皆さんはハチモドキハナアブというハナアブをご存知でしょうか?一見、ハチにそっくりですが、ハナアブはハエの仲間ですので刺されることはありませんし、害もありません。派手な色はハチに擬態しているためだと考えられています。本来ハナアブの仲間というのは花の蜜や花粉を食べているハエなのですが、ハチモドキハナアブでは驚くべきことに樹液を餌にしています。しかもそれだけではなく幼虫の間も樹液に依存しているのです。本記事ではハチモドキハナアブの分類・生態について解説していきます。
ハチにそっくりで里山的環境で暮らすハナアブ
ハチモドキハナアブ Monoceromyia pleuralis はロシア極東部および日本の本州と九州に分布し、里山的環境に生息するハナアブ科の一種です(京都府,2015)。日本の文献ではあまり書かれていませんが、韓国での記録もあります(Deuk-Soo et al., 2018)。
近い仲間にはケブカハチモドキハナアブ Primocerioides petri とヒサマツハチモドキハナアブ Ceriana japonica がいますが、違いとしては2種ともハチモドキハナアブほど腹部がくびれていません。ヒサマツハチモドキハナアブはくびれ以外はハチモドキハナアブによく似ていますが、ケブカハチモドキハナアブは名の通り全身が毛深く小盾板が赤褐色となっています(平嶋・森本,2008)。
環境省レッドデータリストには記載はありませんが、三重県、京都府など7都道府県で準絶滅危惧や絶滅危惧II類の指定を受けています(野生動物調査協会・Envision環境保全事務所,2021)。兵庫県でも記録は3箇所のみです(吉田・八木,2012)。里山的環境に依存することから樹林の衰退や開発に伴い個体数が減少する可能性があると言われています。
ハチモドキハナアブは刺しません、擬態です
黒色のくびれた身体に黄色の斑紋があり、姿がハチそっくりですが、ハナアブ科はハエ目に含まれる1グループですので、そもそも毒針の構造を持っていません。そのため刺すことはありません。これは擬態と一種であると考えられます。このように危険な特定のモデルに擬態することを「ベイツ型擬態」と言います。
具体的には同所に見られるオオフタオビドロバチ Anterhynchium flavomarginatum というドロバチの仲間に擬態していると考えられています(京都府,2015)。
遠くからみると本当にそっくりです。ただし擬態先に関しては必ずしもはっきり分かっているわけではありません。その証明はとてもむずかしいからです。
オオフタオビドロバチは樹液に訪れることはなく花の蜜や花粉を食べますが、竹筒・材にあけられた孔・他のカリバチの古巣など既存の空隙に営巣し、ハマキガ等の幼虫を狩って蓄えることが知られています(山根・寺山,2016)。そのため樹木を探す過程で、ある程度はハチモドキハナアブと行動圏を共有と思われますが、どこまで被るのかは不明です。
近い仲間のヒサマツハチモドキハナアブでは別のハチに擬態していることが考察されています(市川・大原,2009)。ヒサマツハチモドキハナアブはハチモドキハナアブよりも花にやってくる傾向が強いのですが、ヤマハゼの花にヒサマツハチモドキハナアブとムモントックリバチ Eumenes rubronotatus rubronotatus 両方やってきていたことが確認されています。
こちらもあまりにも同じ場所で、同じ姿形をしているため、研究者の人が見ても区別が出来なかったほどでした。ヒサマツハチモドキハナアブではあまりくびれが目立たないのはトックリバチに姿を似せるためかもしれません。
樹液を食べて生きる殆ど唯一のハナアブ
ハナアブの仲間は一般的に名前の通り、花に訪れて花の花粉や蜜を食べることが知られています。このことこそがハナアブという仲間を特徴付けているのですが、このハチモドキハナアブはなんとクヌギの樹液を専門的に食べているのです(市川・大原,2009)。
この特徴は国内のハナアブ科ではハチモドキハナアブ以外では殆どいないと思われます。他はクロハナブトハナアブがいる程度です。近い仲間のヒサマツハチモドキハナアブとケブカハチモドキハナアブでは樹液も食べるものの、クヌギは利用せず、栄養素が少ないケヤキの樹液と花の花粉と蜜を食べています。
