ライラック・ハシドイ・姫ライラックはいずれもモクセイ科ハシドイ属に含まれ、花は春に房状に集まって咲き、樹木上部を覆うほどになり見た目がとても良いので、園芸で観賞用に栽培されているのを見かけます。しかし違いが分からない人もいるかもしれません。これらの区別は比較的簡単で、葉や花のサイズや形を確認することで分かります。「姫ライラック」は園芸ではよく扱われますが、その正体は研究が不足していますが著者が調べた限りではコバノハシドイかシナハシドイだと思われます。本記事ではハシドイ属の分類について解説していきます。
ライラック・ハシドイ・姫ライラックとは?
ムラサキハシドイ(紫丁香花) Syringa vulgaris は一般名ライラック。ヨーロッパ南東部(ユーゴスラビア・ブルガリア・ルーマニア・ギリシャ)原産で、世界中で観賞用に栽培される落葉低木~小高木です(林,2019;RBG Kew, 2024)。日本では庭木、公園樹にやや普通で、特に北海道に多く観賞用に栽培されます。
ハシドイ(丁香花) Syringa reticulata は日本の北海道・本州・四国・九州;朝鮮・中国・モンゴル・ロシアに分布し、温帯の林内や岩場にやや稀に生える落葉小高木です(林,2019;RBG Kew, 2024)。ヨーロッパや北海道では観賞用に栽培されます。基変種 var. reticulata は葉下面が有毛ですが、変種のマンシュウハシドイ var. amurensis は全体が無毛です。
姫ライラックはおそらく小型のハシドイ属の総称で、中国原産でヨーロッパ・北アメリカ・日本を中心に観賞用に栽培される落葉低木です。基本的にはコバノハシドイ Syringa meyeri (別名チャボハシドイ、チャボライラック)とシナハシドイ Syringa pubescens subsp. pubescens と Syringa pubescens subsp. microphylla の2種を指すと考えられます。中国原産でヨーロッパ・北アメリカ・日本を中心に観賞用に栽培される落葉低木です。ただし、日本の植物の和名と学名の対応リストである『Ylist』や中国の植物図鑑である『Flora of China』では Syringa meyeri の存在を認めていますが(Wu & Raven, 1996)、イギリスの『Plants of the World Online』ではシナハシドイ Syringa pubescens subsp. pubescens のシノニム(旧学名)とされており、この考えでは「姫ライラック」=シナハシドイとなります(RBG Kew, 2024)。インターネットでは Syringa pubescens subsp. microphylla (Syringa microphylla はシノニム)と紹介するサイトもありますが『Ylist』によるとおそらく間違いです。
いずれもモクセイ科ハシドイ属に含まれ、花は春に房状に集まって咲き、樹木上部を覆うほどになり見た目がとても良いので、園芸で観賞用に栽培されているのを見かけます。
特にライラックは人気で園芸だけではなく、薄い紫色の花の色は日本工業規格において、JIS慣用色名の1つとして採用されています。
しかし、これら3種は似た種類であるためその区別がつかない人がいるかもしれません。特に姫ライラックは園芸サイトなどでライラックの矮性品種として紹介されることもありますが、明らかに生物学的に別種です。
ライラック・ハシドイ・姫ライラックの違いは?
これらの区別は比較的簡単です(Wu & Raven, 1996;林,2019)。
まず、葉に着目すると、ライラックとハシドイでは葉身の長さが4~10cmであるのに対して、姫ライラックでは1~5cmという違いがあります。
ライラックとハシドイに関しては、ライラックでは葉脈の凹凸は目立たず、掌状脈に近い湾曲した羽状脈であるのに対して、ハシドイでは葉脈は凹み、一般的な羽状脈であるという違いがあります。
花の色に着目すると、ライラックと姫ライラックでは花冠が紫色であるのに対して、ハシドイでは白色という違いがあります。花期はライラックと姫ライラックでは4~5月ですが、ハシドイでは6~7月と少し遅いです。
ライラックと姫ライラックに関しては、ライラックでは花の先端にあたる4つに分かれた花冠裂片が大きく太く、花冠筒が太く短く、色は全体が薄い~濃い紫色であるのに対して、姫ライラックでは花冠裂片が小さく細く、花冠筒が細く長く、色は花冠筒は濃い紫色で花冠裂片では薄い紫色で白色に近い(品種によって差あり)という違いがあります。
以上で区別できるでしょう。姫ライラックという名前の通り姫ライラックでは大型の樹木にはならないので、この点でも区別は容易です。
「姫ライラック」の正体は?
ところで、「姫ライラック」は園芸ではよく使用されているものの、著者が調べたところ、分類学的な立ち位置はよく分かりません。
その候補としては上述のように様々な文献を参照するとコバノハシドイ Syringa meyeri (別名チャボハシドイ、チャボライラック)とシナハシドイ Syringa pubescens subsp. pubescens の2種が考えられます。
コバノハシドイとシナハシドイは、コバノハシドイでは葉脚(葉身の基部)の葉脈に限れば掌状脈であるの対して、シナハシドイでは葉身全体が羽状脈という違いがあります(Wu & Raven, 1996)。
著者が『Google画像検索』で「姫ライラック 葉」と検索するとどちらも確認できることから日本国内ではどちらも栽培されている可能性があります。
ただし、イギリスの研究機関の見解によれば個体差でありどちらも大した違いはないということなります。
なお、部分的に遺伝子の類似度を調べる分子系統解析も行われていますが、コバノハシドイとシナハシドイがいずれにせよかなり近い仲間であることが分かっています(Yao et al., 2022)。
インターネットでは Syringa pubescens subsp. microphylla という学名が当てられることもありますが、基本的には Syringa meyeri と混同していると思われます。ただ実際に日本で栽培されている可能性もあり、現状はなんとも言えません。Syringa pubescens の亜種の区別はWu & Raven(1996)で確認できます。
引用文献
林将之. 2019. 増補改訂 樹木の葉 実物スキャンで見分ける1300種類. 山と溪谷社, 東京. 824pp. ISBN: 9784635070447
RBG Kew. 2024. The International Plant Names Index and World Checklist of Vascular Plants. Plants of the World Online. http://www.ipni.org and https://powo.science.kew.org/
Yao, R., Guo, R., Liu, Y., Kou, Z., & Shi, B. 2022. Identification and phylogenetic analysis of the genus Syringa based on chloroplast genomic DNA barcoding. Plos one 17(7): e0271633. ISSN: 1932-6203, https://doi.org/10.1371/journal.pone.0271633
Wu, Z. Y., & Raven, P. H. 1996. Flora of China. Vol. 15 (Myrsinaceae through Loganiaceae). Science Press, Beijing, and Missouri Botanical Garden Press, St. Louis. 387pp. ISBN: 9780915279371