湿地に生息するトゲヒシバッタの「トゲ」はカエルから身を守るためだった!擬死行動と組み合わせた合理的防衛術!

動物
Criotettix japonicus

皆さんはトゲヒシバッタという昆虫をご存知でしょうか?水田などにいけば本州では比較的よく生息している生き物です。この種類は驚いたことに「体についているトゲ」と「擬死という行動」の2つのセットでカエルから捕食されることを防いでいることが明らかになっています。本記事ではトゲヒシバッタの防衛術について解説していきます。

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湿地に生息するトゲがあるバッタ

トゲヒシバッタ:水田で見られた

トゲヒシバッタ Criotettix japonicus はバッタ目ヒシバッタ科で、北海道(石狩平野以南)・本州・四国・九州・種子島・対馬に分布し、国外からは知られていない日本固有種です(加納ら,2016)。河川敷や休耕田などの湿地に生息しています。秋から春に成虫が見られ、少なくとも、関東地方では成虫越冬します。

食性としては土壌表面のデトリタスと藻類を食べることが知られています(Honma et al., 2006)。

体色は一般に褐色ですが、色彩変異があり背面が緑色や灰白色を呈する個体もいるようです(加納ら,2016)。これは明らかに湿地という生息環境で隠蔽色と働いていると思われます。

何よりも特徴づけるのはその前胸背板の側葉先端にあるトゲです。このようなトゲはトゲヒシバッタが所属するトゲヒシバッタ属 Criotettix を含め、ヒシバッタ科のいくつかの属で見られるものです。

トゲヒシバッタの謎のポーズ?

トゲヒシバッタは特定の捕食者に襲われると、後脚の腿節をしっかりと下に曲げて、体全体ではT字型の形状になることが確認されています(Honma et al., 2006)。これは捕食者に襲われた時に特定の動物が行う擬死行動の一種だと思われますが、なぜこのような中途半端な形で擬死を行うのでしょうか?

擬死中のトゲヒシバッタ:後脚の腿節(HL)をまっすぐ下に曲げてT字型になっている|Honma et al. (2006): Figure 1 より引用

「擬死」とはそもそも捕食者を見失わせる行動

トゲヒシバッタの擬死を考える前に、一般的に擬死(thanatosis)をなぜ行うのかということを考える必要があります。擬死を行うというのはなんとなくぼんやりと効果がありそうな気がしますよね?

しかしよく考えてみると不思議です。皆さんが捕食者として獲物を探している時、眼の前で死んだふりをしている動物を見たらどう思うでしょうか?逃げることがないのですから、むしろラッキーだと思って捕まえたり、食べたりしまうかもしれませんね。擬死は必ずしもメリットがある行動ではないのです。

しかし、脊椎動物から節足動物まで多くの動物で擬死を行うことが確認されています。これを考えるとある特定の条件下ではメリットがあるに違いありません。

完全に分かっているわけではないのですが、沢山の研究の積み重ねである程度理由が明らかになりつつあります。その理由はどれも同じ、というわけではなく分類群によってそれぞれに理由がありそうです(Honma et al., 2006;日本生態学会. 2012;Humphreys & Ruxton, 2018)。

まず一つには生きている獲物を捕らえることに特化した特定の捕食者は獲物が動かなくなることでこれを見失ったり、食い気をそがれたりするからというのがあります。カエルやカマキリが動かないものに食いつかないことは有名ですよね。このような捕食者の本能を利用するものです。

次に殺した後食べるために獲物を優しく扱ったり、一瞬だけ解放する捕食者からの逃避機会を増やすためです。死んだふりをすることで一瞬手を緩める捕食者から逃げるということです。

最後に捕食者が複数の獲物を捕らえるとき、攻撃された後、死んだふりをすることで本当に死んでしまうのを防げるからという理由です。捕食者が獲物を殺した後、別の獲物を狙ったり、一時保管するなどの理由でスキが生まれることがあります。そういったときに死んだふりをしてスキをついて逃げ出すことは有効でしょう。

これは少し恐ろしい例えですが、立てこもりの銃撃事件が起きた時、生き延びるために死んだふりをしたという話は聴いたことがありませんか?複数の相手を攻撃する側が相手の生死をいちいち確認するのは非常にコストがかかるということでしょう。

そのほかにも特殊な事例、例外がいくつか提案されています。それほど擬死という行動は奥深いのです!

