テイカカズラとケテイカカズラは国内では園芸個体も含めると林内~町中まで広く見られるつる植物です。テイカカズラとケテイカカズラは葉下面の毛や花筒の長さで区別できます。日本では『古事記』が書かれた時代から広く知られており、現在の名前の由来は「藤原定家」に由来することは有力そうですが、その逸話が史実かは怪しいです。そんなテイカカズラですが、生態的には花は夕方に咲くことでスズメガという蛾を呼ぶということに特化していることはご存知でしょうか?本記事ではテイカカズラ・ケテイカカズラの分類・歴史・送粉生態・種子散布について解説していきます。
林内~町中で見かけるつる植物
テイカカズラ(定家葛) Trachelospermum asiaticum はインド・タイ・中国・韓国・日本(本州〜九州)に分布し、常緑樹林の林内または岩場に生息する常緑つる性木本です(Wu & Raven, 1995;茂木ら,2003)。
また、ケテイカカズラ(毛定家葛) Trachelospermum jasminoides var. pubescens はベトナム・中国・韓国・日本(本州近畿以西~沖縄)に分布し、日当たりの良い林縁や低木の茂みに生息する常緑つる性木本です(Wu & Raven, 1995;京都府環境部自然環境保全課,2015)。したがって東日本では園芸個体を除いてテイカカズラが多く見られます。
どちらもキョウチクトウ科テイカカズラ属で、葉は楕円形で全縁となっており、革質で、表面には光沢があります。岩や他の植物に這い上がります。
有毒植物で茎を折ると出る白い汁液は触れるとかぶれることがあります(佐竹,2012)。また、この作用との関係は不明ですが、植物体に含まれているトラチェロシドは下痢を起こす作用があります。
テイカカズラ・ケテイカカズラ・ハツユキカズラの違いは?
テイカカズラとケテイカカズラの2種を見分けるのは少し難しいですが、テイカカズラでは花筒広部の長さは狭部の約半分で、萼片は長さ2~3mm、葉下面は無毛かわずかに短毛がある程度となっています。
一方はケテイカカズラは花筒広部の長さは狭部とほぼ同長またはやや長く、萼片は長さ5~6mm、葉下面は毛が多くなっているので区別できます(神奈川県植物誌調査会,2018)。
最も分かりやすいのが、葉の下面の毛を確認することですが、テイカカズラに多毛な個体がいるため、正確さを考えると花筒を確認することです。要するにケテイカカズラの方が花筒が長いです。蕾を見るのが分かりやすいでしょう。
園芸種としても用いられ、ハツユキカズラ Trachelospermum jasminoides var. pubescens ‘Hatsuyukikazura’ という品種が見られます。新葉にピンク色と白の不定形の斑が入る姿が美しい品種で、これは花筒を考えると概ねケテイカカズラの品種と考えてよいですが、一部にはテイカカズラであることもあるようです(上町・下村,2009)。ゴシキカズラと呼ばれる品種との科学的な違いは筆者の調査では不明でした。
また園芸個体の中にはトウキョウチクトウ T. asiaticum という種類が混じることもあります(上町・下村,2009)。
国内の野生種としては屋久島以南および小笠原諸島に分布するオキナワテイカカズラ Trachelospermum gracilipes var. liukiuense も知られています(上町・福井,2015)。
式子内親王の墓にまきついた植物?
テイカカズラは奈良時代の日本最古の文献である『古事記』(712年成立)に既に「マサキノカズラ」として名前が登場しています(磯野,2009)。また『万葉集』でも歌の中に現れています(川原,2008)。非常に身近なつる植物であったのでしょう。
名前が「テイカカズラ」に変わったのは能の曲目、『定家』にまつわるとされます。
その内容によると、式子内親王(平安末期・鎌倉前期の女流歌人、後白河天皇の第3皇女)と藤原定家(平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての公家・歌人、『新古今和歌集』を選定したことで有名)は式子内親王が女性皇族であるため自由な恋愛が出来ない中、秘密の恋仲にあり、そのまま独身であった式子内親王が49歳で先に亡くなり、その式子内親王に慕い続けた藤原定家が死後、執着心から式子内親王の墓を「葛」となって覆うようになったといいます。
このことを式子内親王の霊が僧侶に伝え、僧侶が式子内親王を成仏させた後、人々に知られるようになり、この葛のことを「テイカカズラ」と呼ばれるようになったと言われます。
なおこの曲目は室町時代に成立したものであり、「テイカカズラ」の名の由来はおそらくここからですが、藤原定家と式子内親王の関係については諸説ありますが、史実ではないものと思われます(岸部,2015)。しかし、スキャンダラスな内容は当時の想像をかき立て、様々な文芸作品に派生したようです。あくまで物語として理解するべきでしょう。
そっくりだが微妙に異なる2種の花の形
2種ともに共通で5~6月に白い花が咲き、芳香があり、色は白色から淡黄色に変化していきます。花弁の形は高坏形と形容され、長い花筒を持っています。上部の花びらの様に見える部分はくっついている花弁が先の方だけ5裂したもので(このような花を合弁花といいます)、この裂片はねじれています(茂木ら,2003)。
テイカカズラとケテイカカズラの花の構造はほぼ同じですが、先程挙げた花筒の構造の違いに加えて、テイカカズラでは葯が外から見えるほど雄しべが長く、ケテイカカズラは葯が見ないほど短いという差があります(上町・下村,2007)。
また、花筒の色もテイカカズラは黄色みがかる傾向にありますが、ケテイカカズラでは乳白色です。
花は夕方から咲き、スズメガを呼ぶ
テイカカズラとケテイカカズラは夕方から咲き始め、ジャスミンに似た匂いを放つという特徴があります。このような花はどのような昆虫を呼び込むのでしょうか?
テイカカズラについてはチョウの記録も確認できましたが(難波,2020)、基本的には長い花筒と匂いで長い口吻を持つスズメガを専門に呼ぶと言われています(田中,2020)。
長い花筒で蜜を得ることができる昆虫を口の長い昆虫に限定している点や、夕方から咲き始め、匂いで呼び寄せるというのはスズメガを呼び込む花で多く見られる特徴です(送粉シンドローム)。
断面を確認すると、筒の中には返しがついています。スズメガが口を入れると、ここで口に付着している他の株の花粉をかきとられ、構造的に近くにある雌しべに当たることで受粉すると考えられています(長谷部,2016)。
一方、ケテイカカズラに関する研究は発見できませんでしたが、概ねテイカカズラと同じであると考えられます。
テイカカズラとケテイカカズラに訪れる虫に違いはある?
そもそもテイカカズラとケテイカカズラの生態の違いはまだきちんと研究されていないようですが、生息環境に関する棲み分けがなければ交雑の危険があるように思われます。
花に関しては大部分の特徴に違いがないので、やってくる虫も殆ど違いがないようにも思われますが、花筒の構造や色、葯の長さがなんらかの違いを起こしている可能性もあるので、もしかしたら訪れる虫の違いがあるのかもしれません。全くないかもしれません。今後の研究に期待したいです。
果実は風に乗って飛んでいく
果実は袋果で円柱形です(茂木ら,2003)。種子は長さ1.3cmほどの線形で、先端に冠毛があります。果実は垂れ下がるようにつき、中から裂けて風が吹くと種子は飛んでいきます(小林,2007;川原,2008)。毛をもつ種子は国内の樹木では他にヤナギ類が見られる程度で珍しい種子散布方法であるとされています(小林,2007)。
引用文献
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出典元
本記事は以下書籍に収録されたものを大幅に加筆したものです。