ホトトギス・ヤマホトトギス・ヤマジノホトトギス・タイワンホトトギスは日本の林内に生える他、観賞用に盛んに栽培される人気の種類です。しかし、葉に違いは少なく、花も似ていることから、『Google画像検索』を見ても誤同定が多発しています。その違いとしてはまず花序を見ることで2グループに大別できます。その後、花被片の開き具合や茎の毛をよく観察することで区別できます。そんなホトトギス類ですが、生態にも興味深い点がいくつかあります。花は雄性先熟といい、時間的に性を分けることで自家受粉を防いでいます。噴水のように進化した花は明らかに特定の昆虫が訪れることに適応していそうですが、様々な研究からそれはトラマルハナバチであることが分かっています。トラマルハナバチよってのみ受粉できるように花の形やサイズを合わせていたのです。この特徴は多くの種類で共通していることが分かっています。しかし、ヤマホトトギスだけは花が斜め下になって少し様子が異なります。斜め下に反り返る部分に斑点を集めることで目立ち、トラマルハナバチによる受粉は可能ですが、なぜそうなっているかは今の所よく分かっていません。果実は蒴果で風散布されています。本記事ではメジャーなホトトギス属の分類・送粉生態・種子散布について解説していきます。
日本固有種で山地に生息
ホトトギス(杜鵑草) Tricyrtis hirta は日本固有種で北海道南西部、本州の関東地方以西・福井県以南、四国、九州に分布し、山地の半日陰地に生える多年草です(大橋ら,2017)。日本では観賞用にも栽培されます。
ヤマホトトギス(山杜鵑草) Tricyrtis macropoda は北海道(西南部)、本州、四国、九州;朝鮮、中国に分布し、樹林内や林縁、草地に生える多年草です。
ヤマジノホトトギス(山路杜鵑草) Tricyrtis affinis は北海道南西部~九州に分布し、山野に生える多年草です。
タイワンホトトギス(台湾杜鵑草) Tricyrtis formosana は 西表島(沖縄県)と台湾に分布し、森林、茂み、日陰地、道端に生える多年草です。日本では観賞用にも栽培されます。
いずれもユリ科ホトトギス属で、野生個体が林内で見られる他、園芸植物としても人気で、共通して葉は卵状長楕円形~狭長楕円形で毛が生えるため区別がとても難しいです。花は白色またはピンクに紅紫色の斑点があり、茎に毛があります。花の形や色は細かくみると違いがあるものの、園芸種として品種改良がなされていることも多く、インターネットでは上位に出てくるサイトでも誤同定が多く、『Google画像検索』を見ても誤同定が多発しています。これでは残念ながら正しく生き物を扱えているとは言えません。
ホトトギス・ヤマホトトギス・ヤマジノホトトギス・タイワンホトトギスの違いは?
ここでは徹底的に区別方法を記載して誤りを正していこうと思います。
まず花序を見ることで2グループに大別できます。
ホトトギスとヤマジノホトトギスでは花は葉腋や茎頂に1~2(〜3)個ずつ付くだけのに対して、ヤマホトトギスとタイワンホトトギスでは3以上の花が多数付き散房花序を構成します。特にヤマジノホトトギスでは1個だけ付くこと(単生)が多いです。
ホトトギスとヤマジノホトトギスの違いとしては、ホトトギスでは茎は開出~上向きの毛が多く生え、花被片は必ず斜め上に開きますが(斜開)、ヤマジノホトトギスでは茎は下向きの毛があり、花被片は斜め上から平行に開く(斜開~平開)という点が挙げられます。
ヤマホトトギスとタイワンホトトギスの違いとしては、ヤマホトトギスでは花被片は長さ約1.5cm、白色に紅紫色の斑点があり、平行から斜め下に開き(平開~反転)、茎は刺のように短く硬い下向きの毛がまばらにありますが、タイワンホトトギスでは花被片は長さ約3cm、ピンクに紅紫色の斑点があり、斜め上に開き(斜開)、茎は開出する毛がまばらにあるという点が挙げられます。
以上を確認することで区別がつくはずですが、花序の発達が悪く、ヤマホトトギスとヤマジノホトトギスで迷うことがあるかもしれません。そこでこの2種の違いも記しておきます。
ヤマホトトギスとヤマジノホトトギスの花序以外の違いとしては、ヤマホトトギスでは花被片が咲きかけの頃は平行で、成熟するに従い斜め下に開いていき、花被片の基部近くの内面に紫色の斑点がないのに対して、ヤマジノホトトギスでは花被片は基本的には平行で、極端に斜め下に開くことはなく、花被片の基部近くの内面に紫色の斑点があります。なお、ホトトギスとタイワンホトトギスでは花被片の基部近くの内面は黄橙色になっています。
ホトトギスとタイワンホトトギスの花序以外の違いは私は発見できていません。ただ園芸品種の傾向としてはホトトギスでは花被片が紫色で斑点が小さめなのに対して、タイワンホトトギスでは花被片が赤紫色で斑点が大きめであるように思えます。しかし、品種差も多く、タイワンホトトギスの野生個体群の花の色はまた異なっているので、花序で区別するのが最も正確だと思います。
なお、日本のホトトギス属には他にも花の形や色が異なる希少種が複数ありますが、かなり違いがあるので、本記事では省略します。
ホトトギス属のそれぞれの花の形は?
