ハルノタムラソウ・ナツノタムラソウ・アキノタムラソウ・ミヤマタムラソウは日本の野草として知られるアキギリ属の仲間ですが、名前は類似し混同してしまうことがあるかもしれません。名前が似たタムラソウ類は花冠や雄しべの構造、葉をよく観察することで区別することができます。花の色はある程度傾向がありますが個体によって非常に差が大きく色による区別は信用できません。そんなタムラソウ類の花はシソ科で広く見られる唇形花ですが、様々なハナバチ呼ぶことに特化しており、ハナバチの背中にフィットするように構成されています。このような花の構造はタムラソウ類で共通であるため交雑の危険がないのか疑問に思いますが、訪花昆虫以前に、地理的な隔離や、生息環境や花期の違いが既に起こっているようです。しかしアキギリ属全体では例外もいてキバナアキギリはトラマルハナバチに特化していることが分かっています。本記事ではタムラソウ類の分類・送粉生態について解説していきます。
日本の野草として知られるアキギリ属の仲間
ハルノタムラソウ(春の田村草) Salvia ranzaniana は本州(三重県、和歌山県)、四国、九州に分布し、山地谷部の樹林内に生える多年草です。
ナツノタムラソウ(夏の田村草) Salvia lutescens var. intermedia は本州(神奈川県、東海地方、近畿地方)に分布し、山地の樹林内や林縁に生える多年草です。
ミヤマタムラソウ(深山田村草) Salvia lutescens var. crenata は本州(埼玉県、神奈川県、山梨県、長野県、岐阜県、福井県)に分布し、樹林内や林縁に生える多年草です。別名ケナツノタムラソウ。
アキノタムラソウ(秋の田村草) Salvia japonica は本州、四国、九州;朝鮮半島、中国(中部~南部)、台湾から琉球に分布し、山野の疎林や道ばたに生える多年草です(佐竹,1999)。
いずれもシソ科アキギリ属に含まれる野草で、名前は類似し混同されかねません。また紹介した4種では葉が複葉であることも共通しています。
ハルノタムラソウ・ナツノタムラソウ・アキノタムラソウ・ミヤマタムラソウの違いは?
しかし、アキギリ属の紹介した4種は花冠や雄しべの構造、葉を比較することで区別できます(神奈川県植物誌調査会,2018)。
まずハルノタムラソウでは高さは20cm以下で花冠は萼とほぼ同長でほとんど抽出せず、花期は春季であるのに対して、他3種ナツノタムラソウ・ミヤマタムラソウ・アキノタムラソウでは高さは20cm以上、花冠は萼よりも長く明らかに抽出し、花期は夏~秋季です。
残り3種では、アキノタムラソウでは花冠内の基部付近に毛環があり、2本の雄しべははじめ上唇に沿って斜めに突き出ていて、葯が裂開する頃に葯隔が下方に強く湾曲するのに対して、ナツノタムラソウ・ミヤマタムラソウでは花冠内の中央付近に毛環があり、2本の雄しべは上唇に沿って長く突き出ています。
ナツノタムラソウ・ミヤマタムラソウの違いは、ナツノタムラソウでは頂小葉が卵形または楕円状卵形、卵状披心形で先端は鋭頭であるのに対して、ミヤマタムラソウでは頂小葉が広卵形または球状の卵形で先端が鈍頭または円頭です。
以上のような分類はとても正確ですが、葉だけを比較するのが最も手っ取り早いでしょう。
ハルノタムラソウ・ミヤマタムラソウでは頂小葉の先端が鈍頭または円頭であるのに対して、ナツノタムラソウ・アキノタムラソウでは頂小葉の先端が鋭頭です。
ナツノタムラソウ・アキノタムラソウの違いは、ナツノタムラソウでは鋸歯が深いのに対して、アキノタムラソウでは鋸歯が浅いです。
一応花の色もある程度決まっています。
ハルノタムラソウは白色、ナツノタムラソウ・アキノタムラソウは青紫色、ミヤマタムラソウは淡青色です。
