古代ギリシャ・ローマの人々が、銀と同じほどの価値があると考えた植物が存在しました。
その名は「シルフィウム(Silphium)」。
現在のリビアにあたる北アフリカのキュレナイカ地方に自生していた植物で、古代世界では高級香辛料や薬として珍重されていました。あまりの価値の高さから、産地であるキュレネの都市国家では、銀貨にその姿が刻まれるほどだったといいます。
しかし、この植物は古代ローマ時代に姿を消し、現在では野生の個体を確認できません。シルフィウムは、文献に記録された人間活動による最初期の植物絶滅事例だと現時点ではされています。
なぜシルフィウムは絶滅してしまったのでしょうか?
また、その正体は現在も生きているオオウイキョウ属の植物だったのでしょうか。それとも、すでに地球上から失われた未知の植物なのでしょうか。
さらに、シルフィウムには避妊薬や媚薬として使われていたという説もあり、現代でも大きな関心を集めています。
この記事では、Lisa BriggsとJens Jakobssonによる2022年の総説論文「Searching for Silphium: An Updated Review」と、Giovanni Appendinoによる2026年の研究「The enigmatic Silphion: A phytochemical perspective」を中心に、シルフィウムの歴史、植物としての特徴、絶滅の原因、そして正体に迫ります。
シルフィウムとは?古代世界で珍重された幻の植物
シルフィウムとは、古代ギリシャ・ローマ世界で非常に高い価値を持っていた、北アフリカ原産のセリ科に近縁な植物です。
古代の文献では「Silphion(シルピオン)」とも呼ばれ、その樹脂や茎などが香辛料や薬として利用されていました。
主な自生地は、現在のリビア東部に位置するキュレナイカ地方です。
特に、古代ギリシャ人が建設した都市キュレネ周辺は、シルフィウムの重要な産地として知られていました。
この植物が特別だった理由は、単に香りや薬効が優れていたからではありません。
その希少性と経済的価値が、当時の人々にとって非常に大きかったのです。
2022年のBriggsとJakobssonの研究によると、シルフィウムは古代キュレネの輸出経済において重要な役割を果たしていました。
小麦やオリーブなど、ほかにもさまざまな農産物が生産されていた地域でしたが、シルフィウムは特に象徴的な輸出品だったのです(Briggs & Jakobsson, 2022)。
シルフィウムは銀と同じ価値があった?
古代ローマの博物学者プリニウスは、著書『博物誌』の中で、シルフィウムの樹脂が銀と同じ価格で取引されていたことを記しています。
シルフィウムから採取される樹脂は「レーザー(Laser)」と呼ばれ、薬用や食用など、さまざまな目的で使用されました。
具体的には皮膚疾患から呼吸器疾患、犬の咬傷からてんかんまで、ほぼあらゆる種類の病気の悪影響を軽減できる治療特性を持っていると記述されており、後述のように避妊薬としての役割も注目されていました。
つまり、シルフィウムは単なる野草ではなく、古代世界における非常に重要な高級商品だったのです。
現在の感覚でいえば、希少な香辛料、高級な天然薬、そして地域経済を支える特産品を一つにしたような存在だったと考えられます。
シルフィウムはどんな植物だったのか?
