コハコベ・ミドリハコベ・ウシハコベはいずれもナデシコ科ハコベ属に含まれ、道傍を観察すると必ずといっていいほど発見できる日本を代表する雑草です。日本では春の七草の1種であり、七草がゆとして食され馴染み深いです。しかし、普通これら3種「ハコベ」と総称されるに留まりそれ以上に正しく種類を認識している人は少ないかもしれません。これら3種を区別する時は雄しべの数や雌しべの花柱の数を確認するのが最も正確です。ただとても小さいため、葉の大きさや萼の色なども参考になるでしょう。コハコベとミドリハコベはとてもそっくりですが単に形が異なるだけではなく、生態上も違いがあり、コハコベの方が「質より量」を、ミドリハコベの方が「量より質」を重視するように進化している事がわかっています。本記事ではハコベ属の分類・形態・生態について解説していきます。
コハコベ・ミドリハコベ・ウシハコベとは?
コハコベ(小繁縷) Stellaria media はユーラシア大陸と北アフリカ原産で、日本の北海道・本州・四国・九州・琉球,小笠原に帰化し、畑や都市近郊に生える越年草です。
ミドリハコベ(緑繁縷) Stellaria neglecta は日本の北海道・本州・四国・九州・琉球;ヨーロッパ・アジア・アフリカに分布し、畑や都市近郊に生える越年草です。
ウシハコベ(牛繁縷) Stellaria aquatica は日本の北海道・本州・四国・九州;ユーラシア・北アフリカに分布し、北アメリカに帰化し、路傍・畑地・河川敷などの比較的湿ったところに生える越年草ときに多年草です。
いずれもナデシコ科ハコベ属に含まれ、道傍を観察すると必ずといっていいほど発見できる日本を代表する雑草です。
「ハコベ」と呼ばれることが多いですが、ハコベという種類は現在では生物学的・分類学的には存在せず、コハコベとミドリハコベを区別せず総称していることが一般的です。ただ、明治以前の「ハコベ」やハコベラ、アサシラゲと呼ばれたものは在来種のミドリハコベである可能性が高いです。
花期はコハコベとウシハコベでは通年で1~12月ですが特に春に盛んに咲き、花弁が白色で、5枚の花弁が深裂し10枚に見えるのが最も大きな共通の特徴でしょう。
日本では春の七草の1種であり、「七草がゆ」として人日の節句(毎年1月7日)に邪気を払い万病を除く占いとして食べることでも有名です。1362年頃(室町時代・南北朝時代)に書かれた『河海抄』(四辻善成による『源氏物語』の注釈書)で既に食されていた記述があります。
このように極めて日本では馴染み深い雑草と言えますが上述のようにコハコベとミドリハコベはかなりよく似ており、区別されることは少ないですし、ウシハコベも少しマイナーです。
いずれも食用可能なので区別できないと困ることは少ないかもしれませんが、植物に詳しくなりたいなら区別方法を知っておきたいところです。
コハコベ・ミドリハコベ・ウシハコベの違いは?
まず、コハコベ・ミドリハコベとウシハコベを区別するのは比較的簡単です(小林,1991;神奈川県植物誌調査会,2018)。
最も重要な違いとして、コハコベとミドリハコベでは雌しべの花柱が3本であるのに対して、ウシハコベでは雌しべの花柱が5本であるという点が挙げられています。
花が小さいのでかなり細かく観察する必要がありますが、花の中央を見ると、ネコの尻尾やモップのような白いふさふさのものが様々な方向に伸びていることが観察できると思います。このモップ構造が雌しべの花柱であり、表面積を増やし、雄しべの花粉を受け取っているわけです。この花柱の数が異なっています。
花柱を見るのが難しい場合でも、コハコベとミドリハコベでは葉の長さが2.5cmを超えませんが、ウシハコベでは2.5〜8cmとかなり大型になるのでサイズを見るだけでも区別できます。
難しいのはコハコベとミドリハコベの違いでしょう。葉だけを見ると区別は困難です。
こちらも最も重要な違いとして、コハコベでは雄しべが1~7本であるのに対して、ミドリハコベでは雄しべが普通8~10本でどんなに少なくても5本であるという点が挙げられています。
やはり花が小さいので細かく観察する必要があり、先程の雌しべの周りを囲むように生えている物の数を数えてみると分かります。雄しべは花粉を持っているので先端に黄色みがかっている球が付いている物を探すと良いでしょう。花粉が落ちたものはピンク色になることがあります。
雄しべに頼らない違いとして、コハコベでは萼片(花弁を支えている緑色の三角形の部分)の先端が黒紫色であるのに対して、ミドリハコベでは萼片の先端は特別な色はなく緑色であるという点も挙げられます。
他にもコハコベでは種子表面に円丘状の低い突起があるのに対して、ミドリハコベではやや著しい円錐形の突起があるという違いもあり、これも分類学上重要視されますが、一般の方が野外でここまでの観察は中々難しいかもしれません。
また、コハコベでは全体に小さく葉も小型で濃緑色であるのに対して、ミドリハコベでは全体的に大きく葉も大きくて浅緑色であるという違いもありますが、個体変異や撮影状況によっては確認しにくく、沢山の個体を見て慣れれば分かりますが正直実用的ではないと思います。
コハコベとミドリハコベには生態にも違いがあった!?
