アマドコロ・ナルコユリ・ミヤマナルコユリ・ホウチャクソウなどは春に咲き、園芸でも野草でもよく見られる種類ですが、混合されて販売されるなど少し区別が難しいかも知れません。そこでアマドコロ属の植物学的な区別点をまとめておきました。主に花のつき方や葉や茎で区別することができます。これらの種類は皆下向きの花は目立ちますが野生化ではどのような役割があるかご存知でしょうか?アマドコロでは一番詳しく分かっていて、春に活動を開始するマルハナバチの女王の重要な栄養源となっているのです。また、アマドコロではこの1本の茎の中で上部には雄しべのみがある雄花を作り、下部には雄しべと雌しべがある両性花を作る傾向にあるのですが、その理由は様々な説があるのですが、一説には栄養不足なアマドコロが巧みにエネルギーを分散させた結果ではないかと考えられています。果実は漿果でおそらく鳥散布されると思われます。本記事ではアマドコロ類の分類・送粉生態・種子散布について解説していきます。
アマドコロ・ナルコユリ・ミヤマナルコユリ・ホウチャクソウとは?
広義のアマドコロ(甘野老) Polygonatum odoratum は日本の北海道〜九州、韓国、中国、台湾、モンゴル、ロシア、ヨーロッパに分布し、日当たりのよい山野などの草原や、林縁に生息する多年草です(北村ら,1957)。そのうち、日本でみられる変種 var. pluriflorum は日本・韓国で確認されます。若葉や地下茎が甘く、食用や薬用に用いられています(田中,1995)。
ヤマアマドコロ(山甘野老) Polygonatum odoratum var. thunbergii はアマドコロとよく似ていますが、葉の下面は毛状の細突起が見られる種です。
ナルコユリ(鳴子百合) Polygonatum falcatum は北海道、本州、四国、九州;朝鮮に分布し、おもに明るい雑木林内に生える多年草です。
ミヤマナルコユリ(深山鳴子百合) Polygonatum lasianthum は北海道、本州、四国、九州;朝鮮に分布し、おもに明るい雑木林内に生えます。
オオナルコユリ(大鳴子百合) Polygonatum macranthum は北海道、本州、四国、九州に分布し、草地や落葉樹の林内、林縁に生える多年草です。
いずれもキジカクシ科(クサスギカズラ科)アマドコロ属で、園芸でも野草でもよく見られ葉や花が類似し、花期も近いので区別に悩むことがあるかも知れません。
アマドコロ・ナルコユリ・ミヤマナルコユリ・ホウチャクソウの違いは?
これらは一見よく似ていますが、以下のように区別されます(神奈川県植物誌調査会,2018)。
まずミヤマナルコユリは他の種類とは全く違い、花序柄(花が植物体につくための細長い部分のこと)は長く、横に開出し、1~3個の花をつけます。また、花糸に長毛が密生します。他の種では花序柄は下垂し、花糸は無毛または微細な突起がある程度です。
残った種のうち、アマドコロとヤマアマドコロでは茎は下方を除き、稜角があります。一方、ナルコユリとオオナルコユリは茎は円柱形で稜がないという点が大きな区別点です。
アマドコロとヤマアマドコロの違いはアマドコロでは葉の下面は平滑なのに対し、ヤマアマドコロでは葉の下面に微細な突起がある点です。
オオナルコユリとナルコユリの違いはオオナルコユリでは葉の下面は粉白を帯び、平滑で、花糸は基部が肥大し先端を除き微細な突起があるのに対し、ナルコユリでは葉の下面脈上に微細な突起があり、花糸は平滑である点です。
なお、ホウチャクソウ Disporum sessile も一見似ていますが、全く異なるイヌサフラン科の仲間で、葉の三行脈がアマドコロ属よりも明らかに深く凹んでおり、花序は茎頂につき、花序柄はふつうありません。
この他にもワニグチソウやヒメイズイが居ますがここでは省略します。詳しくは神奈川県植物誌調査会(2018)を参照してください。
花の構造は?