シルフィウムの正体を考えるうえで重要なのが、古代の文献とコインに残された植物の姿です。
残念ながら、シルフィウムの生きた個体や、確実に同定された植物標本は現在まで確認されていません。
そのため、古代の人々が残した記述や図像が、植物の特徴を知るための重要な手掛かりになっています。
セリ科の大型植物に似ていた
古代ギリシャの植物学者テオプラストスは、シルフィウムについて根や茎、葉などの特徴を記録しています。
その記述から、シルフィウムはセリ科の植物、特にオオウイキョウ属(Ferula)に近い植物だったと考えられてきました。
オオウイキョウ属には、巨大な茎を持つ植物が存在します。
現代でも地中海周辺や西アジアなどに分布しており、樹脂を含む種類も知られています。
セリ科は、ニンジン・パセリ・セロリ・コリアンダーなどを含む植物のグループです。
ただし、シルフィウムを現代の特定の植物と同一視できるだけの証拠はありません。
古代の銀貨に描かれたハート形の果実
シルフィウムの姿を知るうえで、特に興味深いのがキュレネで鋳造された古代の銀貨です。
これらのコインには、シルフィウムと思われる植物の果実や茎、葉などが描かれています。
なかでも有名なのが、ハート形に見える果実の図柄です。
この特徴的な形状から、シルフィウムは現代のハートマークの起源と関係しているのではないか、という説が語られることもあります。媚薬であったという現代の言説もそれを後押ししています。
しかし、諸説ありますが、古代のハート形の図柄がヴィクトリア朝時代(1837~1901年)に誕生した現代のハートマークに直接つながったという証拠はありません(Kiehn, 2007)。媚薬であったというのも古代には書かれていた記録はありません。
また、コインに描かれた植物の姿は時代によって変化しており、芸術的にデフォルメされている可能性もあります。
BriggsとJakobsson(2022)は、比較的古い時代のコインに描かれた植物のほうが、現代のオオウイキョウ属の植物に近い特徴を示している可能性を指摘しています。
このように、古代の図像は重要な資料ですが、それだけで植物の正体を決定することはできません。


古代ギリシャ・ローマでの歴史と驚くべき価値
シルフィウムの歴史は、古代ギリシャ人による北アフリカへの進出と深く関係しています。
キュレネの繁栄を支えた植物
キュレネは、紀元前7世紀頃にギリシャ人によって現在のリビア東部に建設された都市です。
この地域は農業に適した土地を持ち、穀物やオリーブなどの生産が盛んでした。
その中でも、シルフィウムは特に重要な特産品でした。
シルフィウムの交易によってキュレネは大きな経済的利益を得ており、その重要性は都市の貨幣にも表れています。
実際、キュレネで発行された銀貨には、シルフィウムの植物が繰り返し描かれています。
これは、シルフィウムが単なる商品ではなく、都市の象徴でもあったことを示しています。
なぜシルフィウムは栽培できなかったのか?
シルフィウムが高価だった理由の一つとして、人工的な栽培が難しかった可能性があります。
古代の記録では、シルフィウムは野生の状態で生育しており、移植や繁殖が容易ではなかったと考えられています。
BriggsとJakobsson(2022)は、こうした性質が供給量を制限し、希少性を高めた可能性を指摘しています。
もし、限られた地域にしか自生せず、人間が簡単に増やすこともできなかったのであれば、需要が増えても供給を増やすことは困難だったでしょう。
その結果、シルフィウムは古代世界で非常に高価な商品になったと考えられます。
シルフィウムはなぜ絶滅したのか?
シルフィウムは、一般に紀元1世紀頃には産地でほぼ姿を消したと考えられています。
しかし、なぜ絶滅したのかについては、現在も完全には解明されていません。
2022年の研究では、複数の要因が検討されています。
過剰な採取と家畜による食害
絶滅の原因として有力視されているのが、人間による過剰な利用です。
シルフィウムは高価な輸出品だったため、長期間にわたって採取され続けた可能性があります。
さらに、当時のキュレネ周辺ではヒツジやヤギなどの牧畜も行われていました。
古代の記録には、シルフィウムが生えている土地で家畜を放牧することが、農地管理者にとって利益になると考えられていたことが記されています。
プリニウスは、土地の管理者がシルフィウムの生育よりもヒツジの放牧を優先したことを、植物が失われた理由の一つとして説明しています。
つまり、人間による採取だけでなく、家畜による食害や土地利用の変化も関係していた可能性があります。
気候変動による生育環境の変化
もう一つ考えられているのが、気候変動です。
シルフィウムが生育していたキュレナイカ地方は、乾燥した地域でした。
古代の地理学者ストラボンも、この地域の乾燥した土地について記述しています。
BriggsとJakobsson(2022)は、紀元前後のローマ温暖期における気温の上昇が、シルフィウムの生育環境に影響した可能性を検討しています。
気温が上昇すれば、土壌からの水分蒸発が増加する可能性があります。
また、植物の生育には土壌中の微生物や菌類なども関係しているため、気候の変化によって土壌環境そのものが変われば、生育条件が悪化することも考えられます。
ただし、シルフィウムの絶滅が気候変動によって直接引き起こされたと証明されたわけではありません。
遺伝的多様性の低下や繁殖上の問題
シルフィウムの繁殖に関する問題も、絶滅の原因として検討されています。
自生地が狭く、個体数が少なくなれば、遺伝的多様性が低下する可能性があります。
また、特殊な繁殖特性を持っていた場合、環境の変化や個体数の減少によって、さらに繁殖が難しくなった可能性もあります。
BriggsとJakobsson(2022)は、倍数性や交雑、無融合生殖などの植物遺伝学的な観点からも、シルフィウムの正体と絶滅について考察しています。
ただし、実際のシルフィウムの遺伝情報はまだ得られていないため、これらは検討段階の仮説です。
シルフィウムの正体は?有力候補となる植物
ここからが、シルフィウムの謎の核心です。
シルフィウムは、現代の植物でいうと何に近いのでしょうか?
