クサノオウとヤマブキソウはいずれも黄色い4枚の花弁から構成されるケシ科の野生種であるため、区別に迷うことがあるかもしれません。葉は小葉の鋸歯の有無で見分けることができ、花は殆どそっくりですが、花序の付き方や雄しべや雌しべの形に違いがあります。この2種はケシ科であることもあり毒性があります。乳汁が皮膚に触れると炎症を起こす場合があり、クサノオウについては誤食すると昏睡、呼吸麻痺、感覚末梢神経麻痺が起こるとされています。現在医学的にどのくらい暴露しても大丈夫であるかについてはヒトについては分かっていませんが、少量でも炎症が起こりうるので、触れるのは危険であり、摂取は絶対にしてはいけません。そんな両種ですが、生態という観点ではまた違った側面が見えてきます。花はケシ科共通で花粉のみを作り蜜は作らないため、かなり訪れる昆虫が限られます。黄色で平らな花の構造は黄色を好み口が短くても花粉を食べることができるハナアブを惹き寄せますが、それだけではなくヒゲナガハナバチというハナバチの種類に特別にアピールするためにわざと真上ではなく、斜めに傾いているのではないかという説があります。種子はエライオソームがついており、アリによって運ばれます。本記事ではクサノオウとヤマブキソウの分類・毒性・送粉生態・種子散布について解説していきます。
黄色い4枚の花弁から構成されるケシ科の野生種
クサノオウ(草の黄)(広義) Chelidonium majus はヨーロッパ大陸、アジア大陸、および北西アフリカの一部、日本では北海道〜九州に分布し、日当たりのよい道ばたや草地、林縁などに生息する多年草です(林ら,2013)。
この種は2亜種に分けられ、ヨウシュクサノオウ Chelidonium majus subsp. majus はヨーロッパ、南西アジア、北アフリカに分布し、クサノオウ(狭義)Chelidonium majus subsp. asiaticum は北海道、本州、四国、九州;朝鮮、中国(東北部)、サハリンに分布します。
ヤマブキソウ(山吹草) Hylomecon japonica は日本の本州(宮城県以南)、四国、九州に分布し、山野の樹林地に群生する多年草です。
どちらもケシ科の野生種で、かつてはヤマブキソウはクサノオウ属に含められていたこともあり、特に花はどちらも4枚の花弁から構成され、黄色であることから区別に迷うことがあるかもしれません。
クサノオウとヤマブキソウは葉の形で見分ける
クサノオウとヤマブキソウはかつては同じ属に含められていましたが、現在では別の属に入れられており、かなり違いがあります。
まず葉はどちらも奇数羽状複葉ですが、クサノオウでは葉身の2倍はない葉柄があり、1~2回程度深裂し、小葉は欠刻がある程度で丸みを帯びているのに対して、ヤマブキソウでは葉身の2倍以上の長い葉柄があり、深裂は1回のみで、小葉は広卵形または楕円形になり、先端はとがり、切れ込みと細かい鋸歯があるという違いがあります。
花はかなり似ていますが、クサノオウでは柄がある散形花序に数花をつけ、花は径2~2.5cm、雄しべの花糸が長く、雌しべがくねるのに対し、ヤマブキソウでは葉腋に2~3個の花をつけ、花は径4~5cm、雄しべの花糸が短く、雌しべはくねりません。
クサノオウとヤマブキソウの毒性
クサノオウは植物体を傷つけると黄~橙色の乳汁を出し、このことが最も大きな本種の特徴です。本種の和名もこのことから「草の黄」とされたという説もあります(岩槻,2006)。
しかし、このような乳液はヤマブキソウも出すのでクサノオウ固有というわけではありません。このような毒性のある乳液はケシ科で共通で見られるもので、代表的なものがケシ Papaver somniferum の阿片です。ただ黄色の乳液であることは変わっています。
乳汁が皮膚に触れると炎症を起こす場合があり、クサノオウについては誤食すると昏睡、呼吸麻痺、感覚末梢神経麻痺になるとされています(佐竹,2012)。ヤマブキソウについては誤食すると吐き気や呼吸麻痺が起こります。
しかしその毒性が古くから広く知られていたためか、医学的な致死量などは明らかになっていないようです。
成分としてはケリドニウムアルカロイドが多く含まれ、クサノオウについてはケリドニン(chelidonine)、プロトピン(protopine)、ケリジメリン(chelidimerine)、サンギナリン(sanguinarine)、ケレリトリン(chelerythrine)、リンゴ酸、ベルベリン(berberine)、ケリドン酸(chelidonic acid)などが確認されています(岡田・三橋,1988)。
歴史的には薬やハーブであったこともあります。漢方ではつぼみの頃に刈り取った地上部を乾燥させたものを白屈菜と称し、特にいぼ取りや、水虫、いんきんたむしといった皮膚疾患、外傷の手当てに対して使用されました。また煎じて服用すると消炎性鎮痛剤として作用し胃病など内臓疾患に対して効果があるとされていたようです。湿疹、疥癬、たむし、いぼといった皮膚疾患の外用薬としても用いられました。このような過去があるため、そのため皮膚疾患に有効な薬草という意味で瘡(くさ)の王だという説もあります。
しかし、現代にかけてその毒性の強さから利用は減ってきました。一方で最近では科学的に再評価もされており、ウイルス性のいぼ治療に有効な可能性も指摘されています(Nawrot et al., 2020)。
薬と毒の境目はやはり難しいようです。
ケシ科は蜜を作らず、花粉しか作らない
クサノオウは花期が4〜7月。柄がある散形花序に数花をつけます。花は鮮黄色の花弁4枚で構成され、直径約2cmほどなので鮮やかでよく目立ちます。多数の雄しべの間には体をくねらせた青虫のように見える雌しべが確認できます(林ら,2013)。
ヤマブキソウは花期が4~6月。上部の葉腋に長さ4〜6cmの花柄をもつ黄色い花を1〜2個つけます。花弁は4枚で構成され長さ2〜2.5cm。雄しべは多数。花柱は短く、柱頭は2裂します。
どちらも4枚の花弁から構成され、黄色です。ケシ科は共通で雌しべ全体が雄しべと並んでいる構造になっており、このような花の構造は「子房上位」と呼ばれ、同じく黄色いバラ科やキク科の花などとは少し印象が違います(小林,2007)。
一番特徴的なのは先端がよく膨らんだ雄しべです。なぜこんなことになっているのでしょうか?
