ヤブコウジ・ツルコウジ・マンリョウ・カラタチバナはいずれもサクラソウ科ヤブコウジ属に含まれ、照葉樹林で自生しますが、秋~冬に赤い球形の果実をつけることからセンリョウ科のセンリョウなどとともに観賞用に盛んに栽培されている常緑小低木です。日本では特に人気があるでしょう。ただ、いずれの果実も殆ど同じ形をしているため、違いがわからない人がいるかもしれません。しかし、樹木の大きさや葉の形にきちんと注目すると区別は比較的簡単です。マンリョウの葉縁の鋸歯は肥大化し、「葉粒」という状態になっており、細菌と共生していますが、この役割はかつては窒素固定をするためだと言われましたが、現在では防御的な二次代謝産物や成長因子を供給してもらうためだと考えられています。本記事ではヤブコウジ属の分類について解説していきます。
ヤブコウジ・ツルコウジ・マンリョウ・カラタチバナとは?
ヤブコウジ(藪柑子) Ardisia japonica は日本の北海道(西南部)、本州、四国、九州、トカラ列島;朝鮮、中国(南部)に分布し、主として照葉樹林の林床に生える常緑小低木です(神奈川県植物誌調査会,2018)。
ツルコウジ(蔓柑子) Ardisia pusilla は日本の北海道南部~九州;朝鮮、中国、台湾、フィリピン、タイに分布し、照葉樹林内に生える常緑小低木です(林,2019)。
マンリョウ(万両) Ardisia crenata は日本の本州(関東地方以西)、四国、九州、琉球;東アジアに分布し、主として照葉樹林内に生える常緑小低木です。
カラタチバナ(唐橘) Ardisia crispa は日本の本州(関東地方以西)、四国、九州、琉球;中国、台湾に分布し、照葉樹林内に生える常緑小低木です。
いずれもサクラソウ科ヤブコウジ属に含まれ、秋~冬に赤い球形の果実をつけることからセンリョウ科のセンリョウなどとともに観賞用に盛んに栽培されている常緑小低木です。特に神社仏閣で見かけることが多いでしょう。
分類学上はヤブコウジ属は花序が頂生または腋生で、花冠は皿状で深裂し、花冠裂片は回旋状に重なり、子房は上位、種子は1個で球形である点などからサクラソウ科の別属から区別されます。
ただ、上記4種の区別は詳しく観察しないと難しいかもしれません。
ヤブコウジ・ツルコウジ・マンリョウ・カラタチバナの違いは?
ヤブコウジ属は日本に8種いますが、今回は本土でメジャーな4種に着目します。
これら4種は赤い球形の果実だけに注目すると区別は難しいですが、樹木の大きさや葉の形にきちんと注目すると区別は比較的簡単です(神奈川県植物誌調査会,2018;林,2019)。
まず、ヤブコウジとツルコウジでは高さ5~30cm、匍匐枝をもち、地上部は分枝せず、葉は茎の上部にやや輪生状につくのに対して、マンリョウとカラタチバナでは高さ30cm以上、匍匐枝はなく、地上部は直立し、葉は互生するという違いがあります。
ざっくりいうとヤブコウジとツルコウジはかなり小型にしか成長しません。
また葉にも特徴が出ていて、ヤブコウジとツルコウジでは葉縁に内腺点がないのに対して、マンリョウとカラタチバナでは葉縁に内腺点がありません。
「内腺点」という用語がまたわかりにくいかもしれませんが、葉縁にマンリョウとカラタチバナでは葉縁に小さな点のような穴が観察できます。この穴のことを指しています。
ヤブコウジとツルコウジに関しては、ヤブコウジでは葉や茎に長毛がなく、鋸歯が細かく、匍匐枝に葉がつかないのに対して、ツルコウジでは葉や茎に長毛があり、鋸歯が粗く、匍匐枝に葉がつくという違いがあります。
葉の形を見れば一目瞭然でしょう。
なお、関東南部~中国地方、九州に分布するオオツルコウジ Ardisia walkeri は長毛があるものの、鋸歯が多いです。
マンリョウとカラタチバナに関しては、マンリョウでは葉は長楕円形で、茎は上方で分枝し、花序はその枝に頂生し、無柄であるのに対して、カラタチバナでは葉は広披針形で、先が次第に細くなり、茎はほとんど分枝せず、花序は葉腋から出て、有柄という違いがあります。
しかし、これは厳密な区別で、そこまで細かく見なくてもマンリョウの方でのみ、明らかに葉縁に肉厚の細かい鋸歯があることから迷うことはないでしょう。
変種や品種にはどんな種類がある?