これまで、いくつかの植物が候補として挙げられてきました。
オオウイキョウ属(Ferula)
最も有力な候補群の一つが、オオウイキョウ属です。
オオウイキョウ属はセリ科に属する植物群で、大型の茎や傘状に広がる花序を持つ種類があります。
また、種類によっては樹脂を分泌し、香辛料や伝統医学に利用されてきました。
こうした特徴は、古代のシルフィウムに関する記述と共通する部分があります。
候補として知られている植物には、次のようなものがあります。
- タンジェ・フェンネル Ferula tingitana
- オオウイキョウ(ジャイアントフェンネル) Ferula communis
- フェルラ・ドルデアナ Ferula drudeana
ただし、これらが古代のシルフィウムそのものだと証明されたわけではありません。
Ferula drudeana(フェルラ・ドルデアナ)
近年、シルフィウムの正体をめぐる議論で注目されているのが、トルコに分布するフェルラ・ドルデアナ Ferula drudeana です。
2021年には、この植物が古代のシルフィウムに似ている可能性があるとして研究者から注目されました。
その理由は、古代の記述やコインに描かれた植物の特徴と、一部の形態的特徴が似ているためです。
また、独特の樹脂を生産することも関心を集めた理由の一つです。
この「シルフィウムの正体がフェルラ・ドルデアナ Ferula drudeana だった!」という内容はニュースメディアでは繰り返し報道されました。
しかし、BriggsとJakobsson(2022)は、この植物をシルフィウムそのものと断定するには証拠が不足していると考えています。
フェルラ・ドルデアナ Ferula drudeana は形態的に他のオオウイキョウ属の種とほとんど区別がつかず、銀貨に描かれたシルフィウムの粗雑な絵に他の候補植物よりも似ているわけではない上に、ガム樹脂が出るという特徴についても、オオウイキョウ属のほぼすべての種は、茎または根を切るとガム樹脂の滲出物を生成するということを指摘しています。
つまり、非常に類似しているオオウイキョウ属の中で Ferula drudeana という1種であるとする根拠に乏しいと言っているのです。
したがって、Ferula drudeana は興味深い候補ではありますが、正体が判明したと考えるのは早計です。
Margotia gummifera(マルゴティア・グミフェラ)
2026年のGiovanni Appendinoの研究で、特に注目したいのが Margotia gummifera です。
この植物はセリ科のMargotia属に属し、シルフィウムの候補として古くから名前が挙がっていました。
Appendino(2026)は、古代の記述や図像と現代の候補植物の形態を比較し、Margotia gummifera がシルフィウムに最も近い現生植物の一つであると論じています。
特に、古代の植物学者テオプラストスによる記述との形態的な適合性が注目されています。
これは重要な指摘です。
シルフィウムの候補としてはオオウイキョウ属が広く知られてきましたが、必ずしもオオウイキョウ属だけに絞り込めるわけではありません。
2026年の研究では、Margotia属の植物が有力な比較対象として改めて評価されています。
Thapsia属やCachrys属
Appendino(2026)は、ほかにもThapsia属やCachrys属を候補として検討しています。
これらもセリ科に属する植物群です。
植物の形態や含有成分などを比較することで、古代のシルフィウムに近い植物を探ろうとしています。
ただし、現時点ではどの候補も決定的な一致を示していません。
結論として、シルフィウムの正体はまだ特定されていません。
オオウイキョウ属が有力な候補群であることに変わりはありませんが、2026年の研究では Margotia gummifera にも注目が集まっています。
シルフィウムは避妊薬や媚薬だった?古代の伝説を検証
シルフィウムについて語られるとき、特に話題になるのが避妊薬や媚薬としての利用です。シルフィウム自体は皮膚疾患から呼吸器疾患、犬の咬傷からてんかんまで、ほぼあらゆる種類の病気の悪影響を軽減できる治療特性を持っていると記述されていますが、特に避妊薬や媚薬としての薬効は古代には現代のような女性ホルモンの調整を行う薬はないので、注目に値するでしょう。
インターネット上では、古代の人々が媚薬のためにシルフィウムを使用していたことや、このことから現代のハートマークがシルフィウムに由来するという説が紹介されることがあります。
しかし、歴史的な記録を詳しく調べると、少し違った姿が見えてきます。
古代の文献には避妊や堕胎に関する記述がある
古代の医学書には、シルフィウムが月経や生殖に関する問題に利用されたという記述があります。
