だけでもある程度区別がつきます。
しかし、アオキとナンゴクアオキは中国・四国地方では分布が重なりますし、ヒメアオキについても同様に重なる地点があります。やはり形態を無視して区別するのは良くないでしょう。
まず、ヒメアオキは植物体が小さく樹高が1m前後で、葉身長が15cm以下で、枝が匍匐し、若い枝や葉に短毛が生えるのに対して、アオキとナンゴクアオキは植物体が大きく樹高が2~3mで、葉身長が8~25cmで、枝が直立し、若い枝や葉に毛は生えません(林,2014)。
アオキとナンゴクアオキに関しては、アオキは葉は比較的小型で鋸歯が鋭い傾向があるのに対して、ナンゴクアオキは葉は比較的大型で鋸歯が鈍い傾向があります。
以上を総合して区別しましょう。
ただし、最近の研究ではナンゴクアオキはアオキと区別できないという考えもあります(大橋ら,2017)。これはそもそもアオキ(広義)はかなり葉の形に変異があるからということでしょう。今後、別変種として扱われるか、そのような区別は行わないようになるのかまだ分かりませんが、違いがある、と考えて観察すると色々分かってくることもあるかもしれません。
アオキ類の品種にはどのような種類がいる?
アオキ類の変種としては3種のみですが、「変種」として扱うほどではないものの、微細な違いあることから「品種」として扱われている個体群がいくつかあります。
アオキ(狭義) Aucuba japonica var. japonica には野生品種として果実が白いシロミノアオキ f. leucocarpa、果実が黄色いキミノアオキ f. luteocarpa、花の花弁が緑色のアオバナアオキ f. viridiflora、園芸品種として葉が斑入りのフイリアオキ ‘Variegata’、覆輪(葉縁)に白斑が入ったフクリンアオキ ‘Luteo-marginata’、葉の中央部に斑の入ったナカフアオキ ‘Picturata’ が確認されています。
ヒメアオキ Aucuba japonica var. borealis には野生品種として葉が斑入りのホシテンヒメアオキ f. albivariegata、(文献が希少なため直接確認できていませんがおそらく)葉に凹凸があるウチダシヒメアオキ f. albivariegata が確認されています。
なぜアオキとヒメアオキは2変種に分岐した?
ヒメアオキは日本でしか確認されない変種です。ということは日本国内でアオキ(狭義)から分岐したということになりますが、なぜこのような分岐が起こったのでしょうか?
それはヒメアオキが日本海側に分布にしていることが大きな理由です。まずは日本の気候について抑えていきましょう。
日本列島は南北に細長く伸び、北西にはユーラシア大陸と日本海があり、南東には太平洋があります。そのため、本州の日本海側と太平洋側では、夏冬の季節風により、大きく異なった気象条件下におかれます。
日本の季節風はユーラシア大陸と太平洋の比熱(1gあたりの物質の温度を1度あげるのに必要な熱量)の差によって発生します。
「比熱」という概念は少し分かりにくいですが、要するに熱の伝わりやすさの違いを示すための値です。ユーラシア大陸と日本海の比熱を比べてみると、固体で密度の高いユーラシア大陸では熱の伝導が起こりやすく、温まりやすく冷めやすい(比熱が小さい)のに対して、液体で密度の低い太平洋では熱の伝動が起こりにくく、温まりにくく冷めにくくなっている(比熱が大きい)のです。つまり大陸は海洋より季節の影響を受けやすいのです。
そのため、太陽の熱(日差し)に対する反応が異なってきます。夏季には日差しが強くなりますが、ユーラシア大陸は空気が温められて密度が低くなり、軽くなるので、上昇気流が生じ、低気圧ができます。一方、太平洋は日差しの影響を受けにくいですが相対的に冷たくなり、太平洋上の空気が冷えて密度が高くなり、下降気流が生じて高気圧ができます。
こうなると、地上付近では太平洋→ユーラシア大陸、上空ではユーラシア大陸→太平洋への空気の流れの循環が発生し、地上付近では太平洋→ユーラシア大陸への「南東季節風」が発生するのです。
逆に、冬季には日差しが弱くなりますが、ユーラシア大陸は空気が冷えて密度が高くなり、重くなるので、下降気流が生じ、高気圧ができます。一方、太平洋は日差しの影響を受けにくいですが相対的に暖かくなり、太平洋上の空気が暖まり密度が低くなり、上昇気流が生じて低気圧ができます。
こうなると、地上付近ではユーラシア大陸→太平洋、上空では太平洋→ユーラシア大陸への空気の流れの循環が発生し、地上付近では太平洋→ユーラシア大陸への「北西季節風」が発生するのです。
季節風の発生メカニズムは分かりましたが、日本列島の気候は季節風によってどのような影響を受けるのでしょうか?
