ナスタチウム(キンレンカ・ノウゼンハレン)はペルー原産で日本では主に観賞用として園芸で栽培される一年草または多年草です。花と変わった葉が特徴的で人気があります。和名は多数ありますが、ナスタチウムと呼ぶのは混乱を招くので個人的にはおすすめできません。ノウゼンハレンと似ている植物は日本国内では殆ど見られることはありませんが、原産地ではいくつか種類が知られています。日本では観賞用としての利用が主ですが、世界的にはアメリカ先住民やヨーロッパ人によって食用や薬用として注目されてきました。薬用としては皮膚、泌尿器や生殖器の感染症に利用され、食用としては辛味があることからサラダに利用されていきました。科学的研究の観点からも多様な人体に吸収されやすいミネラルや生物活性物質が含まれていることが評価されており、抗菌・殺虫作用から皮膚科で使用されており、呼吸器系や消化器系の疾患での利用が期待されています。そんなノウゼンハレンの花は赤色とフリルを持ち、窪んだ萼片が特徴的です。この花にはヨーロッパではマルハナバチ属が訪れますが、原産地に近い場所ではジョウガイモドキという甲虫がやってくることが分かっています。この甲虫は花粉を食べるためにやってきますが、それだけでなく、窪んだ部分に集まって、シェルター、パートナー探し、交尾に利用するという興味深い生態があります。果実は分果で鳥によって散布されると言われます。本記事ではナスタチウム(キンレンカ・ノウゼンハレン)の分類・歴史・用途・栄養・送粉生態・種子散布について解説していきます。
アンデス地域が原産の園芸種
ノウゼンハレン(凌霄葉蓮) Tropaeolum majus は別名ナスタチウム、キンレンカ(金蓮花)。ペルー原産で、原産地では乾燥した草地、低木林、湿地、川や小川の土手、その他の水路、海岸の断崖や海岸の上端に生えるつる性の一年草または多年草です。観賞用に栽培されていたものが、オセアニア諸島、オーストラリア、ニュージーランド、アメリカ、アフリカ、アジア、ヨーロッパの熱帯および亜熱帯気候で帰化しています(Duenas-Lopez, 2022)。日本では同様に観賞用に栽培されますが、帰化は確認されておらず、園芸種として知られ、一年草として扱われることが多いです(塚本,1994)。ノウゼンハレン科。
和名は多数ありますが、最も信頼できる和名と学名の対応リストである『Ylist』ではノウゼンハレンを標準和名としています。本記事では目次以外はノウゼンハレンと呼んでいきます。
ノウゼンハレンは漢字で「凌霄葉蓮」で、花がノウゼンカズラに似ていて、葉はハス(蓮)に似ていることに由来します。
キンレンカは漢名の「金蓮花」を日本語読みしたもので、鮮やかな色彩の花と蓮のような葉に由来します。
ナスタチウムは園芸で使用される最も一般的な和名です。しかし、この呼称を使用することはあまりおすすめできません。この名は本来オランダガラシ属を指す学名で、オランダガラシ Nasturtium officinale の別名はクレソンです。ノウゼンハレンを食用にすると、似た辛味があるため、転用され通称となっています。植物に詳しい人から見れば、オランダガラシと混同してしまう可能性があります。
ナスタチウムと似ている植物はいる?
ノウゼンハレンには葉に斑が入るフイリノウゼンハレン Tropaeolum majus f. variegatum という変種も知られています。
しかし、近縁種については日本ではほぼ見かけることはありません。ノウゼンハレンの葉は葉柄が長さ5~25cmあり、葉身の中央に付き、盾状で、葉身が円形~やや腎形ですが、これは唯一無二な特徴です。
ペルーではヒメノウゼンハレン Tropaeolum minus、カナリアヅル Tropaeolum peregrinum、タマノウゼンハレン Tropaeolum tuberosum などいくつかの種類が知られており、この地で種類が分化していることが伺い知れます。
特にタマノウゼンハレンはショクヨウキュウコンキンレンカやマシュアとも呼ばれ、ペルーでは根塊をイモとして調理し食用します。ジャガイモとともに混作し、このタマノウゼンハレンの根からは、センチュウが嫌う物質が分泌されており、センチュウからジャガイモを防ぐことが可能になると言われます(中嶋,2016)。
ナスタチウムは観賞用ではなく食用や薬用にもなる?
