ノダケとシシウドはいずれもセリ科シシウド属で茎太く葉身が広い中大型の多年草で、小葉が大型で丸みを帯びている点などが似ています。しかし、よく観察すると葉・花・果実いずれに関しても違いがあります。ただし、シシウド属には多数種類がいるので慎重に区別する必要があります。花序の付け根にある鞘は重要な区別点です。ノダケの花は紫色であるという同属の中では変わった特徴がありますが、これはキイロスズメバチが花にやってくることと関連する可能性が研究で指摘されています。本記事ではシシウド属の分類・形態・生態について解説していきます。
ノダケ・シシウドとは?
ノダケ(野竹) Angelica decursiva は日本の本州(関東地方以西)・四国・九州;朝鮮・中国・東シベリアに分布し、沖積地を除く樹林内や林縁に生える多年草です(神奈川県植物誌調査会,2018)。和名は野に生育し葉や花序の付け根の鞘がタケの若い芽(筍)の皮のように見えることに由来しています。
シシウド(猪独活) Angelica pubescens var. pubescens は日本の本州・四国・九州に分布し、沖積地を除く全域の林縁や草地に生える多年草です。
いずれもセリ科シシウド属で茎太く葉身が広い中大型の多年草です。セリ科特有の葉・花・果実の構造はいずれもよく似ています。特に果実は似ていてどちらも扁平で無毛、膜質のやや広い翼を持っています。
更にシシウド属の中でも葉柄の基部が膨らんだ袋状になる点や、小葉(元々1枚だった葉が分かれた部分)が大型で丸みを帯びている点などは似ていると感じることがあるかもしれません。
ノダケとシシウドの違いは?
シシウド属には多数の種類が知られているため、2種の判別だけでは不十分な場合もありますが、2種の限った場合は以下のような違いが確認できます(神奈川県植物誌調査会,2018)。
葉に関しては、ノダケでは葉身下面は無毛で、小葉の基部は翼状に流れ小葉柄がないのに対して、シシウドでは葉身下面脈上は縮れた細毛が多く、小葉の基部は翼状に流れ小葉柄がないものと、翼状に流れず小葉柄があるものが混じるという違いがあります。
花に関しては、ノダケでは普通花弁は濃紫色(ただしシロバナノダケ f. albiflora という品種では白色)で、小総苞片があるのに対して、シシウドでは花弁が白色で小総苞片がありません。
「小総苞片」というのは聞き慣れないかもしれませんが、小花柄(花と植物体をつなぐ細い部分)の根元に生える細い葉のような緑色の構造のことで、セリ科の一部の種類で見られます。ノダケには、外観としては花の中に細い緑色の葉のようなものが混ざっていることが確認できるでしょう。
果実に関してはどちらも扁平で無毛、膜質のやや広い翼があるものの、ノダケでは翼が種子を包む本体部分の側面のみにあるのに対して、シシウドでは本体部分の側面だけではなく、小果柄がある側にも翼がついてるという違いがあります。
この他に重要な点として、ノダケでは花序の付け根に鞘(植物学的には葉身の退化した緑色袋状の葉柄)がありますが、シシウドを含め他のシシウド属にはないか、あっても枯れています。この点を確認できれば決定的な違いと言えます。
他に似た種類はいる?
上述のようにシシウド属には多数の種類が知られているため厳密な区別をするにはきちんと図鑑を調べる必要が出てくる可能性があります。
ハマウド Angelica japonica はノダケに似ますが、小葉の基部は翼状に流れず、花は白色です。
イワニンジン Angelica hakonensis もノダケに似ますが、葉は2~3回3出羽状複葉、小葉は粗い重鋸歯縁、花は淡緑色です(ノダケでは葉は1~2回3出羽状複葉、小葉は低い単鋸歯縁)。
他のシシウド属の区別の仕方が知りたい人は別記事を御覧ください。
受粉方法は?
ノダケの花期は9〜11月で、複散形花序は密で、萼歯片はなく、花弁は暗紫色まれに白色(シロバナノダケの場合)です(林ら,2013)。
この花は特に花弁が紫色である点が特徴的ですが、昆虫が訪れて受粉するのでしょうか?
実際に訪花昆虫をイワニンジンとともに調べた近年行われた研究では興味深いことが分かっています(Mochizuki, 2024)。
この研究ではノダケには14種類の昆虫が訪れていることが確認されましたが、62%がキイロスズメバチ Vespa simillima でした。イワニンジンでも同様にキイロスズメバチが大多数を占めていました。更にきちんとキイロスズメバチの体には花粉が付着して、受粉に貢献していることが確かめられました。
ただし、このキイロスズメバチは花の蜜が目当てというだけではなく、他の訪花昆虫を狩ってることも目撃されています。そのため、この共生関係は、一般的な蜜と花粉による昆虫との共生関係は異なる可能性があります。
このようにキイロスズメバチのような狩蜂が花の送粉・受粉の主要な役割を担っている例は少なく、興味深い事例であると言えるでしょう。
ノダケの花弁の色が暗紫色であったり、イワニンジンの花弁の色が緑色であることはスズメバチに適応したためであるという考察もあります。シシウド属間やノダケ間での花の色の違いもこのような訪花昆虫の違いが影響している可能性があり、今後の研究で更に詳しいことが分かってくるかもしれません。
引用文献
林弥栄・門田裕一・平野隆久. 2013. 山溪ハンディ図鑑 1 野に咲く花 増補改訂新版. 山と渓谷社, 東京. 664pp. ISBN: 9784635070195
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
Mochizuki, K. 2024. Hunt and pollinate: Hornet pollination of the putative generalist genus Angelica. Ecology e4311. https://doi.org/10.1002/ecy.4311