例えば、ディオスコリデスやソラノスなどの著作には、シルフィウムを避妊や堕胎に関連して扱った記述が見られます。
そのため、シルフィウムに生殖に関する薬効が期待されていたこと自体は、古代の文献から確認できます。
原生のオオウイキョウ属にも避妊の効果があるため、この効果自体はおそらくあっただろうと考えられています。
ただし、キュレネ産の本来のシルフィウムと、後に代用品として流通した東方産のアサフェティダが混同されていた可能性もあります。
媚薬として使われていたという説には問題がある
興味深いことに、BriggsとJakobsson(2022)が紹介するAsciutti(2004)の古典文献調査では、古代ギリシャ・ローマの文献に、シルフィウムが直接媚薬として使われていたと明記した記述は確認されていません。
つまり、シルフィウムが媚薬として有名だったというイメージには、後世の解釈が含まれている可能性があります。
避妊薬としての評判と、性的な効能を持つ媚薬というイメージが、後から結び付けられた可能性も考えられます。
ただし、現生種のオオウイキョウ属の中には勃起不全治療に有効な薬効を示すものもあるので、媚薬に使えた可能性やイメージに繋がった可能性はゼロとも言い切れません。
後世の代用品との混同
Appendino(2026)が指摘する重要な問題の一つが、アサフェティダとの混同です。
アサフェティダは、アギ(阿魏) Ferula assa-foetida から採取される樹脂性の香辛料です。
現代ではインド料理などで使用され、独特の強い香りを持つことで知られています。
古代の本来のシルフィウムが入手できなくなった後、東方産の類似した植物やその樹脂が代用品として利用されました。
その結果、後世の文献で記録された薬効が、すべてキュレネ産のシルフィウムの性質だったとは限らなくなっています。
Appendino(2026)は、後世の堕胎作用に関する記述についても、代用品として利用された植物の薬理作用と混同されている可能性を指摘しています。
したがって、シルフィウムが避妊薬や媚薬としてどの程度有効だったのかについては、慎重に考える必要があります。
2026年の最新研究で何が分かったのか?
ここで、今回の記事の中心となる2本の論文を比較してみましょう。
2022年:歴史・考古学・植物学から絶滅の謎を検討
BriggsとJakobsson(2022)の論文「Searching for Silphium: An Updated Review」は、シルフィウムに関する研究を幅広く整理した総説です。
主な研究テーマは次のとおりです。
- 古代キュレネの歴史とシルフィウム交易
- 古代の文献や銀貨に描かれた植物の特徴
- シルフィウムの薬用・食用としての利用
- 過剰採取や気候変動による絶滅の可能性
- 現代に残る近縁植物の調査
- 海底考古学による植物遺物の発見可能性
この研究で興味深いのは、シルフィウムの正体を特定するために、古代の船の沈没現場を調査する方法が提案されていることです。
シルフィウムは地中海各地へ輸出されていたため、輸送中の船が沈没していれば、船内に植物の種子や樹脂が残っている可能性があります。
特に、アンフォラと呼ばれる古代の輸送用陶器にシルフィウムの樹脂が残っていれば、正体を解明するための重要な証拠になるかもしれません。
2026年:植物化学からシルフィウムの正体を再検討
Appendino(2026)の論文「The enigmatic Silphion: A phytochemical perspective」は、植物の化学成分や生物活性にも注目した研究です。
この論文では、古代の文献や図像だけでなく、現代の候補植物が持つ化学的特徴を比較しています。
特に重要なポイントは次のとおりです。
- シルフィウムの候補としてオオウイキョウ属、Margotia属、Thapsia属、Cachrys属の各属を検討
- Margotia gummifera を形態的に有力な現生候補として評価
- 避妊薬や媚薬という説について、古代の記録と薬理学的な情報を再検討
- 後世に使用されたアサフェティダと本来のシルフィウムの混同を指摘
- 古代のシルフィウムが紀元1世紀頃に消失した原因を、過剰利用と土地管理の観点から考察
この研究で特に重要なのは、シルフィウムの正体を一つの植物に決めつけていないことです。
形態が似ていることと、化学成分が似ていることは別の問題です。
さらに、薬効が似ていても、それだけで同じ植物だったとはいえません。
古代の植物を特定するには、形態、分布、化学成分、歴史的な利用状況などを総合的に検討する必要があります。
2本の論文を合わせて考えると、シルフィウムの正体を解明するには、考古学と植物学、化学分析を組み合わせた研究が不可欠だと分かります。
シルフィウムは現代に復活する可能性があるのか?
