タツナミソウ・コバノタツナミ・オカタツナミソウ・ナミキソウはいずれもシソ科タツナミソウ属で、園芸で混同される他、林縁~林床に生えることが多く、大きく膨らんだ花冠の形は似ており、花だけを観察すると区別が難しいかもしれません。タツナミソウ属には多数種類がいますが、これら4種だけに着目すれば、花序や茎の毛、葉の形などを総合的に観察することで区別できます。花は花冠がかぶと状に膨らみ、花筒は長いのが特徴で、おそらく一般的には口の長いマルハナバチなどのハナバチ類がやってくると思われますが研究が不足しています。花後には唇状の萼が大きくなり、果実(分果)を包み、熟すると上部が脱落し、雨を受けたときに果実を零します。本記事ではタツナミソウ・コバノタツナミ・オカタツナミソウ・ナミキソウの分類・送粉生態・種子散布について解説していきます。
タツナミソウ・コバノタツナミ・オカタツナミソウ・ナミキソウとは?
タツナミソウ(立浪草) Scutellaria indica var. indica は日本の本州(福島県以西)、四国、九州;朝鮮半島、台湾、中国、インドシナに分布し、丘陵の林縁や草地に生える多年草です。
コバノタツナミ(小葉の立浪) Scutellaria indica var. parvifolia は別名ビロウドタツナミ、コタツナミソウ。日本の本州、四国、九州に分布し、道端や石垣の隙間などに生え、海岸にも多い多年草です。観賞用に栽培も盛んに行われます。
オカタツナミソウ(岡立浪草) Scutellaria brachyspica は日本の本州(福島県以西)、四国に分布し、丘陵地の林床などに生える多年草です。
ナミキソウ(浪来草) Scutellaria strigillosa は日本の北海道、本州、四国、九州北部;朝鮮半島、中国、中国(東北)、ウスリー、サハリン、千島に分布し、海岸の砂地に生える多年草です。
いずれもシソ科タツナミソウ属で、林縁~林床に生えることが多く、大きく膨らんだ花冠の形は似ており、花だけを観察すると区別が難しいかもしれません。特に園芸では本来コバノタツナミであるものを、タツナミソウと呼んでいる場合があります。
タツナミソウ・コバノタツナミ・オカタツナミソウ・ナミキソウの違いは?
日本にはタツナミソウ属が18種も知られており、ここでは全ては扱いきれませんが、よく検索されている4種について区別点を挙げてみます。全ての区別点を知りたい人は大橋ら(2017)や神奈川県植物誌調査会(2018)を参照することをおすすめします。
まず、ナミキソウでは花が葉腋に一個ずつ付く(花序を作らない)のに対して、その他のタツナミソウ・コバノタツナミ・オカタツナミソウでは花が頂生の総状花序を形成するという違いがあります。
残り3種に関しては、オカタツナミソウでは茎には下向きの短軟毛があり、葉下面に腺点が目立つのに対して、タツナミソウとコバノタツナミでは茎の毛は開出毛が目立ち、葉の下面の腺点は目立たないという違いがあります。また、オカタツナミソウでは花序は上下に長くならず、ほぼ同じ高さに花が集まって付きますが、タツナミソウとコバノタツナミでは花序内で花がつく高さに違いがあります。
タツナミソウとコバノタツナミに関しては、タツナミソウでは茎が直立し20~40cm、葉は長さ10~25mm、側鋸歯は7~14対であるのに対して、コバノタツナミでは茎は基部で地面を這い5~20cm、葉は長さ5~15mmで側鋸歯は3~7対という違いがあります。
タツナミソウとコバノタツナミでは他にも、コバノタツナミの方が花冠と花柄の微軟毛は多く、花冠は青紫色(品種のシロバナコバノタツナミ f. alba では白色、ウスベニコバノタツナミ f. lilacina では淡紅色)で、下唇の中裂片や側裂片の斑紋の濃さや形が変化し、ほとんど無いこともあるという違いもあります。生息地に関してはコバノタツナミの方が海岸を好むという傾向もありますが、栽培の逸脱個体も多くこれだけでは判別不能です。
花の構造は?
花の構造はシソ科なので「唇形花」です。唇形花とは筒状の花冠の先が上下の二片に分かれ、唇のような形をしたものです。
タツナミソウ属の場合、萼も唇形で、萼にも上唇と下唇があります。更に特有の構造として「スクテルム(scutellum)」の存在が挙げられます。スクテルムは萼の上唇につく大きな突起で、果期にも残存し、果実を包む働きをします。
タツナミソウは花期が5〜6月。茎の先に長さ3〜8cmの花穂をだし、一方向にかたよって花をつけます。花の色は青紫色または淡紅紫色、まれに白色のものもあり、シロバナタツナミソウ f. amagiensis と呼ばれます。花冠は長さ約2cmの唇形で、筒部が長く、基部で急に曲がって直立します。上唇はかぶと状に膨らみます。下唇は3裂し、内側に紫色の斑点があります。萼は唇形で、上唇の背に丸い膨らみ(スクテルム)があります。花が終わると萼はやや長くなって口を閉じます。
コバノタツナミは花期が5〜6月。タツナミソウとほぼ同じですが、花冠と花柄の微軟毛は多く、花冠は青紫色(品種のシロバナコバノタツナミ f. alba では白色、ウスベニコバノタツナミ f. lilacina では淡紅色)で、下唇の中裂片や側裂片に斑紋がありますが、斑紋の濃さや形は変化し、ほとんど無いこともあります。
オカタツナミソウは花期が5~6月。花序はタツナミソウより短く、茎の先に固まって花がつきます。花の長さは約2cm。下唇は折れ曲がり、弁の斑紋は薄く、ほとんど斑紋がない場合も見られます。萼は上下2唇に分かれ、萼上唇には大きな円形スクテルムが立ちます。花冠や萼にも腺点や腺毛があります。
ナミキソウは花期が6〜9月。花は節あたり2個ずつ1方向に偏って、上部の葉腋に1個ずつ付き、長さ1.8〜2.2cmで、青紫色、基部で折れ曲がってほぼ直立します。萼は花時に長さ3mmです。
受粉方法は?マルハナバチがやってくる!?
