カキノキ(柿)は古くから日本で栽培され、和のイメージの強い果物、および植物です。近縁種は存在するものの、カキノキは果実の大きさから区別は簡単です。しかし、葉だけで区別する場合はマメガキ・リュウキュウマメガキ・トキワガキと似ており、細かい部分を確認する必要があります。ヤマガキという野生化変種とは毛の生え具合で区別できます。カキノキの原産地は謎が多いですが、中国南部で進化したと近年の遺伝子を用いた研究で明らかになりつつあります。(おそらく)日本には自生していません。渋柿と甘柿の違いは、渋柿は名の通りタンニンを含み食べられない期間が長いのに対して、甘柿は品種改良された個体からできるもので早い時期から甘くなります。ただし渋柿もよく熟すれば甘くなります。花にはコマルハナバチが中心に訪花して受粉することが最近の研究で明らかになっています。野生下では哺乳類に食べられている可能性があります。本記事ではカキノキの分類・受粉生態・種子散布・歴史について解説していきます。
日本に古くから伝わる果樹
カキノキ Diospyros kaki は中国原産とされ、長江渓谷に分布します。原産地では一次林、二次林、山の斜面の低木林や耕作地に生息する落葉高木です(Wu & Raven, 1996)。カキノキ科カキノキ属に含まれます。
自然分布域には諸説ありますが、朝鮮・日本を中心に歴史的に栽培され、現在では世界中で広く栽培されています。
葉は互生で、葉身は広楕円形〜卵状楕円形となり(茂木ら,2003)、厚みのある印象です。
少し繊維質でシャリシャリしていて、上品な甘みがある果実が日本では特に人気があります。
カキノキ(柿)に似た種類はいる?マメガキ・リュウキュウマメガキ・トキワガキとの違いは?
日本のカキノキ属の在来種は(カキノキを含めれば)わずか8種です(大場・秋山,2016)。
そのうちカキノキは1年枝には短毛が密にある点と、果実は直径3cm以上あるという点は類がないため明らかに区別がつき(神奈川県植物誌調査会,2018)、この点が確認できれば迷うことはありません。
しかし、果実がなく、葉だけで判断する必要がある場合はかなり難しいかもしれません。
本土で見られるカキノキ属としてはマメガキ(豆柿) Diospyros lotus var. laevis・リュウキュウマメガキ Diospyros japonica・トキワガキ(常磐柿) Diospyros morrisiana などが知られており、この当たりとの区別が必要になってくるでしょう(林,2019)。
まずこれら4種は、カキノキとマメガキでは葉下面に毛があるのに対して、リュウキュウマメガキとトキワガキでは毛がないという違いから大別されます。
カキノキとマメガキに関しては、カキノキでは葉上面の光沢が強く、葉先が短く尖る程度であるのに対して、マメガキでは葉上面の光沢が弱く、葉先がやや長く尖るという違いがあります。
リュウキュウマメガキとトキワガキに関しては、リュウキュウマメガキでは葉柄が1~3cmと長く、葉下面が白いのに対して、トキワガキでは葉柄が0.5~1cmと短く、葉下面は緑色であるという違いがあります。
この他、栽培種としてツクバネガキ Diospyros rhombifolia、アメリカガキ Diospyros virginiana などが公園や植物園などで見られることがあります。
カキノキとヤマガキの違いは?
カキノキの変種として日本西南部と南朝鮮の山中でヤマガキ D. kaki var. sylvestris が確認されることがあります(神奈川県植物誌調査会,2018)。
ヤマガキはカキノキと比較して「枝や葉に黄褐色の短柔毛を密生し、葉や果実がやや小型で、子房に毛のある」という違いがあります。要するに全身が毛だらけであるという理解で良いでしょう。
これだけを聞くといかにもカキノキの野生の姿のように感じられるかもしれません。ただ後述のようにこれが日本の在来型なのか、導入されたカキノキが野生化した個体群なのかは分かっていないのです。
ただ基本的には導入されたカキノキが野生化した個体群と考えたほうが良いでしょう。
カキノキの起源・進化とは?
