ギンリョウソウ・ギンリョウソウモドキ・タシロランの違いは?似た種類の見分け方を解説!なぜ光合成を失った?花にはどんな昆虫が訪れる?種子を運ぶのはゴキブリだった!?

植物
Monotropastrum humile

ギンリョウソウ・ギンリョウソウモドキ・タシロランはいずれも光合成を失った暗い林床に生える植物3種です。普通の葉を持たず、鱗片葉に退化しています。茎と花しかなく、全身は葉緑素がないため白色で、菌従属栄養植物として知られていますが、その区別は慣れないと難しいかもしれません。しかし、細かく見ると様々な違いが確認できます。ギンリョウソウとギンリョウソウモドキはツツジ科ですが、タシロランはラン科ですので、全く花の構造や生態が異なっています。ギンリョウソウとギンリョウソウモドキは同じツツジ科ですが、花期、花序、花、子房、果実が異なります。近年花が赤いキリシマギンリョウソウが発見されているのでこちらとも区別が必要です。これらの種類は光合成をしなくなり、真菌類に栄養素を依存しています。その理由はいくつかありますが、暗い林床で生育するために最も適応的であるという考えは納得しやすいでしょう。ギンリョウソウとギンリョウソウモドキの真っ白な花は昆虫の眼には色がついて見え、下を向く構造からマルハナバチが最も訪れ受粉に貢献します。一方、タシロランでは自家受粉で完結します。これらも暗い林床への適応であると考えられています。ギンリョウソウの果実は液果で種子はゴキブリに運ばれることが分かっていますが、ギンリョウソウモドキでは蒴果で種子は風によって運ばれ対照的です。これは果期が影響しているかもしれません。本記事ではギンリョウソウ・ギンリョウソウモドキ・タシロランの分類・進化・送粉生態・種子散布について解説していきます。

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光合成を失った暗い林床に生える植物3種

ギンリョウソウ(銀竜草) Monotropastrum humile は別名マルミノギンリョウソウ、ユウレイタケ。日本の南千島、北海道、本州、四国、九州、琉球;サハリン、朝鮮半島、中国、台湾、ミャンマー、インド北部、ヒマラヤに分布し、針葉樹林や広葉樹林の林床に生息する多年草です。主に湿った腐植上に生育し、通常は細かく分枝した根が塊状になっている状態で生育しています。和名は「銀竜草」からで、退化した鱗片葉に包まれた姿を鱗に包まれた竜に見立てたことが由来とされます。 ツツジ科ギンリョウソウ属。

ギンリョウソウモドキ Monotropa uniflora は別名アキノギンリョウソウ。日本の北海道、本州、四国、九州;東南アジア、北アメリカの温帯に広く分布し、丘陵~山地林内のやや暗いところに生える多年草です。和名はギンリョウソウに似ていることが由来です。ツツジ科ギンリョウソウモドキ属。

タシロラン(田代蘭) Epipogium roseum は日本の本州(群馬県以南)、四国、九州、琉球;中国、台湾、東南アジア、インド、オーストラリア、ニューカレドニア、西アフリカに分布し、日本では常緑広葉樹林内に生える多年草です。和名は発見者の田代善太郎氏の名をとり、牧野富太郎博士により命名されました。ラン科トラキチラン属。

いずれも普通の葉を持たず、鱗片葉に退化しています。茎と花しかなく、全身は葉緑素がないため白色で、菌従属栄養植物(=菌寄生植物、腐生植物)として知られてます。全身白色のため、慣れないと区別がつかないでしょう。特に、ギンリョウソウとギンリョウソウモドキの形はそっくりです。

ギンリョウソウ・ギンリョウソウモドキ・タシロランの違いは?

