エゴノキ・ピンクチャイム・ハクウンボクはいずれもエゴノキ科エゴノキ属に含まれ、庭木などとしても身近な植物です。形態的には、花柄が地面に向かって伸びて、花が下向きに咲くことが特徴と言えるでしょう。しかし、これらの区別方法が分からない人がいるかもしれません。ピンクチャイムはエゴノキの園芸品種で花の色がピンク色であるだけです。エゴノキとハクウンボクは全くの別種で、葉の形や花の付き方で区別できるでしょう。この他、エゴノキともにチシャノキ・ウツギ・ハイノキ・ヒメシャラといった植物がよく検索されているようですが、チシャノキは名前が混同されているだけですし、ウツギ・ハイノキ・ヒメシャラは少し花の色が似ているだけで、よく見れば間違えるものではありません。本記事ではエゴノキ属の分類について解説していきます。
エゴノキ・ピンクチャイム・ハクウンボクとは?
エゴノキ(えごの木・野茉莉) Styrax japonicus は別名ロクロギ(轆轤木)、チシャノキ(萵苣の木)、山萵苣。北海道(東部)・本州・四国・九州・琉球;朝鮮・中国に分布し、山麓の雑木林・山地の谷間・小川のほとりなどに生える落葉小高木です(神奈川県植物誌調査会,2018)。『日本語版Wikipedia』など様々な媒体で学名が Styrax japonica と表記されていますが、『Ylist』によると旧学名(シノニム)です。世界的にも Styrax japonicus が用いられています(RBG Kew, 2023)。
アカバナエゴノキ(赤花えごの木) Styrax japonicus ‘Pink Chimes’ は別名ピンクチャイム、ベニバナエゴノキ(紅花エゴノキ)、ベニエゴ。自生はなく、日本で栽培されるエゴノキの園芸品種です。
ハクウンボク(白雲木) Styrax obassia は別名大葉萵苣(オオバヂシャ・オオバジシャ)。北海道・本州・四国・九州;朝鮮・中国に分布し、丘陵から山地に生える落葉小高木または高木です。
いずれもエゴノキ科エゴノキ属に含まれ、庭木など園芸で栽培される事が多い身近な植物です。
形態的には、花柄が地面に向かって伸びて、通常は白い花が下向きに咲き、花冠の裂片は瓦重ね状になっていることが大きな共通点です。また葉の下面に星状毛が生えている点も共通です。
しかし、これらの区別方法が分からない人がいるかもしれません。
エゴノキ・ピンクチャイム・ハクウンボクの違いは?
まず大前提として、ピンクチャイムはエゴノキの園芸品種にすぎないので、基本的な構造の違いはエゴノキとピンクチャイムの間にありません。しかし別種のハクウンボクとは大きな差があります。
具体的にはエゴノキとピンクチャイムでは葉はやや菱状卵形(稀に披針形)で小さく、花は1~4個が長い小花柄(小梗)の先につく程度であるのに対して、ハクウンボクでは葉は円形で大きく先端にしばしば牙歯があり、花は多数で小花柄は短く総状花序になるという違いがあります。
小花柄(小梗)というのは花と植物体を繋いでいる細い部分のことです。
また野生のエゴノキとハクウンボクに関しては、エゴノキでは低地から山地に生えるのに対して、ハクウンボクでは通常は山地に生えるという違いもあります。
エゴノキとピンクチャイムの違いはわずかで、エゴノキでは花が白色であるのに対して、ピンクチャイムでは花がピンク色です。ピンクチャイムは自生することはありません。
なお、この他にコハクウンボク Styrax shiraiana という関東(栃木県など)以西・四国・九州に分布し、ハクウンボクとよく似た別種も知られていますが、葉は直径7cm前後とハクウンボクの15cm前後より小さく、普通大ぶりな鋸歯があって、きれいな円形にはなりません(林,2019)。更に葉下面の星状毛は少なめで、花序は短く花も小型で、樹高も3~7m前後でやや低いです。
エゴノキには他にもシダレエゴノキ(枝垂れえごの木) Styrax japonicus f. pendulus という枝や葉が垂れ下がる品種もあります。盆栽に用いられることがあります。
コウトウエゴノキ(紅頭えごの木) Styrax japonicus var. kotoensis という変種は、日本の九州(トカラ列島以南)~沖縄;台湾・フィリピンに分布し、花、果実がやや大きく、葉の鋸歯が目立たないこと、花期も秋~春とエゴノキに比べ非常に早いことから区別できるとされてきましたが、最近の研究ではエゴノキと区別ができないとして、同一種として扱われています(大橋ら,2017)。
エゴノキとチシャノキの違いは?
