イタチハギとハリエンジュは同じくマメ科で葉は多数の小葉からなる奇数羽状複葉である上に緑化に利用され、同じような環境で野生化することから混同されることがあります。日本ではどちらも生態系被害防止外来種(旧要注意外来生物)です。この2種は刺の有無を区別点として挙げられることがありますが、それはトゲナシハリエンジュが存在するため早計です。葉をよく観察することで区別する必要があります。しかし花や果実は全く異なっているのでこれらがあればすぐに見分けがつきます。そんな対照的な2種の花や果実は生態にどのような影響を与えているのでしょうか?おそらく花はイタチハギでは様々な大きさのハナバチを広く誘っているのに対して、ハリエンジュではセイヨウミツバチほどの大きさのハナバチに狙いを絞っています。果実についても研究が不足していますが、イタチハギでは風と動物を利用して種子を散布しますが、ハリエンジュでは重力と風と重力を利用しています。本記事ではイタチハギ・ハリエンジュの分類・送粉生態・種子散布を解説します。
北米原産の緑化用の個体が野生化したマメ科の樹木
イタチハギ(鼬萩) Amorpha fruticosa は別名クロバナエンジュ(黒花槐)。北米東部からメキシコが原産で、道路の法面の緑化や砂防用に日本に持ち込まれ、野生化しています(茂木ら,2000)。原産地では開いた湿った森、小川や池の近くの湿った地面、岩だらけの土手、峡谷などに生息し(The Great Plains Flora Association, 1986)、侵入地では崩壊地や河原など野生化する落葉低木です(茂木ら,2000)。
ハリエンジュ(針槐) Robinia pseudoacacia は別名ニセアカシア。北アメリカ原産。明治時代初期に渡来し、各地で砂防用に植えられ、川岸、土堤、崩壊地などで野生化する落葉高木です。
以上2種は北アメリカ原産のマメ科で葉は多数の小葉からなる奇数羽状複葉である上に緑化に利用され、同じような環境で野生化するという共通点があります。また後述のように繁殖力があるためヨーロッパや日本で在来種の植物の生育を阻害したり、景観を損なうなどの問題があるとされ、日本では特定外来生物には至らないものの、注視する種類として、どちらも生態系被害防止外来種(旧要注意外来生物)に指定されています。
イタチハギとハリエンジュ(ニセアカシア)の違いは?
このように類似点が多くしばしば混乱しますが、よく観察するとかなり多くの違いを見つけることができます(茂木ら,2000;林,2014)。
まず葉の小葉はイタチハギでは長い楕円形で小さく(変異があるがハリエンジュほどはない)、先に普通は微突起があり、明色の腺点が点在するのに対して、ハリエンジュでは短い楕円形で大きく、先は普通凹んで突起はなく、腺点はありません。
またイタチハギでは枝に刺がありませんが、ハリエンジュでは普通は名の通り刺があります。これを強調する人もいますが、この点はあまり明確な区別点にならないかもしれません。というのもトゲナシハリエンジュ f. inermis という極めて回りくどい(しかし妥当な)名前の品種があるからです。刺があったらハリエンジュ、と考えましょう。
花は全く異なっており、イタチハギでは枝先に穂状花序を数個伸ばし、黒紫色の花を多数つけ、花弁は旗弁のみで、翼弁と竜骨弁は退化し、旗弁は濃紫色で花糸は紫色で葯は黄色であるのに対して、ハリエンジュでは葉腋から総状花序を垂らし、香りのよい白色の蝶形花を多数つけます。
果実も全く異なっておりどちらも豆果ではあるものの、イタチハギでは表面には水泡状のいぼがあり、熟しても裂開せず、種子は1個に固定されるのに対して、ハリエンジュでは背軸側に狭い翼があり、表面は無毛で、10月頃に熟し、2つに裂開して、種子は3〜10個あります。
なお、2種はクララ・エンジュ・イヌエンジュなどとも混同されることがありますが、これらとはやはりイタチハギでは小葉に微突起があり、明色の腺点が点在ことで区別でき、ハリエンジュでは葉が尖らず普通凹んでいることで区別できます。
花の構造は?
