クサフジ・ヘアリーベッチ・ナヨクサフジ・ビロードクサフジはいずれもマメ科ソラマメ属に含まれ、春になると紫色の10~30個の多数の蝶形花を総状につけ、小葉も5対以上多数つけていることで特徴付けられる仲間です。最大の特徴でしょう。これらは遠目には非常に類似しており、園芸ではナヨクサフジとビロードクサフジが区別されていません。まず、ヘアリーベッチはナヨクサフジ・ビロードクサフジ・ナヨクサフジモドキの総称です。クサフジ・ナヨクサフジ・ビロードクサフジは主に花の形と全体の毛生え具合で区別できるでしょう。ナヨクサフジモドキは近年新称された亜種でこちらとの区別も必要です。本記事では総状に花をつけるソラマメ属の分類・形態・生態について解説していきます。
クサフジ・ヘアリーベッチ・ナヨクサフジ・ビロードクサフジとは?
クサフシ(草藤) Vicia cracca は別名ガーデンベッチ、ケクサフジ。日本の北海道・本州・四国・九州;北半球の温帯に広く分布し、本州ではおもに高原の草地に生える多年草です(高橋,2003;Wu et al., 2010)。
ナヨクサフジ(弱草藤) Vicia villosa subsp. varia はヨーロッパ原産で、日本では飼料や緑肥として栽培されて、1943年に天草島での帰化が報告され、現在では本州〜沖縄の市街地の路傍・空き地・河川敷に生える一年草または越年草です(清水ら,2001)。
ビロードクサフジ(天鵞絨草藤) Vicia villosa subsp. villosa はヨーロッパ〜北アフリカ、西アジア原産で、日本では牧草や緑肥用として栽培され、各地から逸出している一年草または越年草です。
ヘアリーベッチは上記ナヨクサフジとビロードクサフジに加えてナヨクサフジモドキ Vicia villosa subsp. eriocarpa を含んだ総称で、園芸ではおそらく3亜種の種子が混合して販売されているものと思われます。
いずれもマメ科ソラマメ属に含まれ、春になると紫色の10~30個の多数の蝶形花を総状につけるのが最大の特徴でしょう。小葉は楕円形~長楕円形、幅が12mm以下で、5対以上多数つけています。
特にナヨクサフジは春に河川敷に群生しているのをよく見かけ、時には外来種であることを理由に駆除が行われる場合もあります。
しかし、これらは遠目には非常に類似しており混同していることが多いですし、多くの人がヘアリーベッチの3変種の存在を知らないかもしれません。
クサフジ・ナヨクサフジ・ビロードクサフジの違いは?
まず、学名から分かる通り、クサフジとナヨクサフジ・ビロードクサフジは全くの別種ですが、ナヨクサフジとビロードクサフジは亜種の関係にあります。
そのため、クサフジとナヨクサフジ・ビロードクサフジの間には大きな違いがあります(高橋,2003;Wu et al., 2010)。
まず大前提として、クサフジは在来種であるのに対して、ナヨクサフジ・ビロードクサフジはヨーロッパ原産の外来種という違いがあります。
形態的な決定的な違いは花と茎を繋ぐ部分である花柄のつき方にあり、クサフジでは花柄が萼筒の先端につくのに対して、ナヨクサフジとビロードクサフジでは花柄が先端から少し下側につきます。
花冠の長さに関してもクサフジは8~13mmと小型であるのに対して、ナヨクサフジとビロードクサフジでは15mmと大型であるという違いがあります。
そもそも生息地もクサフジは山地を好むのに対して、ナヨクサフジとビロードクサフジは市街地の路肩や河川敷を好むのでこれだけでもほとんど区別がつきます。
また、少しわかりにくいですが、クサフジは多年草でナヨクサフジは一年草なので、ナヨフジクサの方は少し柔らかいです。これが弱草藤という和名の由来です。
ナヨクサフジのビロードクサフジに関しては、ナヨクサフジでは葉や茎の毛は少なく、萼裂片の長さは萼筒の長さより短いのに対して、ビロードクサフジでは葉や茎に毛が多く、萼裂片の長さは萼筒の長さより長いという違いがあります(神奈川県植物誌調査会,2018)。
ビロードクサフジの「ビロード」とは毛が多くこまかい毛をたて滑らかで艶のある織物のビロードになぞらえて命名されており、毛が多いという特徴をよく捉えています。
萼裂片というのは萼筒から突き出たトゲのような部分のことを指していると考えてください。ビロードクサフジでは明らかにこの部分が長いです。







