キョウトクトウは公園での植え込みや街路樹など日本国内で様々な地点で見かける園芸樹木ですが、元々は地中海から東南アジアに分布しており、諸説ありますが、葉5~15枚が致死量と言われ、国内でも極稀ですが、中毒の報告があります。歴史的にはキョウチクトウの枝を串に利用して中毒になったり死亡した例があるという伝説があります。一方で広島では原爆投下後真っ先に咲いたとして平和・復興の象徴となっています。そんなキョウチクトウですが、その丈夫さは地中海気候に適応していることに由来して、面白い生態が多数あります。花は現在は生息地が重複しない、新生代第三紀の遺存種であるシャクナゲの一種に擬態しているのではないか?という仮説があります。本記事ではキョウチクトウの分類・毒性・歴史・送粉生態・種子散布について解説していきます。
タケとモモの間の姿?世界中で植栽として大人気の植物
キョウトクトウ(広義) Nerium oleander は北アフリカ、南ヨーロッパ、東南アジアを含む地中海地域に自生しており、自然下では川岸や小川沿いの森林や低木地帯、岩、砂利の多い場所、湿った峡谷や斜面の間の断続的な水路、乾燥地域の湧水付近など、水路を中心に生息している常緑小高木です(CABI,2021)。キョウチクトウ科。属名の Nerium は、ギリシア語で「湿った」を意味し、この性質に由来しています(田中,2011)。発芽には十分な水分が必要であるため野生下での分布は限られます(Herrera, 1991)。
しかし、日本でイメージする生息地とは大きく印象は異なり、乾燥した地点でも普通に見られるのでは?と疑問に思われるかも知れません。これは、栽培下では挿し木で増えるので、発芽時の水分が必要ない、ということなのでしょう。
地中海気候に適応し、オリーブ・コルクガシ・イナゴマメなどのように硬葉樹林を構成しています(Herrera, 1991)。このような植物は乾燥だけでなく、頻繁な山火事、大雨、栄養不足など様々な悪条件に順応することができます。
日本で一般的に見られるのは移入されたキョウチクトウ(狭義)Nerium oleander var. indicum でインド原産とされています(平野,1997)。しかし、N. oleander var. indicum に関する海外の情報は少なく正確なこの変種の分布域は不明でした。世界的にはあまり行われない区分である可能性があります。
公害や乾燥に強く、現在では日本を含め世界中で庭園樹や街路樹として植栽され、都市でも見ることが出来ます。
和名は漢名の「夾竹桃」に由来し、タケのような細い葉をもち、モモのような花をしているためだとされています(辻井,2006;田中,2011)。タケの葉のような平行脈ではありませんし、モモのようなバラ科の花の形には見えませんが、中国の人には遠目にはそう思えたのかもしれません。
地中海気候に適応したキョウトクトウの葉
キョウトクトウの葉は細長く光沢のある長楕円形で、両端がとがった形で厚くなっています。この細い葉は何か適応的な役割はあるのでしょうか?
地中海気候においては、年間雨量はある程度確保されますが、夏期に雨が少なく、冬季はそれほど低温ではありません。そのため、生育適期に水条件が良くないため、葉は小さくて硬く、乾燥に耐える形を取る必要があります。そのためこのような特徴をしていると考えられます(Herrera, 1991)。これはオリーブなどと同様の硬葉樹の特徴です。
乾燥に強い、という特徴もここから来ているのでしょう。
キョウチクトウとセイヨウキョウチクトウの違いは?
国内はキョウトクトウ(広義) Nerium oleander 1種しか見られず、似た種類はいませんが、キョウチクトウ(狭義)とセイヨウキョウチクトウの2変種存在します。
違いとしてはキョウチクトウ(狭義)Nerium oleander var. indicum では、花冠の付属物が4~7深裂し、芳香があるのに対し、セイヨウキョウチクトウ Nerium oleander var. oleander では、花冠の付属物が 3~4深裂し、芳香がありません(神奈川県植物誌調査会,2018)。セイヨウキョウチクトウは稀に栽培されています。ただあまり海外ではこのような区分は行われていません。
また花が八重咲きになっているものについてはヤエキョウチクトウ Nerium oleander var. indicum ‘Plenum’ という品種として扱われます。
フイリヤエキョウチクトウ Nerium oleander var. indicum ‘Variegatum’ という品種は花が八重咲きでかつ葉に斑が入っているものです。
キョウチクトウの有毒成分、強心配糖体に注意
