タケニグサは荒地や道端に生息する多年草で、町中でも時折見かけます。ケシ科で、日本国内では似た植物は確認されていませんが、いくつか品種が知られており、少し葉の形態に違いがあります。タケニグサの毒性はタケニグサの特徴の中でも最も有名で、茎を切ると有毒の黄色の乳液を出します。この乳液が手につくと皮膚炎を起こし、かぶれますので、触ってはいけません。経口摂取すると嘔吐、下痢、酩酊状態、血圧低下、呼吸麻痺を起こす可能性があります。この毒性はヒトだけではなく、ニホンジカ、昆虫にも効果があります。そのタケニグサの毒の主成分はサンギナリンとケレリトリンというアルカロイドです。一方で、中国では外用という形で薬としても利用されており、皮膚炎、皮膚感染症に用いられてきた歴史もあり、西洋医学でも科学的に応用できないか検討されています。そんなタケニグサの花はとても特殊です。花弁はなく、萼片も開花後無くなるので、実質雄しべと雌しべだけで構成されています。これはホメオシスと呼ばれる変異によって、花弁を雄しべに変換した結果なのです。これは風媒花になるための大胆な変化であると考えられています。しかし、不思議なことにこの地味な花にハナバチが訪れている記録があります。理由は分かりませんが、もしかしたら補助的に虫媒も行っているものかもしれません。果実は扁平な蒴果で、こちらも風によって運ばれますが、種子にはエライオソームがあり、更にアリによって運ばれるのです。本記事ではタケニグサの分類・歴史・用途・毒性・薬用・送粉生態・種子散布について解説していきます。
荒れ地に見られる多年草
タケニグサ Macleaya cordata は別名チャンパギク(占城菊)。日本の本州〜九州;中国、台湾に分布し、日当たりのよい荒地や道端に生息する多年草です(Wu et al., 2008; 林ら,2013)。ケシ科。
高さ1〜2mで、全体に粉白を帯びます。茎は中空で、切ると有毒の黄色の乳液を出します。葉は長さ10〜30cmで、菊の葉のように裂け、下面にはふつう縮毛が密生します。
和名は中空の茎や冬枯れの様子が竹や笹に似るとする「竹似草」を由来とする説と、竹と一緒に煮ると竹が柔らかくなって細工が容易になるとする「竹煮草」を由来とする説があります。しかし実際にはタケを柔らかくするという事実はないようです。
別名の「占城菊」は「キク」については葉が周囲の切れ込みと鋸歯がある点からキク科の類似するとされたことに由来しますが、「チャンパ」については、こちらも2つの説があり、南ベトナムの占城(チャンパ)のような南国から来たキクという意味合いを持つという説と、果実が風に揺れてチャラチャラと鳴ることに由来するという説があります。しかしこちらもタケニグサがベトナムに分布する事実はありません。また、タケニグサは在来種です。
タケニグサに似ている種類はいる?
タケニグサはケシ科ですが、似た植物は中国では Macleaya microcarpa と呼ばれる雄しべが8~12本と少ない種類が見られます(Wu et al., 2008)。しかし、日本で見ることはありません。そのため普段タケニグサかどうか判別に迷うことはまず無いでしょう。
ただ、いくつかタケニグサの品種が確認されています。
ケナシチャンパギク Macleaya cordata f. glabra は葉柄や葉下面にほとんど毛がない品種です。
また、マルバタケニグサ Macleaya cordata f. koaraii は葉の形が切れ込みのある円形状の品種です。
タケニグサの毒性は?アルカロイドの種類は?
タケニグサは有毒で、茎を切ると有毒の黄色の乳液を出します。乳液は茎だけではなく葉、葉柄、地上茎などの全草に含まれています。これは同じくケシ科のクサノオウやヤマブキソウとも類似します。このような毒性のある乳液はケシ科で共通で見られるもので、代表的なものがケシ Papaver somniferum の阿片です。
乳液が手につくと皮膚炎を起こし、かぶれますので、触ってはいけません(佐竹,2012)。
経口摂取した場合はどうなるのでしょうか?