日本列島は日本アルプスが脊梁山脈となり、日本海側と太平洋側を分離しています。
夏季には太平洋から南東季節風が吹きますが、海の湿気を同時に運ぶことになります。太平洋側では日本アルプスに南東季節風が衝突し、湿気を落として雨が多くなりますが、日本海側では日本アルプスを超えた後になるので乾燥した空気が流れるため、晴天も多く降雨は極めて少なくなります。
一方、冬季にはユーラシア大陸から冷たい北西季節風が吹きますが温かい日本海の湿気を取り込んでいます。日本海側では本州以北の日本海側の平野部から山間部にかけての広い範囲に冬なので降雨ではなく、多量の積雪をもたらします。12~2月の積雪は晴天の日が少ないため、3~5月になってもまだ残っています。それに対して、太平洋側は日本アルプスを超えた後の乾燥した空気が流れるため、晴天も多く積雪は極めて少なくなります。
このように日本列島は日本アルプスを境に夏冬で降雨量・積雪量に大きな違いが表れますが、植物にとってはこれらのうち、冬季の積雪量にもっとも大きな影響をうけます。
ヒメアオキは日本海側の冬季の積雪によって日光が少なくなり光合成量の低下することと、雪の重さに耐えるために様々な適応を起こして進化したのです。特に日本海側では年間光合成生産量が30%以上減少していることが分かっています。
このような適応を起こした植物は「日本海側要素」として知られ、他にユキツバキ(太平洋側のヤブツバキに対応)、エゾユズリハ(太平洋側のユズリハに対応)、ツルミヤマシキミ(太平洋側のミヤマシキミに対応)、アカミノイヌツゲ(太平洋側のクロソヨゴに対応)、ハイイヌツゲ(太平洋側のイヌツゲ)、ヒメモチ(太平洋側のモチノキに対応)など多数が知られています(久米,1996;1998)。
ヒメアオキは日本海側の多雪地帯にどのように適応した?
具体的にはヒメアオキは日本海側の多雪地帯の気候にどのように適応しているのでしょうか?
まず形態的には上述のように植物体が小さく、枝が匍匐しています。これは単に光合成量が少なく、体を丈夫にする資源が不足しているとも考えられますが、それに加えて、雪の重みによって枝が折れるのを防いでいることが考えられます(酒井,1976)。
また、枝や幹が折れてしまい、高く成長できない分、茎当たりの葉の量を増やすことに資源を回していることも分かっています(久米,1996)。確かにこうすれば日光が少ない中でも光合成量を増やすことが出来ますし、一石二鳥の適応であると言えるでしょう。
若い枝や葉に短毛が生える理由は直接言及されている文献は発見できませんでしたが、雪が直接植物体に接触することを防いだり、保温する役割があると考えられます。
更に繁殖面では昆虫の受粉による有性生殖の一種である種子繁殖だけではなく、地下茎の分枝や不定恨の発生による無性生殖の一種である栄養繁殖も行います(酒井,1976;東・伊野,2003)。これは光合成量が不足し、栄養不足で花や種子が作れない場合の保険としての役割があると考えられます。
一方で、生理面ではアオキとヒメアオキに大きな違いは確認されていません(久米,1996)。これはヤブツバキとユキツバキの関係とは対照的で、アオキの祖先が元々寒い環境での適応が発達していたことが原因であると考えられています。
ところで、ここまで聴くと雪の中での生活はデメリットばかりだと感じるかもしれません。確かにそのような面もありますが、一概にそうとは言い切れません。いくつかのメリットも指摘されています(久米,1998)。
例えば積雪下の地表付近では0℃が保たれるので、凍結が防がれ保温効果があると言えます。「かまくら」に近いものがあるでしょう。
また積雪下及び積雪中では湿度はほぼ100%に保たれるので保湿効果もあります。
そして多量の雪解け水があるので水に困ることもないのです。
なぜアオキとナンゴクアオキは2変種に分岐した?