アマドコロは花期が4~5月で、葉の付け根から単一または基部で2分した細い花柄に、細いつぼ型(鐘形)をした白色の花をつけます。花は垂れ下がって開き、先の方は緑がかっているという特徴があります。茎についた花は下の方から咲いていきます。
ナルコユリは花期が5~6月で、花柄は基部から下に曲がり、3〜8個の白色の花をつけます。やはり花は垂れ下がって開き、先の方は緑がかっていますが、形はアマドコロよりやや細い印象です。
ミヤマナルコユリは花期が5〜6月で、柄は斜上し、基部は短く茎と合生し、花の重さで弓状にゆるく曲がります。花は長さ17〜21mm、基部0.5mmほどが短柄となります。先は6浅裂し、裂片はそり返らず、先に小突起があります。内面は短毛があります。雄しべは6本、花糸は長軟毛があり中部まで花冠に合生します。雌しべの花柱は無毛、先は分裂しません。
花はマルハナバチでの受粉に特化していた!?
このような下向きの花にはどのような昆虫が訪れるのでしょうか?これらの種のうち、アマドコロについては詳しくその花の生態が研究されています(田中・平野,2000;広瀬ら,2002;河野ら,2004)。
この花にはマルハナバチがやってきます。下向きに咲く花はしっかりしがみつけるハナバチを選択している典型的な例ですね(田中・平野,2000)。
しかも訪れるマルハナバチは女王バチであることが多く、マルハナバチの女王が活動を始め、巣を作る前の大きな餌資源となっていると考えられています。
なぜアマドコロが1本の茎の中で雄花と両性花を作るのか?
ところで、アマドコロではこの1本の茎の中で上部には雄しべのみがある雄花を作り、下部には雄しべと雌しべがある両性花を作る傾向にあります。それだけではなく花の大きさ自体も上部に行くほど小さくなっていきます。変化は連続的なもので、上に行くほど自然下での結実率も低くなっていきます。
なぜそんなことをしているのでしょうか?全てを大きな両性花にした方が沢山果実を作ることができるように思えます。
これには2つ大きな仮説があります(Guitián & Medrano, 2001)。まず1つ目はマルハナバチが下部の花から訪れるという特徴があるので、自分自身の花粉が混ざってしまい、他の個体の花粉が含まれる割合が減ってしまうというものです。アマドコロは「自家不和合性」といって、自分自身の花粉で果実を作ることが出来ないという特徴があり、上の方になるほど果実のできる確率が減ってしまうので、上の方になるほどそもそも雌しべを作らないというわけです。
2つ目が取り込むことができる栄養分に制限がある中、下の方から栄養分を供給していくため、上の方には栄養分が足りないので、雄しべだけをつけているというものです。雌しべをつけてしまうと、その後、果実になり種子には一人で生きていけるように沢山の栄養分を受け渡す必要になりますが、雄しべだけならば、花粉を作るだけですみますよね。これら2つ、あるいはどちらかが理由だと思われます。
しかし、そうだとするとそもそも花をつけなければいいのでは?と更に疑問が浮かびますが、そうしない理由としては、(1)多めに花をつけることで花序全体を目立たせてマルハナバチを惹き付ける役割がある、(2)花が受粉しても上手く果実ができなかった場合に「流産」させても大丈夫なように余分めに花を作っている、(3)沢山栄養分をためることが出来た年に沢山果実を作れるように普段から余分目に作って準備している、(4)なんらかの理由で花粉そのものを増やしたい(雄としての機能を増やしたい)場合がある、といったことが考えられています。
世界のアマドコロ変種の花では受粉方法に違いはある?