イタチハギは花期が5〜6月。枝先に長さ6〜20cmの穂状花序を数個伸ばし、長さ約8mmの黒紫色の花を多数つけます。マメ科なので蝶形花が元々の姿ですが、翼弁と竜骨弁は退化し、旗弁のみで構成されています。旗弁は濃紫色、花糸(雄しべの下の部分)は紫色で、葯(雄しべの花粉がついている部分)は黄色になっており、コントラストがあります。このような花の集まった花序がイタチの穂に見えることからこの名があります。
ハリエンジュは花期が5〜6月。葉腋から長さ10〜15cmの総状花序を垂らし、香りのよい白色の蝶形花を多数つけます。花は長さ約2cm。萼は広鐘形で有毛。上部は5裂します。
2種の花の見た目は全く異なっていますが、どちらかというとハリエンジュはマメ科の中で標準的な形をしていて、イタチハギが特殊化していると考えることができます。
繁殖は両種とも切り株や根からも芽を出すことによる無性生殖も行うことが出来ます(Iamonico, 2016; CABI, 2019)。
ハリエンジュは自由度の高い受粉戦略を持っていた!?
ハリエンジュはマメ科としては標準的な花の形ですが、やはり主にミツバチによって受粉するとされています(CABI, 2019)。蝶形花は中に雄しべと雌しべと蜜を隠しており、ハナバチ類が押し開けることで初めて蜜を吸うことができるので、蜜を吸うことができる種類は限られるのです。
日本では本格的な研究が行われており、多摩川の自然状態のハリエンジュの花を44,713枚撮影し、動物の訪花が確認できた写真の枚数1,755枚のうち、 1,587枚がセイヨウミツバチで全体の90.4%を占めていました(西熱甫江ら,2013)。
これは明らかにハリエンジュはセイヨウミツバチに強く依存していると考えてしまうかもしれません。実際、「アカシアはちみつ」の名でハリエンジュの蜂蜜はよく販売されているのを見かけます。風味にクセが少ない点が特徴で料理やお菓子作りに最適とされています。
しかし、セイヨウミツバチはアメリカ大陸には本来分布していません!そのためミツバチに類似したハナバチがアメリカ大陸では受粉していたものが、ユーラシア大陸に来てからセイヨウミツバチに花粉媒介者を変えたのだと考えるのが自然でしょう。これは、ハリエンジュの適応力の高さを示すものです。
さらにハリエンジュは18.0%は昆虫を必要としない自家受粉も行うと考えられており、ある程度の自家和合性も備えており、昆虫が居ない環境でもある程度増えることが出来ます(西熱甫江ら,2013)。なぜこれほど世界中に広まったのがよく分かるでしょう。
イタチハギの花にやってくる昆虫は花粉目当てだった?
一方でイタチハギではどうでしょうか?イタチハギの花の形は標準的な蝶形花とは全く異なっています。
まとまった研究を発見することは出来ませんでしたが、私の調査では日本ではクマバチ(山田・遊磨,2007)、海外ではミツバチの記録がありました(Holmes, 1985)。さらに来る虫の比率を調べた研究ではハナバチが殆どを占めており(横井ら,2008)、インターネット上のアメリカの観察例でもハナバチしかやってきません(Hilty, 2018)。
これだけ聞くとハリエンジュとあまり違いがないと感じるかもしれません。
しかし興味深いのはヒメハナバチ属 Andrena やメンハナバチ属 Hylaeusといったかなり小型のハナバチが多いことです。
私の考察になりますが、黒色によって花粉が目立つので花粉目当てでやってくるハナバチが多いのかもしれません。また、一般的な蝶形花は上述の通り、花弁をこじ開けるある一定以上の力が必要で、大きなハナバチにとって有利になります。イタチハギは大型のハナバチが居なかったり、大型のハナバチを巡る他の植物種との競合が大きかったために、様々なハナバチが訪れるようにこのような形に進化したのかもしれません。
景観を損なうと言われていますが、花の形や色は類を見ず、興味深く感じられます。
果実は豆果で種子は風散布と水散布を両立していた!?