一方、アオキとナンゴクアオキはどのような理由で分岐したのでしょうか?
染色体を調べた研究では、アオキとナンゴクアオキの間で染色体数が異なることが明らかになっています。この研究によると、アオキ(およびヒメアオキ)は染色体数が2n=32の4倍体であるのに対して、ナンゴクアオキは染色体数が2n=16で2倍体になっています(津坂ら,2011)。
このことがアオキとナンゴクアオキの違いを生み出していると考えられています。ではなぜアオキとナンゴクアオキでは染色体数が変わってしまったのでしょうか?
その理由は完全に分かっているわけではありませんが、アオキの祖先が最終氷期に一度日本列島内で分布を縮小したことが原因であると考えられています。
最終氷期に地球が寒冷化すると、日本列島内でアオキの祖先はリフュージア(避難場所)と呼ばれるごく一部の場所に生息場所が追いやれることになりました。この時に「ボトルネック効果」や突然変異などの遺伝学的な何らかの原因で染色体の数が変化したのです。
そして最終氷期が過ぎた後、リフュージアに残っていたナンゴクアオキ(2倍体)とアオキ(4倍体)が、その後の気候の温暖化にともない、ナンゴクアオキは西から、アオキは東から分布を広げ、再度中国・四国地方で接すこととなったのでしょう。
さらに分布が接する地域では現在の気候的要因も影響してるとされています。日本海側や瀬戸内地方などの温暖な地域ではナンゴクアオキがやや東へ、中国山地などの冷涼な地域ではアオキがやや西に分布を広げ、現在の分布を形成したのではないかと考えられています。
アオキの花の構造は?
アオキ(狭義)花期は3〜4月で春に咲きます。円錐花序を出し、紫褐色の小さな花を多数つけます。雌雄とも直径約1cmの花で、花弁は4個となっています。花弁の形は長卵形で先端は鋭くとがっています。雄花では雄しべが4個あり葯は淡黄色で、雌花では中央に花柱があり雄しべはありません。
ヒメアオキは花期は3〜5月で、その他はアオキ(狭義)とほとんど変わりません。ナンゴクアオキもアオキ(狭義)とほとんど同じ特徴を持っています。
花については変種ごとに大きく進化していないことが伺えます。
アオキの花は小さなハエ専門だった!?
このようにアオキの花は紫褐色で、少なくともヒトにとってはあまり目立つとは言えません。その上、林内によく生息しているため、尚更見つけるのが困難になっています。勿論、花に訪れる昆虫の気持ちや感覚を想像しないと断定は出来ませんが、やはり昆虫にとっても、かなり地味な花になっているように感じます。何故このようになっているのでしょうか?
33時間も訪れる昆虫を観察した研究によると、種類としてはハエ、コウチュウ、蛾、ハチ、トビケラなど様々な昆虫がやってきていましたが、88.6%がハエの仲間でした(Mochizuki & Kawakita, 2018)。更にこの68.6%がキノコバエ科 Mycetophilidae やクロバネキノコバエ科 Sciaridae の非常に小さく地味なハエであることが分かったのです。
彼らは幼虫の間にカビやキノコの菌糸などを食べるという生態を持ち林内では沢山生息していることがよく知られています。そのため、花粉を運んでもらう相手としてかなり多くの部分をハエに頼っていると考えて良さそうです。
このようにキノコバエやクロバネキノコバエに花粉を運んでもらう植物種は研究の結果、アオキの他にも多く存在することが分かってきました。キノコバエやクロバネキノコバエで花粉を運ぶ種類の花は、総じて平たく雄しべは短く、暗赤色となっています。このような植物はいずれも林内で生育し、光が少ない環境となっています。そのため普通の花のように色で目立たせる方法では普通の虫には中々見向きしてもらえないのです。一方、キノコバエ達では色覚の発達は今の所知られていません。そのため皆色を目立たせようと進化していないのです。色覚に頼らず林内で多くの個体が居る虫に花粉を運んでもらうのは非常に合理的といえるのではないでしょうか?
どのように花はハエをおびき寄せる?なぜ紫褐色?
ではそうだとすると、どのようにキノコバエ類をおびき寄せるのでしょうか?