カキノキが含まれるカキノキ属は700種以上あり、その多くは熱帯・亜熱帯地域に分布し、温帯域には少ないです(神崎,2016)。
カキノキがどのようなカキノキ属の仲間から進化したかを調べるため、遺伝子の類似性を調べる分子系統解析を行われました。その結果、中国東部に分布するアブラガキ Diospyros oligantha と、インド東北部・マレーシア・タイ・ラオスに分布する Diospyros glandulosa の祖先と近いことが分かったのです。
このことから中国南部当たりでこの2種の祖先から、もしくは交雑種からカキノキが進化したと考えられます。
カキノキの進化で特筆すべき点は「倍数化」が起こっているという点です。倍数化というのは細胞の中で遺伝子をまとめている「染色体」というものが、本来2セットずつあるはずのところ、何らかの原因で3セットや4セット、更にもっと大きく増えてしまう現象のことです。
倍数化が起こるとどのようなことが起こるのでしょうか?同じ機能の遺伝子が何倍にも増えていくわけですから余分な遺伝子が沢山増えることになります。こうなると余分な遺伝子を別の機能に割り振ることができ、様々な環境に適応し、進化する上で大きな柔軟性をもつことになります(Selmecki et al., 2015)。
カキノキではなんと染色体が6セットある「六倍体」になっています!他のカキノキ属の多くは二倍体ですので、カキノキはそれだけ異質であり、様々な国で栽培できる根本的な理由となっているということなのかもしれません。
何らかの理由でアブラガキと D. glandulosa の祖先から六倍体に進化したと考えられていますが、その原因など、まだまだ詳しいことは分かっていないと思われます。
柿は中国では人気がなかった!?中国でのカキノキの栽培化
カキノキが栽培され始めたのも2500年以上前の中国です(Zhang, 2008)。接ぎ木による繁殖の記録は現存する中国最古の農業事典『斉民要術』にあり、南北朝時代の北魏末期(386~534年)まで遡ることができます。
古代の中国では自給自足の目的で、家庭の庭や作物畑の中や周辺に植えられていましたが、カキノキの商品価値が注目されるようになったのは、なんと1990年代初頭になってからで、中華人民共和国の鄧小平主導の社会主義市場経済の構築を目指した急速な経済発展に伴い、柿の消費と取引は急増しました。
しかし、中国の著者が記した論文では柿は「マイナーな作物」との評価です。現代での生産量は1位の中国ですが、相対的には日本ほどの人気があるわけではないのかもしれません。
中国情報を扱う『サーチナ』の2020年付けのニュースによると、その品種は実に多いものの、その大部分は今やすっかり没落してしまっていて、干し柿にするしかない、業者は商品化レベルの高い日本の品種を好む傾向にあるとの記載があり、これが中国での柿の現状かもしれません。
現在ではユーラシア大陸からアメリカ大陸まで広い地域で栽培されています。
カキノキは日本に自生していたのか?
上述のようにヤマガキという変種が日本西南部と南朝鮮で見られるので(小林,2014)、日本に自生していると思われるかもしれません。ただ、カキノキが日本で野生化し、適応した結果である可能性もあるため断定できません。
日本の弥生時代にカキノキ属の種子や木質が見つかっていますが、カキノキだったかは分かっていません(今井,2021)。
日本でのカキノキの確実な記録としては飛鳥時代(7世紀末)の藤原京跡から出土した種子で、モモやクリとともにカキノキの種子が見つかっています(今井,2021)。また、奈良時代(8世紀)の平城京跡からも大量の種子が見つかっており、同所から発見された史料である値札や出納帳から平城京内でカキノキの果実が流通していた痕跡が残っています。
日本の纏まった最古の文献である『古事記』(712年成立)、『日本書紀』(720年成立)、『万葉集』(780年成立)には地名や人名として登場するのみで、果実としての言及はありません(小林,2014)。ただ、地名や人名になるということは既にありふれた存在だったのかもしれません。
柿 kaki という日本語での呼称も起源が不明で、カキの果実の色から「赤黄」、赤い果実のなる木であることから「赤木」、韓国語のカム(カキの実)に日本語の木が合わさってカキ(加岐)となったのではないかという説があります(小林,2014)。
あらゆる情報からは日本での自生については現状どちらとも言えないですが、中国南部が起源であるという分子系統解析の結果を踏まえると、自生していたかは疑問です。
カキノキの利用方法は?渋柿と甘柿の違いは?