原産地のアメリカ先住民は含まれている成分に抗菌作用あることから、元々は薬として用いられていました(Lyle, 2010)。また一部のヨーロッパ人は、泌尿器や生殖器の感染症を治療するために用いていたことも知られています。
更に現在のアメリカでは葉や花がサラダにも用いられることもあり、食用となっています(Nyerges, 2016)、花は特に食べられていて、サラダの装飾にもなります。コショウのような辛味があることから、炒め物にも使われています。この辛味の成分はグルコシノレート(カラシ油配糖体)、特にイソチオシアネートであり、アブラナ科のカラシナ、キャベツ、シロガラシ(マスタード)、ワサビに含まれるものと同じです(Dal’Rio et al., 2022)。そのためオランダガラシの属名をとった「ナスタチウム」という呼称が定着したのは、理解できる点もあります。
観賞用としては世界中で栽培され、日本には江戸時代の1845年に蘭船(オランダの船)によってもたらされ、翌年に江戸に入り流行しています(磯野,2007)。江戸時代の中期からは園芸ブームがあったことはよく知られているため、そのノウゼンハレンはその流行に乗ったのかもしれません。以降、日本では観賞用としての利用の方がメジャーです。
一方で一部の国は野生化もしており、在来生態系に影響が無いか、注目されています(Duenas-Lopez, 2022)。
ナスタチウムの栄養は?健康効果は?
現在では部分的ですが科学的研究も進み、西洋医学でも健康医療目的でノウゼンハレンの利用できないか、調査されています。主に人体に吸収されやすい微量元素や生物活性物質が含まれていることで注目されています(Jakubczyk et al., 2018)。
特に、花やその他の部分にカリウム、リン、カルシウム、マグネシウムなどの微量ミネラルや、亜鉛、銅、鉄などのマクロミネラルが多く含まれていることは注目されています。これらの物質は人間と動物の両方の心血管疾患に関連する危険因子を減らすことが知られています。
ノウゼンハレンの抽出物はアントシアニン、ポリフェノール、ビタミンCなどの化合物の含有量が高く、これらの物質は抗酸化作用があります。
葉にはカロテノイドの一種であるルテインが含まれており、ルテインは白内障と黄斑変性症のリスクを減らすことで知られておりこの点も注目されています(Niizu & Rodriguez-Amaya, 2005)。
種子にはエルカ酸が多く含まれているため、その種子からとった油を副腎白質ジストロフィーの治療薬として使用できる可能性があります。
ノウゼンハレンの精油、花と葉からの抽出物、およびこれらから単離された化合物を使って、実際にラットや人体を用いて効果を調べた数々の実験では、利尿作用、抗菌作用、抗真菌作用、血圧降下作用、去痰作用、抗癌作用があることが明らかになっています。ただし、全ての作用がヒトで効果があると証明されているわけではありません。
皮膚への作用についてはよく知られており、細菌の増殖を阻害、ダニ・ノミ・シラミの殺虫、脂漏・湿疹・吹き出物・皮膚のしこり・ニキビ・傷の治療で世界的には皮膚科で使用されることもあるようです。
このような特徴的な物質を多く含むので、現在はまだ西洋医学では大々的には利用されていませんが、将来的には呼吸器系や消化器系の疾患を代表に、様々な病気の治療に使用することができる可能性があり、現在も研究が進められています。
ナスタチウムの花の構造は?
ノウゼンハレンは栄養繁殖が可能で、クローンとして切断された茎や断片から増えることもできます(Duenas-Lopez, 2022)。更におそらくですが、自家和合性があるため自分自身の花粉で種子を作ることができ、アポミクシス(受精を行わず種子を作る)も可能です。しかし、花も他の個体の遺伝子を取り入れるためには一定以上は重要になってきます。
花は夏〜秋に咲き、日本での花期は6~10月です。腋生で単生します。5枚の花弁と5個の萼片から構成され、花弁の色はオレンジ色や黄色などがあります。花弁は上下で形が異なり、上2枚は濃い色の線があり、下3枚はフリルがついていることが多いです。萼片は窪んでいて、奥には「距」という花弁と萼の基部が細長く伸びた管状構造が存在し、内部に蜜を貯めています。距の長さは2.5~3.5cmです。
花の中を甲虫の一種が生活にフル活用していた!?
この花にはどのような昆虫が訪れるのでしょうか?観賞用としてしか見ることがないので、あまり気にすることはないかもしれませんが、本来植物にとっては受粉するために重要なことなはずです。
断片的ですが、ヨーロッパでは研究が行われています(Duenas-Lopez, 2022)。
ポルトガルの研究では、クマバチ属の一種 Xylocopa violacea、セイヨウミツバチ Apis mellifera、マルハナバチ属の一種 Bombus hortorum が訪れたことが記録されています。
イギリスの研究では、セイヨウミツバチ Apis mellifera、マルハナバチ属の一種 Bombus hortorum、アカオマルハナバチ Bombus lapidarius、セイヨウオオマルハナバチ Bombus terrestris、マルハナバチ属の一種 Bombus lucorum、マルハナバチ属の一種 Bombus pascuorum、チビケシキスイ属の一種 Meligethes aeneus が訪れたことが記録されています。
日本でもセイヨウミツバチや似たマルハナバチ属が訪れる可能性が高いので、ハナバチを庭に招きたい人にはおすすめできる植物でしょう。
ただ、ここまで聞くと自然下でも主にマルハナバチ属の仲間が主に受粉を担っていると思われるかもしれません。しかしこれは本来のノウゼンハレンの分布地ではありません。参考にはなりますが、元々は主要な送粉者ではない可能性があります。原産地ではどのような昆虫が訪れるのでしょうか?