しかし、細かく見ると様々な違いが確認できます(神奈川県植物誌調査会,2018)。

まず、ギンリョウソウとギンリョウソウモドキはツツジ科ですが、タシロランはラン科ですので、全く花の構造や生態が異なっています。

ギンリョウソウとギンリョウソウモドキでは鱗片葉は多数見られますが、タシロランでは離れて1~8個つく程度です。

また、花序に関しては、ギンリョウソウとギンリョウソウモドキでは花が1個~数個下向きに付く程度ですが、タシロランでは総状花序を出し、2~16個も花をつけます。

花の構造に関しては、ギンリョウソウとギンリョウソウモドキでは萼と花弁が重なり筒状鐘形となりますが、タシロランではラン科に含まれる植物共通の「ラン形花冠」という特有の形をしており3個の萼片と3個の花弁からなり、2枚の「側花弁」と中央の「唇弁」が組み合わさっています。

ギンリョウソウとギンリョウソウモドキは同じツツジ科ですが、花期、花序、花、子房、果実が異なります。

花期に関しては、ギンリョウソウでは4~5月と7月であるのに対して、ギンリョウソウモドキでは9~10月です。

花序に関しては、ギンリョウソウでは茎の先端に花が1個~数個下向きに付くのに対して、ギンリョウソウモドキでは茎の端に花が1個付くのみです。

花に関しては、ギンリョウソウでは萼片や花弁の上部は切れ込まないのに対して、ギンリョウソウモドキでは萼の上部や花弁の上部に不規則な切れ込み(ぎざぎざ、歯牙)があります。

子房に関しては、ギンリョウソウでは1室で胚珠は側膜胎座であるのに対して、ギンリョウソウモドキでは子房は3~5室で中軸胎座です。

果実に関しては、ギンリョウソウでは液果で、熟しても裂開せず、斜め横向きにつき、萼片と花弁は果時にも残っているのに対して、ギンリョウソウモドキでは蒴果で、熟すと裂開し、上向きにつき、萼片と花弁は果時には脱落します。

種子に関しては、ギンリョウソウでは翼がないのに対して、ギンリョウソウモドキでは翼があります。

かなり沢山の違いを挙げましたが、実用的には花期と花の切れ込みを確認するだけで十分区別できるでしょう。

なお、ギンリョウソウにはベニバナギンリョウソウ Monotropastrum humile f. roseum 花の内部にある子房が赤い品種が確認されています。

また、同じツツジ科ギンリョウソウ亜科にはシャクジョウソウ Hypopitys monotropa もいますが、こちらは茎の先に総状に4~8個の花があり、植物体は淡黄褐色で、花は6~8月であることから簡単に区別が付きます。

ギンリョウソウの花
ギンリョウソウモドキの花:萼の上部や花弁の上部に不規則な切れ込みあり|By Qwert1234 – Qwert1234’s file, CC BY-SA 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=66596050
タシロランの花|By Loasa – Own work, Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=11822230

ギンリョウソウとキリシマギンリョウソウの違いは?

更に、ベニバナギンリョウソウに類似する近年新種として発見されたキリシマギンリョウソウ Monotropastrum kirishimense という種類もいます(Suetsugu et al., 2023)。今のところ大阪府、和歌山県、静岡県、岐阜県、鹿児島県、宮崎県で確認されています。以下にそのギンリョウソウとの違いを引用します。

  • キリシマギンリョウソウの花弁とがく片は紅色なのに対し、ギンリョウソウは透明~白色である。なおベニバナギンリョウソウ(ギンリョウソウの色変わり個体)も同様に花が紅色に見える。しかし実際に色がついているのは、花の内部にある子房で、この色が透けているだけで花弁とがく片は透明~白色である。
  • キリシマギンリョウソウのがく片の数は4~11枚と、通常2~3枚であるギンリョウソウよりも多い。またキリシマギンリョウソウでは、がく片が花びらと常に接するのに対し、ギンリョウソウでは花筒から離れていることが多い。
  • キリシマギンリョウソウの花は、開花初期からギンリョウソウより丸みを帯びる。
  • キリシマギンリョウソウの地上部は5cm以下と短いことが多い。(ギンリョウソウは5cm以上であることが多い。)
  • キリシマギンリョウソウの地下茎は10cm以上と長いことが多い。(ギンリョウソウは5cm以下であることが多い。)
  • キリシマギンリョウソウの根は、ギンリョウソウと比べはっきりとせず、周囲の土壌と一体化し、根の先端がほとんど突出しないため肉眼ではほとんどわからない。(白い菌糸のかたまりは見られる。)
神戸大学プレスリリース

光合成をやめることの適応的意義は?