樹液というのは様々な原因で樹木の篩管(光合成でできた糖などの栄養素を全身に流す管)が傷つき、糖を含む液体が外に漏れ出し、それが酵母菌などが発酵させてできるものですが、クヌギの樹液に関してはボクトウガ Cossus jezoensis という蛾が齧ることで発生するということが詳しく分かっています(市川・上田,2010)。このボクトウガの生態も非常に興味深いものですが、これはまた別の記事でご紹介しましょう。ケヤキの樹液に関してはカミキリムシの幼虫が偶然篩管を傷つけた結果出てくるものであると考えられています。
クヌギの樹液はボクトウガが意図的に発生させているので、かなり頻繁に見られます。また動物に例えるなら生き血を流しているようなものなので、他の樹液よりも栄養素が豊富です。
そのためハチモドキハナアブはクヌギの樹液に依存する生活をするようになったのでしょう。
ただなぜハチモドキハナアブだけがそのような暮らしをするようになったのかは現在はわかっていません。近縁種の中でハチモドキハナアブが唯一栄養素を多く含むクヌギの樹液を利用できているのは、その体の大きさとオスの攻撃性のため、他のハナアブを追いやっているからだという説があります。
クヌギの樹液はケヤキの樹液に比べれば頻繁に見られますが、樹液が出る期間はボクトウガの幼虫が成長する期間だけですし、樹液が出ている領域もそれほど広くありません。そのため貴重なもので、常に昆虫同士で奪い合いが起こっています。
この考えではヒサマツハチモドキハナアブとケブカハチモドキハナアブはハチモドキハナアブに追いやられて、仕方なくケヤキの樹液と花の花粉と蜜を食べているということになります。
ハチモドキハナアブは樹液で生まれる!?
樹液を食べるハナアブは少ないですが、ハエの仲間まで広く見れば意外に沢山の種類が樹液にやってきます(Yoshimoto et al., 2012)。
ところがハチモドキハナアブが変わっているのは成虫がクヌギの樹液(または樹皮)に産卵するということです(市川・大原,2009;京都府,2015)。
ハチモドキハナアブは卵から幼虫の間でも、樹液に依存していたのです。
オスは縄張りを持ち、クヌギの樹幹に日中長時間滞在し、メスの産卵場所である樹液を確保しながらメスを待っています。こうすることで限られた樹液場という資源をメスに提供することができ、オス同士のメスの奪い合いに優位に立つことができるのです。これは同じく樹液場を奪い合うカブトムシ、クワガタムシ、オオムラサキ(蝶の一種)でも見られる行動で(栗田,2007;本郷,2012)、興味深い共通点です。
しかし、残念ながら幼虫時の生活はあまり詳しく分かっていません。雨水の溜り場になるような樹洞中で生息しているとされています。この点も詳しく分かればとても面白い生態を知ることができるでしょう。
ボクトウガが居ない地域ではハチモドキハナアブはどうしている?
クヌギの樹液を出すボクトウガは中国と日本にのみ分布するとされています。しかし上述のようにハチモドキハナアブは花には訪れず、樹液を専門的に食べています。
だとすると、ハチモドキハナアブはロシアや韓国ではどのように暮らしているのでしょうか?
このことについては今のところ誰も研究している人を確認できませんでした。
しかし、韓国ではハチモドキハナアブがフジバカマ、シオンなどいくつかのキク科の花に訪れている記録があります(Kim et al., 2012)。
もしかすると、ハチモドキハナアブは日本で暮らすうちにクヌギの樹液への依存度を高めたのかもしれません。
元々花に訪れていたのだとすれば、ドロバチに擬態しているというのはより納得できます。
今のところ全く分かりませんが、とても興味深い謎が残されています。
引用文献
Deuk-Soo, C., Sang-Wook, S., Su-Bin, L., & Ho-Yeon, H. 2018. Insect fauna of Korea Volume 5, Number 2 Syrphidae II. National Institute of Biological Resources, Seo-gu. 149pp. ISBN: 9788968113208, https://www.nibr.go.kr/aiibook/catImage/128/Insect%20Fauna%20of%20Korea%205_2E.pdf
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