原産地ではありませんが、原産地に近いブラジルの研究ではこの花にはテントウムシに似た姿のジョウガイモドキ科という甲虫の一種 Astylus variegatus が訪れることが分かっています(Silva et al., 2011)。
ノウゼンハレンの雄しべをよく観察すると、大きいものと小さいものがあり、大きい雄しべの花粉を餌用に昆虫に見せびらかして、小さい雄しべの花粉を虫の体に付けさせて、受粉させると考えられています。ジョウガイモドキは花粉を食べるためにやってきますが、それだけでなく、花の萼片によって窪んだ部分に集まって、身を守るシェルターとしてや、パートナーを探し、交尾する場所として利用するようです。お互いに大きなメリットがありそうですね。
原産地での研究ではないので断言はできませんが、雄しべが2種類あることを考えると、甲虫のような花粉を利用する昆虫に向けて花が進化した可能性は高そうです。もし花弁の形や萼片の中央部分の窪みがジョウガイモドキの甲虫のために進化したのだとすると、とても興味深く感じられます。
一方で、甲虫は蜜を利用しません。利用されないのに無駄なエネルギーを使って蜜を作るというのは普通は考えられないので、ヨーロッパの研究で見られたように、原産地でも蜜を利用する大型のハナバチもやってくる可能性は高そうです。今後の原産地のペルーでの研究に期待したいと思います。
果実は分果で鳥散布?
果実は分果で、扁球形で硬いです。直径1.5~2cm、3個に分かれ熟すと、1分果ごとに1個の種子を作ります。種子は直径5~8mmです。
種子は鳥によって散布されることがあるとされていますが(Duenas-Lopez, 2022)、詳しいことはよく分かっていません。
引用文献
Dal’Rio, I., Mateus, J. R., & Seldin, L. 2022. Unraveling the Tropaeolum majus L.(Nasturtium) Root-Associated Bacterial Community in Search of Potential Biofertilizers. Microorganisms 10(3): 638. https://doi.org/10.3390/microorganisms10030638
Duenas-Lopez, M. A. 2022. CABI Compendium: Tropaeolum majus (nasturtium). https://doi.org/10.1079/cabicompendium.54181
磯野直秀. 2007. 明治前園芸植物渡来年表. 慶應義塾大学日吉紀要 自然科学 42: 27-58. ISSN: 0911-7237, https://koara.lib.keio.ac.jp/xoonips/modules/xoonips/detail.php?koara_id=AN10079809-20070930-0027
Jakubczyk, K., Janda, K., Watychowicz, K., Lukasiak, J., & Wolska, J. 2018. Garden nasturtium (Tropaeolum majus L.) – a source of mineral elements and bioactive compounds. Roczniki Państwowego Zakładu Higieny 69(2): 119-126. https://wydawnictwa.pzh.gov.pl/roczniki_pzh/files/pzhissues/RPZH_2018_Vol_69_No_2__Calosc_z_okladka.pdf#page=19
Lyle, K. L. 2010. The Complete Guide to Edible Wild Plants, Mushrooms, Fruits, and Nuts: How to Find, Identify, and Cook Them (2nd ed.). Falcon Guides, Lanham. 203pp. ISBN: 9781599218878
中嶋直樹. 2016. 中央アンデス高地南部における古代農耕技術の復元実験と古代社会モデル. 人間文化 滋賀県立大学人間文化学部研究報告 40: 11-25. http://doi.org/info:doi/10.24795/nb040_011-025
Niizu, P. Y., & Rodriguez-Amaya, D. B. 2005. Flowers and leaves of Tropaeolum majus L. as rich sources of lutein. Journal of Food Science 70(9): 605-609. ISSN: 0022-1147, https://doi.org/10.1111/j.1365-2621.2005.tb08336.x
Nyerges, C. 2016. Foraging Wild Edible Plants of North America: More than 150 Delicious Recipes Using Nature’s Edibles. Falcon Guides, Lanham. 224pp. ISBN: 9781493014996
Silva, M. E. P., Mussury, R. M., Vieira, M. D. C., Alves Junior, V. V., Pereira, Z. V., & Scalon, S. P. 2011. Floral biology of Tropaeolum majus L. (Tropaeolaceae) and its relation with Astylus variegatus activity (Germar 1824) (Coleoptera: Melyridae). Anais da Academia Brasileira de Ciências 83(4): 1251-1258. ISSN: 0001-3765, https://doi.org/10.1590/S0001-37652011005000046
塚本洋太郎. 1994. 園芸植物大事典 コンパクト版. 小学館, 東京. 3710pp. ISBN: 9784093051118
出典元
本記事は以下書籍に収録されてるものに大幅に加筆したものです。