タツナミソウ属の少なくとも一部の種類では開放花と閉鎖花を形成することが分かっています。タツナミソウの場合は閉鎖花と開放花を両方つける個体群と、閉鎖花のみをつける個体群があります(Sun, 1999)。
閉鎖花は花冠を閉じたままにすることで自家受粉することができ、昆虫の送粉よる他家受粉を行わず、安定的な繁殖が可能ですが、遺伝的な多様性が不足してしまうというデメリットがあります。
開放花では昆虫による送粉を行います。タツナミソウでは不明ですが、ホクリクタツナミソウ Scutellaria indica var. satokoae、コバノタツナミ S. indica var. parvifolia、デワノタツナミソウ S. muramatsui の3種では、送粉昆虫に目立つために花冠の上唇と下唇が紫外線を弱く吸収し、花冠の孔の縁、すなわち上唇と下唇の間と下唇基部が紫外線を弱く反射することがわかっています(Naruhashi et al., 2004)。
しかし、このような特徴によって誘引される具体的な訪花昆虫の研究は日本本土産のものでは発見できませんでした。ただ、『Google画像検索』を利用したところ、『宮崎の季節がほらね!』というブログでクロマルハナバチが訪れている様子が確認できます。また受粉には貢献しませんが、『福原のページ(植物形態学・生物画像集など)』ではニッポンヒゲナガハナバチが花冠の根本から口を入れ、盗蜜している様子が確認できます。
シソ科は一般的に特定のハナバチ類と密接に関わっていることが多く、タツナミソウ属も花筒の長さや花冠の大きさに見合ったマルハナバチなどがやってくる可能性が高そうです。
例外的なものとして、ムニンタツナミソウは特殊で、タツナミソウより更に細長い筒状の白い花が特徴で、おそらくハナバチ類より更に口吻が長いスズメガによって受粉すると考えられています(Abe, 2006)。ムニンタツナミソウは属の中でも比較的花筒の長い種とされており、小笠原諸島到達後に進化した可能性が指摘されています(安部,2009)。
果実の構造は?
タツナミソウ属は共通で果実は4分果です。花後にも萼が残存し、上下の萼の唇は閉じてしまい、スクテルムが発達することで果実(分果)を包んでいます。萼を「果実」、果実を「種子」と誤解するインターネット記事も見られますがこれは間違いです。
タツナミソウでは分果が成熟すると大きく皿形の萼の上唇が取れ、下唇が受皿のように残って4個の分果を露出します。分果は栗色~暗褐色、卵形、長さ約1.2~1.5mm未満と小型で小突起が密生します。
コバノタツナミではタツナミソウとほぼ同じですが、分果の長さは長さ1~1.2mmです。
オカタツナミソウでは分果が成熟すると大きく皿形の萼の上唇が取れ、下唇が受皿のように残って4個の分果を露出します。分果は長さ約2mm、小突起が密生します。
ナミキソウでは分果が成熟しても萼の上唇は取れず4個の分果を包み続けます。分果は直径約1.25mm、黄褐色、ほぼ球形、小突起が密生します。
種子散布方法は?雨粒の力に頼っていた!?
ナミキソウは例外的ですが、多くのタツナミソウ属は皿形の萼を持ち上側に果実を露出します。これは雨滴が萼で受け止めることで果実を飛ばす役割があると考えられています(小林,2007)。つまりこれは「雨散布」ということになるでしょう。日本ではかなり少数派の種子散布方法であるといえ、生息地に影響を与えていそうです。
引用文献
Abe, T. 2006. Threatened pollination systems in native flora of the Ogasawara (Bonin) Islands. Annals of Botany 98(2): 317-334. https://doi.org/10.1093/aob/mcl117
安部哲人. 2009. 小笠原諸島における送粉系撹乱の現状とその管理戦略. 地球環境 14(1): 47-55. http://www.airies.or.jp/attach.php/6a6f75726e616c5f31342d316a706e/save/0/0/14_1-08.pdf
神奈川県植物誌調査会. 2018. 神奈川県植物誌2018 電子版. 神奈川県植物誌調査会, 小田原. 1803pp. ISBN: 9784991053726
小林正明. 2007. 花からたねへ 種子散布を科学する. 全国農村教育協会, 東京. 247pp. ISBN: 9784881371251
大橋広好・門田裕一・邑田仁・米倉浩司・木原浩. 2017. 改訂新版 日本の野生植物 5 ヒルガオ科~スイカズラ科. 平凡社, 東京. 760pp. ISBN: 9784582535358
Naruhashi, N., Sawanomukai, T., Wakasugi, T., & Iwatsubo, Y. 2004. A new variety of Scutellaria (Lamiaceae) from Japan. The Journal of Phytogeography and Toxonomy 52(2): 127-135. http://hdl.handle.net/2297/48678
Sun, M. 1999. Cleistogamy in Scutellaria indica (Labiatae): effective mating system and population genetic structure. Molecular Ecology 8(8): 1285-1295. https://doi.org/10.1046/j.1365-294X.1999.00691.x