皆さんはクモをイメージするときどのように糸を出すことを想像しますか?よくある誤解は口から糸を出すと思われていることです。実際のクモは腹部に「糸疣(spinneret)」と呼ばれる器官があり、ここから糸を出します。クモは普通は口から糸を吐いたりしないのです。
ところがそんな誤解通りに口から糸を吐く種類がごく少数ですが知られています!そんな少数の中の一種であるユカタヤマシログモは屋内に現れ、同じクモを捕食するのです。今回はユカタヤマシログモの生態について解説していきます。
クモは口から糸吐くと思われている誤解
クモをイメージするときどのように糸を出すことを想像するでしょうか?よくある誤解は口から糸を出すと思われていることです。実際のクモは腹部に「糸疣」または「出糸突起(spinneret)」と呼ばれる器官があり、ここから糸を出します。クモは普通は口から糸を吐くことはありません。
口から糸を吐く種類がいる
ところがそんな誤解通りに口から糸を吐く種類がごく少数ですが知られており、具体的にはヤマシログモ科とササグモ科の一部で確認されています。このような行動を英語でSpitting performance(暫定訳:唾吐き行動)と呼んでいます(Suter & Stratton, 2009)。
ヤマシログモ科とササグモ科はどちらも日本ではよく見られる種類で、国内では少なくともヤマシログモ科のヤマシログモ Dictis striatipes、クロヤマシログモ Scytodes fusca、ユカタヤマシログモ Scytodes thoracicaの3種については口から糸を吐く様子が観察されています(池田,2020)。
ユカタヤマシログモは家の中にいる!
そのうちユカタヤマシログモは国内で最も一般的に見られる種類です。ユーラシアから北米に広く分布し、日本では北海道・本州・四国・九州に分布します(小野,2009)。人家や倉庫などの建造物に見られるので、お家の中で見かける機会があります。私も関西で暮らしていたとき、マンションの自室の中で観察できましたよ。背甲(頭胸部の背中側)は黄褐色の地に左右対称のまだら状の黒斑があり、腹部背面は黄褐色または灰色の地に独特の黒褐色の斑紋があり、これが「浴衣」にみえることから名前の由来になっています!
繁殖面では産卵期は7~8月で、卵塊は糸で薄く包み口器につけて持ち運ぶことが知られています(池田,2020)。
なぜユカタヤマシログモは口から糸を吐くのか?
ユカタヤマシログモが口から糸を吐く理由はその食性にあると思われます。ユカタヤマシログモは国内ではオオヒメグモやイエタナグモなどのクモの仲間を食べる様子しか観察されていません。ユカタヤマシログモは餌となるクモを見つけると、両方の牙からジグザグ状に糸を出して、餌となるクモの動きを封じます(Suter & Stratton, 2009; 2013; 池田,2014)。
以下の動画からその様子が確認できます。
ヤマシログモの仲間は30cmの吐糸を秒速28mで吐くとされており、勢いが凄すぎて自力では制御できません。「発射する勢いに任せた結果として」ジグザグな糸になるようです。これは強力な水圧によって消防車のホースの先端が左右に振れてしまうのと同じ原理だと考えられています。
牙の孔はふつうのクモでは牙の先端に開いているのですが、ヤマシログモでは牙の基部縁辺に開いており、そこから吐液は牙のへりの溝に沿い先端から放出されます。前方に糸を放出するために進化したと考えられます。
なぜクモを捕らえるために前から糸を出す必要があるのか?ということについて明確に記述してる論文は確認できませんでしたが、おそらく瞬発的に勢いよく前方に糸を吹きかけるためには特別な構造が必要だったのかもしれません。また、やや乱雑にも思えるジグザグ状な糸を吹き付けて相手を拘束するという方法も全般的に脚が長いクモを捕らえるためにはうってつけに思えます。
逆にユカタヤマシログモを捕獲して昆虫を近くにおいても、なかなか糸を吐きかけず、細長い脚で前を探って脚先に昆虫が触れた瞬間、昆虫は飛んで逃げてしまうそうです(池田,2014)。やはり完全にクモを捕食することに特化したクモ、と考えられそうです。
なお先ほど紹介したササグモ科の仲間では護身や卵を保護するときに牙から液体を噴霧することがあり、ヤマシログモの仲間とは理由が少し異なるようです(Suter & Stratton, 2009)。
相手のクモがジグザグの糸から抜け出せない秘密
しかしこれだけ聞くと適当に撃ったジグザグの糸なら相手のクモも頑張ればすぐに抜け出せるのではと思えますよね?
しかしそれができない理由がいくつかあります。
まず1つはジグザグの糸が放出後収縮するためです。吐液噴出3ミリ秒後には糸は最初の長さの60%に収縮することで、糸の張力で相手のクモを押さえつけることになります(Suter & Stratton, 2013)。これによって物理的に動くことが出来ません。
また、ヤマシログモは毒性を持っています。ジグザグの糸そのものには毒は含まれていないのですが、ジグザグの糸によって動けなくなったところにユカタヤマシログモが相手のクモの脚などに咬みつきます。この時、唾液腺から毒液を分泌します。この毒液の中にはアスタシンメタロプロテアーゼなどの酵素、毒アレルゲン・ロンギスタチン(血液凝固を阻害する物質)・翻訳制御腫瘍タンパク質(TCTP)などの毒タンパク質といった様々な物質に類似した物質が含まれることが近年の研究で明らかになっています(Zobel-Thropp et al., 2014)。このような毒液を注入されてはひとたまりもないでしょう。
まとめ
ユカタヤマシログモは「口から」糸を吐くことでクモを捕食するために特化しています。また、ただ単に糸をだすだけではなく様々なクモを捕らえるために様々な工夫がなされています。皆さんも是非お家の中で本種が生息していないか探してみて下さい!
引用文献
池田博明. 2014. ユカタヤマシログモの吐糸説. 遊絲 35: 10-12. http://www.arachnology.jp/yushi/y35.pdf
池田博明 2020-03-15最終更新.クモ生理生態事典 2019(編集中).http://spider.art.coocan.jp/studycenter/Dic11.html
小野展嗣. 2009. 日本産クモ類. 東海大学出版会, 秦野. xvi, 738pp. ISBN: 9784486017912
Suter, R. B., & Stratton, G. E. 2009. Spitting performance parameters and their biomechanical implications in the spitting spider, Scytodes thoracica. Journal of Insect Science 9(1): 62. ISSN: 1744-7917, https://doi.org/10.1673/031.009.6201
Suter, R. B., & Stratton, G. E. 2013. Predation by spitting spiders: elaborate venom gland, intricate delivery system. pp.241-251. In: Spider ecophysiology. Springer, Berlin, Heidelberg. ISBN: 9783642339882, https://doi.org/10.1007/978-3-642-33989-9_18
Zobel-Thropp, P. A., Correa, S. M., Garb, J. E., & Binford, G. J. 2014. Spit and venom from scytodes spiders: a diverse and distinct cocktail. Journal of proteome research 13(2): 817-835. ISSN: 1535-3893, https://doi.org/10.1021%2Fpr400875s