ヒトの致死量は分かっていませんが、食べると、嘔吐、下痢、酩酊状態、血圧低下、呼吸麻痺を起こすことがあります(佐竹,2012)。
ラットでは実験が行われていて、タケニグサの水溶液の経口摂取で半数致死量(LD50)が900 [mg/kg]、タケニグサの含まれる塩化サンギナリンの経口摂取で半数致死量で1,658 [mg/kg] という値が出ています(Lin et al., 2018)。
このような哺乳類に対する毒性は自然界でも利用されており、ニホンジカ Cervus nippon が全く採食しない不嗜好性植物であることが分かっています(内村,2014)。
更に、昔はタケニグサを煮出すことでその液を殺虫スプレーとして用いられていたと言います(岩槻,2006)。そのため葉食性の昆虫に対しても、防虫効果があると考えられるでしょう。
このようなタケニグサの毒の成分は、非常に多岐に渡りますが、主にイソキノリンアルカロイドであることが示されており、特にサンギナリン(sanguinarine)とケレリトリン(chelerythrine)というベンゾフェナンスリジンアルカロイドはタケニグサ属の特徴的な成分であると考えられています(Lin et al., 2018)。
タケニグサは薬としても用いられていた?
一方で、タケニグサは中国では外用という形で主に炎症や特定の皮膚疾患の治療の薬としても利用されてきました(Lin et al., 2018)。
その効果の主成分もやはりサンギナリンとケレリトリンです。
唐代の739年に陳蔵器が著した漢方医書『本草拾遺』に、タケニグサが初めて収載され、外用としてのみ処方され、その毒性とともに記載されています。
伝統的には筋肉痛を一時的に和らげたり、蜂に刺されたり、炎症を起こした傷の治療などの常備薬として使用されていました。また、民間療法では、葉を打撲傷、潰瘍、リューマチ、疥癬、その他の皮膚疾患の治療に用いるのが一般的でした。
伝統的な中国医学では現代でも傷、トリコモナス膣炎、関節炎、リューマチ関節痛の治療のために中国医学で広範囲に使用されています。タケニグサの抽出物は皮膚疾患の治療のために外用されています。
中国の臨床研究では、タケニグサを用いた入浴が疥癬、性器のかゆみ、体部白癬を治すことが示されています。また、タケニグサの根を代替療法として癌患者に投与しています。さらに家畜の場合、タケニグサの注射剤は、解毒、抗菌、抗炎症作用により、豚赤痢、白色下痢、浮腫病、パラチフス、豚感染性胃腸炎に効果があるとされています。この他、皮膚の洗浄、痒みの薬、ムカデに噛まれた時の治療に使用されることがあります。
北米やヨーロッパでも伝統的な薬用植物として、虫刺されや白癬菌感染症に利用されることがあります。
まさに毒にも薬にもなることを示しています。西洋医学では抗生物質が用いられることも多いですが、抗生物質の乱用による問題(残留薬物、耐性菌が出現など)も知られています。タケニグサに含まれる天然有効成分は、従来の抗生物質と同じ作用を持ちながら、無毒な代謝物に容易に代謝され、残留性がなく、その複雑な有効成分と特殊な作用機序から、薬剤耐性が生じにくいのではないかという考えから、現在でも応用研究が進められています。
タケニグサの花の構造は?どれが花なのか?
タケニグサは花期は7〜8月で夏に咲き、茎の先に大きな円錐花序を作ります。蕾の時は2個の白色の萼片に包まれ、特に普通の花と変わりませんが、開花するとこの萼片は見当たらなくなり、一見どれが花なのかよく分かりません。
しかし、蕾の中には線状に広がっている器官が混じっており、よく観察すると中央に雌しべがあり、放射状に生えて、24~30本あるものは明らかに葯があり、雄しべであることがわかります。この部分こそが花なのです。この花に花弁はなく、萼片も開花と同時に落ちてしまうので、実質的に雄しべと雌しべだけで構成されているということになります。このような構造の花を持つ植物はかなり少ないといえます。
なぜタケニグサの花はこんな構造になった?
この花はどのように花弁を無くして、雄しべだけの花を作り出しているのでしょうか?特に雄しべが放射状に生えているというのはとても奇妙に思えます。
実はこれは「ホメオシス(homeosis)」という遺伝子の変異を用いていることが分かっています。ホメオシスとは遺伝的な原因(ある遺伝子の突然変異、あるいはその発現程度の異常)によって、一部の器官が本来の形をとらず他の相同な器官に転換する変化のことを指します。
少し分かりにくいかもしれませんが、タケニグサの場合、本来、花弁を作る遺伝子の仕組みを雄しべを作るものに変換しているのです(Ronse De Craene & Smet, 1993; Ronse De Craene, 2003)!これは非常に特異的な変化であると言えるでしょう。
しかし、なぜこんな変化を起こしているのでしょうか?