しかし、ナツノタムラソウには白い花を持つシロバナナツノタムラソウ Salvia lutescens var. intermedia f. albiflora、アキノタムラソウには白い花を持つシロバナアキノタムラソウ Salvia japonica f. albiflora、淡黄色の花を持つウスギナツノタムラソウ Salvia japonica var. lutescens、ミヤマタムラソウには白い花を持つシロバナミヤマタムラソウ Salvia lutescens var. crenata f. leucanthaが存在しています。
これらは少数派ではあるものの、花の色だけで決めるのはかなり早計と言えるでしょう。
その上、『神奈川県植物誌2018』では「頂小葉の形や花穂軸と萼筒の毛の量はナツノタムラソウとミヤマタムラソウの中間的なものもある」としています。ナツノタムラソウとミヤマタムラソウに関しては連続的で曖昧なものなので、区別することはそもそも難しいのかもしれません。
この他にも奄美諸島~南西諸島に分布するヒメタムラソウ Salvia pygmaea、本州(愛知県、静岡県、神奈川県)に分布するダンドタムラソウ Salvia lutescens var. stolonifera、本州(静岡県、愛知県、三重県)に分布するシマジタムラソウ Salvia isensis などが居ますがここでは省略します。
なお、アキギリ属には園芸でよく植えられるサルビアも同じ仲間として含まれますが、野生種とは花は大型で区別しやすいので本記事では省略します。
花の構造は?
花の構造は全てシソ科で広く見られる唇形花になっているので、花冠の先は唇のように横に2つに裂けています。
ハルノタムラソウは花期が4~6月、花冠は白色で、萼とほぼ同長であるためほとんど抽出せず、萼筒には開出毛が散生します。
ナツノタムラソウは花期が6~8月、花冠は青紫色で、長さ8~10mm、外面に短毛が生えます。萼は筒状の鐘形、先は2唇形で、花時に長さ3~4mm、開出する軟毛が生え、腺毛がまじることもあります。
ミヤマタムラソウは花期が6~8月、花冠は淡青色で、花穂軸や萼には白軟毛が密生し腺毛がまじることが多いです。
アキノタムラソウは花期が7~11月、茎頂に長さ10~20cm の花穂をつくり、花穂軸は通常開出毛が生え、まれに腺毛がまじります。花冠は紫色〜青紫色で、花全体は斜めを向き、外面に短毛が生えます。雄しべは上部の花弁に沿うように伸び、斜めにやや突き出て、やがて下方に曲がっています。花粉は雄しべの葯(=花粉を出す部分)の下面から出しています。
タムラソウ類のネーミングは咲く季節からでしょうが、アキノタムラソウは夏にも咲いており、ハルノタムラソウは初夏に足を踏み入れていることから、花期だけで判断できず、ややこしいところです。
花はハナバチ専用でハナバチの背中にフィットするようになっていた!?
これらの花にはどのような昆虫が訪れるのでしょうか?
ナツノタムラソウに訪れる昆虫はマルハナバチなどのハナバチであると考えられてきました(田中,1976;1997)。
アキノタムラソウに訪れる昆虫はハナバチであると考えられています(田中,1976;田中・平野,2000)。
アオギリ属の花にハナバチがやってくると、奥の蜜を求めたハナバチが花弁の上部と雄しべを押し上げ、その結果雄しべ全体がちょうどハナバチの背中にフィットし、葯の下面から出ている花粉がつくことで、受粉までの準備が完了します。
このようにハナバチに非常に適応した形となっています。しかし、やってくるハナバチの種類はよく分かっていません。
また、最近の関西を中心に行われた研究ではハルノタムラソウではツリアブ科とハナアブ科の仲間が、ナツノタムラソウとミヤマタムラソウではハナアブ科の仲間がやってくることも分かっています(山内・高野,2015)。しかし花の形からしてどれほどこれらの仲間が受粉に貢献しているのかは分かっていません。
タムラソウ類では花冠が毛深いという特徴が見られますが、この適応的意義については研究が行われていないようです。この点も特徴的なものなので、気になるところです。
ナツノタムラソウとアキノタムラソウは真逆の性転換を行っていた!?
