ヤブジラミとオヤブジラミはいずれもセリ科ヤブジラミ属の越年草で、日本では極めて一般的に草地、藪、路傍に生えています。この2種は同じような環境に生える上に、花や果実もそっくりですし、葉が2〜3回羽状複葉である点も同じです。そのため判別に迷うことは多いでしょう。しかし、細かく見るとかなりの違いがあります。一番筆者が分かりやすいと感じている違いは花序軸につく花柄の本数と、花柄につく小花柄の本数です。また、子房の剛毛の色や花期を調べることも重要な手がかりになるでしょう。多くのセリ科と同じように、複散形花序を形成しており、花は白く比較的単純な構造です。花の構造的からすると訪花昆虫の種類はかなり多そうですが、データを見るとハナバチが多いという傾向があります。果実は多くのセリ科と同じく双懸果で、1つの未熟果が2つに分かれて分果となり左右にぶら下がるという独特の構造になります。分果には鉤状に曲がった刺毛が多数生えており、和名の由来ともなった通り、シラミのようにヒトの服や動物の毛皮に付くことで分散しますが、最近の研究では「海流」にも乗れるようです。本記事ではヤブジラミ属の分類・形態・送粉生態・種子散布について解説していきます。
ヤブジラミ・オヤブジラミとは?
ヤブジラミ(藪虱) Torilis japonica は日本の北海道、本州、四国、九州、琉球;温帯~熱帯にかけてのアジア、ヨーロッパ、北アメリカに分布し、草地、藪、路傍に生える越年草です(神奈川県植物誌調査会,2018)。北アメリカの個体群は侵入種です(DiTommaso et al., 2014)。
オヤブジラミ(雄藪虱) Torilis scabra は日本の本州、四国、九州、琉球;朝鮮、中国、台湾に分布し、草地、藪、路傍に生える越年草です。
いずれもセリ科ヤブジラミ属の越年草で、日本では生える環境は殆ど同じです。
これら2種の最も大きな特徴は果実が「引っ付き虫」であることで、和名の「藪虱」は藪に生え、果実に鉤状に曲がった刺毛があり、服に付くとなかなか取れない様子を皮膚に吸い付く昆虫のヒトジラミに例えたものです。果実に毛が生える特徴自体は他のセリ科にも見られることがありますが、これほど密で表面がざらつくものは日本ではヤブジラミ属だけです。
しかし、2種については非常に類似しており、識別に悩むことがあるかもしれません。花もそっくりですし、葉が2〜3回羽状複葉である点も同じです。
ヤブジラミとオヤブジラミの違いは?
この2種には沢山の違いがありますが、構造が複雑なため、中々一口で言い表すのは難しいです。そのため私も昔は混乱している時がありました。ただ今となってははっきり違いがわかります。
最も私がわかりやすいと感じるのは散形花序のうちの花柄につく「小花柄」の数と、花序軸につく「花柄」の数の違いです(林ら,2013;神奈川県植物誌調査会,2018)。
小花柄とは花を支える短い柄のことで、花柄とは小花柄の集まり全体を支える柄のことです。花序軸は花柄全体を支える柄のことです。逆から見れば、花序軸→花柄→小花柄と分岐して最終的に1つの花が付いているということになります。散形花序では花序軸から等しい長さの花柄が放射状に伸びています。
この1つの花柄あたり付く小花柄の数がヤブジラミでは4〜10本以上と多く、小花柄も短いのに対して、オヤブジラミでは2〜5本と少なく、小花柄も長いという違いがあります。
また、1つの花序軸あたり付く花柄の数もヤブジラミでは5~9本以上と多いのに対して、オヤブジラミでは2~5本と少ないという違いがあります。
文章で表現するのは中々難しいですが写真で見ると一目瞭然だと思います。大雑把に言うと遠くから見ると、ヤブジラミではかなり密に花が咲いているのに対して、オヤブジラミではかなり疎らに咲いている印象を受けるでしょう。
この他にもかなり沢山の違いがあります。
ヤブジラミでは花弁が赤みを帯びることが多いものの子房の毛は普通赤みを帯びませんが、オヤブジラミでは花弁および子房がより濃い紫紅色を帯びることが多いです。これも大きな判断基準になり得ますが、必ずオヤブジラミで色が付いているというわけではないようです。
ヤブジラミでは小葉の柄は短いですが、オヤブジラミでは小葉の柄は長いです。
ヤブジラミでは総苞片は4~6個、花期は6~8月中旬ですが、オヤブジラミでは総苞片は0~2個で、花期は4月下旬~5月です。地域によっては花期が重なる可能性があります。
ヤブジラミでは果実は長さ4~5mmの楕円形で刺毛は不規則に生えますが、オヤブジラミでは果実は長さ6~8mmの長楕円形で刺毛は列になって生えます。
なお、日本のヤブジラミ属には他に草丈40cm以下のセイヨウオヤブジラミ T. leptophylla、つる性のタマヤブジラミ T. nodosa がいますが、稀な帰化種なので見かけることは少ないでしょう。
花の構造は?
