エノキ・エゾエノキ・ムクノキはいずれもアサ科に含まれ、特にエノキとムクノキは日本に生える樹木としては極めて一般的で、特にエノキとムクノキは木材として利用されてきたほか都市部でも道路脇に頻繁に幼木を見かけます。これらを見分けるには葉の形を確認するのが一番です。具体的には葉脈や葉縁の鋸歯の範囲や形を確認することで確実に区別できるでしょう。本記事ではエノキ属とムクノキ属の分類・形態について解説していきます。
エノキ・エゾエノキ・ムクノキとは?
エノキ(榎) Celtis sinensis は別名ナガバエノキ、マルバエノキ。日本の本州・四国・九州;朝鮮・中国に分布し、丘陵から山地の日当たりの良い適度に湿り気のあるところや沿海地に生える落葉高木です。野生個体が都市部でも頻繁に確認でき、木材としてや、江戸時代あたりから主要な街道の側に1里毎に設置された塚(土盛り)である「一里塚」の目印用として栽培もされてきました。
エゾエノキ(蝦夷榎) Celtis jessoensis は別名オクエノキ。日本の北海道・本州・四国・九州に分布し、ブナ帯山地の谷間に多く、ブナやクリなどと混生する落葉高木です。
ムクノキ(椋の木) Aphananthe aspera は別名ムク、ムクエノキ。日本の本州(関東地方以西)・四国・九州;朝鮮(済州島)・中国・台湾のシイ・カシ帯~ブナ帯下部の向陽地に生える落葉高木です。野生個体が都市部でも頻繁に確認でき、木材として利用されてきました。
いずれもアサ科に含まれ、特にエノキとムクノキは日本に生える樹木としては極めて一般的です。都市部でも道路脇に頻繁に幼木を見かけ、幼木の段階では花や果実はつけないものの、葉の形を覚えていれば見かけない日はないほどあちこちに生えています。木材としても利用されています。
花期は4~5月ですが、花は風媒花であるためかなり地味で目立ちません(Leme et al., 2021)。自家受粉を避けるため雄花と雌花に分かれています。
エノキはゴマダラチョウ Hestina persimilis やオオムラサキ Sasakia charonda charonda といった蝶の幼虫段階での食草(餌)としても知られており、最近ではアカボシゴマダラ Hestina assimilis という特定外来生物の餌にもなっています(松本・森,2021)。これらの蝶を発見したり、育てたりするならエノキの区別は必須です(ただしアカボシゴマダラは輸入・飼育・野外への放出は禁止です)。
そのため、エノキを含めた近縁種を見分けたい人は多いかもしれません。
エノキ・エゾエノキ・ムクノキの違いは?
これら3種はいずれもアサ科ですが、その中でもエノキとエゾエノキはエノキ属に含まれるのに対して、ムクノキはムクノキ属に含まれています。そのため形態的な隔たりが確認できます(神奈川県植物誌調査会,2018;林,2019)。
具体的にはエノキとエゾエノキでは葉が左右非対称であるのに対して、ムクノキでは葉が左右対称に近いという違いがあります。
ムクノキでも多少は左右非対称なのですが、エノキとエゾエノキでは明らかに形が歪んでいると感じるものが多くなっています。
また、少し上級者向けかもしれませんが、エノキとエゾエノキでは葉身の付け根にある3本に分かれている葉脈である「三行脈」の左右にある2本が曲がっているため、葉身の1/2以上のところまで葉脈が伸びているのに対して、ムクノキでは三行脈の左右にある2本がまっすぐため、葉身の1/2以下のところで葉縁に達してしまうという違いがあります。
この違いは葉の歪みというやや曖昧な違いに頼らなくて済むので助かります。
エノキとエゾエノキに関しては、エノキでは葉の鋸歯は先の方だけにあるのに対して、エゾエノキでは葉の鋸歯は基部を除いて全体にあるという違いがあります。
ただしエノキも幼木の段階ではエゾエノキほどではないものの、鋸歯が付いている範囲が広いので注意しましょう。
この他、エノキでは1年生枝に短軟毛があり、果実が赤褐色に熟し、果柄が長さ0.5~1.5cmであるのに対して、エゾエノキでは1年生枝はほぼ無毛で、果実が黒く熟し、果柄が長さ2~2.5cmであるという違いもあります。
エゾエノキは高地でのみ確認できるため、平地の林内や都市部でエゾエノキを見かけることは殆どないでしょう。その場合、エノキとムクノキの区別だけで済みますが、その場合は鋸歯を見れば簡単に区別できます。
具体的にはエノキでは丸く低い鋸歯ですが、ムクノキは直角に近く高い鋸歯となっています。
またムクノキではエゾエノキのように鋸歯が付いている範囲がエノキより広いです。
他に似た種類はいる?
エノキの品種として葉が枝垂れる シダレエノキ f. pendula が知られています。
エゾエノキの品種として葉が細いナガバエゾエノキ f. angustifolia や、葉下面が白いカンサイエノキ f. hashimotoi が知られています。
同属の別種には以下のようなものがあります。
コバノチョウセンエノキ Celtis biondii var. heterophylla は日本の東海~沖縄に分布し、丘陵~山地の尾根や石灰岩地に生え、エノキに似ますが葉下面の細かい葉脈が目立ち、葉上面に毛があります。
クワノハエノキ Celtis boninensis は別名リュウキュウエノキ。日本の山口県~九州西部海岸・小笠原・沖縄に分布し、海岸近くの林内・石灰岩地域に生えます。エノキに似ますが鋸歯の範囲がエゾエノキほどあります。
エノキグサは全く別の科の草本ですが、混同されることはあるかもしれません。その違いは別記事を御覧ください。
「エノキ」というとキノコを思い浮かべることがあるかもしれませんが、エノキタケ Flammulina velutipes の略称であり、当然植物のエノキとは異なるものですが、エノキに生えることに由来しています。
引用文献
林将之. 2019. 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類. 山と溪谷社, 東京. 824pp. ISBN: 9784635070447
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
Leme, F. M., Staedler, Y. M., Schönenberger, J., & Teixeira, S. P. 2021. Floral morphogenesis of Celtis species: implications for breeding system and reduced floral structure. American Journal of Botany 108(9): 1595-1611. https://doi.org/10.1002/ajb2.1724
松本祐樹・森貴久. 2021. 外来種アカボシゴマダラと在来種ゴマダラチョウとオオムラサキの越冬幼虫が利用する食餌植物のサイズ比較. 帝京科学大学紀要 17: 53-57. ISSN: 1880-0580,
https://doi.org/10.18881/00000745