キョウチクトウは葉、花、根、茎など植物体のすべての部分に、オレアンドリン、オレアンドリゲニン、その他の強心配糖体などのいくつかの毒性化合物が含まれています(Farkhondeh et al., 2020)。開花期に赤い花を持つキョウチクトウは、白い花を持つ低木よりも強心配糖体を多く生成します。ヒトや家畜が摂食することで中毒症状や重症化し死亡した例が報告されています。
症状はジギタリス中毒に似ていて、出現頻度は嘔気・嘔吐(100%)、四肢脱力(84%)、倦怠感(83%)、下痢(77%)、非回転性めまい(66%)、腹痛(57%)とされています(門田ら,2012)。死亡率は4〜10%とも言われています。
毒性については成人におけるキョウチクトウの経口致死量は葉5~15枚相当との報告がありますが、青葉1枚でも致死量とするという記録もあり、定まった見解はありません(Farkhondeh et al., 2020;神戸ら,2020)。また、摂取量と中毒の重症度に相関が無いとする報告もあるため、摂取量のみから重症度を推測することは困難とされています。
国内での実際の症例は極めて稀ですが、死亡例の報告もあります。他にはキョウチクトウの乾燥葉を服用して中毒になった例(門田ら,2012)、自傷目的で自宅庭に生えているキョウチクトウの葉を食べて中毒になった例(神戸ら,2020)、小学生が校内に植えてあるキョウチクトウの葉を食べられると思い食べて中毒になった例(朝日新聞,2017)も知られています。
歴史上の伝説では枝での中毒も知られますが、現在の医学的な報告がある実例の多くは葉による中毒のようです。
キョウチクトウがあちこちで植栽されているにも関わらず症例が稀なので他の有毒植物に比べて特別危険視する必要はないかもしれませんが、服用やキョウチクトウが直接触れた食べ物に関しては絶対に避けるべきでしょう。
なお、有毒物質のせいでキョウチクトウを食べる動物は少ないですが、日本ではキョウチクトウスズメ Daphnis nerii やキョウチクトウアブラムシ Aphis nerii 、シロマダラノメイガ Glyphodes sp. が見られますし、アフリカではハイラックスやガゼルが食べます(Herrera, 1991)。野生動物は恐るべき対抗力を持っていますね。
アレクサンドロス大王もキョウチクトウに困らされた…?
キョウチクトウは地中海沿岸の古代文明に始まり、数千年前に遡る栽培の歴史があります。
キョウチクトウの毒については歴史的にもいくつかのエピソードがあります。
マケドニアのアレクサンドロス大王(ドイツ語:アレキサンダー)がこのキョウチクトウの枝を串にして肉を焼いたため、多くの兵士を失ったという伝説があります(Fuller & McClintock, 1988; 植松,2000)。また、ナポレオンの軍隊でも同様の伝説があります。
近年では1975年フランスでバーベキューにキョウチクトウを用いたところ、7人の男女が亡くなり、オーストラリアでも同様の例で11人中10人が亡くなったとされます(齋藤,2021)。
日本へは中国を経て江戸時代中期の享保年間(1716~1736年)、あるいは寛政年間(1789~1801年)に渡来したといわれています(辻井,2006;田中,2011)。
1877年(明治10年)の西南戦争のときには、官軍の兵が折った枝を箸代わりに利用し、中毒した例があるとされています(辻井,2006;博学こだわり倶楽部,2007;田中,2012)。太平洋戦争の時に南方にいた日本軍にも同じような事件が起こったといわれています(植松,2000)。
歴史的な事例については全体的に伝聞ベースで筆者は直接的な史料は確認できず、史実かは不明ですが、実際にあってもおかしくないとは思わせてくれるエピソードです。
マイナスなエピソードも多いですが、広島県では太平洋戦争時の原爆投下後、その乾燥や大気汚染への強さにより、いち早く咲いたことから、復興の象徴として、広島市の花に制定されています(齋藤,2021)。
誰もやってこないキョウチクトウの花の謎
花は熱帯地域ではほとんど一年中咲きますが、日本では夏期の6~9月ごろに開花します(辻井,2006)。花弁は基部が筒状、その先端で平らに開いて五弁に分かれ、それぞれがプロペラ状に曲がっています(平野,1997)。花色は野生個体では淡紅色ですが、紅色、黄色、白など多数の園芸品種があり、ヤエキョウチクトウでは八重咲きです。
日本では適切な花粉媒介者がおらず、受粉に成功して果実が実ることはあまりないとされています。また栽培下では挿し木で栄養繁殖します。ですので、栽培下ではあまり花は役に立たないと言えます。しかしそれはあくまで栽培下なのでそのようなこともあるでしょう。
ところが、キョウチクトウは野生個体も含めて蜜を分泌しません!これではいよいよ花はなんの役にもたたないように思えてしまいます。何のために花は咲いているのでしょうか?
