ディル(イノンド)とフェンネル(ウイキョウ)はいずれもセリ科に含まれ、植物全体に強い芳香があり、葉はハーブとして、果実はスパイスとして利用される点が同じです。特に葉はどちらも「魚のハーブ」と呼ばれ、魚料理との相性が抜群です。しかも形態的にもよく似ているため、迷う人は多いかもしれません。しかし、よく観察すると葉・葉柄・茎・果実などに違いがあり見分けることが可能です。用途はほとんど同じですが、ハーブの味としてはディルは酸味が強く、フェンネルは甘みが強いという点で使い分けがあるでしょう。本記事ではディルとフェンネルの分類・形態・利用方法について解説していきます。
ディル(イノンド)・フェンネル(ウイキョウ)とは?
イノンド Anethum graveolens は別名ディル、パクチーラオ、蒔蘿。西アジアと北アフリカ原産の一年草です。ヨーロッパ・北アフリカ・アジアで古代から栽培されており、現在では世界中で栽培されています。
ウイキョウ(茴香) Foeniculum vulgare は別名フェンネル、フィノッキオ。地中海沿岸のヨーロッパ・北アフリカ・西アジア・中央アジアの一部が原産の多年草です。ブロンズフェンネル ‘Purpureum’ は葉が銅色の園芸品種。
いずれもセリ科に含まれ、植物全体に強い芳香があり、葉はハーブとして、果実はスパイスとして利用される点が同じです。特に葉はどちらも「魚のハーブ」と呼ばれ、魚料理との相性が抜群です。
形態的には、葉が羽状複葉で全裂した結果、糸状になっており、花弁は黄色であるという共通点があります。
果実もよく似ており、ディルでは「ディルシード」、フェンネルでは「フェンネルシード」という名前で販売されています。ただし、実際は「果実」であり、「種子」ではありません。本当の種子はこの内部により小さいものとして存在しています。
これらの理由から、2種の違いがよく分からないという人も多いかもしれません。
ディルとフェンネルの違いは?
ディルとフェンネルの違いは少し難しいですが、何点か違いがあります(Wu et al., 2005)。
そもそも分類的には、ディルはイノンド属に含まれるのに対して、フェンネルはウイキョウ属に含まれることからかなり隔たりがあります。
葉に関しては、ディルでは羽状複葉が短く少なめに裂けているため、比較的疎らに生えているように見えますが、フェンネルでは羽状複葉が長く多く裂けているため、比較的密に生えているように見えるという違いがあります。
茎に関しては、ディルでは葉が緑色であるのに対して、フェンネルでは灰緑色であるという違いがあります。
根本に関しては、ディルでは特徴のない一般的な葉柄があるのに対して、フェンネルのうち、フローレンスフェンネル(イタリアウイキョウ、アマウイキョウ) Foeniculum vulgare Azoricum Group (シノニム:Foeniculum vulgare var. dulce)という品種では葉柄が真っ白で鞘状に膨らみ茎を包んでいるという違いがあります。これは「鱗茎」と呼ばれ、セロリやタマネギと同様のものです。
花に関しては、1花序あたりの花の数がディルの方が多く、密に咲いています。
果実(ディルシードとフェンネルシード)に関しては、ディルでは全体が楕円に近く、扁平で、果柄が長いのに対して、フェンネルでは全体が長楕円に近く、ある程度厚みがあり、果柄が短いという違いがあります。
ただし、セリ科の果実はどれもよく似ているので、生体の場合は安易に2種のうちから種類を判断しないほうが良いでしょう。
ディルとフェンネルの利用方法の違いは?
ディルとフェンネルに用途の違いはあるのでしょうか?
ディルは紀元前1400年頃の古代エジプト(エジプト新王国)の王、アメンホテプ2世の墓から発見されるなど、古代から利用された証拠があり(Prance & Nesbitt, 2005)、元々は消化不良を治療する薬草として高く評価され、葉・果実(ディルシード)・精油が利用されてきました。日本では馴染みが薄いですが、主にユーラシア大陸のヨーロッパからアジアでは盛んに利用されています。
現在ではハーブ(ディルウィード)やスパイス(ディルシード)として食用にするのが一般的です。ディルウィードは味としては酸味と苦味を持つのが特徴で、マリネ・ドレッシング・スープなど幅広く料理に利用され、肉料理のほか、スモークサーモンやニシンなどの魚料理との相性が良く「魚のハーブ」の異名を持っています。ディルシードは軽い辛みがあり、スパイスやピクルス液などに使われます。
一方、フェンネルもまた古代からの利用が知られており、『ギリシャ神話』にも登場するなど、古代ギリシア人、古代ローマ人によって薬用・食用・防虫用に利用されていた事が分かっています。こちらも日本では馴染みが薄いですが、主にユーラシア大陸のヨーロッパからアジアでは盛んに利用されています。
現在ではハーブやフェンネルシード、鱗茎を食用にするのが一般的で、ハーブは味としては甘くスパイシーな香りと、ほんのり苦味を持つのが特徴で、サラダやピクルスの風味づけ・スープ・魚料理などに使われます。フェンネルシードは爽やかな風味を持つ甘い芳香があり、カレー・中華料理のスパイス・クッキー・スコーン・菓子などに使われます。
フェンネルが少しディルと違うところは、フローレンスフェンネルでは鱗茎を野菜として利用する点です。シャキシャキとしており、ソテー・煮込み・煮込み・グリル、または生で食べることができます。
まとめると、ディルとフェンネルの利用方法はほとんど同じですが、少し味が異なる点と、野菜として利用されるかどうかという点が異なっていると言えるでしょう。国によっては明確に使用する料理は異なっているかもしれません。
引用文献
Prance, G., & Nesbitt, M. 2005. The Cultural History of Plants. Routledge, London. 460pp. ISBN: 9780415927468
Wu, Z. Y., Raven, P. H., & Hong, D. Y. 2005. Flora of China. Vol. 14 (Apiaceae through Ericaceae). Science Press, Beijing, and Missouri Botanical Garden Press, St. Louis. ISBN: 9781930723412