シロダモとイヌガシはどちらも日本で自然に分布するシロダモ属の常緑高木です。そのため野外で見かけることは多いかもしれませんが、葉の形はそっくりであるため混同することがあるかもしれません。しかし葉の下面の白さや果実の色を調べることで確実に区別がつきます。利用方法もシロダモでは油や木材が利用されてきましたが、イヌガシは名前の由来となったほどヒトの役には立ってきませんでした。そんなシロダモとイヌガシですが、花の生態もかなり異なっています。2種の花の形自体や雌雄別株であることは共通ですが、花の色がシロダモは白で、イヌガシは赤と対照的な上に、花期もシロダモは秋(10〜11月)に咲き、イヌガシは早春(3〜4月)に咲きます。そのため、送粉に必要な訪花昆虫に違いがありそうなものですが、屋久島の研究では意外なことにあまり違いはありませんでした。残念ながらこの研究はいくつかの調査の一環なのでシロダモとイヌガシに着目したものではなく2種に関する体系的な研究はまだ行われていませんので、なんとも言えませんが、インターネットではシロダモの花に大型のハナバチが訪れている様子が確認できました。これはシロダモが秋に咲くことと何らかの関係があるかもしれません。本記事ではシロダモとイヌガシの分類・歴史・文化・送粉生態について解説していきます。
全縁で3脈が目立ち山地でよく見かける常緑高木2種
シロダモ(白梻) Neolitsea sericea は日本の本州(宮城・山形県以西)、四国、九州、琉球;朝鮮半島(南部)中国、台湾に分布し、暖地の山野の比較的湿潤なところに生息する常緑高木です(茂木ら,2000;Wu et al., 2008)。和名は葉の下面(裏側)が白いことに由来しています。
一方、イヌガシ(犬樫) Neolitsea aciculata は日本の本州(関東地方南部以西)、四国、九州、琉球;朝鮮半島(南部)、台湾に分布し、やや乾燥した山地に生息する常緑高木です。和名は「材質が優れたカシに劣り、似ているが役に立たない」とされることに由来します。
シロダモとイヌガシはどちらも日本で自然に分布するクスノキ科シロダモ属の常緑高木です。雌雄別株で、どちらも葉が楕円形で、全縁、3脈が目立つことは他の科や属の植物から区別するには良い点ですが、この2種の間はこの点は共通しており、これだけでは区別できません。どちらも野外で見かけることは多いので、混乱してしまうことがあるかもしれません。
シロダモとイヌガシの違いは?
しかし、葉・花・果実の形態や生態を確認することで2種を確実に区別することが出来ます。
葉に関しては、シロダモでは長楕円形で長さ8~18cm、下面は著しい白色であるのに対して、イヌガシでは葉は倒卵状長楕円形で長さ5~12cm、下面は灰白色という違いがあります。
花に関しては、シロダモでは秋に咲き、黄色であるのに対して、イヌガシでは春に咲き、暗紅色です。
果実に関しては、シロダモでは赤く熟すのに対し、イヌガシでは黒く熟します。
以上をしっかり確認しましょう。
シロダモは役に立つけど、イヌガシは役に立たない?
シロダモとイヌガシはヒトの利用、つまり文化的な面でも対照的になっています。
シロダモに関しては種子から採れる油は「つづ油」「つづ蝋」と呼ばれ、昔は灯用油やロウソクの原料とされていました。また材も建築材、器具材などに用いられることがあります。
しかし、イヌガシに関しては同じく材を建築材、器具材などに用いられることはたまにあるようですが、油を種子にすることもなく、ヒトによる利用は少なくなっています。イヌガシという和名は「材質が優れたカシに劣り、似ているが役に立たない」ということに由来するのである意味当然なのかもしれません…。
しかし、自然界における生態学的な重要性についてはシロダモと同じくらいしっかり観察して記録してあげることは重要でしょう。
花の構造は共通だけど、色と生態は対照的だった?
2種の花は共通で、雌雄別株なので、雄花と雌花が別々の個体に咲きます。またどちらも葉のわきに密集して小さな花が咲き、4枚の花びらから構成されます。雄花では雄しべは6個あり、雌花では雄しべは退化しており、後に果実を作ります。雄花と雌花両方に黄色い腺体が存在し、ここから蜜を分泌しているものと思われます。この構造は他の花では少ないので興味深いかもしれません。
しかし、このように花の形は共通する部分があるものの、生態や色に関しては対照的な2種となっています。シロダモは秋(10〜11月)に咲き、イヌガシは早春(3〜4月)に咲きます。また、色もシロダモでは黄褐色であるのに対して、イヌガシでは暗紅紫色となっています。生物学的には非常に近い仲間であるはずなのですが、かなり異なった特徴を持っていると言えるでしょう。
色や生態は違うのにやってくる昆虫がほぼ同じ?
この2種にはどのような昆虫が訪れるのでしょうか?