トゲヒシバッタが擬死をする特殊な理由

ではトゲヒシバッタは擬死はどのような理由で行うのでしょうか?京都大学で行われた研究で上記の理由とは大きく異なる理由であることが明らかになりました(Honma et al., 2006;日本生態学会, 2012)。

研究者らはまずどのような捕食者にトゲヒシバッタが反応して擬死を行うのか確かめました。鳥、両生類、昆虫、クモを代表して、それぞれウズラ Coturnix japonica、トノサマガエル Pelophylax nigromaculatus、カマキリ(チョウセンカマキリ) Tenodera angustipennis、キクヅキコモリグモ Pardosa pseudoannulataに空腹にしたところでトゲヒシバッタを襲わせたところ、トゲヒシバッタが擬死を行ったのはトノサマガエルだけでした。

トノサマガエルの成体(参考写真)
カマキリの成虫(参考写真)

これはトゲヒシバッタがトノサマガエルなどカエルが捕食者であった時のみこのような行動をすることを示しており、特異的に進化した行動である可能性があります。

トゲヒシバッタはトゲヒシバッタに襲われ捕らえられると、体を縮ませて後脚の腿節のみを伸ばして硬直します。カエルはバッタを飲み込もうとしますが、腿節がつっかかるためバッタの向きを横にするしかありません。このカエルは丸呑みできるほど口は大きくないのです。しかしそうすると今度はバッタについているトゲが真横に伸びているので、そのトゲがカエルの舌に刺さってしまいます。

トゲヒシバッタは擬死と体の前胸背板の側葉先端にあるトゲを組み合わせて、カエルに飲み込まれるのを阻止していたのです。

この過程が本当に大事なのかを確かめるために、別の実験として後脚を縛って擬死行動を行えないようにしてカエルにトゲヒシバッタを与えましたが、今度は体が縦のままになって捕食されてしまったのです。つまり擬死とトゲが両方セットで成り立つ戦術だったのです。

捕食を阻止する様子は以下の動画で見られます。飲み込もうとしても飲み込めない、カエルの必死な様子が観察できます…。

このような戦術は従来知られていた事例とは大きく異なるものです。通常擬死は上記のように相手に検出や識別がされないようにするために行う行為ですが、トゲヒシバッタの擬死は検出・識別された後、「防御」するために行われていたのです。

カエルがいる湿地だからこそ擬死行動が発達した?

これらの擬死やトゲは湿地でカエルが生息する環境であったからこそ進化した可能性が高そうです。同じヒシバッタ科の仲間でも例えばトゲはないハラヒシバッタ Tetrix japonica では草地や裸地に生息しており、他のトゲがない種類も少なくとも国内の種類では同様と傾向となっています(加納ら,2016)。

ハラヒシバッタ成体(参考写真)

国内ではトゲがあるヒシバッタ科の仲間として他にイボトゲヒシバッタ、ナガレトゲヒシバッタ、オキナワトゲヒシバッタ、ミナミトゲヒシバッタ、スナトゲヒシバッタがいますが、いずれも湿地に生息しており、これらの種類でも同様に擬死を行っている可能性は高そうですが、まだ確かめられていないようです。

カエルは口の大きさによって食べる獲物のサイズが異なり、大きすぎる獲物は勿論、小さすぎる獲物も捕まえる労力に対して割が合わないので食べません(Honma et al., 2006)。上記で上げたトゲヒシバッタ類と同所的に存在するカエルによってトゲヒシバッタ類の適応の仕方に何か違いはあるのでしょうか?少なくともトゲの形はそれぞれの種類ごとで異なっています。とても気になるところですが、まだまだ研究は進んでいません。今後明らかになれば面白いですね。

こういった事例のように昆虫の形と生息環境と関係が分かってくると、なぜ昆虫が多様な形をしているのかが分かってきそうです!

引用文献

Honma, A., Oku, S., & Nishida, T. 2006. Adaptive significance of death feigning posture as a specialized inducible defence against gape-limited predators. Proceedings of the Royal Society B: Biological Sciences 273(1594): 1631-1636. ISSN: 0962-8452, https://doi.org/10.1098%2Frspb.2006.3501

Humphreys, R. K., & Ruxton, G. D. 2018. A review of thanatosis (death feigning) as an anti-predator behaviour. Behavioral Ecology and Sociobiology 72(2): 1-16. ISSN: 0340-5443, https://doi.org/10.1007/s00265-017-2436-8

加納康嗣・河合正人・市川顕彦・冨永修・村井貴史. 2016. バッタ目. pp.242-371. In: 日本直翅類学会. 日本産直翅類標準図鑑. 学研プラス, 東京, 384pp. ISBN: 9784054064478

日本生態学会. 2012. 行動生態学. 共立出版, 東京. 292pp. ISBN: 9784320057388

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