ナツノタムラソウとアキノタムラソウは性転換を行います。しかし、また興味深いことにその順番がぞれぞれ違います(田中,1976;1997)。
ナツノタムラソウでは雌しべを最初につけた後、花柱が移動して、雄しべをつける「雌性先熟」となっています。
一方、アキノタムラソウでは雄しべを最初につけた後、雌しべをつける「雄性先熟」となっており、上記のように雄しべを出し、花粉をつけ終わると、2本の雄しべは左右に平泳ぎのように後ろに下がっていき、代わりに雌しべが雄しべと同じ位置に伸びてきます(田中・平野,2000)。写真は後半の状態だと思われます。
いずれも自家受粉を防いでいると考えられますが、なぜこのような違いが出ているのかは分かっていません。
タムラソウ類は訪花昆虫ではなく生息環境や花期の違いが種の違いに影響している?
紹介した4種のアオギリ属の花の形態はいずれも似通っており、非常に細かい違いしかなく、これは昆虫にとっても同じだと思われます。
そのため訪れる昆虫の種類ではなく、分布が地理的に隔離されたことで種類が分かれた可能性があります(山内・高野,2015)。また生息環境や花期を変更することで、近い仲間同士の交雑を防いだり、競合を防ぐ棲み分けが起こっているのではないかと考えられています。
確かにアキギリ属の分布は局所的な種類が多いですし、同じ地域に生えていても、ナツノタムラソウは樹林内であるのに対して、アキノタムラソウは疎林や道ばたに見られるので環境は異なります。
花期についても重なる部分もありますが、違いがあるのも事実です。
ただ具体的に訪れるハナバチの種類などが詳細に研究されたことはありません。このことが正しいことなのかは非常に楽しみです。
一方でキバナアキギリではマルハナバチがやってくる!?
一方で紹介していないアキギリ属では別のことがいえます。
日本(本州、四国、九州)に分布する花が黄色で大きいキバナアキギリ Salvia nipponica var. nipponica ではマルハナバチがやってくると考えられており(田中・平野,2000)、また別の宮城県で行われた研究でも受粉は全て口が長いマルハナバチで知られるトラマルハナバチ Bombus diversus diversus によって行われることが明らかになっています(Miyake & Sakai, 2005)。明らかに訪花昆虫が異なっています。
また本州(茨城県以西)、四国、九州、琉球;朝鮮半島、中国、台湾、インドシナ、インド、アフガニスタン、マレーシア、オーストラリアに分布するミゾコウジュ Salvia plebeia は花がかなり小さく同じハナバチがやってくるかは疑問です。
園芸のサルビアは当然また全く別の進化を遂げているでしょうし、アキギリ属の送粉生態はかなり奥深いです。
果実は分離果
果実はシソ科共通の分離果で、4分果です。重力散布をするものと思われますが、詳しいことは分かっていません。
引用文献
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
Miyake, Y. C., & Sakai, S. 2005. Effects of number of flowers per raceme and number of racemes per plant on bumblebee visits and female reproductive success in Salvia nipponica (Labiatae). Ecological research 20(4): 395-403. https://doi.org/10.1007/s11284-004-0035-4
佐竹義輔. 1999. 日本の野生植物 草本3 新装版. 平凡社, 東京. 259pp. ISBN: 9784582535037
田中肇. 1976. 虫媒花と風媒花の観察. ニュー・サイエンス社, 東京. 109pp. ISBN: 9784821600236
田中肇. 1997. エコロジーガイド 花と昆虫がつくる自然. 保育社, 東京. 197pp. ISBN: 9784586312054
田中肇・平野隆久. 2000. 花の顔 実を結ぶための知恵. 山と渓谷社, 東京. 191pp. ISBN: 9784635063043
山内健生・高野温子. 2015. 本州においてアキギリ属植物を訪花したツリアブ類とハナアブ類の記録. 人と自然 26: 71-74. ISSN: 0918-1725, https://doi.org/10.24713/hitotoshizen.26.0_71
出典元
本記事は以下書籍に収録されてたものを大幅に加筆したものです。