体系的な研究は残念ながらまだ無いのですが、この2種が同所的に生息する屋久島での研究があります(Yumoto, 1987)。
この研究によるとイヌガシの花にはハナアブ科、クロバエ科、イエバエ科が主に訪れ、少しだけチョウもやってくるという結果が出ています。このうちチョウはおそらく蜜を盗んでいるだけだと思われますので、ハエが花粉を送る担い手と考えていいのかもしれません。
一方、シロダモの花でもほぼイヌガシと同じくハエが同じ比率で訪れており、大きな違いは確認できないという結果でした。
花の形はよく似ているとはいえ、全く色が全く違う2種に同じような虫が訪れるのは意外です。
しかし、わずかですがシロダモの花にはムカシハナバチ科が訪れている記録もあり、インターネットでもシロダモの花にキンケハラナガツチバチ Campsomeris prismatica と思われるツチバチ科の一種が訪れている様子も確認できました(尾崎,2014)。
このことから、シロダモの花にはハチの仲間もある程度訪れているのかもしれません。
生態を考えると、シロダモは秋に咲くので、ハエだけではなくハチにもアプローチすることは有用に思えます。一方、イヌガシは早春に咲くのでまだ活動していない大型のハチではなく、寒さに強いハエにアプローチすることがいいのかもしれません。
アオキの暗赤色の花はハエの仲間を呼ぶことがあるので、イヌガシの花の色もそういったことが関係しているかもしれませんが、まだ推測の域を出ません。この2種にどのような違いがあるのか、今後の研究が楽しみですね。
果実は液果で種子は鳥散布される
シロダモの液果は長さ1.2〜1.5cmの楕円形で、10〜11月に赤く熟します。種子は球形です。
イヌガシの液果は長さ1cmほどの楕円形〜長楕円形で、10〜11月に黒紫色に熟します。果柄は長さ7〜8mmです。種子はやや扁平な倒卵状楕円形で茶褐色です。
赤または黒紫色に熟すことから明らかに動物、特に鳥類にアピールしており、種子散布を動物に頼っていることが覗えます。
実際の研究記録を見ても、シロダモやイヌガシどちらもタヌキに食べられた記録はあるものの少数の記録に留まります(高槻,2018)。
一方、シロダモでは日本および中国どちらの研究でも鳥によって食べられていることが確認されています(Chung et al., 2000; Arai & Kamitani, 2005; Zhai et al., 2012)。
またイヌガシも日本の研究で鳥によって食べられていることが確認されています(Nanami et al., 1999)。
ただ、この2種でやってくる鳥に違いがあるのかは分かっていません。花期では違いはありますが、果期は同じ時期というのは興味深い点です。
引用文献
Arai, N., & Kamitani, T. 2005. Seed rain and seedling establishment of the dioecious tree Neolitsea sericea (Lauraceae): effects of tree sex and density on invasion into a conifer plantation in central Japan. Botany 83(9): 1144-1150. https://doi.org/10.1139/b05-089
Chung, M. G., Chung, M. Y., Oh, G. S., & Epperson, B. K. 2000. Spatial genetic structure in a Neolitsea sericea population (Lauraceae). Heredity 85(5): 490-497. https://doi.org/10.1046/j.1365-2540.2000.00781.x
茂木透・石井英美・崎尾均・勝山輝男・太田和夫・高橋秀男・城川四郎・中川重年. 2000. 樹に咲く花 離弁花1 改訂第3版. 山と溪谷社 東京. 719pp. ISBN: 9784635070034
Nanami, S., Kawaguchi, H., & Yamakura, T. 1999. Dioecy-induced spatial patterns of two codominant tree species, Podocarpus nagi and Neolitsea aciculata. Journal of Ecology 87(4): 678-687. https://doi.org/10.1046/j.1365-2745.1999.00392.x
尾崎煙雄. 2014. 千葉県立中央博物館 山の自然ニュース 房総の山のフィールド・ミュージアム シロダモの花. https://www.chiba-muse.or.jp/NATURAL/special/yama/news/2014/141105neolitsea.htm
高槻成紀. 2018. タヌキが利用する果実の特徴―総説. 哺乳類科学 58(2): 237-246. https://doi.org/10.11238/mammalianscience.58.237
Wu, X., Raven, P. H., & Hong, D. 2008. Flora of China vol. 7 Menispermaceae through Capparaceae. Science Press, Beijing, and Missouri Botanical Garden Press, St. Louis. xii, 499pp. ISBN: 9781930723818
Yumoto, T. 1987. Pollination systems in a warm temperate evergreen broad-leaved forest on Yaku Island. Ecological Research 2(2): 133-145. ISSN: 0912-3814, https://doi.org/10.1007/bf02346922
Zhai, S. N., Comes, H. P., Nakamura, K., Yan, H. F., & Qiu, Y. X. 2012. Late Pleistocene lineage divergence among populations of Neolitsea sericea (Lauraceae) across a deep sea-barrier in the Ryukyu Islands. Journal of Biogeography 39(7): 1347-1360. https://doi.org/10.1111/j.1365-2699.2012.02685.x