エノキグサとエノキの違いは?似た種類の見分け方を解説!ナガバエノキグサ・ビロードエノキグサとは?エノキグサの地味な花は2種類の方法で受粉していた!?

植物
Acalypha australis f. velutina

エノキグサは平地の道端や畑でみられる普通種ですが、詳しくないと名前の通りエノキと区別が迷うことがあるかもしれません。葉の葉脈や鋸歯、先が尖っている点などの共通点もありますが、基本的には分類は全く違っており、草本か木本かという大きな違いがあります。花や果実も全く異なっています。葉は似ていますが、形や光沢がよく観察すると違います。エノキグサにはビロードエノキグサとナガバエノキグサの2品種が確認されていて、葉の形や毛の生え具合で区別されますが、その違いは連続的で必ず区別できるものではありません。そんなエノキグサですが、花は類を見ず、受粉は自分の雄花が下に落ちて籠上の苞葉にある自分の雌花で受け止める自家受粉を行っています。このことは少し調べると出てきますが、それだけではなくどうやら風媒も行っているようなのです。このことを合わせて考えるとなぜエノキグサはそんなまどろっこしい自家受粉方法をとっているのか理由が見えてきそうです。果実は蒴果で種子はアリが運んでいます。本記事ではエノキグサの分類・送粉生態・種子散布について解説していきます。

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エノキの葉に似た平地の道端や畑に生えるエノキグサ

エノキグサ(榎草) Acalypha australis は日本の北海道、本州、四国、九州、琉球;中国、韓国、ラオス、フィリピン、ロシア東部、ベトナムに分布し、オーストラリア北部とインド東部に帰化しています。平地の道端や畑に生息する一年草です(佐竹,1999)。

トウダイグサ科エノキグサ属に含まれ、同属には帰化種のアレチアミガサソウ Acalypha ostryifolia や園芸種のベニヒモノキ Acalypha hispida、キャットテール Acalypha hispaniolae などが知られてますが、いずれも野生下でみることも少なく、花の形態が大きく異なっているので、迷う種類がいません。

しかし、名前の由来となったように全く別の分類であるアサ科のエノキ Celtis sinensis と比較されることがあります。葉の葉脈や鋸歯、先が尖っている点などが似ており慣れないうちは区別に迷うかもしれません。

エノキ(榎)は日本の本州、四国、九州;朝鮮、中国に分布し、丘陵から山地の日当たりの良い適度に湿り気のあるところや沿海地に生える落葉高木です。

通常落葉高木ですので、樹木として大きな植物ですが、野生や園芸個体の果実が鳥によって食べられ、種子が分散された結果、幼木が都市部の小さな緑地でも育つため、幼木はエノキグサと同じ場所で見られることもあり、混乱することがあるかもしれません。

エノキグサとエノキは枝の固さ、葉の形で見分ける

しかし、エノキグサとエノキとは大きな違いがあります(林ら,2013)。

最も大きな違いは上述の通り、エノキグサは一年草であるのに対して、エノキは落葉高木です。したがって、大きな個体では明らかに区別が付きますし、エノキグサではどんなに大きな個体でも茎は柔らかいですが、エノキグサは幼木であっても茎は固くしっかりしています。

葉は最も似ていますが、エノキグサでは左右対称に近く、長楕円形〜広披針形で、鋸歯が細かく、やや光沢があるのに対して、エノキでは左右非対称に近く、広楕円形で、鋸歯は疎らで、光沢はありません。

なお、エノキは成木では上部3分の1ほどに小さな波状の鈍鋸歯ありますが、全縁のものもあり、幼木では基部付近まで鈍鋸歯があります。エノキグサも鈍鋸歯の範囲に差があるので、この点は参考にならないかもしれません。

花や果実は全く異なります。エノキグサでは花序は葉腋につき、上部に小さな雄花が穂状につき、基部に編笠状の総苞に抱かれた雌花がつくという一見花には見えない形態で、果実は果実は核果で直径6mmほどの球形であるに対して、エノキでは花被片が4個で一般的な花に近く、果実は蒴果で直径約3mmの球形です。

エノキ幼木の葉
エノキ幼木の葉
エノキの果実
エノキの果実

エノキグサはビロードエノキグサとナガバエノキグサに分かれる

あまり知られていませんが、エノキグサには2品種の存在が確認されています(神奈川県植物誌調査会,2018)。

ビロードエノキグサ f. velutina は茎に上向きの曲がった毛が密生し、葉は卵形で先があまり尖らず、脈上に長い斜上毛、脈間に立細毛を密生し、触るとビロード状のものです。畑地や路傍の草地に見られます。

ナガバエノキグサ f. glareosa は葉が全体に小さく、茎の下部のものから上部のものまで同形同大で、葉の下面脈上に長い立毛または斜上毛があり、ときに脈間にも生えるもので、毛の量には多少がありますが、脈間に立細毛がないので、触ってもあまりビロード状の手触りはありません。市街地などの路傍や乾燥した裸地に見られます。

基本的にはビロードエノキグサでは葉の先があまり尖らず、毛が多いのに対して、ナガバエノキグサでは葉の先が尖り、毛が少ないという違いがあり区別できます。

しかし、神奈川県内の植物を調査した『神奈川県植物誌2018』では「多くの標本が集まると、分類に迷うものも多く、今回は分布図を分けることができなかった。」としています。かなり中間的な個体もあり、将来的には区別されなくなる可能性もありそうです。

ビロードエノキグサの葉上面
ビロードエノキグサの葉上面
ビロードエノキグサの葉下面
ビロードエノキグサの葉下面
ナガバエノキグサの葉上面
ナガバエノキグサの葉上面
ナガバエノキグサの葉下面
ナガバエノキグサの葉下面

自分の雄花を自分の雌花で受け止める仕組み

エノキグサの花期は8〜10月で、花序は葉腋につき、穂状に伸びて赤っぽいものが雄花序で、この雄花序には小さな雄花が無数についています。勿論雄花には花粉を多量に含んでいます。そして、そのすぐ下で地味な雌花が苞葉と呼ばれる小さな葉のようなもので包み込まれて配置されています。このような構造は類を見ません。なぜこのような配置になっているのでしょうか?