世界で最も一般的な利用方法は勿論、果実の食用です。日本では非常に長い品種改良の歴史があります(今井,2021)。
中国から渡来したカキノキの果実は渋く、「渋柿」と呼ばれるもので、果実が甘い「甘柿」は日本で生じたものです(小林,2014)。渋みの正体はタンニンで、果肉にはタンニン細胞に含まれています(小川,2012)。カキタンニンは緑茶タンニンとは異なり分子量が大きく、特にタンパク質との結合力が強く、唾液タンパク質と結合して不溶物を生成して渋味になると考えられています。
渋柿と甘柿の未熟なうちはタンニンは水溶性で、味覚が渋く感じますが、「甘柿」では熟すとともに、果実が熟して水に溶けない不溶性に変わる褐斑(柿の果実に見られる黒いゴマのような斑点)となると、渋味を感じなくなります(田中,2012;今井,2021)。甘柿はこのような変化があって初めて美味しく食べる事ができるのです。
一方渋柿も完熟した「熟柿」になれば食べることができます(今井,2021)。ただ、保存性の観点から加工されるのが一般的です。湯やアルコールで処理する「醂し」という加工を行うと、タンニンが重合し、苦味を感じなくなります。また、「干し柿」にすることでもタンニンが不溶性に変わり、食感は変わりますが、美味しく食べることができます。
カキノキは木材としても珍重されていた!?
民間療法で果実のヘタを乾燥したものは「柿蒂」としてしゃっくり止めに用いられたり、夏に採取した成葉をきざみ天日で乾燥させた「柿葉」はお茶の代わりに用いられました(今井,2021)。鯖や鮭を柿の葉で包む「柿の葉寿司」も有名です。
木材は木質は緻密で堅く、特に芯材が黒いものは茶室の床柱・茶道具・工芸品などの最高級の材料として利用され、宮廷、権力者、富裕層の間で珍重されてきました。
カキノキの花を受粉させる昆虫とは?
果実が有名すぎて、カキノキの花がどのようなものかご存知ではない人は多いかもしれません。
花は5〜6月に咲き、新枝の葉腋に淡黄色の花をつけます。雄花と雌花が分かれて咲きます(茂木ら,2003)。
雄花では数個ずつつき、鐘形で、花冠は4裂し、裂片はそり返っています。雄しべは16個です。雌花は1個ずつつき、広鐘形で、雌しべは1個で、退化した雄しべは8個あります。
カキノキの葉に隠れるように咲き、後にできる果実に比べるととても小さく、可愛らしい花なのですが、どのような昆虫がやってくるのでしょうか?
日本の広島県で行われた研究ではカキノキにやってくる昆虫がトータル約15時間の間、約1500匹近く記録されました(Nikkeshi et al., 2019)。そのうち、約1100匹近くがコマルハナバチ Bombus ardens ardens というハチだったのです!
