園芸では「アブチロン」という言葉がよく使われ、通常1種類ではなく特定の種類を指す言葉ですがややこしいことになっており、園芸ではウキツリボク・ショウジョウカ・フイリアブチロンの3種を指し、学術ではイチビ属の仲間を指しウキツリボクとショウジョウカを含みません。これは学名が変更されたからです。園芸におけるアブチロン3種のうちウキツリボクとショウジョウカは葉と花の形を見れば区別が付きます。フイリアブチロンは雑種なので上記2種の中間的とも言える特徴を持っています。本記事ではウキツリボク・ショウジョウカ・フイリアブチロンの分類について解説していきます。
アブチロンとは?
まず、「アブチロン」はどのような植物のことを指すのでしょうか?これは通常1種類ではなく特定の種類を指す言葉になっています。
しかし、アブチロンという言葉は分野によって指す範囲が異なり、非常にややこしいことになっています。
園芸の分野では「アブチロン」というとウキツリボク Callianthe megapotamica、ショウジョウカ Callianthe picta、フイリアブチロン Abutilon x hybridum の3種類を通常指します。
一方、学術の分野では、「アブチロン」はアオイ科イチビ属 Abutilon の仲間を指す言葉です。最新の分類に基づけばウキツリボクとショウジョウカを含まれず、イチビ Abutilon theophrasti、タカサゴイチビ Abutilon indicum などの総称となっています。
なぜこのようなことになっているかというと、学術の分野では2012年、2014年の研究でイチビ属からウキツリボクとショウジョウカが別の属に移動されたにも関わらず(Jørgensen et al., 2014)、園芸の分野ではそのような変更が行われたことが浸透していないからです。学術の分野でもまだこの学名変更を認識していない人も多く、「アブチロン」の意味が一致するのはまだ先のことかもしれません。
ウキツリボク・ショウジョウカ・フイリアブチロンとは?
ここからは園芸で「アブチロン」と呼ばれている3種の違いについて考えていきます。
ウキツリボク(浮釣木) Callianthe megapotamica は別名チロリアンランプ。ブラジル南部原産で(RBG Kew, 2023)、河畔林や拠水林、雑木林に生える常緑低木です。ボリビアやマデイラ諸島に導入され、日本を含む世界中で花や果実の面白さから観賞用に栽培されます。Abutilon megapotamicum はシノニム(旧学名)。花期は6~10月。
ショウジョウカ(猩猩花) Callianthe picta はアルゼンチン北部、ブラジル南部、パラグアイ、ウルグアイ原産で、雑木林に生える常緑低木です。マデイラ諸島に導入され、日本を含む世界中で観賞用に栽培されます。Abutilon pictum はシノニム(旧学名)。花期は4~7月。
フイリアブチロン(斑入りアブチロン) Abutilon x hybridum は別名アブチロン・ヒブリドゥム。イチビ属またはCallianthe属が園芸用に掛け合わさった起源不明な雑種の常緑低木です。この雑種にはウキツリボクやショウジョウカが用いられている可能性も指摘されていますが、よく分かっていません。あまりにも諸説あるのでここでは詳細は省略します。学名も今後Callianthe属に変更されるかもしれません。花期は6~10月。
いずれもアオイ科イチビ属またはCallianthe属に含まれる常緑低木で、日本では観賞用に園芸で栽培されます。 アオイ科で広く見られる掌状脈(葉の基部から掌状に走る数本の主脈)があることが共通している他、地面方向に垂れ下がった花の形が似ていることもあるので、混同されることがあるかもしれません。
ウキツリボク・ショウジョウカ・フイリアブチロンの違いは?
まず、ウキツリボクとショウジョウカについては全くの別種ですので違いがはっきりしています(林ら,2019)。
葉に関してはいずれも3~5の切れ込みがありますが、ウキツリボクではその切れ込みが浅い(浅裂)のに対して、ショウジョウカでは切れ込みが深裂というほどではありませんがかなり深くなっている(中裂)という違いがあります。ショウジョウカではモミジの葉のような印象を受けるでしょう。
花に関しては、ウキツリボクでは萼が袋状になり大きく赤く目立ち、黄色い花冠が外から少し見える程度であるのに対して、ショウジョウカでは萼は袋状ではなく緑色で、花冠が大きく赤く目立っています。
つまり昆虫に目立ってアピールする器官がウキツリボクでは萼であるのに対して、ショウジョウカでは花冠であると言い換えることもできます。この違いはとても大きいでしょう。
問題はフイリアブチロンです。これには品種によってかなり差があり、決定的な特徴はありません。
葉は浅裂~中裂まで様々ですし、花も萼が袋状になるものからなっていないものまで、花冠は小さいものから大きいものまであります。
しかし、日本で見られる園芸種に関しては、ウキツリボクとショウジョウカの特徴が混じっている場合は、フイリアブチロンであると考えて良さそうです。ウキツリボクやショウジョウカでは上述のように花や萼の色彩ははっきり決まっているので、これら以外の色彩のものもフイリアブチロンであると考えられるでしょう。
なお、「フイリアブチロン」という和名からは必ず「斑入り」であるかような命名ですが必ずしも斑入りとは限らないのでご注意下さい。あまり適切な命名であるとは言えないでしょう。
引用文献
林将之. 2019. 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類. 山と溪谷社, 東京. 824pp. ISBN: 9784635070447
Jørgensen, P. M., Nee, M. H. & Beck., S. G. 2014. Catálogo de las plantas vasculares de Bolivia. Monographs in Systematic Botany from the Missouri Botanical Garden 127: 1-1741.
RBG Kew. 2023. The International Plant Names Index and World Checklist of Vascular Plants. Plants of the World Online. http://www.ipni.org and https://powo.science.kew.org/