この種を含めケシ科の花は花粉しか作らず蜜を作りません(田中,2009)。そのため、蜜を作る分のエネルギーを全て花粉に注いだ結果、こうなっているのだと思われます。
一般的に蜜に比べて花粉はタンパク質を多く含み、体を構成する栄養素としては勿論、産卵が必要な雌の虫にとっても大事な栄養源です。こうすることで他の植物と差別化できるのかもしれません。子房上位になっているのも、虫が花粉を求めているうちに雌しべを踏んで花粉をつける確率が上がる、というような事情があるのかもしれません。
なぜ斜めに傾いて咲くのか?
クサノオウの花にはどのような昆虫が訪れるのでしょうか?
実際に行われた調査によると、ハナアブが多いと考えられています(田中・平野,2000)。ハナアブは黄色を好み、短い口を持ち蜜や花粉までの距離が短い花を好む種類であることが知られています。実際、よく目立ち、平らで入り込みやすいのでその可能性は高そうです。ただ他の黄色いキク科などの花に比べると随分斜めに傾いて花が咲いているという印象を受けませんか?
この花を研究した人によると、この花にはヒゲナガハナバチというハナバチもやってくるそうです。ヒゲナガハナバチは一般的にはマメ科の蝶形花のように横向きに咲き、複雑な構造の花にやってくることが多いようです。クサノオウはそうではありませんが、少しだけ横向きに咲くことでヒゲナガハナバチにアピールしているのではないか?と研究者は考えています。
勿論、本当にそうなのかは研究が不足していますが、花の咲く微妙な傾き、というのも人が思っている以上に生きていく上では重要なのかもしれませんね。
ヤマブキソウの花に訪れる昆虫については研究が不足しています。
果実は蒴果で種子はアリが散布する
果実はどちらも乾燥すると裂けて種子を出す蒴果で(林ら,2013)、種子にはエライオソームがついており、アリによって運ばれることが知られています(中西,1999;小林,2007)。
しかし具体的にどのようなアリの種類が運ぶのかは明らかになっていないようです。どのようなアリが運ぶかによって生息域はかなり変わってきそうです。今後の研究に期待したいです。
引用文献
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小林正明. 2007. 花からたねへ 種子散布を科学する. 全国農村教育協会, 東京. 247pp. ISBN: 9784881371251
岩槻秀明. 2006. 街でよく見かける雑草や野草がよーくわかる本. 秀和システム, 東京. 527pp. ISBN: 9784798014852
中西弘樹. 1999. アリによる種子散布. pp.104-117. In: 上田恵介編. 種子散布 助けあいの進化論 2 動物たちがつくる森. 築地書館, 東京. ISBN: 9784806711933
Nawrot, J., Wilk-Jędrusik, M., Nawrot, S., Nawrot, K., Wilk, B., Dawid-Pać, R., … & Gornowicz-Porowska, J. 2020. Milky sap of greater celandine (Chelidonium majus L.) and anti-viral properties. International Journal of Environmental Research and Public Health 17(5): 1540. ISSN: 1660-4601, https://doi.org/10.3390/ijerph17051540
岡田稔・三橋博. 1988. 原色牧野和漢薬草大圖鑑. 北隆館, 東京. 782pp. ISBN: 9784832600041
佐竹元吉. 2012. 日本の有毒植物. 学研プラス, 東京. 232pp. ISBN: 9784054052697
田中肇. 2009. 昆虫の集まる花ハンドブック. 文一総合出版, 東京. 80pp. ISBN: 9784829901397
田中肇・平野隆久. 2000. 花の顔 実を結ぶための知恵. 山と渓谷社, 東京. 191pp. ISBN: 9784635063043