イカリソウとトキワイカリソウの違いは?イカリソウ属の種類は?なぜ種類によって花の形や色が異なる?花にはどんな昆虫が訪れる?

植物
Epimedium grandiflorum var. thunbergianum f. violaceum

イカリソウとトキワイカリソウはどちらも花が「いかり」のような形になってることで有名な野生種ですが、その面白い花の形から園芸種としても知られる2種です。花の形だけ着目すると違いが少ないため、区別に困るかもしれません。自然下で混在することは少ないと思われますが、植物園や園芸では混同されることもありうるでしょう。しかしイカリソウとトキワイカリソウの違いは慣れればそんなに難しくありません。小葉の光沢や基部を確認することではっきり区別することが出来ます。他の日本のイカリソウ属は「錨」にあたる部分である花の「距」の長さから、長いタイプ、短いタイプ、全くないタイプの3タイプに大別できます。これらの長さの違いは受粉してもらう訪花昆虫を近い仲間同士で分離する役割があると考えられ、実際に野外でも研究され証明されています。一方で一部ではあるのですが、全てのタイプに訪れるハナバチも確認されており、そのような仮説を覆しかねない不思議な現象が発生しています。またイカリソウ属は花の色にも多様性があることでも知られていますが、その影響は殆どないと現在までの研究では考えられています。果実は袋果で、中の種子はアリによって散布されます。本記事ではイカリソウ属の分類・送粉生態・種子散布について解説していきます。

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「錨」のような花を持ち、野生種としても園芸種としても知られる2種

イカリソウ(錨草・碇草) Epimedium grandiflorum var. thunbergianum は北海道(渡島半島)、本州(多くは太平洋側)に分布し、平野部や低い山地に生える多年草です(大嶋,2002;主婦と生活社,2007)。

トキワイカリソウ(常盤碇草) Epimedium sempervirens は本州(北陸地方から山陰地方にかけた日本海側の温帯から暖帯)に分布し、多雪地の山野の林下に生える多年草です。

どちらもメギ科イカリソウ属に含まれ、「錨」のような花を持っていることで有名です。どちらも花の形だけ着目すると違いが少ないため、区別に困る2種です。自然下で混在することは少ないと思われますが、植物園や園芸では混同されることもありうるでしょう。

イカリソウ・トキワイカリソウの違いは?

しかしイカリソウとトキワイカリソウの違いは慣れればそんなに難しくありません。

まずは葉に注目しましょう。葉は2回3出複葉といって、大まかに言うと元々一つだった葉が分かれて、「小葉」と呼ばれるものになっています。

イカリソウでは葉が常緑でなく、小葉の基部が浅い心形となるのに対して、トキワイカリソウでは常緑で、小葉の基部が深い心形になるという違いがあります。

「常緑」というのは分かりにくいかもしれませんが、葉をつけたまま冬を越す性質のことです。常緑の植物は冬を越すために、葉は固く光沢を増すように進化することが多いです。

イカリソウとトキワイカリソウでも、イカリソウよりもトキワイカリソウの方が明らかに光沢が出ていて硬めの質感があります。写真で見比べてみてください。これはトキワイカリソウが日本海側の多雪地の環境に適応したためと考えられます。

また、「基部が心形」というのも言い換えると、ハートマークを指しています。深い心形ということは、イカリソウよりもトキワイカリソウの方がよりハートマークに近い形をしていると理解してください。

花の色については基本的にはイカリソウは薄紅紫色で、トキワイカリソウは白色とよく書かれています。

しかし花が薄紅紫色のイカリソウは f. violaceum と呼ばれる品種のみで、花が白いシロイカリソウ f. humile という品種も存在します。

また、花が白いトキワイカリソウは var. sempervirens と呼ばれる能登半島に分布する変種のみで、花が紅紫色のウラジロイカリソウ(オオイカリソウ)var. hypoglaucum と呼ばれる福井県南部から西に分布する変種も存在します。

このことを踏まえると色による判別は行わないほうが良いでしょう。

イカリソウの葉
イカリソウの葉
イカリソウの花
イカリソウの花
トキワイカリソウの葉
トキワイカリソウの葉
トキワイカリソウの小葉上面
トキワイカリソウの小葉上面
トキワイカリソウの小葉下面
トキワイカリソウの小葉下面
トキワイカリソウの花
トキワイカリソウの花

日本国内のイカリソウ属の花による簡単な見分け方は?