それは完全に分かっているわけではないのですが、匂いが重要であると考えられています。同じくキノコバエやクロバネキノコバエに送粉を頼って似た花を持つニシキギの仲間では「アセトイン」という植物では非常に珍しい匂い物質を作っています。まだキノコバエ類が本当にこの物質におびき寄せられるかは分かっていませんが、アオキでも同様に匂い物質で引き寄せている可能性が高そうです。
しかし匂いに頼るのなら暗赤色に限らず、暗い色ならなんでもいいのでは?とも思いますよね?暗赤色の花を更に調べてみると、昆虫に見えるはずの紫外線を反射しない構造になっていることも分かってきました。これによって昆虫には最も目立たない色となっていると言えます。つまりキノコバエ以外の余計な昆虫がやってこないようにするために最適な色が暗赤色であるのではないか?と今の所考えられています。
なお、ナンゴクアオキやヒメアオキについては研究が行われていません。やってくる昆虫に違いがあるのか?という点は気になる所です。またアオキ(狭義)の品種である花の花弁が緑色のアオバナアオキはアオキの花の進化を考える上で興味深い存在であると言えそうですが、この品種についても詳しくは調べれていません。まだまだ謎は沢山あるのです。
アオキの赤い果実を食べるのはなぜかヒヨドリばかりだった!?
アオキの果実は共通して核果です。長さ1.5〜2cmの長楕円形または卵状長楕円形で12月〜5月に赤く熟します。表面は光沢があり、中に核が1個入っています。核は長さ1.3〜1.5cm、幅7〜8mmの長楕円形で中央に溝があります。果実が枝についている期間が長く、しばしば花と果実が一緒に見られます。
この非常に目立つ赤い果実はどのような動物に食べられ、種子を散布するのでしょうか?
3変種のうち、ヒメアオキについては詳しく研究されています。2つの研究がありますが、そのどちらもが主にヒヨドリ Hypsipetes amaurotis とアカネズミ Apodemus speciosus によって食べられることを指摘しています(山口・林田,2009;中川・北村,2017)。
特に石川県林業試験場で行われた研究では、ヒメアオキ51個体980個の結実数を計数し、週一回、樹上に残る果実数を自動撮影カメラで記録するという確実な調査が行われました(中川・北村,2017)。その結果、果実を食べたのがヒヨドリが45.2%、アカネズミが27.1%で、2種で72.3%をしめており、残りは多数の鳥類と哺乳類がわずかに消費するのみでした。
しかし、アカネズミはヒメアオキの果実のみならず、種子を食害していたことから(山口・林田 2009)、ネズミ類はヒメアオキの有効な種子散布者であるとは考えられていません(中川・北村,2017)。そのため、ヒヨドリが主な種子散布者であると言えるでしょう。
4月下旬には、サクラ類の開花が終わる時期にサクラの蜜を食べていたヒヨドリがヒメアオキの果実に餌を切り替える様子が確認されています。
しかし、なぜヒヨドリばかりがヒメアオキの果実を食べるのでしょうか?
その理由は残念ながらはっきり分かっていません。しかし、アオキ類の果実が幅8mmもあることから口の大きな鳥に限られます。また、アオキ類の果肉の層は種子に対して極端に薄いことも指摘されており(上田,1999)、これは餌資源としては微妙であり、擬態的な果実である可能性があります。それでも餌資源として食べることを好む種類は限られているのかもしれません。
そもそも、この調査では反映されなかったものの、この論文の筆者らは同じ調査地でクロツグミ、シロハラ、アカハラなどのツグミ類がヒメアオキの果実を食べている様子が確認されています。何らかの原因でこの撮影実験では見られませんでしたが、ヒヨドリ以外の鳥類もある程度はヒメアオキの種子散布に貢献している可能性はあるでしょう。
一方、本州で広く見られるアオキ(狭義)ではどうなのか気になるかもしれません。
食べた動物の比率を調べた研究は残念ながらまだありませんが、ヒヨドリ、オナガ、ツグミ、シロハラ、ムクドリ、キジ、ヤマドリ、イカルによって果実が食べられた記録があり(中川・北村,2017)、ヒヨドリに実験的に採食させた先行研究ではその種子は人為的に果肉を取り除いた種子と同等の高い発芽率を示したことや、野外で捕獲したヒヨドリの糞内容物からもアオキの種子が見つかっていることから、やはりヒヨドリは種子を運ぶ主要な担い手となっている可能性は高そうです。
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