同じ種類ではあるものの少し形態が異なる、ヨーロッパからアジアに広く分布するセイヨウアマドコロ P. odoratum var. odoratum や(Guitián & Medrano, 2001)、日本の北海道~本州北部を含む北部ユーラシアに分布するオオアマドコロ P. odoratum var. maximowiczii でも詳しく研究されており(原田ら,2007)、同様のことが起こっていると考えられています。
オオアマドコロでは、やってくるマルハナバチの種類がアマドコロとは異なっており(広瀬ら,2002;原田ら,2007)、アマドコロより花が大きいのはこのことが関係している可能性もあります。
果実は漿果で鳥散布される?
果実はアマドコロ属共通で漿果です。漿果は少なくとも果皮の一部が多肉質または多汁質になっている果実のことです。
アマドコロの漿果は球形、径1cm、黒色。種子は卵形、長さ3.5mm。
ナルコユリの漿果は球形、径7〜10mm、藍黒色。種子は卵球形、長さ3mm。
ミヤマナルコユリの漿果は球形、藍黒色、径8〜12mm。
果実の中には中に小さい種子が沢山入っています。このような細かい種子を持つ草本の液果は、タヌキ、クマ、テンなどの雑食性の食肉目に食べられ種子散布を頼っている可能性があり、実際にタヌキが利用していた記録もあります(高槻,2018)。
しかし、色がついていることから色覚の発達していない哺乳類だけに種子散布を頼っている可能性は低く、鳥が種子散布の主体となっている可能性が高いです(上田・野間,1999)。アメリカ合衆国での研究でアマドコロ属が鳥に食べられていることが確認されています(Johnson et al., 1985)。今後日本ではどのような鳥によって消費されているのかが分かるとアマドコロ属の分布も分かってくるでしょう。
引用文献
Guitián, J., Guitián, P., & Medrano, M. 2001. Causes of fruit set variation in Polygonatum odoratum (Liliaceae). Plant Biology 3(6): 637-641. ISSN: 1435-8603, https://doi.org/10.1055/s-2001-19369
原田潤・佐藤雅俊・紺野康夫. 2007. 農耕地残存林とその周辺における森林性多年草本オオアマドコロの結果率. 帯広畜産大学学術研究報告 28: 41-46. ISSN: 1348-5261, http://id.nii.ac.jp/1588/00001812/
広瀬智之・日江井香弥子・大原雅. 2002. 多摩川水源域に生育する草本植物集団の遺伝的組成に及ぼす集団孤立化の定量的評価 アマドコロの繁殖生態. とうきゅう環境浄化財団研究助成・学術研究 30(215): 8-37. https://foundation.tokyu.co.jp/environment/wp-content/uploads/2011/02/a14d44c84bc99a3940af5db547d8976f.pdf
Johnson, R. A., Willson, M. F., Thompson, J. N., & Bertin, R. I. 1985. Nutritional values of wild fruits and consumption by migrant frugivorous birds. Ecology 66(3): 819-827. https://doi.org/10.2307/1940543
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
北村四郎・村田源・堀勝. 1957. 原色日本植物図鑑 草本編 1 改訂版. 保育社, 大阪. 297pp. ISBN: 9784586300150
河野昭一・大原雅・田村実・広瀬智之. 2004. アマドコロ. pp.57-64. 河野昭一監修. 植物生活史図鑑 II 春の植物 第2号. 北海道大学図書刊行会, 札幌. 109pp. ISBN: 9784832913813
高槻成紀. 2018. タヌキが利用する果実の特徴―総説. 哺乳類科学 58(2): 237-246. https://doi.org/10.11238/mammalianscience.58.237
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田中孝治. 1995. 効きめと使い方がひと目でわかる 薬草健康法. 講談社, 東京. 123pp. ISBN: 9784061953727
上田恵介・野間直彦. 1999. 林の中の”草の実”を運ぶもの. pp.76-85. In: 上田恵介編. 種子散布 助けあいの進化論 1 鳥が運ぶ種子. 築地書館, 東京. ISBN: 9784806711926
出典元
本記事は以下書籍に収録されていた内容を大幅に増補改訂したものです。