ヤブコウジ・ツルコウジ・マンリョウ・カラタチバナにはそれぞれ変種や品種も存在します(大橋ら,2017)。
シロミヤブコウジ Ardisia japonica f. albifructa は果実が白いヤブコウジの品種です。
ホソバヤブコウジ Ardisia japonica var. angusta は伊豆大島、屋久島、台湾に分布し、葉が狭楕円形のヤブコウジの変種です。
シラタマコウジ Ardisia japonica var. angusta f. leucocarpa は伊豆大島に分布し、葉が狭楕円形でかつ果実が白いホソバヤブコウジの品種です。
リュウキュウツルコウジ Ardisia pusilla var. liukiuensis は沖縄に分布し、全体に大型で、高さ30cm近くなるツルコウジの変種です。
シロミノマンリョウ Ardisia crenata f. leucocarpa は果実が白いマンリョウの品種です。
キミノマンリョウ Ardisia crenata f. xanthocarpa は果実が黄色いマンリョウの品種です。
シロミタチバナ Ardisia crispa f. leucocarpa は果実が白いカラタチバナの品種です。
キミタチバナ Ardisia crispa f. xanthocarpa は果実が黄色いカラタチバナの品種です。
ヤクシマタチバナ Ardisia crispa var. caducipila は本州(和歌山県)と九州(屋久島)に分布し、若いときに葉柄および葉の裏面に小刺毛のあるカラタチバナの変種です。
「マンリョウが窒素固定をする」というのは嘘?
生態的にはヤブコウジ属は葉縁に真正細菌の仲間であるバークホルデリア属 Burkholderia を保持していることが知られています(Yang & Hu, 2022)。
特にマンリョウではわかりやすくマンリョウの葉縁は鋸歯があり波打っていますが、その鋸歯の部分は肥大化し、「葉粒」と呼ばれる状態になっています。
この内部にバークホルデリアが含まれており、この関係は1対1で、共進化してきたと考えられています。マンリョウの場合、Burkholderia crenata という種類が含まれています。
かつて同定の精度が低く、全く別種の細菌が含まれていると考えられ、その細菌が空気中の窒素を利用することができる窒素固定細菌だったため、「マンリョウは葉から窒素固定ができる」という考えが一時期定着していました。窒素はタンパク質を形成するのに不可欠な元素ですので、窒素固定ができるというのは特別な特徴であると考えられます。
しかし、現在では上述のバークホルデリア属であることが判明し、そのバークホルデリア属には窒素固定が可能な種類もいますが、ヤブコウジ属と共生する種類では窒素固定は行わないことが明らかになっています。
したがって、マンリョウを含むヤブコウジ属も葉から窒素固定ができないと考えられています。
その代わり、バークホルデリア属は防御的な二次代謝産物や成長因子をヤブコウジ属に供給することが分かっており、ヤブコウジ属はバークホルデリア属なしでは実生段階を超えて生長できません(Carlier et al., 2016)。
窒素固定ではないものの、バークホルデリア属はヤブコウジ属にとってやはり必要不可欠であると考えられています。
引用文献
Carlier, A., Fehr, L., Pinto-Carbó, M., Schäberle, T., Reher, R., Dessein, S., … & Eberl, L. 2016. The genome analysis of Candidatus Burkholderia crenata reveals that secondary metabolism may be a key function of the Ardisia crenata leaf nodule symbiosis. Environmental Microbiology 18(8): 2507-2522. https://doi.org/10.1111/1462-2920.13184
林将之. 2019. 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類. 山と溪谷社, 東京. 824pp. ISBN: 9784635070447
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
大橋広好・門田裕一・邑田仁・米倉浩司・木原浩. 2017. 改訂新版 日本の野生植物 4 アオイ科~キョウチクトウ科. 平凡社, 東京. 608pp. ISBN: 9784582535341
Yang, C. J., & Hu, J. M. 2022. Molecular phylogeny of Asian Ardisia (Myrsinoideae, Primulaceae) and their leaf-nodulated endosymbionts, Burkholderia s.l. (Burkholderiaceae). PLoS One 17(1): e0261188. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0261188