皆さんはアリと聴くと「黒くて地表を這い回る虫」というイメージを持つかもしれません。しかし実は地中にはたくさんの知られていないアリの種類が存在し、中でもカギバラアリ類やダルマアリ類は腹部が鉤状になるという極めて特殊な形をしています。見た目が面白いのは間違いないですが、その役割については長らく不明でした。しかし、研究が進みカギバラアリ類は実は「虫の卵」を専門に食べ、更に腹部の鉤は虫の卵を扱うための適応であることが分かってきました。近年ではどのような虫の卵なのか?という点も少しずつ明らかになっています。本記事ではカギバラアリ類とダルマアリ類の形態と生態について解説していきます。
日本にいるお腹が「鉤」状になっているアリがいる!?
皆さんはアリと聴いてどのような姿を思い浮かべるでしょうか?
日本で身近なアリといえばトビイロシワアリやクロヤマアリと呼ばれる種類で、いずれも黒くて小さな比較的地表でも活発に行動している様子を見かけるでしょう。
しかし、アリの中には土を深くまで掘り返さないと発見できない「地中性」と呼ばれるアリの仲間が多数存在していることが知られています。
このようなアリは中々出会うことは少なく、そもそもそんなアリの存在を知らない人も多いかもしれません。しかし、アリを研究するうえではこのような仲間も重要で、私も学生時代は奈良県のアリの種類を調べるために何度も里山内で土を掘り返してアリを探したものです。その研究結果は論文として発表しました(池田,2020)。
ところで、そのような種類の中でも特に興味深いと感じているアリの仲間がいます。
それはカギバラアリと呼ばれる種類で、アリ科カギバラアリ属に含まれるアリの総称です。
このカギバラアリ類の最大の特徴はお腹が「鉤」状になっているということです。これがそのまま名前の由来となっており、「鉤腹蟻」ということを意味しています。鉤は固定的で、腹部を後方にまっすぐに伸ばしたりはできません。
更に地中性に適応した結果、複眼は退化してしまい、地上性のように体色も黒色ではなく、茶色になっています。これはヒトの黒髪のように日光による紫外線のダメージを軽減する必要がないからです。
これだけでも見た目が面白く、それに加えてかなり個体数も少ないので、掘り当てると「お!」と思う驚きがある種類ですね。
日本にはイトウカギバラアリ Proceratium itoi、ワタセカギバラアリ Proceratium watasei、モリシタカギバラアリ Proceratium morisitai、ヤマトカギバラアリ Proceratium japonicum など人名がついた種類がいくつか知られています。
属は異なりますが、ダルマアリDiscothyrea sauteri やメダカダルマアリ Discothyrea kamiteta というアリもよく似たお腹の形をしています(こちらは複眼があります)。
お腹の「鉤」は虫の卵を抱えるためだった!
しかし、このお腹の「鉤」はどのような役割があるのでしょうか?
このお腹の「鉤」の謎はすぐには分かりませんでした。地中で生活しているため、生態を調べるのがとても難しいためです。
しかし、1957年にブラウンという研究者によって初めて北米産のカギバラアリ属の一種が巣に節足動物の卵を蓄えている様子が報告されたのです。
ブラウン氏は更に Proceratium silaceum という種類をクモの卵だけを与えることで飼育することに成功しました。
つまり、カギバラアリ類は虫の卵を専門的に食べることが明らかになったのです。これは驚くべきことではないでしょうか?
ただ、これだけではお腹の「鉤」と卵がどう結びついているのか、まだピンとこない人もいるかもしれません。
この後、日本の研究者である増子恵一氏によって、卵をどのようにカギバラアリ類やダルマアリが扱っているのかを部分的に報告しています(増子,1981)。
それによるとダルマアリでは中脚と後脚で床に立ち、両前脚と前方へ向いた直端の3点で、巣内に貯蔵してある餌の卵をかかえて、巧みにそれを回転しながら卵表面を口器でなめて清掃する様子が観察されています。
また、ヤマトカギバラアリでは卵を大顎で切り裂く時に脚で卵をかかえるほかに、それに腹端をあてがってしっかりと保持している様子が観察されています。
つまりこれらの様子からおそらく、お腹の鉤は虫の卵を清掃したり、食べるときに利用していると考えられるでしょう。
ただいつもお腹で卵を扱っているというわけではなく、卵の運搬のときは大顎を使って咥えているのかもしれません。
「虫の卵」を食べるというけど、具体的にどんな虫?