この2種はこれで区別が出来ますが、他にも日本には多くイカリソウ属の仲間が隔離されて分布しています。正確な分類方法は省略しますが、簡単に特徴を書いておきます。

イカリソウ属は一般的には花期は4~5月の春に咲きます。名前通り、花弁には釣り下がって碇のように先が伸びた部分がありますが、これは4枚の花弁が発達したもので、植物学的には「距」と呼ばれるものです。萼は花弁状で8個で、内側の4個が大きく、外側4個は早落性です。

日本のイカリソウ属は3タイプに分けることができます。この「距」が、長いタイプ、短いタイプ、全くないタイプです。

距が長いタイプには、先程のイカリソウ、トキワイカリソウに加え、ヤチマタイカリソウ Epimedium grandiflorum var. grandiflorum(花は白色、本州の近畿地方・四国の石灰岩地に分布)、ヒゴイカリソウ Epimedium grandiflorum var. higoense(花は白色、九州の熊本県に分布)、キバナイカリソウ Epimedium koreanum(花は淡黄色、日本の北海道の渡島半島・本州の主に日本海側・朝鮮半島北部・ウスリー地方に分布)が存在します。

距が短いタイプには、ヒメイカリソウ Epimedium trifoliatobinatum subsp. trifoliatobinatum(四国の蛇紋岩地帯に分布)、シオミイカリソウ Epimedium trifoliatobinatum subsp. maritimum(九州の東部の海岸付近・島部に分布、常緑)が存在します。

距が全くないタイプには、バイカイカリソウ Epimedium diphyllum subsp. diphyllum(花は白色、本州の中国地方・四国・九州に分布)、サイコクイカリソウ Epimedium diphyllum subsp. kitamuranum(四国の吉野川流域に分布)が存在します。

また花色、距の有無など形態の変異が大きいオオバイカイカリソウ Epimedium x setosum(本州の中国地方の石灰岩地に分布、バイカイカリソウとトキワイカリソウの交雑)も存在します。

キバナイカリソウの花|『紫桜館山の花屋 楽天市場店』より引用・購入可能
バイカイカリソウの花|『charm楽天市場店』より引用・購入可能

なぜイカリソウ属の花は種類によって形が異なる?

このようにイカリソウ属の花は距の長さによって3タイプもあります。なぜこのように形が異なっているのでしょうか?

最も考えられるのはそれぞれの種類で受粉に利用する訪花昆虫を変えるためでしょう。

距の先には蜜がありますが、長い距を作れば、蜜を吸いにやってくる昆虫を、その距の長さに合った舌の長い種類のみに限定することが出来ますし、距を無くせば、蜜の報酬が無くなり、花粉を好むハナバチなどの昆虫を呼び込むことができることができます。

これによって、同じイカリソウ属の種同士が混在しても、訪花昆虫を取り合う競合は防げますし、交雑を防ぎ、種子が不稔になったり、子孫を残せない種子作る危険も防ぐことができるでしょう。

イカリソウ属の花は3タイプでそれぞれやってくる昆虫が異なっていた!?

このことが事実であるか調べるために日本の研究者は全てではありませんが、沢山の日本中の3タイプのイカリソウ属の花に訪れる昆虫を野外で根気よく調査しています(鈴木,1983;Suzuki, 1984;鈴木,1990)。

その結果、3タイプで別の傾向があることを発見しました。

まず、距が長いタイプにはトラマルハナバチ Bombus diversus diversus が主に訪れて効率的に受粉させていました。トラマルハナバチは舌が長いことでよく知られています。ニッポンヒゲナガハナバチも来ていましたが、ごく少数です。

キレンゲショウマに訪花するトラマルハナバチ成虫(参考写真)

長い距の先にある蜜を吸うには中央の蕊がある入口から、舌を伸ばさなければなりません。しかも入り口は下側にあるので、下からぶら下がるようにしないといけません。このような事ができるのはトラマルハナバチ代表とした舌の長い一部のマルハナバチ類だけです。またマルハナバチ類の生態的にも春には女王蜂が営巣するための栄養源として盛んに吸蜜することが知られています。

そして、距が短いタイプにはニッポンヒゲナガハナバチ Eucera nipponensis が主に訪れて効率的に受粉させていました。トラマルハナバチなど舌の長い一部のマルハナバチ類は全く訪れていません。ニッポンヒゲナガハナバチは舌が長めですが、トラマルハナバチよりは短いです。