果実も2種とも豆果ですが、形はかなり違います。
イタチハギは長さ約1cmで、熟しても裂開しません。表面には水泡状のいぼがあります。種子は1個、長さ約4mm。
ハリエンジュは長さ5〜10cm、幅1.5〜2cm、背軸側に狭い翼があり、表面は無毛。10月頃に熟し、2つに裂開して、3〜10個の種子を出します。種子は腎臓形で直径約6mm。
この形の違いには生態的な意味はあるのでしょうか?
イタチハギは研究が不足していますが風散布を行うため(Iamonico, 2016)、一つあたりの果実が軽く、熟しても種子を出さず、そのまま風に流されていくのだと考えられます。また鳥類や小型哺乳類が種子を散布する可能性が示されています。
一方、ハリエンジュはよく知られており、重力散布が行われます。果実が裂開することで種子が散布されるのです(崎尾,2015)。
ところがハリエンジュは風散布も行うことが確認されており、未裂開や裂開後も種子が付着したままの豆果が、風に乗って長距離移動することも観察されています。
更に水散布も行います。やはり種子が付着したままの豆果が河川で浮遊し流されることが実験や観察によって分かっています。河畔林のハリエンジュ林についても水散布によって成立したと考えられています。
これだけ見るとハリエンジュの果実が完全上位互換のように見えてしまいますが、どうなのでしょうか?イタチハギの果実にいぼが付いている理由も不明です。まだ分からないのですが、もしかしたら動物による散布も重要なのかもしれません。イタチハギの種子散布についても研究が進んでほしいと思います。
引用文献
CABI. 2019. CABI Compendium: Robinia pseudoacacia (black locust). https://doi.org/10.1079/cabicompendium.47698
The Great Plains Flora Association. 1986. Flora of the Great Plains. University Press of Kansas, Kansas. 1392pp. ISBN: 9780700602957
林将之. 2014. 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1100種類. 山と溪谷社, 東京. 759pp. ISBN: 9784635070324
Hilty, J. 2018年1月16日最終更新. Illinois Wildflowers: Flower-Visiting Insects of Indigo Bush. https://www.illinoiswildflowers.info/flower_insects/plants/indigo_bush.htm
Holmes F.O. 1985. Privets and Amorpha fruticosa as nectar sources. Gleanings in Bee Culture 113: 79-80. ISSN: 0017-114X
Iamonico, D. 2016. CABI Compendium: Amorpha fruticosa (false indigo-bush). https://doi.org/10.1079/cabicompendium.5001
茂木透・太田和夫・勝山輝男・高橋秀男・城川四郎・吉山寛・石井英美・崎尾均・中川重年. 2000. 樹に咲く花 離弁花 2 第2版. 山と溪谷社, 東京. 719pp. ISBN: 9784635070041
崎尾均. 2015. なぜハリエンジュは日本の河川流域で分布を拡大したのか?. 日本緑化工学会誌 40(3): 465-471. https://doi.org/10.7211/jjsrt.40.465
西熱甫江買買提・星野義延・吉川正人. 2013. 多摩川におけるハリエンジュの結実と訪花昆虫. 日本緑化工学会誌 39(1): 109-114. https://doi.org/10.7211/jjsrt.39.109
山田純平・遊磨正秀. 2007.「龍谷の森」における開花フェノロジーと昆虫の訪花戦略. pp.367-390. In: 龍谷大学里山学研究センター. 里山学研究センター2007年度年次報告書. 龍谷大学里山学研究センター, 大津.
横井智之・波部彰布・香取郁夫・桜谷保之. 2008. 近畿大学奈良キャンパスにおける訪花昆虫群集の多様性. 近畿大学農学部紀要 41: 77-94. ISSN: 0453-8889, http://id.nii.ac.jp/1391/00005214/
出典元
本記事は以下書籍に収録されてたものを大幅に加筆したものです。