シルフィウムは完全に絶滅してしまったのでしょうか。
それとも、まだどこかに生き残っているのでしょうか。
この問題についても、研究者の間で議論が続いています。
トルコに残る候補植物
前述した Ferula drudeana の発見は、シルフィウムの復活という話題とともに紹介されることがあります。
しかし、この植物が発見されたからといって、古代のシルフィウムが復活したことにはなりません。
あくまで、古代の記述と共通する特徴を持つ候補植物が見つかったという段階です。
2026年のAppendinoの研究でも、シルフィウムと現代の候補植物を完全に同一視することには慎重な姿勢が示されています。
海底考古学が正体解明の鍵になる可能性
BriggsとJakobsson(2022)が提案しているのが、海底考古学を利用した調査です。
古代キュレネの主要な港の一つだったアポロニア周辺や、そこから出港した船の沈没現場には、シルフィウムに関する物的証拠が残っている可能性があります。
もし古代の船から樹脂や種子が発見されれば、DNA分析や化学分析によって植物の正体に迫れるかもしれません。
特に、保存状態のよい有機物が見つかれば、現在の候補植物と比較することも可能になるでしょう。
ただし、海底からの発見やDNA分析による同定は、まだ実現したわけではありません。
現時点では、将来の研究に期待される方法です。
まとめ:シルフィウムの正体はいまだ謎に包まれている
シルフィウムは、古代ギリシャ・ローマ世界で非常に高い価値を持っていた植物です。
現在のリビア東部にあたるキュレナイカ地方に自生し、香辛料や薬として利用され、キュレネの経済を支える重要な輸出品でした。
しかし、紀元1世紀頃には野生の個体がほとんど確認されなくなり、現在では本来の植物の正体も分かっていません。
これまでの研究では、次のようなことが分かっています。
- シルフィウムはセリ科に近縁な植物だったと考えられている
- オオウイキョウ属は有力な候補群の一つである
- Ferula drudeana も候補として注目されている
- 2026年の研究では Margotia gummifera が形態的に有力な現生候補として評価されている
- 絶滅の原因には過剰採取、放牧、気候変動などが考えられている
- 避妊薬としての利用は古代文献に記録があるが、媚薬説には十分な歴史的根拠がない
- 海底考古学や古代DNA分析が、今後の正体解明につながる可能性がある
特に注目したいのは、2026年の研究でもシルフィウムの正体が確定していないことです。
オオウイキョウ属だけでなく、Margotia属など複数の植物群が候補として検討されており、古代の記録だけでは結論を出せない状況が続いています。
銀と同じ価値があるとされた幻の植物シルフィウム。
その消滅は、単に一つの植物が失われたというだけではありません。
人間の経済活動や土地利用、環境変化が、貴重な生物資源をどのように失わせるのかを考えるうえでも、非常に興味深い歴史的事例なのです。
いつの日か古代の船から本物のシルフィウムの痕跡が発見され、その正体が明らかになることを期待したいところです。
引用文献
Appendino, G. (2026). The enigmatic Silphion: A phytochemical perspective. Phytochemistry, 252, Article 115044. https://doi.org/10.1016/j.phytochem.2026.115044
Briggs, L., & Jakobsson, J. (2022). Searching for Silphium: An updated review. Heritage, 5(2), 936-955. https://doi.org/10.3390/heritage5020051
Kiehn, M. (2007). Silphion revisited. Medicinal Plant Conservation, 13, 4-8. http://plant-conservation.com/wp-content/uploads/2023/01/8273_MPC13_Silphion.pdf