ニッポンヒゲナガハナバチ成虫(参考写真)

短い距の先にある蜜を吸うにはトラマルハナバチほど長いとむしろ非効率なようでニッポンヒゲナガハナバチ程度の舌の長さがちょうど良いようです。

最後に、距が全くないタイプでは花粉を収集するハナバチ類が優先的に訪れて効率的に受粉させていました。ニッポンヒゲナガハナバチも来ていましたが、ごく少数です。

距が全くないことにより、昆虫にとっての報酬が花粉だけになり、花粉を収集するハナバチ類とってのみ、魅力的な花になっていると考えられます。

以上のように3タイプで綺麗に結果が分かれたことから、棲み分けや交雑の危険を回避できているように一見思えます。

巧妙なはずのイカリソウ属同士の隔離は不完全だった?

ところが、そううまく理解させてくれないのが、自然の複雑さであり面白さでもあります。

なんと、最後に登場した花粉を収集するハナバチ類は距が全くないタイプだけではなく、距が長いタイプでも、距が短いタイプでも訪れているのです。

これではせっかく、棲み分けや交雑の危険を回避したはずなのに意味がありません。なぜこんなことになっているのでしょうか?

今のところ、その謎は解明されていません。これは「二重構造」と呼ばれる謎の一つとして知られています。

しかし、一つ考えられるのは花粉を収集するハナバチ類の行動圏がそれほど広くないのではないかという可能性です。花粉を収集するハナバチ類があまり遠出しないのなら他のイカリソウ属に花粉を運んでしまう確率は低そうです。この点はまだ検証されていないですが、この調査を行った研究者はこの可能性が高いと考えています。

イカリソウ属の花の色の違いは訪花昆虫に影響するのか?

一つイカリソウ属には大きな特徴があります。それは色の変異が非常に大きいということです。一般的には薄紅紫色~白色と、黄色が多いです。

このような色の変異によって訪花昆虫は変わるのでしょうか?

同じく先程の研究結果によると、色については影響しないと考えられています。

このことはイカリソウとキバナイカリソウの推定雑種集団での観察から示唆されています。

この集団では純粋な紅紫花はなく、紅紫色から淡黄(~緑)色までの様々な中間混色型が混ざって見られますが、それぞれの花色の花に同じトラマルハナバチの女王が区別なく訪れているのが観察されています。

別の観察でもマルハナバチ属の行動は花色とは関係なく訪花することが報告されており、マルハナバチ属は赤色を感知しないこと、赤色花には黄色花に含まれているのと同じ色素が含まれていることも影響していないと考えられる理由を補強しています。

しかし色の違いが訪花昆虫に影響を与えないのだとすれば、もっと頻繁に自然下でマルハナバチ媒の花の色の多型は見られてもおかしくないはずです。にもかからず、例えば、ホトトギス類やツリフネソウ類を考えるとそうはなっていないように思えます(しかし種をまたぐと確かに色は変わることがあります)。

このことを踏まえると個人的にはイカリソウの花の色の多様性は、マルハナバチ以外の地域の昆虫相や他の植物の花の色との競合などに起因した、何らかの適応もあると考えたくなりますが、その詳しい理由はやはり分かりません。今後の研究に期待したいと思います。

果実は袋果で種子はアリによって散布される

果実は豆の鞘のような袋果で、 5~8個の種子が入っています。種子にはアリの好むエライオソームがついており、アリによって運ばれ散布されます(鈴木,1990)。

引用文献

大嶋敏昭. 2002. 花色でひける山野草・高山植物. 成美堂出版, 東京. 463pp. ISBN: 9784415019062

鈴木和雄. 1983. イカリソウ属の送粉様式. 種生物学研究 7: 72-81. ISSN: 0913-5561, https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/10467757

Suzuki, K. 1984. Pollination system and its significance on isolation and hybridization in Japanese Epimedium (Berberidaceae). The botanical magazine 97(3): 381-396. ISSN: 0006-808X, https://doi.org/10.1007/BF02488670

鈴木和雄. 1990. 日本のイカリソウ 起源と種分化. 八坂書房, 東京. 187pp. ISBN: 9784896948035

主婦と生活社. 2007. 野山で見つける草花ガイド. 主婦と生活社, 東京. 143pp. ISBN: 9784391134254

出典元

本記事は以下書籍に収録されていたものを大幅に加筆したものです。

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