ギンリョウソウ・ギンリョウソウモドキ・タシロランの3種は菌従属栄養植物(=菌寄生植物、腐生植物)として知られています。

「従属栄養」とは光合成などで自力で栄養を合成する「独立栄養」に対する言葉で、他の生物から栄養素を奪うことで生き方のことです。これはヒトを含む多くの動物が当てはまります。

ギンリョウソウ・ギンリョウソウモドキ・タシロランに関しても、光合成をせず根から樹木に生える真菌類(キノコやカビと呼ばれる種類)から栄養分となる炭素を奪います。

かつては「腐生植物」とよく呼ばれていましたが、これはかつて腐葉土から栄養を得る能力があると考えられていたからです。今でも慣例的にそう呼ばれることがありますが、あまり好ましくはありません。

ギンリョウソウの場合、菌根菌の大部分が、樹木の外生菌根菌(ベニタケ科ベニタケ属)で、またベニタケ属内の広い範囲の種を菌根菌として利用していることが分かっています(横山ら,2013)。

タシロランの場合、ヒトヨタケ科の菌群と菌根共生することが分かっています(谷亀,2011)。

菌従属栄養植物がなぜ光合成をやめて真菌から栄養を奪うようになってしまったのでしょうか?

その理由については2つの説が考えられています(末次・加藤,2014)。

最も一般的な理由としては菌に寄生することで他の競争相手の少ない暗い林床でも生存可能にするためです。光合成というのは、他の生物に依存しない栄養合成方法ではありますが、一方で光に強く依存している生き方であるともいえます。光が少ない暗い林床などでは逆に他の生物に依存する行き方をするのは、かなり有利になると言えるでしょう。実際、ギンリョウソウ・ギンリョウソウモドキ・タシロランについても日陰に生息し、そのような利点があることは十分考えられそうです。

また別の理由としてストレスを受けた際に、地上に植物体を伸ばさずに地下に留めて生存可能するためという考えがあります。単に植物体を地上に出さないということは普通の光合成を行う植物も行っていますが、その場合地下に籠もっている間も呼吸などの代謝により養分を使ってしまうことになります。真菌に寄生することによって炭素を得ながら生存率を上げることが出来ます。

ギンリョウソウの真っ白な花はマルハナバチ専用だった!その理由は?

ギンリョウソウの花期は春から夏(4~5月と7月)です。花序は花茎があり、高さ10~20cm。花は下向きに咲き、筒状鐘形です。花弁と萼は長楕円形で真っ白です。萼片は1~5個付き、花弁は3~5個付きます。写真では見えませんが雌しべの柱頭は紫色の円盤状で花の中の大部分を占め、雌しべの周りに雄しべが2列に交互に6~10個配置されます。

花はヒトの目には真っ白で地味にも見えますが、紫外線を反射し、昆虫の眼には目立つようになっています(Klooster et al., 2009)。

ギンリョウソウの花

この花にはどのような昆虫が訪れるのでしょうか?

日本の様々な研究グループで行われた研究ではいずれも、ほぼトラマルハナバチ Bombus diversus diversus を主としたマルハナバチ属 Bombus のみが訪れるという結果を出しています(田中,1978;Ushimaru & Imamura, 2002;末次・加藤,2014)。

トラマルハナバチ成虫(参考写真)

ギンリョウソウは20cm四方ほどの範囲にぎっしりと詰まって花を咲かせることがあるといいます。やってきたマルハナバチが奥にある大量の蜜を吸おうとすると雌しべの横にある雄しべに頭と脚がつく仕組みです。

花が下向きなため、器用にぶら下がれるハナハチのみが口を入れることができることや、蜜までの深さがマルハナバチの口の長さに適していること、蜜への入り口が閉じていることから、少し変わった花ですがマルハナバチに適した花の形態と言えそうです(田中,1978)。

訪れるマルハナバチは春に活動を開始する女王バチだと考えられていますが、働きバチもやってくる可能性が指摘されています(Ushimaru & Imamura, 2002)。

なぜギンリョウソウはマルハナバチに送粉してもらうのでしょうか?