他に似た種類はいる?ナヨクサフジモドキとの違いは?
あまり検索されず、ナヨクサフジと極めて混同されている変種としてナヨクサフジモドキが挙げられます。近年新称されました。
ナヨクサフジモドキ Vicia villosa subsp. eriocarpa はナヨクサフジの変種で非常にナヨクサフジに似ていますが、果実(つまり豆果の莢)に毛が生えており、萼裂片はナヨクサフジのものより更に短く、萼筒から少し飛び出る程度です。



受粉方法は?細長い花筒は盗み放題!?
マメ科特有の花の構造である蝶形花は一般的に花弁を押し開けることができるハナバチによって送粉・受粉されます。
ナヨクサフジでも例に漏れずクマバチ科・ヒゲナガハナバチ科・ミツバチ科などのハナバチによって好まれていることが原産地のドイツに加えてヨルダンや日本の研究によって明らかになっています(Benedek et al., 1973; Al-Ghzawi et al., 2009; Sugiura, 2018; 峯野ら,2021)。隠岐諸島では昼行性の蛾のスズメガ科も送粉者となっていると考えられています。
日本本土の住宅街においては約50%がシロスジヒゲナガハナバチ、約25%がセイヨウミツバチとなっていました(峯野ら,2021)。
しかし、ヒゲナガハナバチ科やコマルハナバチなどの長舌のマルハナバチ科やスズメガ科は長い口器を利用してきちんと送粉・受粉に貢献する一方で、クマバチやセイヨウオオマルハナバチなどの短舌のマルハナバチ科では花筒に直接穴を開けて蜜を吸っている様子が確認されています(Benedek et al., 1973; Sugiura, 2018)。これを一次盗蜜と言います。
更にミツバチ属や短舌のハナバチ類はこの穴から蜜を吸い取っていきます。これを二次盗蜜と言います。
ナヨフジクサの花筒が長いという特徴は本来は長い口器を持つ昆虫に受粉を行ってもらうように進化していったのかもしれませんが、このように一方的に搾取される例も存在しています。

引用文献
Al-Ghzawi, A. A. M., Samarah, N., Zaitoun, S., & Alqudah, A. 2009. Impact of bee pollinators on seed set and yield of Vicia villosa spp. dasycarpa (Leguminosae) grown under semiarid conditions. Italian Journal of Animal Science 8(1): 65-74. https://doi.org/10.4081/ijas.2009.65
Benedek, P., Bank, L., & Komlódi, J. 1973. Behaviour of wild bees (Hymenoptera: Apoidea) on hairy vetch (Vicia villosa Roth.) flowers. Zeitschrift für Angewandte Entomologie 74(1-4): 80-85. https://doi.org/10.1111/j.1439-0418.1973.tb01782.x
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
峯野美心・永山真衣・山本浩大. 2021. 身近な場所で広がるナヨクサフジ―川沿い以外のポリネーター特定と刈取時期の検討―. 日本生態学会全国大会講演要旨 68: PH-24. https://esj.ne.jp/meeting/abst/68/PH-24.html
清水矩宏・森田弘彦・廣田伸七. 2001. 日本帰化植物写真図鑑 plant invader 600種 改訂. 全国農村教育協会, 東京. 553pp. ISBN: 9784881370858
Sugiura, 2018. Flower Visitors to the Alien Plant Vicia villosa (Fabaceae) in the Oki Islands. Bulletin of the Hoshizaki Green Foundation 21: 97-102. https://www.researchgate.net/publication/348306413
高橋秀男. 2003. 日本の山菜. 学研プラス, 248pp. ISBN: 9784054018815
Wu, Z. Y., Raven, P. H., & Hong, D. Y. eds. 2010. Flora of China. Vol. 10 (Fabaceae). Science Press, Beijing, and Missouri Botanical Garden Press, St. Louis. ISBN: 9781930723917