エゴノキとチシャノキ(萵苣の木)の違いもよく検索されているようです。
チシャノキはややこしいことに2つの意味があります。
まず1つ目はエゴノキの別名です。この場合は「エゴノキ=チシャノキ」であると言えるでしょう。歌舞伎の『伽羅先代萩』ではチシャノキという植物が登場しますが、この植物はエゴノキのことです。
しかし、2つ目として生物学的・分類学的にはチシャノキは普通ムラサキ科の植物を指します。こちらは別名カキノキダマシとも呼ばれ、学名 Ehretia acuminata var. obovata です。
こちらのチシャノキは分類からもわかるようにエゴノキとは全く異なる種類で共通点はほぼ皆無です。強いて言えばどちらも花が白い点が似ていますが、明らかにチシャノキの方が花が小さく、花序あたりの花の数も多く、花冠は大きく開きます。
また、エゴノキでは葉に鋸歯がありますが、チシャノキでは鋸歯はなく全縁です。
そうなるとなぜエゴノキとチシャノキが同じ名前になってしまった気になるところですが、結論から言うと偶然の一致のようです。
エゴノキの別名のチシャノキは日本の中国地方の方言名「チナイ」に由来されており、チナイとはチナリ(乳成り)、つまり果実がたわわに実った様子であるとし、チナリが転訛してチシャノキになったとされています(深津・小林,1993)。
一方、ムラサキ科のチシャノキは若葉の味がチシャ(萵苣・レタス) Lactuca sativa に似ていることに由来するとされています。
以上を踏まえて混同しないようにしましょう。
エゴノキとウツギ・ハイノキ・ヒメシャラの違いは?
エゴノキと一緒にウツギ(空木)・ハイノキ(灰の木)・ヒメシャラ(姫沙羅)の違いがよく検索されているようです。これはおそらく白い花の見た目が少し似ていることから検索されているのでしょう。
しかし、よく見るとすぐに違いがあることが分かります。
ヒメシャラ Stewartia monadelpha はツバキ科に含まれ、他種の花よりも雄しべが明らかに多く大型で、花糸が中間部で合着して筒状になるのが大きな特徴です。これは他の4種では見られません。
また、ハイノキ Symplocos myrtacea はハイノキ科に含まれ、他種の花よりも雄しべが長く、花弁(または花冠裂片)から大きく突き出しています。これも他4種では見られません。
ウツギ Deutzia crenata はアジサイ科に含まれ、この中ではエゴノキに一番似ていると言えるかもしれませんが、エゴノキのように花弁が真下に開くことはなく、横~斜め下に開き、萼に密な毛があることから区別できるでしょう。
他にも葉の形はそれぞれ異なりますが、詳しい違いはここでは省略します。写真を参照してください。
引用文献
林将之. 2019. 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類. 山と溪谷社, 東京. 824pp. ISBN: 9784635070447
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
大橋広好・門田裕一・邑田仁・米倉浩司・木原浩. 2017. 改訂新版 日本の野生植物 4 アオイ科~キョウチクトウ科. 平凡社, 東京. 608pp. ISBN: 9784582535341
RBG Kew. 2023. The International Plant Names Index and World Checklist of Vascular Plants. Plants of the World Online. http://www.ipni.org and https://powo.science.kew.org/
深津正・小林義雄. 1993. 木の名の由来. 東京書籍, 東京. 290pp. ISBN: 9784487722310