「生態情報」では筆頭著者の野口大介様のご依頼で有償でイントロダクション・ディスカッション・文献調査をお手伝いさせていただき、クモとスズメバチ類間のギルド内捕食が世界普遍的に発生し、クモとスズメバチ類間の「対称のギルド内捕食」が発生する可能性を包括的な文献調査を行うことで示しました。この成果を利用して、今後、クモとスズメバチ類間の陸上生態系への影響力を評価することが期待されます。この研究は生態学の生物間相互作用(biological interaction)というテーマに含まれます。本研究成果は、2022年3月付けのエジプトの査読付き科学誌『Serket』18(3)で「Intraguild predation on hornets and yellowjackets of vespine wasps by spiders, and vice versa(クモとスズメバチ類間のギルド内捕食)」として公開されました。本記事では本論文について日本語で簡単に解説します。
背景:「ギルド内捕食」とはなにか?
過去の野口さんの研究でクモがスズメバチ類を捕らえる、という現象が報告されています。これ自体意外なことかもしれません。さらにそれだけではなく、「ギルド内捕食」という生態学的現象に含まれることは過去の研究の中でほとんど認知されていませんでした。
またスズメバチ類がクモを捕食するという現象もよく確認されていますが、同様に「ギルド内捕食」という観点で考察されてきませんでした。
ギルド内捕食は「同じ餌資源を共有する生物種(ギルド)間で捕食が起こる現象」のことを指し、節足動物の食物網内によく起こっています。
これによって生態系全体では単純な栄養段階(食物連鎖)に冗長性(複雑さ)を与え、生態系の安定性を増加させると考えられています。また、それぞれの個体にとっても栄養学的な重要性が考えられていて、捕食者は別の捕食者の栄養素を求めて意図的にギルド内捕食を行っているという仮説もあります。
クモ、スズメバチ類どちらも広食性が多いため「ギルド内捕食」に該当するケースは多そうです。しかもどちらも節足動物では頂点捕食者です。
本研究でクモによるスズメバチ類の捕食の世界的普遍性が明らかとなった
今回、野口さんの研究を踏まえて、クモがスズメバチが捕食する例、スズメバチがクモが捕食する例を文献調査から徹底的に洗い出し、クモとスズメバチ類間で「ギルド内捕食」が起こっているのかの基礎資料を作りました。
文献収集の結果、クモによるスズメバチ類の捕食は断片的なものに留まりました。ただし、日本・ヨーロッパ・アフリカなど各地での記録が見つかり世界的な現象であることが示唆されました。
またスズメバチ類によるクモ捕食は記録は多いものの、スズメバチ研究者がクモを知らないためか、目または科までの抽象的な文献が多くなっていました。
クモとスズメバチ類間の「対称のギルド内捕食」の可能性を示唆
一般にギルド内捕食は一方的な捕食が起こる「非対称のギルド内捕食」とお互いを捕食し合う「対称のギルド内捕食」に分けられます。今回の調査で文献を突き合わせた結果、一部のクモとスズメバチ類間での「対称のギルド内捕食」が起こっている可能性を見出しました。これはきちんと調査例としてはレアなケースである可能性があります。
更にギルド内捕食は「時空間的に同じ場所に暮らしている」ときに起こる現象ですが、クモは地上で徘徊・待ち伏せしており、スズメバチ類は飛行しています。地上と空中で「ギルド内捕食」をしているとするとこれもレアなケースである可能性があります。
今後の展望
ただ今回の研究だけではクモとスズメバチ類間で「本当に餌を共有しているのか?」という点が明らかではないので、今後はお互いの捕食の記録を増やすとともに、その点を科学的に明らかにし、クモとスズメバチ類間の陸上生態系への影響力を評価することが重要になりそうです。
本文の和文(一部)
本文の和文下書きをここで公開します。内容は一部ですので詳しくは本文を御覧ください。
背景