ヤブジラミ属は多くのセリ科と同じように、複散形花序です。したがって、放射状に規則正しく花が広がっていると感じるでしょう。この時には既に花の子房部分に密な剛毛が確認できます。
ヤブジラミは花期が6~8月中旬。枝先に小形の複散形花序を出し、白色の小さな花をつけます。1つの花序軸あたり付く花柄の数は2~5本。1つの花柄あたり付く小花柄の数が4〜10本以上。花弁は5個あり、花序の外側のものが大きいです。花弁はふちが紫色を帯びます。総苞片は4~6個で細長いです。
オヤブジラミは花期が4月下旬~5月。枝先に小形の複散形花序を出し、白色の小さな花をつけます。1つの花序軸あたり付く花柄の数は5~9本。1つの花柄あたり付く小花柄の数が2〜5本。花弁はすべてほぼ相同で、背面は有毛、しばしば花弁および子房が濃い紫紅色を帯びます。総苞片は0~2個です。
受粉方法は?
ヤブジラミの訪花昆虫は奈良県での研究によると、ハナバチ類が約60%、カリバチ類が約20%という結果でした(横井ら,2008)。残りはその他の膜翅目、ハナアブ類、ハエ類などが少しずつ来ています。
また具体的な種類まで調べた研究ではシロスジカタコハナバチ Lasioglossum occidens (中型・短舌)、イワタチビツヤハナバチ Ceratina iwatai (小型・短舌)といったハナバチがやってくることが確認されています(根来,1999)。
したがって、小型~中型の短舌のハナバチやカリバチが受粉に貢献している可能性が高そうです。花の構造は単純で口が短い昆虫が訪れることは予想しやすいですが、同じセリ科でも黄色い花を持つミシマサイコ属ではハエ類の方に好まれているようなので興味深い対比です。
オヤブジラミの訪花昆虫の研究は発見できませんでした。花の構造はヤブジラミと殆ど同じなので、あまり違いはないと思われますが、花期が異なるため、やってくる種類は異なる可能性があります。
果実の構造は?
ヤブジラミ属はセリ科で多く見られる双懸果です(清水,2001)。双懸果は乾果の閉果(不裂開果)の一種で、かつ分離果の一種で、2個の分果が果軸の頂端からぶら下がります。
少し分かりにくいかもしれませんが言い換えると、1つの花からできた果実が熟すと2つに分かれるということです。また熟すと色は緑色から褐色になります。
ヤブジラミの双懸果は長さ4~5mmの楕円形、根元から先が鉤状に曲がった刺毛を均一に密生します。主隆条はごく細く、ほぼ平滑です。
オヤブジラミの双懸果は長さ6~8mmの長楕円形、主隆条上には花柄と同質の白い伏した短毛、副隆条上にはほぼ真っ直ぐで先端のみが鉤状の長い刺毛が生えます。ヤブジラミより規則的にまっすぐに刺毛が生えているという印象です。
種子散布方法は?
上述のようにヤブジラミとオヤブジラミの果実に生えている鉤状に曲がった刺毛は明らかに動物の毛に付着するためであり、「動物付着散布」を行う「引っ付き虫」であると考えられます(中西,1989;DiTommaso et al., 2014)。
果軸の頂端からぶら下がる分果も明らかにヤブジラミ類の横を通り過ぎる脊椎動物に接触しやすくすることに適しています。
特にヒトの出入りが激しい草地、藪、路傍に生えている個体については殆どヒトの服に付着することで繁殖していると考えて良いでしょう。
ただ、自然界で本来どのような動物によって種子散布されていたのかについては不明で、まだよく分かっていません。
また、最近の研究では、動物付着散布だけではなく、海岸の個体群では「水流散布」も行われていることが分かりつつあります(中西,2020)。
刺毛の間と分果の分かれた面の凹んだ部分に空気が溜まり、これが浮力になります。ただし、次第に空気はなくなり、ずっと浮いてることはできないようなので、完全に水流散布に適応しているとは言えなさそうですが、自然の柔軟さを示す興味深い事実でしょう。
引用文献
DiTommaso, A., Darbyshire, S. J., Marschner, C. A., & Averill, K. M. 2014. Japanese Hedgeparsley (Torilis japonica) — A New Invasive Species in the United States?. Invasive Plant Science and Management 7: 553-560. https://doi.org/10.1614/IPSM-D-14-00028.1
林弥栄・門田裕一・平野隆久. 2013. 山溪ハンディ図鑑 1 野に咲く花 増補改訂新版. 山と渓谷社, 東京. 664pp. ISBN: 9784635070195
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
中西弘樹. 1989. 動物付着散布体の形態と付着. 植物地理・分類研究 37(1): 57-63. http://doi.org/10.24517/00055987
中西弘樹. 2020. 海岸に生育する内陸植物3種の生育状況と海流散布. 漂着物学会誌 18: 7-12. https://doi.org/10.57279/driftological.18.0_7
根来尚. 1999. 金沢城跡(旧金沢大学構内)におけるハナバチ類の訪花性. 富山市科学文化センター研究報告 22: 55-79. ISSN: 0387-9089, http://repo.tsm.toyama.toyama.jp/?action=pages_view_main&active_action=repository_view_main_item_detail&item_id=731&item_no=1&page_id=13&block_id=82
清水建美. 2001. 図説植物用語事典. 八坂書房, 東京. xii, 323pp. ISBN: 9784896944792
横井智之・波部彰布・香取郁夫・桜谷保之. 2008. 近畿大学奈良キャンパスにおける訪花昆虫群集の多様性. 近畿大学農学部紀要 41: 77-94. ISSN: 0453-8889, http://id.nii.ac.jp/1391/00005214/