上記ではコハコベとミドリハコベの形態的な違いを挙げてきましたが、実は生態上も違いがあることが分かっています(三浦ら,1995;1996;三浦,2001)。
コハコベの実生は春期から秋期まで断続的に発生し、発生した個体は1~2ヶ月後に開花を開始します。そのため1個体は小さいですが、個体数が多いです。
一方、ミドリハコベの実生はほぼ秋期に限って発生し、発生した個体は栄養成長を続けながら越冬し翌春開花結実後に枯死します。そのため1個体は大きいですが、個体数は少ないです。
これによって全体の花期もコハコベでは1~12月と一年中咲くことになりますが、ミドリハコベでは4~5月となっています。
これを簡単に解釈するなら、コハコベは1個体は小さくなる代わりに子供の数を増やしている(質より量を重視する「r戦略」寄りである)のに対して、ミドリハコベは1個体は大きくして子供の数を減らしている(量より質を重視する「K戦略」寄りである)ということになります。
そのため、コハコベは自然の撹乱や耕作・除草などの人為的撹乱での死亡率が高い場所で生き残りやすく、ミドリハコベは他種や同種同士での競争による死亡率が高い場所で生き残りやすくなります。
そもそも「草本」という暮らし方自体が木本(樹木)に比べるとr戦略なのですが、その中でも更にコハコベは質より量を重視する生き方をしているといえ、通年ではコハコベに出会うことが多いのはこのような理由があると言えるでしょう。
コハコベとミドリハコベはよく似ているようで、ニッチ分割(棲み分け)が発生しているようです。
他に似た種類はいる?
ハコベ属には他にも複数種類が知られています。
ミヤマハコベ(深山繁縷) Stellaria sessiliflora は萼片は鋭頭で、花弁は萼片より長いことから上記3種から区別でき、山中の陰湿の地に生えるので普段見かけることは少ないでしょう。
サワハコベ(沢繁縷) Stellaria diversiflora は花柄はほぼ無毛で、茎も無毛であることから上記4種から区別でき、山地の比較的乾いた樹林内に生えるのでやはり見かけることは少ないです。
ノミノフスマ(蚤の襖) Stellaria alsine var. undulata は一番混同する可能性がありますが、葉は全部無柄で、花弁が大きく、水田や休耕田などの湿ったところに生えます。
ハコベ属とミミナグサ属の違いは別記事を御覧ください。
引用文献
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
小林浩二. 1991. 近縁な植物の比較 ミヤマハコベとハコベ・コハコベ. 新潟県植物保護 9: 6-7. http://hdl.handle.net/10191/10301
三浦励一. 2001. コハコベとミドリハコベの比較生態学的研究. 京都大学博士論文. https://doi.org/10.11501/3183592
三浦励一・小林央往・草薙得一. 1995. コハコベとミドリハコベの個体群において発生時期の差異が生存率と個体サイズに及ぼす影響. 雑草研究 40(3): 179-186. https://doi.org/10.3719/weed.40.179
三浦励一・小林央往・草薙得一. 1996. 畑雑草コハコベと人里植物ミドリハコベの種子休眠性および発芽特性の比較. 雑草研究 40(4): 271-278. https://doi.org/10.3719/weed.40.271