暗い林床に生育する菌従属栄養植物であるギンリョウソウにとってコハナバチやミツバチなどの明るい環境を好む昆虫に送粉を頼るのは非常に難しくなっています。一方、マルハナバチは体温調節が可能なため暗い環境でも採餌を行います。そのため花の形がマルハナバチに特化した形態に進化していったと考えられます(末次・加藤,2014)。

花の大きさについてはかなり変異があります(Ushimaru & Imamura, 2002)。花が大きいほど昆虫にアピールする力が強くその分受粉する確率が高そうですが、そのような傾向は研究では示されませんでした。なぜ小さい花をつけるのかはまだ分かっていません。まだこの花には謎が残されています。

ベニバナギンリョウソウの子房が赤くなる点も不思議であると言えます。

ギンリョウソウモドキに訪れる昆虫はギンリョウソウと同じなのか?

ギンリョウソウモドキの花期は9~10月です。花序は花茎があり、高さ10~30cm。花は下向きに咲き、筒状鐘形です。花弁と萼は披針形~長楕円形で真っ白です。萼片は3~5個付き、花弁は3~8個付きます。写真では見えませんが雌しべの柱頭は黄褐色の円盤状で花の中の大部分を占め、雌しべの周りに雄しべが普通10個配列されています。

ギンリョウソウモドキでもやはり、花は紫外線を反射し、昆虫の眼には目立つようになっています(Klooster et al., 2009)。

花期や雄しべの数などの違いはありますが、基本的にはギンリョウソウと同じ構造です。この花に訪れる昆虫はギンリョウソウと同じなのでしょうか?

日本での研究は確認できませんでしたが、アメリカ合衆国東部のオハイオ州、インディアナ州、ケンタッキー州、テネシー州で行われた研究によると、本州、朝鮮半島、ウスリーにしか分布しないトラマルハナバチはいないものの、やはりマルハナバチ属の複数種 Bombus spp.が訪れていることが分かりました(Klooster & Culley, 2009)。次点でハナアブ科で、後は少数コハナバチ科も訪れていましたが、花が下向きなため安定して送粉への貢献度は低いかもしれません。マルハナバチ属が最も有力な送粉者であると考えて良さそうです。

ところで、この研究ではギンリョウソウモドキの他、シャジクソウや Monotropsis odorata という日本に分布しない近縁種の訪花昆虫についても調査されており、これらの種類でもやはりマルハナバチ属の複数種が最も有力な送粉者となっていました。

しかしマルハナバチへの花粉のつき方には、ギンリョウソウモドキ属やシャクジョウソウ属と、Monotropsis属では大きな違いがあることが分かりました。

ギンリョウソウモドキ属やシャクジョウソウ属では上述のように蜜を求めて花を探るマルハナバチの頭部や胸部に花粉がつきますが、これは葯には切れ目があり、この切れ目に沿って花粉が脱落し、花冠の内壁に花粉を零れることによって起こります。

一方、Monotropsis属では、葯には2つの孔があり、葯袋から花粉を容易に放出することはありません。

ではどのようにマルハナバチに花粉をつけるのかというと、マルハナバチが花にぶら下がり翅を細かく振動させます。そうすると葯の孔から花粉を落とすのです。これは「振動送粉」と呼ばれ、ナスが含まれるナス属ではよく知られている送粉方法で、盗蜜を防止し、マルハナバチなどの振動が可能なハナバチにのみ花粉が渡されるようになった方法です。

しかし結局、このような違いは何か生態の上で違いがあるのでしょうか?

この論文では言及されていませんが、普通に考えれば、Monotropsis属の方がよりマルハナバチに特化した花を持っていると言えるでしょう。

実際に訪花昆虫の記録を見ても、ギンリョウソウモドキ属やシャクジョウソウでは、ハナアブ科やコハナバチ科も少数花に訪れていましたが、Monotropsis属ではかなり数が減っています。

一般的にマルハナバチ専門になったと言われますが、もしかしたらイチヤクソウ亜科の中では相対的にはジェネラリストであると言えるのかもしれません。

また他にも疑問が残っています。ギンリョウソウには春に活動を開始するマルハナバチの女王バチが訪れますが、シャクジョウソウモドキにはどのような種類、そして種内のカーストが訪れるのでしょうか?この点も未解明です。

タシロランの花は自家受粉しかしなかった!?