クモは陸上生態系に豊富に生息する分類群であり(Wise, 1993; Nyffeler & Birkhofer, 2017)、節足動物内では高次捕食者を構成する分類群と知られている(Schmitz & Suttle, 2001)。その影響力の指標の一つとして毎年4億から8億トンの主に昆虫を餌として消費していると計算されている(Nyffeler & Birkhofer, 2017)。一方、スズメバチ類もまた旧世界の一部の地域においては同じく様々な種類の昆虫またはクモを捕食し(Richards, 1971; Matsuura, 1991)、高次捕食者を構成する分類群として考えられる。世界的な影響力はクモに及ばない可能性があるが、生息地域では、真社会性を持ち多数の個体数からなるコロニーを形成することや、強力な毒針と大顎を伴った捕食行動を行うこと、トンボ目のように水域を必要しないことから(Richards, 1971; Matsuura, 1991)、影響力が大きいことが推察される。これらは一部の例外を除いて一般に半専食性から広食性の捕食者として知られており(Wise, 1993; Matsuura, 1991)、生息域が重なっている地域においてお互いの分類群の種同士で捕食しあいが発生する可能性があるものの、この点については例えば日本に生息するスズメバチを餌メニューを研究したMatsuura(1984)では「クモ目」、日本に生息するクモの餌メニューを研究したMiyashita & Shinkai(1995)でも「ハチ目」のように、上位分類群までの記録に留まり、具体的な種の記録は不明である。またスズメバチの生態を総説したMatsuura(1991)でもスズメバチの主要な捕食者としてクモを含めておらず、その可能性が広く認識されないものと思われる。
もしクモとスズメバチ類で捕食のしあいが発生しているとするとこれはギルド内捕食に相当する可能性がある。ギルド内捕食は同じ餌資源を共有する生物種(ギルド)間で捕食が起こる現象のことを指し(Root, 1967)、節足動物の食物網内によく起こっていて、栄養段階内で58〜87%の頻度であるとされる(Arim & Marquet, 2004; Schowalter, 2016)。一般にギルド内捕食は一方的な捕食が起こる「非対称のギルド内捕食」とお互いを捕食し合う「対称のギルド内捕食」に分けられる(Polis et al., 1989)。
ギルド内捕食は生態系において植食者の捕食圧を低下させ、単純な栄養カスケードに冗長性を与え、生態系の安定性を増加させると考えられている点から重要である(Polis & Holt, 1992; Holt & Polis, 1997; Finke & Denno, 2005)。また、それぞれの捕食を行う種にとっても栄養学的な重要性が考えられていて、捕食者は別の捕食者の栄養素を求めて意図的にギルド内捕食を行っているという仮説があり(Matsumura et al., 2004; Michalko et al, 2021)、クモまたはスズメバチ類にとっても仮にお互いに捕食しあう量が少なくても、栄養的に重要な関係になっている可能性もある。しかし、クモの間やハチの間のギルド内捕食について捉えたものはあるが(Hodge 1999; Feldhaar & Polidori, 2011)、異なる分類群であるクモとスズメバチ類の関係をギルド内捕食として捉えた研究は少ない。一例としてCrowder & Snyder(2010)があるが、具体的な事例の考察はなく、スズメバチ類がクモをギルド内捕食する可能性があることのみが指摘されており、実例を示したり、クモがスズメバチ類を捕食することで起こる「対称のギルド内捕食」を考察したものは殆どないと思われる。
スズメバチ類がクモを捕食する具体的な事例については断片的に文献に記されている可能性がある。またクモがスズメバチ類を捕食している具体的な事例に関しては筆者の内の一人は過去に2件確認し報告したが(Noguchi, 2020; 2021)、散発的な記録に留まった。一方でインターネット上では日本語及び英語で「クモ」「スズメバチ」「捕食」で検索すると自然下でスズメバチ類がクモを捕食していると思われる事例及びクモがスズメバチ類を捕食していると思われる複数の事例が見られ(グーグル画像検索,2022-01-19)、旧世界(およびスズメバチが侵入した新世界)で広く確認されうる相互作用ではあるものの、この相互作用について科学的に行われた既知の記録を整理した研究は存在しない。
そこで世界における「クモによるスズメバチ類の捕食」と「スズメバチ類によるクモの捕食」の実例を示した文献を調査することでギルド内捕食の条件の一つである「捕食者による捕食者の捕食」と対称なギルド内捕食の条件の一つである「捕食者同士の相互の捕食」を検討するための基礎資料となることを目指した。