ビロードエノキグサの雄花と雌花
ナガバエノキグサの雄花
ナガバエノキグサの雌花

これは赤い雄花が苞葉の上に「ポロッと」落ちて雌花と合わさり自家受粉するためだと考えられています(長田,1985)。実際そのような様子も観察されています。非常に構造的で、良く出来た仕組みと言えそうです。

しかし致命的な欠陥があるようにも思えます。それはこの受粉方法では自家受粉に限られてしまうということです。他の個体の遺伝子は必要ないのでしょうか?

一般的には遺伝的な多様性が不足すると、自然環境の変化に弱くなったり、ウイルスや細菌などの寄生生物による影響を受けやすくなってしまうと考えられています。

なぜそんなまどろっこしい受粉を行う?普段は風媒も行っていた!?

そもそも自家受粉がしたいのなら、雄花と雌花を隣接させたり、花弁を開かない閉鎖花を作れば良いはずです。実際にそのようにしている植物もあるのになぜそんなまどろっこしいことをしているのでしょうか?

このようなことを踏まえると、別の受粉方法も行われていることを疑うしかないでしょう。しかし、エノキグサの雄花も雌花も小さく、色が薄めで、花粉も小さくためとても昆虫がやってくるとは思えません。ではどのように花粉を送っているのでしょうか?

海外のエノキグサに特に近いエノキグサ属の仲間を研究した論文によると、この仲間は風媒といって、風によって花粉が運ぶことが確認されています(Sagun et al., 2010; Hernández-Villa et al., 2020)。

日本のエノキグサに関しても少しだけ研究が行われています(田中,2000)。この研究でもやはりエノキグサが風媒を行っていると指摘しています。この研究によると、エノキグサは雄花の雄しべには弾発して花粉を撒き散らす機能があるといいます。

一般的に雄しべが弾発するような植物は林のギャップや畑地など他の背の高い植物に固まれた風の弱い環境で開花します。そのような環境では花粉は吹き払われたり、遠方に飛散したりする機会が少なくなるので自発的に花粉を飛ばしているのです。エノキグサでもよく当てはまっていると考えられます。

わざわざまどろっこしい自家受粉を行うのは風による他家受粉を行う機会を確保するためだと考えるのが自然に思われます。

結局エノキグサは花粉をポロッと落とす自家受粉と風による他家受粉の2種類の方法によって受粉しているということになります。しかし、どのくらいの割合でこの2つの受粉を行っているのか?そのことに着目した研究は今のところなく、分かりません。まだ研究不足で謎に包まれた植物と言えるでしょう。昆虫を介さないので地味ですがこれもまた立派な花だということができそうです。

果実は蒴果で種子はアリによって散布される

果実は蒴果は直径約3mmの球形で、中に直径1.5mmぐらいの種子が3個入っています。この種子はエライオソームと呼ばれるアリの餌用の組織があります(中西,1999;藤井ら,2012)。このエライオソームを狙ってアリが訪れ、運ぶことによって分散していきます。

兵庫県で行われた研究によると、トビイロシワアリにエノキグサの種子を呈示したところ、運んだ記録があります(藤井ら,2012)。したがって、自然下でも少なくともトビイロシワアリによって種子が運ばれる可能性があります。トビイロシワアリは畑~都市部では極めて普通種ですので、エノキグサが同様の地点でも見られることは非常に納得できます。

引用文献

藤井真理・小坂あゆみ・増井啓治. 2012. アリに種子を運ばせる植物たち. 共生のひろば 7: 63-68. ISSN: 1881-2147, https://www.hitohaku.jp/publication/book/kyousei7_063.pdf

林弥栄・門田裕一・平野隆久. 2013. 山溪ハンディ図鑑 1 野に咲く花 増補改訂新版. 山と渓谷社, 東京. 664pp. ISBN: 9784635070195

Hernández-Villa, V., Vibrans, H., Uscanga-Mortera, E., & Aguirre-Jaimes, A. 2020. Floral visitors and pollinator dependence are related to floral display size and plant height in native weeds of central Mexico. Flora 262: 151505. ISSN: 0367-2530, https://doi.org/10.1016/j.flora.2019.151505

神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726

長田武正. 1985. 検索入門 野草図鑑 7 さくらそうの巻. 保育社, 大阪. 206pp. ISBN: 9784586310074

中西弘樹. 1999. アリによる種子散布. pp.104-117. In: 上田恵介. 種子散布 助けあいの進化論 2 動物たちがつくる森. 築地書館, 東京. ISBN: 9784806711933

Sagun, V. G., Levin, G. A., & Van Welzen, P. C. 2010. Revision and phylogeny of Acalypha (Euphorbiaceae) in Malesia. Blumea 55(1): 21-60. ISSN: 0006-5196, https://doi.org/10.3767/000651910X499141

佐竹義輔. 1999. 日本の野生植物 木本1 新装版. 平凡社, 東京. 321pp. ISBN: 9784582535044

田中肇. 2000. 風媒性被子植物の花粉粒径と散布様式. 植物研究雑誌 75(2): 116-122. ISSN: 0022-2062, https://doi.org/10.51033/jjapbot.75_2_9406

出典元

本記事は以下書籍に収録されてたものを大幅に加筆したものです。

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