ところでここまで「虫の卵」と言ってきましたが、具体的にはどのような種類なのでしょうか?
実はこの点に関しても長らく不明な点が残されてきました。
それは上述のように最初にカギバラアリの卵貯蔵を報告したブラウン氏は「飼育下で」カギバラアリにクモの卵を餌として与えコロニーが成長したことをもって、「カギバラアリはクモの卵を餌にしている!」として様々な書籍に報告していることにあります。
このブラウン氏の報告はあくまで「飼育下で」確認されたものであり、野生状態で見つけたときの卵の正体を確認しないままになってしまいました。そのため、「本当に野生下でカギバラアリ類はクモの卵を餌としているのか?」という疑問が残ったままになってしまっていたのです。
そこで、また増子恵一氏は非常に緻密で根気のいる作業によって野生下でカギバラアリ類の卵を正体を調べました(Masuko, 2019)。
その方法は至ってシンプルで野生下でのイトウカギバラアリの巣にあった卵を1,800個孵化させたのです。しかし方法は簡単であっても発見が難しいイトウカギバラアリの巣を探し出し、繊細な卵をそれだけ調べるのはそれほど簡単ではないでしょう。
そして調査の結果、1,800個の卵にはイシムカデ属 Lithobius などのムカデ類、ツチカメムシ Macroscytus japonensi などの半翅目、コアカザトウムシ Proscotolemon sauteri などのザトウムシ類のみが含まれていることが判明しました。
また、クモ類の卵については全くありませんでした。これはブラウン氏の報告とは異なると言えます。
ただ、この結果をもって全てのカギバラアリ類がこの3グループの卵のみを捕食すると考えるのは早計でしょう。北米産のカギバラアリと日本のカギバラアリでは生態が異なる可能性もありますし、日本にいる4種類のカギバラアリ類と2種類のダルマアリはそれぞれ形態的にも違いがあり、これも捕食している卵の違いに由来している可能性もあります。
実際、別の研究でダルマアリはクモの卵のみを捕食していることが分かってますし、ワタセカギバラアリでは1例のみですがゲジムカデ属 Esastigmatobius というまた少し異なるムカデ類の卵を集めていました。
この生態は他の昆虫や生態系に対しても影響しているかもしれません。イシムカデ属とザトウムシ類は肉食で小型動物内では上位捕食ですし、ツチカメムシは種子食ですが成虫になると臭いにおいを出すので普通の動物は手出しできません。しかし、カギバラアリは卵の間にこれらの個体数を調整しているということになります。
また今回捕食されたツチカメムシは卵を産んだ後、そのまま放置しますが、他のツチカメムシ科の多くの仲間は卵を保護することが知られています(亜社会性)。このような生態の違いもカギバラアリが進化を部分的に促している可能性はあるでしょう。
このようにまだ不明な点は多いグループですが、もしかしたらこのような特殊な食生活が生態系全体においてはバランスを支える実は重要なキーとなっているかもしれません。マイナーではあるもののしっかり注視していきたいところです。
引用文献
池田健一・葛西弘・合田愛・村上教介・石原竜・仲村華人・澤畠拓夫. 2020. 近畿大学奈良キャンパス周辺におけるアリ相. 近畿大学農学部紀要 53: 46-70. ISSN: 2189-6267 https://kindai.repo.nii.ac.jp/records/20942
増子恵一. 1981. 林床性アリ類の捕食行動 その若干の例について. 昆虫と自然 16(3): 19-25. ISSN: 0023-3218
Masuko, K. 2019. Predation on non-spider arthropod eggs and colony bionomics of the ant Proceratium itoi (Hymenoptera: Formicidae). Annals of the Entomological Society of America 112(4): 372-378. https://doi.org/10.1093/aesa/saz012
日本産アリ類データベースグループ. 2003. 日本産アリ類全種図鑑. 学習研究社, 東京. 196pp. ISBN: 9784054017924