次に多いのが中型のハナバチ類でニホンミツバチ Apis cerana japonica がこれに続きました。一方、ハエやハナアブは殆どやってきませんでした。
これはカキノキの花は殆どハナバチ、特にコマルハナバチに依存していることを示しています。
カキノキの花は下側に開く構造で、これは花にぶら下がるのが得意なマルハナバチに特化した花に多い構造なのですが、カキノキについても同様であったと言えます。
ところで、カキノキは一般的には受粉なしで果実を作る「単為結実」という性質を持っています。だとすると、花には意味がないのではないか?と感じるかもしれません。
しかし、受粉が必要な品種もありますし、受粉することで結実率が上がったり、果実の質が向上することもあります。そのためやはり花にどのような昆虫がやってくるかには注目する必要があるのです!
これらの結果は、普段美味しく食べている柿ができるのを、知らず知らずのうちに野生のハチが受粉を手伝ってくれているということを示しています。
なお、これらは日本での研究ですので、原産地の中国では分かりません。ただ、花の形は変わらないので、やはりマルハナバチが大きな役割を担っていそうです。
自然界では誰が種子散布するのか?
果実は液果で、10〜11月に黄赤色に熟します(茂木ら,2003)。
東アジアの人々に愛されるカキノキの果実ですが、そもそも野生下ではどのような動物がこの果実を食べて、種子を運んでいるのでしょうか?
日本での糞に含まれていた種子や胃内容物を調べた研究によると、ハクビシン(外来種)、タヌキの記録があり(高槻・立脇,2012;高槻,2018)、ハクビシンではカキノキの果実が高頻度・高占有率で検出され(高槻・立脇,2012)、タヌキについても「大型で目立つ」果実のうち高頻度で食べられているなど(高槻,2018)、かなり好まれているようです。
その他イノシシ(木場ら,2009)、ツキノワグマ(有本,2014)、アライグマ(高槻ら,2014)、ニホンザル(澤・大井,2021)など様々な哺乳類に好まれています。ニホンザルではトキワガキの記録もあります(大谷,2005)。
一方、テンでも一応の記録はありますが(荒井ら,2003)、かなり少ないものとなっています(高槻,2017)。これはテンにとって大きい種子は嚥下するのも、腸を通過させるのも困難があるために忌避しているのではないかと考えられています。
種子は大きいので動物が飲み込めるのか不思議に思えるかもしれません。ただ、種子の周りはぬるっとしたゼラチン状のものに覆われています(楠井・楠井,1999)。これによってそのまま飲み込まれやすくなっているとされています。糞として出てくる時にはヌメリはとれています。
鳥についてはカラスや(犬飼・芳賀,1953)、ヒヨドリが果実を食べる記録があり(高槻,2021)、インターネットでも鳥が果実を食べる様子が沢山確認できます。しかし、カキノキの種子は大きく、カキノキの下に落ちていた鳥の糞に含まれる種子を調べた研究でもカキノキの種子の記録がないことから(高槻,2021)、鳥が種子を散布する可能性は低そうです。
なおこれらの記録もまた全て日本のものです。日本で在来種であるかは疑われていますが、中国にも同種や近縁種が生息しているので、かれらが中国でも種子を散布しているのかもしれません。
ただ注意する点が一つあります。日本の記録には若いうちでも渋みの少ない甘柿が含まれています。本当に全ての哺乳類が中国の原産地で種子を運んでいるのかは慎重に考える必要がありそうです。
タンニンはなぜ含まれるのか?
渋みの原因は上述のようにタンニンですが、なぜカキノキの果実にはタンニンが含まれるのでしょうか?果実を哺乳類に食べてほしいのならない方が良いように思えます。
しかし、カキノキの果実は大きくきちんと成熟するまで時間がかかります。タンニンによる渋味は完熟するまでに果実が動物に食べられるのを防ぐ効果があると考えられています(小林,2014)。
渋柿もきちんと完熟すれば美味しく食べるので、早くからカキノキの果実を食べたいという人間の欲望が甘柿を生まれさせたと言えます。しかし、こうしたことで早いうちから野生の動物に啄まれやすくなった可能性は高そうです。
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