これは完全な実験観察があったわけではありませんが、イギリスの植物形態に詳しい研究者によると、主に風で花粉を運ぶための適応だと考えられています(Ronse De Craene, 2003)。
昆虫にアピールするための花弁を無くすことで、無駄なエネルギーの使用を削減し、更に風も通りやすくなります。雄しべの数も増えているので花粉も増え、風で花粉が飛んでいき、別の個体の雌しべに付く確率は格段に上がるという訳です。
実際に日本でもスギやブタクサと同じようにタケニグサの花粉が空中花粉として検出されています(佐橋,1987)。そのため風で花粉を送っているのは間違いなさそうです。
このことを踏まえると、かなり大きな花序を作ることや雄しべが長いこと、雌しべが大きいことも、風で送ることに特化するために進化したと考えられそうです(forestplant,2019)。
タケニグサは樹木のような障害物がなく、開けた地点である荒地に生えます。そのため風が強く、風媒であることは昆虫に頼る虫媒よりも、効率が良いのでしょう。
純粋な風媒ではないかもしれない!?
しかしすんなり理解させてくれないのが自然の難しいところであり、面白いところです。
なんと、タケニグサの花にはクマバチなども含めたハナバチが花に訪れることも観察されています(田中,1976;市川ら,2011)。
普通に考えれば、タケニグサの花には昆虫にアピールする花弁のような器官を全く持ち合わせておらず、昆虫には全く魅力的には映らないはずです。しかし、現に2つの研究で実際にハナバチが訪れることが確認されています。
これはタケニグサにとって花粉だけを不当に食べられてしまい、エネルギーの無駄なのか、それとも、ちゃんと受粉の効果があるのか、そもそも極稀に起こることなのか、微妙なところです。しかし、一見1つの受粉方法しか持っていないように思える植物の花が複数の受粉方法を持っていることが最近の研究では明らかになりつつあります。例えば、トウゴマ Ricinus communis はかつて風媒に特化した花であると考えられていましたが、現在ではミツバチによっても受粉が促進されることが分かっています。またスペシャリストとして進化したと思われる虫媒花でも、昼夜で別の分類群の昆虫に受粉を頼るケースは頻繁に見られます。
タケニグサの場合も、補助的にハナバチにも受粉を頼っているのかもしれません。しかし、そのメカニズムについてはまだよく分かっていません。
果実は蒴果で種子は風散布とアリ散布の併用
果実は蒴果で、長さ約2.5cmで扁平な鞘状です。種子は長さ1.5~2.2mmで、表面が凸凹の光沢のある褐色で、種沈(エライオソーム)がつきます。エライオソームは黄白色の小さな組織となっています。
蒴果は明らかに扁平ですので、これで風を受けて果実は飛ばされて各地へ分散していきます。群生地では風が吹くと蒴果が揺れて種子が音を出し、人のささやきのように聞こえる事から「ささやき草」とも呼ばれます。
ここまでは蒴果の形から予想できるかもしれません。しかしそれだけではなく、中の種子は上述のようにエライオソームがついています。エライオソームはアリの餌になることが知られており、これを求めたアリによっても運ばれ、更に生息地を広げるのです(小林,2007)。
受粉と同じく、この点も開けて風が通りやすい荒地での生活にうまく適応しています。
具体的にどのようなアリの種類が種子を運ぶのかについて包括的な研究は無いようですが、小林(2007)ではクロナガアリ Messor aciculatus が果皮から種子のエライオソームを咥えて、運び出そうとしている様子が撮影されています。クロナガアリは秋にイネ科植物の種子などを集めることで知られています。どこにでも見られる種類ではないので、このアリの種類だけが運ぶとは思えませんが、タケニグサの果期にはよく合っているでしょう。
こうしてみると、荒地で生き抜くために花も果実も最大限に風を利用した巧みな植物と言えそうです。
引用文献
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出典元
本記事は以下書籍に収録されていたものを大幅に加筆したものです。