トチノキ・セイヨウトチノキ・ベニバナトチノキ・アカバナアメリカトチノキはいずれもムクロジ科トチノキ属に含まれ、大きな掌状複葉が特徴的で日本では公園樹・街路樹・庭木として栽培されているのを見かけるでしょう。元々は固有種のトチノキが日本人と関わりが深いものでしたが、次第に輸入された欧米の近縁種と混同されるようになっています。4種の区別は難しい場合がありますが、可能であれば葉・花・果実をすべて記録しておくことで正確に区別できます。本記事ではトチノキ属の分類・形態について解説していきます。
トチノキ・セイヨウトチノキ・アカバナアメリカトチノキ・ベニバナトチノキとは?
トチノキ(栃の木・橡の木) Aesculus turbinata は日本の北海道・本州・四国・九州に分布し、山地に生える落葉高木です。中国や朝鮮で観賞用に栽培されます。
セイヨウトチノキ Aesculus hippocastanum は別名マロニエ、ウマグリ。ヨーロッパの一部(アルバニア・ブルガリア・ギリシャ・ユーゴスラビア)・トルコ・トルクメニスタン原産の落葉高木です(RBG Kew, 2024)。世界中で緑化用に公園樹・街路樹・庭木として栽培されます。
アカバナアメリカトチノキ Aesculus pavia はアメリカ合衆国南東部原産の落葉高木です。日本では稀に緑化用に公園樹・街路樹・庭木として栽培されます。
ベニバナトチノキ Aesculus x carnea はセイヨウトチノキとアカバナアメリカトチノキの園芸雑種。日本では普通に緑化用に公園樹・街路樹・庭木として栽培されます。
いずれもムクロジ科トチノキ属に含まれ、日本では公園樹・街路樹・庭木として栽培されているのを見かけるでしょう。
形態的には大型で「五出掌状複葉」または「七出掌状複葉」という本来の1枚の葉が5枚または7枚に分かれている葉を持っているため、非常に特徴的で遠目にも目立ちます。
特にトチノキについては古代から日本人と関わりが深く、「栃の実」とよばれる果実の中にある種子が縄文時代の遺跡からも出土しており、縄文人がどんぐりと共に食用としていたことは教科書にも載っており、有名でしょう。灰汁抜きした栃の実をもち米とともに蒸してからつき「栃餅」を作って食されてきました。ただし、タンニンやサポニンを多く含み、灰汁抜きが大変なので常食はされず、救荒作物としての役割が大きかったようです。
なお、自然下では栃の実は堅い種皮や中に含まれるタンニンやサポニンの苦みによって種子散布者を選ぶ効果があることが分かっており、アカネズミ・ニホンリス・ツキノワグマなどによって食べられて種子散布されていることが知られています(伊佐治・杉田,1997;山科,2017)。
このように日本人と関わりが深い樹木ですが、近年になって欧米の近縁種が多数植栽されるようになり、これらを混同している人は多いかもしれません。単に花の色が異なるだけだと勘違いしている人も多そうです。
更に海外を中心に日本固有種のトチノキを本来セイヨウトチノキの別名である「マロニエ」と混同していることもあるようです。これはどちらも花の色が白く、形もそっくりであることも大きいでしょう。
トチノキとセイヨウトチノキ・アカバナアメリカトチノキ・ベニバナトチノキの違いは?
まずはトチノキとセイヨウトチノキ・アカバナアメリカトチノキ・ベニバナトチノキを大別していきます(Wu et al., 2007; 神奈川県植物誌調査会,2018)。
トチノキでは葉が鈍鋸歯であるのに対して、セイヨウトチノキ・アカバナアメリカトチノキ・ベニバナトチノキでは鋭鋸歯を含むという違いがあります。
つまりトチノキでは葉の鋸歯が丸い印象があるのに対して、その他では鋭い鋸歯によって荒々しい印象を受けるでしょう。
なお、トチノキは花が白色で、果実の果皮に刺状突起はありません。
葉だけ見ると3種の中ではアカバナトチノキと一番混同する可能性がありますが、アカバナトチノキでは小葉が小さく小葉柄が目立ち、葉柄が赤くなる傾向があります。
花だけ見ると3種の中ではセイヨウトチノキと一番混同する可能性がありますが、セイヨウトチノキでは葉が重鋸歯で、果実の果皮に刺状突起があります。
セイヨウトチノキ・アカバナアメリカトチノキ・ベニバナトチノキの違いは?
問題はセイヨウトチノキ・アカバナアメリカトチノキ・ベニバナトチノキの違いで、ベニバナトチノキが雑種であることもあり、区別が難しい状態にあります。
区別するためには、葉と花と果実を総合的に観察するのが良いでしょう。
具体的には、セイヨウトチノキでは葉が重鋸歯、花が白色で、果実の果皮に刺状突起があり、アカバナトチノキでは葉が単鋸歯、花が赤色で、果実の果皮に刺状突起がなく、ベニバナトチノキでは葉が重鋸歯、花が濃いピンク色で、果実の果皮に刺状突起があるという違いがあります。
「単鋸歯」というのは一般的な鋸歯のことで、「重鋸歯」というのは鋸歯の中に鋸歯があるという複雑な鋸歯のことを指しています。
また、ここで言う「果実」とは本来種子のことである「栃の実」ではなく、「栃の実」を包んでいる果皮を含むものであることにも注意してください。
更に花の形が、セイヨウトチノキでは開放形、アカバナアメリカトチノキでは筒形、ベニバナトチノキでは雑種なので中間型という違いもあります。
図鑑によれば以上で区別できると思いますが、筆者はあまり重鋸歯が発達していないベニバナトチノキも見たことがあります。そのため、花や果実を記録しておくことが重要です。時期によっては区別が難しい場合もありそうです。
引用文献
伊佐治久道・杉田久志. 1997. 小動物による重力落下後のトチノキ種子の運搬. 日本生態学会誌 47(2): 121-129. https://doi.org/10.18960/seitai.47.2_121
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
RBG Kew. 2024. The International Plant Names Index and World Checklist of Vascular Plants. Plants of the World Online. http://www.ipni.org and https://powo.science.kew.org/
Wu, Z. Y., Raven, P. H., & Hong, D. Y. eds. 2007. Flora of China. Vol. 12 (Hippocastanaceae through Theaceae). Science Press, Beijing, and Missouri Botanical Garden Press, St. Louis. ISBN: 9781930723641
山科千里. 2017. 朽木地域における野生動物によるトチノミの捕食. 日本地理学会発表要旨集 2017: S1204. https://doi.org/10.14866/ajg.2017s.0_100012