議論
スズメバチ類によるクモ捕食はかなり多く指摘されているものの、18文献が目または科までの抽象的な文献となっており、曖昧にしか理解されていないことが示唆され、定量的な関係は全く知られていないと考えられる。クモによるスズメバチ類の捕食の記録は殆どないと言える。
種レベルでの記録においてはスズメバチによるクモ捕食は比較的多いものの、その地域の記録を網羅的に調査しているとは言えない。クモによるスズメバチ類の捕食はNoguchi(2020; 2021)以前は5文献しか発見されず(Bilsing, 1920; Laing, 1973; Hendawy, 2004; Carrel & Deyrup, 2019; Ramírez et al. al., 2021)、実際の生態系での相互作用を考えると断片的な記録に留まっていることが考えられる。
記録が少なかった理由としてはスズメバチ類によるクモの捕食についてはスズメバチ研究者がクモに関して詳しくない、あるいは生態学的重要性を認識していなかったことが考えられる。クモによるスズメバチ類の捕食についてはFordhan(1961)に見られたようにスズメバチ類の大きさや強力な顎からクモの網から逃亡していることが考えられる(Sugiura et al., 2019)が、クモの餌資源を種レベルで調査した例が少ないことも考えられる。
一方で、ギルド内捕食を構成する条件のうち、「捕食者による捕食者の捕食」については少なくとも定性的に世界的に発生していることが明らかとなり、コガタスズメバチとクモにおいてはMatsuura(1984)とNoguchi(2020; 2021)、ヨーロッパクロスズメバチ Vespula germanica とクモにおいてはBilsing(1920)とHarris(1991 etc.)の比較から相互に捕食しあう可能性がある。ただしクモは種によってδ15Nの特徴から分類群間および発達段階間でも栄養段階が異なることが示されており(Sanders et al., 2015)、実際は種レベルでは行わない可能性も残されている。
相対的に体サイズに差があるクモとハチ同士では非対称のギルド内捕食の可能性があり、大型同士では少なくともコガタスズメバチとクモ、ヨーロッパクロスズメバチとクモの間ではお互いの捕食の可能性が示されたことから「対称なギルド内捕食」が起こっている可能性が示唆される。対称なギルド内捕食は普通に見られるものの、サイズと発育段階が重要な要因となっている場合が多い(Polis et al., 1989)。完全変態であるスズメバチ類においてはサイズと発育段階が「対称なギルド内捕食」の要因となることはなく、珍しい事例である可能性がある。もっともその強度については今後より検証される必要がある。
ギルド内捕食の条件として「時空間的に同じ場所に暮らしている」ということも挙げられ(Potter et al., 2018)、クモおよびスズメバチ類はそれを満たしていると考えられるが、飛行するスズメバチ類と網を利用した静止または徘徊を行うクモが同じギルドであるとすると特徴的な事例だと考えられる。
今後はより一般的に、クモおよびスズメバチ類の捕食関係が見られるか情報を集め、ギルド内捕食のような関係になっているのか検証されなければならない。スズメバチ類にとって「クモ」は量的や質的にどういう餌か、クモにとって「スズメバチ類」は量的や質的にどういう餌かという検証が必要である。量的にはMatsuura(1984)やMiyashita & Shinkai(1995)のようにお互いの餌メニューの割合を出す調査をより詳細に行うことが重要になるだろう。質的な観点は、松村(2005)のように餌メニューの制限による実験や生態化学量論的な検証が必要かもしれない。近年は腸の内容物のDNAの分析も行われる(Aebi et al., 2011)。
本研究で示されなかったが、同じ生態系の中で餌資源が本当に共有されているのか、という検証も必要である。日本の本州での生態系内を想定するとMatsuura(1984)とMiyashita & Shinkai(1995)の結果を比較すると、捕獲された餌メニューは目レベルではよく重複しているが、種レベルでの重複は不明であり、より詳細な調査が必要である。