タシロランは花期は6~7月です。茎頂に総状花序を出し、2~16個程度の花をつけます。総状花序は花のつかない苞より上で、長さ10~20cm。花は下部から開花します。苞は紅紫色の斑点が普通あります。花はラン科に含まれる植物共通の「ラン形花冠」という特有の形をしており、3個の萼片と3個の花弁からなり、2枚の「側花弁」と中央の「唇弁」が組み合わさっています。萼片は線状被針形、先がほぼ尖ります。側花弁は萼片に似ますが、やや短く、幅が広く狭卵状被針形、鋭頭~鈍頭。唇弁は広げたとき広卵形、紅紫色の斑点があり、縁は微細な鋸歯状になります。唇弁の基部には距があり、長楕円形(円筒状)、先が丸く、子房側に突き出ます。

タシロランはラン科に典型的な花の形で、香りと蜜も出すので、いかにも昆虫を呼び寄せそうです。

しかし、中国のシーサンパンナ・タイ族自治州で行われた研究によると、この花にやってくる昆虫はアジアに広く分布するトウヨウミツバチ Apis cerana cerana のみでした(Zhou et al., 2012)。

しかも、トウヨウミツバチの体に花粉がつくことはなく、トウヨウミツバチの結実に全く貢献していなかったのです!つまり、タシロランには昆虫は訪れるものの、全て自家受粉で結実し、種子を作っていたのです。自家受粉は開花1日前の蕾の段階で起こっていました。

なぜこんなことをしているのでしょうか?

これもやはり生息環境に影響を受けていると考えられます。タシロランは非常に日陰の多い林床に生育しており、そのような環境では昆虫による送粉がほとんど期待できません。おそらくマルハナバチでも難しかったのかもしれません。

そのため、タシロランは自家受粉で完結するようになり、ギンリョウソウやギンリョウソウモドキの上を行く、究極の手法にたどり着いたようです。

香りや蜜に関しては祖先の名残であると考えられています。

ギンリョウソウの果実は液果、種子はあの嫌われ者が運んでいた?

ギンリョウソウは開花した後、くすんだ白色の多肉質な果実(液果)をつけます。こう聞くと美味しそうなイメージがありますが、ヒトが食べても甘くはないようです。種子は果実の果肉の中に埋め込まれるように入っています。この果実の種子がどのように散布され、ギンリョウソウは分布を広げるのかということについては近年興味深い研究が行われました(Uehara & Sugiura, 2017)。

赤外線モーションセンサーを用いて野生下で果実にどんな虫がやってくるのか調べたのです。その結果、ザトウムシ・トビムシ・カマドウマ・ゴキブリ・ゴミムシダマシ・アリの6グループがやってきましたが、種子を摂取して体内に取り入れたのはモリチャバネゴキブリというゴキブリだけでした。その他の種類は果肉を齧るだけか、ごく少数訪れるだけに留まりました。モリチャバネゴキブリがほぼ専門に種子を遠くへ運んでいると考えるのが自然でしょう。

モリチャバネゴキブリの全形

この研究では更に本当にモリチャバネゴキブリが種子を生きたまま運んでいるのかを調べているためにTTC染色試験という植物が生きているかどうかを確かめる試験を行って、ゴキブリの体内に入って排出された種子がどの程度生き残っているのかが確かめられました。

その結果、種子の約半分が生存していました。しかもこの結果は果実から直接人の手で取り出した種子の生存率と違いはなく、ゴキブリの消化の影響をほとんど受けていないことが示唆されました。

モリチャバネゴキブリの活動期間は果実を作る期間と一致しており、地表で生活していることも寄生しているベニタケ科の菌糸に接触する可能性が高いです。飛行能力も高いので遠くまで種子を運んでくれそうです。ギンリョウソウにとって非常に都合の良い種子の運び手であるといえそうですね。