このことは日本の文献では調べている人は少ないのですが、自生地域であるスペインで詳しく研究が行われています(Herrera, 1991)。
その研究によると、なんとキョウチクトウの花は昆虫を騙して受粉に成功しているようなのです。言い換えると他の蜜のある花に紛れて擬態していました。こうすることで蜜を分泌するというエネルギーを使うことなく、受粉に成功しているのです。
キョウチクトウは昆虫を騙すために様々な努力をしています。そもそも一つの花はかなり大きいですし、昆虫にとっては価値が無いのに花序には多数花が見られます。野生種では少なめですが、匂いもありますし、未受精の場合1週間も咲いています。
花冠の付属物(中央にあるひらひらした部分)についても雄しべの擬態であると考えられています。キョウチクトウには勿論もともとの雄しべもあるのですが、もっと沢山雄しべ、そして花粉があるように誤認させているというわけですね。
一応、キョウチクトウにも花粉はあるので、昆虫にとって全く無価値であるというわけではありません。しかし、他の花に比べると花粉は少なく、昆虫の労力に対する報酬を考えると、あまりいい餌ではないようです。
この花粉は粘着物質でまとまっており、稀に騙されてやってくる昆虫に一度に沢山の花粉をつける役割があります。
インチキ生活も楽じゃない?キョウチクトウの苦悩
ここまで聞くとさぞ「ズル」をすることでキョウチクトウは利益を得ているに違いないと感じるかもしれません。
ところが同じスペインの研究者は2年間観察して8例しか昆虫が訪れた例を確認できませんでした。具体的にはクマバチの一種 Xylocopa violacea が3例、コハナバチ科の一種が2例、マルハナバチの一種 Bombus lucorum が2例、クロバエ科の一種が1例です。ハナバチが主体として花粉を運んでいると言えそうですが、非常に数が少ないです。
勿論、調査が不足している可能性や、調査が日中に偏っているため、夜間にスズメガなどの蛾が訪れている可能性は残されているものの、これでは十分に受粉できているとは言えないでしょう。なぜこんなことになっているのでしょうか?
これはキョウチクトウの生息地(ここではスペイン)に擬態するモデルとなるキョウチクトウに似た植物の花が存在しないことが原因ではないかと考えられています。実際に蜜を分泌してくれるモデルが居ないのなら昆虫達は偽物と学習し、受粉される可能性は低くなるでしょう。
だとしたら、更に謎が深まります。なぜ、存在しない花にキョウチクトウは擬態しているのでしょうか?
このことについて実証があるわけではありませんが面白い仮説が提案されています。それは絶滅した植物種の花に擬態しているからだというものです。
スペインでは新生代第三紀の遺存種である Rhododendron ponticum という非常に稀なシャクナゲの一種(ツツジ科)が見られます。Rhododendron ponticum の花は河岸に生息する大型でピンク色の花です。かつて Rhododendron ponticum が広く分布していた時代にキョウチクトウは進化し、Rhododendron ponticum に擬態するようになったのかもしれません。しかし、現在ではRhododendron ponticum が分布域を狭めたため、キョウチクトウだけが残り、キョウチクトウは辛うじて生きながらえているのかもしれません。
もっとも、この仮説はスペインでの観察に偏っています。今後は地中海や東南アジアでのような昆虫が訪れているのか、擬態するモデル種が実在するのか、ということについての研究が待たれます。そもそも、シランのようにモデル種が存在しない例も知られているので、キョウチクトウではどうなのか、気になるところです。
なお、同じくキョウチクトウ科のプルメリア(インドソケイ)も蜜を分泌しません。しかし、こちらはハナバチを騙しているわけではなく、匂いを大量に放出し、スズメガを騙しています。同じ科で共通点もありますが、異なる生態を持っています。この点も興味深い事例です。
果実は雨季を待って一気に種子を放出
果実は細長い袋状で、熟すると縦に割れ、中からは長い褐色の綿毛を持った種子が出てきます(平野,1997)。
種子は長い毛に覆われており、主に風によって散布されると考えられていますが、降下速度が比較的速く、種子が落ちるのもそれほど高いところからではないので、親株のごく近くに着地することになります(Herrera, 1991)。
これでは生息域を増やすことが出来ないのでは?と感じるかもしれませんが、キョウチクトウが生息可能な環境は水路近くに限られているため、わざわざ遠くに生息域を増やす必要がないのです。親株近くで種子が育つことはむしろ好都合であるといえます。
また副次的に水路での水による散布も行われていますが、こちらはそれほど重要ではないとされています。
キョウチクトウは花を沢山作りますが、殆ど「見せる」ための花なので果実はあまり作りません。ただ、そのかわり1つの果実当たりの種子の生産量は多くなっています。これは夏に乾燥する地中海気候で、降雨のあるタイミングに一斉に果実が割れて種子を放出し、水のあるタイミングを逃さず発芽するためであると考えられています。非常に合理的です。
何気なく植栽で見かけるキョウチクトウも地中海気候で驚きの適応を遂げた植物です。見かけたときはこのようなことを思い返しながら観察すると楽しいと思います。
引用文献
朝日新聞. 2017. キョウチクトウで小学生2人が食中毒 高松. https://www.asahi.com/articles/ASKDJ4D9YKDJUBQU00N.html
CABI. 2021. Invasive Species Compendium: Nerium oleander (oleander). https://www.cabi.org/isc/datasheet/36220
Farkhondeh, T., Kianmehr, M., Kazemi, T., Samarghandian, S., & Khazdair, M. R. 2020. Toxicity effects of Nerium oleander, basic and clinical evidence: A comprehensive review. Human & experimental toxicology 39(6): 773-784. ISSN: 0960-3271, https://doi.org/10.1177/0960327120901571
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