ホトトギス属の基本構造は共通しています。花被片は6個で、3個の内花被片と3個の外花被片から構成され、放射状に均等に斜め下~斜め上の間で開きます。
6本の雄しべと6つに分かれた雌しべの先は、花の中心から四方に噴水のように伸び、先端が下を向いていて反り返ります(田中,2009)。
ホトトギスでは花期が8~9月。花は葉腋に2~3個の花を上向きに咲かせます。花被片は斜開し、内側は白色~淡紅紫色地に紫色の斑点が多くあり、基部に黄橙色の斑点があります。
ヤマホトトギスでは花期が7~9月。3以上の花が多数付き散房花序を構成します。花被片は平開~反転し、内側は白色地に淡紅紫色の斑点が多くあり、基部に斑点はなく、代わりに斜め下に反り返った部分(稜)に淡紅紫色の斑点が集中します。
ヤマジノホトトギスでは花期が8〜10月。花は葉腋に基本的には1~2個の花を上向きに咲かせます。花被片は斜開~平開し、内側は白色地に暗紫色の斑点が多くあり、基部に紫色の斑点があります。
タイワンホトトギスでは花期が9~10月。3以上の花が多数付き散房花序を構成します。花被片は斜開し、内側は青紫白色地で縁が濃く、表面に濃い紫色の斑点があり、基部に黄橙色の斑点があります。ただしこれは野生個体群についての記述です。
「ホトトギス」の和名は鳥のホトトギスの胸の色彩に似ていることに由来すると言われています。
鳥のホトトギスの胸と腹には白色で、黒い横しまが入るのですが、植物のホトトギスは確かに鳥のホトトギスのように帯状に見えることもありますが、基本的には斑点から構成されることが多く、個人的には少し分かりにくいと感じるネーミングです…。しかし、名前を無理にでも連想させることで覚えやすくなるということもあるでしょう。
ホトトギス属は時間で性別を分けている?
タイワンホトトギスでは不明ですが、ホトトギス・ヤマホトトギス・ヤマジノホトトギスは「雄性先熟」という性質を持っています(田中,1997)。
これは最初に雄しべを設置した後、雌しべが雄しべを超えて伸びていくことで、前半は雄として花粉を他個体に運ぶことに専念し、後半は雌として他個体の花粉を受け入れるのです(田中・平野,2000)。
これは時間的に性別を分けていると考えることができるでしょう。
こうすることで同時間に同じ昆虫が複数の自分の花に訪れることによって起こる自家受粉を防ぎ、安定的に他個体の遺伝子を持った種子を作れるようにしていると考えられています。
人工的には自家受粉が可能なので(Takahashi, 1989)、最後の手段として自家受粉も行うことはあるのかもしれません。
花は殆どトラマルハナバチ専用だった!?
ホトトギス属の非常に立体的な花では、かなり受粉の役に立つ昆虫が限られてきそうとは思えないでしょうか?
実際、どのような昆虫が訪れるのか日本国内ではいくつかの研究が行われます。
その結果を見ると、ホトトギスにはトラマルハナバチ Bombus diversus diversus という舌が長いマルハナバチがやってきた記録しか確認できませんでした(宮本,1961;Kato et al., 1990)。
また、ヤマホトトギスの研究ではヒゲナガハナバチ属の一種 Eucera sp.やコハナバチ属の一種 Lasioglossum sp.などのハナバチも訪れていましたが、めったに花粉が付くことはなく、実際に花粉がついて受粉に貢献していたのはやはりトラマルハナバチが大多数でした(Takahashi, 1994)。
ヤマジノホトトギスの研究でもコシブトハナバチ科、コハナバチ科、ハナアブ科、アゲハチョウ科もなど複数の分類群の昆虫が訪れていましたが、実際に花粉がついて受粉に貢献していたのはやはりトラマルハナバチが大多数でした(Takahashi, 1989)。しかしフトハナバチ属の一種 Amegilla sp. も少数ですが、貢献していました。
これらの種は全て主にトラマルハナバチによって花粉を送ってもらい受粉していたのです。
実は他のタマガワホトトギス Tricyrtis latifolia、チャボホトトギス Tricyrtis nana、タカクマホトトギス Tricyrtis ohsumiensis といったホトトギス属仲間の多くもトラマルハナバチによって花粉を送っていると考えられています(高橋,1978;Takahashi, 1987; 1989)。また、タカクマホトトギスとキバナノホトトギス Tricyrtis flava ではフトハナバチ属によっても受粉しています。
一定の大きさのハチのみに花がフィットするように調整していた?