ただ、モリチャバネゴキブリは「東京付近を北限として以南の太平洋各地、日本海側は石川県まで分布し、南限は種子島に至る」とされ、現在では栃木県にまで北上しているものの、それ以北には存在していません(富岡ら,2016)。そのため、南千島や北日本~北海道の個体群はまた別の動物によって散布されている可能性が高いでしょう。

このような経緯から北海道でも調査が行われ、こちらではカマドウマ・ワラジムシ・ハサミムシによっても種子散布を行うことが分かってきました(Suetsugu et al., 2024)。

ギンリョウソウは真菌、マルハナバチ、チャバネゴキブリと沢山の生き物と共に生きている植物と言えそうです。本種を考える際は様々な生き物との関係性を意識しながら観察する必要がありそうですね。

ギンリョウソウモドキの果実が蒴果なのはなぜ?

一方、ギンリョウソウモドキの果実は蒴果は直立し、楕円状球形、長さ1~1.5cmとなっており、ギンリョウソウと似ていた花とはうって変わって、全く異なっています。

ギンリョウソウモドキではどのように種子を散布しているのでしょうか?

種子を形態を詳細に観察した日本の研究によると、種皮が内乳を取り囲む以上に伸展し翼状になっており、これによって風をうけ種子は散布されると考えられています(Ugajin & Endo, 2018)。

このことを知った人の中にはもしかしたら、イチヤクソウ亜科の中では蒴果の方が原始的な特徴であると考える人がいるかもしれません。風散布の植物は他にも沢山見られ、ゴキブリに果実を食べてもらうというとは例がないからです。元々風散布の蒴果から、ゴキブリ散布の液果に進化というわけです。

しかし、そうではなくて液果から蒴果への進化を起こったことが同様の研究で明らかになっています。これはそれぞれの種類の種子の様々な特徴を統計的に処理することで分かります。この進化は独立に4回も起きたことも分かりました。

なぜ、ゴキブリ散布の液果から、風散布の蒴果へと進化が起こったのでしょうか?

この理由は残念ながらまだよく分かっていません。しかし、私の考えですが、日本のギンリョウソウとギンリョウソウモドキについてはある程度理由は想像できます。

ギンリョウソウは果期は5~9月です。そのため、上述のようにモリチャバネゴキブリの成虫の活動期間と被り、果実を食べてもらう事はできるでしょう。

一方、ギンリョウソウモドキでは花期が遅いので、果期は10~11月です。この時期になるとモリチャバネゴキブリの成虫は出産を終えてしまい、居なくなってしまいます。モリチャバネゴキブリは主に6齢幼虫で越冬することが知られています(富岡ら,2016)。果実を食べ、種子を散布するにはある程度大きさが必要なのかもしれません。

そのため、果期が遅くなった結果として風散布になったのかもしれません。しかし、これは仮説で、実際は様々な近い仲間で総合的に調べて研究する必要があるでしょう。

引用文献

神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726

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Klooster, M. R., & Culley, T. M. 2009. Comparative analysis of the reproductive ecology of Monotropa and Monotropsis: two mycoheterotrophic genera in the Monotropoideae (Ericaceae). American Journal of Botany 96(7): 1337-1347. https://doi.org/10.3732/ajb.0800319

Suetsugu, K., Hirota, S. K., Hsu, T. C., Kurogi, S., Imamura, A., & Suyama, Y. 2023. Monotropastrum kirishimense (Ericaceae), a new mycoheterotrophic plant from Japan based on multifaceted evidence. Journal of Plant Research 136(1): 3-18. https://doi.org/10.1007/s10265-022-01422-8

末次健司・加藤真. 2014. 菌従属栄養性の生活様式を可能にした様々な適応進化―特に送粉様式の変化について. 植物科学の最前線 5: 93-109. ISSN: 2432-9819, https://doi.org/10.24480/bsj-review.5c3.00056

Suetsugu, K., Kimura-Yokoyama, O., & Kitamura, S. 2024. Earwigs and woodlice as some of the world’s smallest internal seed dispersal agents: Insights from the ecology of Monotropastrum humile (Ericaceae). Plants, People, Planet. https://doi.org/10.1002/ppp3.10519

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出典元

本記事は以下書籍に収録されてるものに大幅に加筆しました。

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