蜜が花被片の下にある丸い壷の中で分泌され、花被片の基部の黄色や紫色の斑点が蜜標となり、ここに惹かれたトラマルハナバチが花被片に乗って口を下に伸ばして蜜を吸うとき、6本の雄しべまたは6つに分かれた雌しべが背に触れて花粉が媒介されることが観察されています(田中・平野,2000)。
背中に花粉がつくのは、脚が届きにくく払い落とされるリスクが少ないからだと考えられます。
このように雄しべや雌しべが背中で触れる昆虫は、小さすぎると高さが足りず、大きすぎるとそもそも入り込めないといったことが起こり、一定の大きさの昆虫である必要が出てくると思われます。ホトトギス属ではこのような一定の大きさのマルハナバチ(あるいは他のハナバチ類)による送粉に特化していると考えられます。紹介したホトトギス類ではその対象がトラマルハナバチだったのです。
なぜ同じ昆虫が訪れるのに花の形が違う?
しかしホトトギス属の花被片にはかなり違いがあります。
特にヤマホトトギスは花被片は斜め下に開き、花被片の基部に色はありません。これはホトトギス属の中では例外的な花です。このような形で問題はないのでしょうか?
ヤマホトトギスについては基部に色がない代わりに、斜め下に反り返った部分(稜)に淡紅紫色の斑点が集中します。そのため遠くから淡紅紫色の斑点をトラマルハナバチを発見でき、止まれる場所も狭いので簡単に蜜腺を発見することができるので、問題ないとされています(Takahashi, 1994)。
しかしもっと根本的な疑問があります。なぜ、やってくる昆虫が同じであるのに、ヤマホトトギスは花の形を変える必要があったのでしょうか?
このことは残念ながらまだ研究されておらず、よく分かっていません。
もしかしたら研究で発見された以外にも、他にもやってくる昆虫が居て、その微妙な差によって開き具合を調整しているのかもしれません。
またもし、やってくる昆虫が同じなのだとすれば、昆虫が花を発見する角度が異なるのかもしれません。
例えばホトトギス・ヤマジノホトトギスではトラマルハナバチには真上から発見される場所に生えるので、花被片が斜め上~平行に咲かせ、ヤマホトトギスには真横から発見される場所に生えるので、斜め下に咲かせるという具合です。
しかし、全く推測の域を出ず、未解決の問題として残されています。
果実は蒴果で風散布される
ホトトギス属共通で果実は蒴果です。細長く、先が尖った三角柱状で、熟すと先端が小さく3裂します。種子は多数あり、卵形~円形で扁平で小さいです。
ホトトギス属の種子は風によって散布されると考えられています(鈴木,2000)。
引用文献
Kato, M., Kakutani, T., Inoue, T., & Itino, T. 1990. Insect-flower relationship in the primary beech forest of Ashu, Kyoto: an overview of the flowering phenology and the seasonal pattern of insect visits. Contributions from the biological laboratory, Kyoto University 27(4): 309-376. ISSN: 0452-9987
宮本セツ. 1961. マルハナバチ類の訪花性 日本産花蜂の生態学的研究 XIX. 日本応用動物昆虫学会誌 5(1): 28-39. ISSN: 0021-4914, https://doi.org/10.1303/jjaez.5.28
大橋広好・門田裕一・邑田仁・米倉浩司・木原浩. 2017. 改訂新版 日本の野生植物 5 ヒルガオ科~スイカズラ科. 平凡社, 東京. 760pp. ISBN: 9784582535358
鈴木貢次郎. 2000. ユリ科ホトトギス属2種とツルボの種子発芽における光反応性の差異. 東京農業大学農学集報 45(3): 210-216. https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010621308
高橋弘. 1987. ホトトギス属の分布と植物地理学的問題. 植物分類、地理 38: 123-132. ISSN: 0001-6799, https://doi.org/10.18942/bunruichiri.KJ00002992245
Takahashi, H. 1987. A Comparative Floral and Pollination Biology of Tricyrtis flava Maxim., T. nana Yatabe and T. ohsumiensis Masamune (Liliaceae). The botanical magazine 100: 185-203. https://doi.org/10.1007/BF02488323
Takahashi, H. 1989. The Floral Biology of Tricyrtis affinis Makino (Liliaceae). Plant species biology 4(1) 61-68. https://doi.org/10.1111/j.1442-1984.1989.tb00048.x, https://dl.ndl.go.jp/pid/10484907/1/1
Takahashi, H. 1994. Floral biology of Tricyrtis macropoda Miq.(Liliaceae). Acta Phytotaxonomica et Geobotanica 45(1): 33-40. ISSN: 0001-6799, https://doi.org/10.18942/bunruichiri.KJ00001079028
田中肇. 1997. エコロジーガイド 花と昆虫がつくる自然. 保育社, 東京. 197pp. ISBN: 9784586312054
田中肇. 2009. 昆虫の集まる花ハンドブック. 文一総合出版, 東京. 80pp. ISBN: 9784829901397
田中肇・平野隆久. 2000. 花の顔 実を結ぶための知恵. 山と渓谷社, 東京. 191pp. ISBN: 9784635063043
出典元
本記事は以下書籍に収録されてたものを大幅に加筆したものです。